第12話 バレンタイン企画は大人の事情
今日は、二月に入って最初の月曜日。
三年生は受験勉強の為、家庭学習に入ったのだが、俺達が通う学校は週に一回の登校日が設けられている。
週初めの月曜日は登校日に指定されており、午前中だけではあるが、学校に行かなければならない。緩む気持ちをクラスメイトに会って、お互いに刺激を貰うのが目的だそうだ。確かに、仲間の顔を見て気合いを入れ直すには、丁度いい。
ただ俺としては、松永に会うのはキス事件以来なので、少し、いや、かなり戸惑っている。キス事件以降、バレンタインゲームも頓挫しているのだ。
(だって、今更、やっぱり教頭先生にお願いしますとか、言えないよな)
俺も夏目も宇宙人に振りまわされ、少しゲームに対する情熱が削がれたのもある。
巨人にしても、ノッポの技能テストの点は、かなり堪えたらしい。俺が受験勉強にいそしんでいる間、俺のエッチなマンガを棚から出しては読み漁っていた。
「和樹、おはよう。カード作ってもらったよ。」
朝からハイテンションな設楽が、俺に出来上がったカードを見せ、褒めてもらいたいのか、やたらと引っ付いてくる。
「あー、ありがと。」
「何だよ、せっかく後輩に頼んで作ってもらったのに、テンション低くすぎ。見取り図だって描いてもらったのにさ。夏目もそうなんだよ、朝からウザそうに僕を見るんだ。僕、何かしたかな。」
少しオドオドした感じで話すものの、今の状態で設楽をかまってやれない。俺も夏目も疲れているんだ。宇宙人と未知なる女子に。
「何だよ、部活動の動向も調べたのにさ。少しは褒めてくれてもいいじゃない。夏目も和樹も僕を巻き込んだのに、冷たくない?」
可愛らしい声で口を尖らせながら言う。設楽が女子なら、きゅんきゅんくるシチュエーションだが、しょせんは設楽だ。むしろ、間際らしいからやめてほしい。
「悪かった。さすがに、受験勉強と並行して進めているから疲れてるんだ。それに、まだ話してないけど、宇宙人がもう一匹増えた。松永のところにいたんだけど、巨人が連れて来て、今は夏目と一緒に住んでる。名前は、ノッポ。愛称だが、そのうち会えるだろ。」
「何だか、凄い事になってるね。宇宙人って、そんなに会えるものなのかな。僕にも可愛い宇宙人が来てくれると嬉しいけど。後で、詳しく聞かせてよね。」
そう言うと、チャイムの音と共に自分の席に戻って行く。
(だけど、これ以上は会いたくないかも。何せあいつ等、疲れる)
設楽には分からないだろうけど、宇宙人あるあるが、俺と夏目の間には存在している。
出来うるなら、これ以上は出て来ないでほしい。
そして、任務とやらが終わり自国に帰ってほしい。(どうせ、地球侵略は無理だから)
そして、二度と来ないでほしい。
悶々とする気持ちを、薫子先生の元気な一声で吹き飛ばされた。
「みんな、おはよう。家庭学習は上手くいってる?とにかく分からないままで放置しないでね。学校に来たら問題集のコピーはあげるから、定期的に来て習っても大丈夫よ。では、出欠をとります。」
はきはきした声で、一人一人が呼ばれ返事をしていく。クラスのみんなも、受験疲れや焦りもあり、朝はどんよりとしていたのだが、薫子先生に名前を呼ばれていくと何だか心がしゃっきりしていく。
(やっぱり、担任が薫子先生で良かった)
最近いろいろ思うところはあったけど、俺達子供には大人の事情は分からないし、女性ともなると、本当に理解できない。
だけど担任であるというだけで信頼できるし、堂珍の事はどうであれ俺達の目の前で、俺達を心配してくれる薫子先生がやっぱり好きなのである。
「では、予定通り一限目は自習で、終わったら帰っていいわよ。数学と国語、社会に関しては、先生が職員室におられるので、聞きたい事があれば来てね。勿論、問題集がいる人はコピーします。私は一旦、職員室に戻るけど、時々見回りには来るから。では、初め。」
皆が一斉に鞄から、問題集や教科書を出す。別に競争をしている訳ではないので、早く出そうが遅く出そうが関係ないのだが、もはや誰にも負けたくない、俺だけ落ちたくない、心が圧迫され余裕がなくなっているのだ。
(俺も負けらんねーぜ)
気合いを入れて数学の問題集を開くと、隣に人の気配がした。
「須藤君、数学のプリントをあげるから、夏目君と一緒に職員室に来なさい。」
薫子先生がそう言い残すと、教室から出て行った。
数学のプリント?俺は頼んでない。
夏目が頼んだのか?
よく分からないが、今から数学をやろうとしているのだ。先に取りに行った方がいいだろう。そっと椅子を引くと、夏目の方を見る。
必死に問題集と睨めっこしたまま、固まっていた。
多分、解けない難問に出会ったのだろう。夏目を見ていると、自分もあれもこれもと、出来てない箇所が頭に浮かぶ。
少しがっくりくるのだが、あいつも連れて行かなければならない。
皆の邪魔にならないよう、机と机の間を静かに通り抜けながら夏目の所に行くと、気配に気づいたのか、少し顔をあげ眉間に皺を寄せながら俺を見上げてきた。
(露骨に邪魔扱いしてるだろ)
心の中で舌打ちをするも、夏目のシャーペンを取り、机に出されていた数学の問題集に、薫子先生に呼ばれた、お前もだ、そう書き綴る。少し思案した後に、仕方なしと諦めたのか、俺と廊下まで静かに出た。
「お前、俺が数学をサクサク解こうとしていた時に、お前の用事で何で俺まで呼ばれんだよ。」
「夏目にサクサクは無理だろ、固まってたじゃん。それに俺の用事じゃない。俺は数学のプリントなんて、薫子先生に頼んでないぞ。もしかして、俺とお前が数学苦手だから、言われるまでもなく問題集を与えられるのか?」
「それなら設楽も呼ばれるだろ。俺とお前限定って、和樹、そこまで、数学が悪いのか?」
「二学期の学年末テスト、俺の方が良かっただろうが。設楽はその上だ。俺は、進学校目指してるの。苦手ではあるけど、そこまで悪くない。」
「俺が、陸上の強い所に行くからって、進学校じゃないみたいな言い方するな。それなりの、進学校だ。」
だんだん方向性が違っているのだが、そこはノリのいい男子中学生同士、現状から逃げるように会話が弾むのだ。
「君達、職員室に行くのかね?」
後ろから声を掛けられて振り向くと、中太りで脂ぎった顔の教頭が、ニコニコしながら立っていた。
(冬なのに油ギッシュって、何食ってんだ)
「教頭先生、おはようございます。僕達、遠藤先生に呼ばれているんです。」
「三年生は大変だな。だが、もう少しだから頑張りなさい。君達、名前は?」
「僕が須藤で、こっちが夏目です。」
そう言うと、教頭の顔面から油が余計に出た気がした。
思案気に立っている教頭を尻目に、職員室に行こうとすると、
「君達、待ちなさい、ちょっとこっちに来なさい。」
手招きされるがままに、近くにあった生徒会室に連れて行かれた。長机が二つくっついており、パイプイスが据え付けられている。
教頭先生が先に座ると、その向かい側に、どうぞ、そういい、座らざるおえない状況になった。
「何でしょうか?」
夏目が座りながら喋ると。
「君達のクラスに僕の姪っ子がいるけど、知っているかね。」
目の前でニコニコしながら聞いてきたが、中年のおっさん、しかも、頭は禿のはずなのに、カツラを要している姿は少し滑稽でキモい。
「松永さんですよね。」
「おお、知っておったか。学校ではなるべく内緒にしているんだが、やはり、分かるものだね。案外、似ていると言われるから、そうなのかな。」
(それは、さすがに松永が可哀そう)
「それで、姪の幸から言われたんだが、君達でバレンタインのゲームをしたいとか。それで、学校に承認をもらい黙認してもらいたい、そう言われたんだよ。だがね、学校としては、さすがに聞いてしまったら承認はできないだろう。ストレス発散だとしても、さすがにね。」
先程までのニコニコ顔が、急に渋いものになる。両腕を組み、さてどうしたものか、そんな思案顔でこちらを見てくる。腕が短いものだから上手く組めず、何だかギャグ漫画みたいで、面白い。
「出来れば、僕達が勝手にやっているのですけど、見逃してほしいんです。勿論、学校で騒ぐような事はしませんし、もししていたらそれで終わりにします。受験前で先生達は馬鹿らしいと思うかもしれませんが、問題集と向き合ってばかりだと、気は焦るし、動悸はするし、変な脂汗は出てくるし、肩は凝るし頭痛はするしで、少しでも、ストレスを発散する場があると、またギアが入るといいますか頑張れるといいますか、駄目でしょうか?」
なぜ、人はここまでするのか?
話しているうちに、俺に起こった諸事情まで、赤裸々に話してしまう。
横に座っている夏目も、うんうん、頷きながら、激しく同意している。
「うーん、他の先生にも事情を説明してはおきますが、そうですか、体に異常をきたすようでは、受験当日でさえ、体調不良になりかねないですね。分かりました、黙認という形で学校を使用する事を許可しましょう。ですが、くれぐれも問題を起こさないように。何かあった時点でゲームは終わりです。いいですね。」
まさかの同意が受けられるとは思わず、口がポカンと開いてしまった。夏目も、目が飛び出しそうな程、驚いている。
冗談で始めたようなこの企画、本当に通るとは思わないだろ。
「ありがとうございます。これで、僕等三年生もいい具合で力が抜けると思います。」
「教頭先生、このご恩は一生忘れません。」
もう油ギッシュとか、カツラとか、言わない。
俺の初キスは奪われたけど、松永にも感謝する。
「まあ、ただし、私個人の意見としては、自宅学習中に学校に来るのであれば、先生への質問、及び問題集の持参は必須としていただきたい。後、そのゲームとやらの状況は、逐一、私に報告する事。黙認と言っても、詳細を知らなくてはならないのでね。必ず進捗状況を報告するように、以上です。では、君達の用事をしに職員室に行きなさい。」
席を立つと、教頭先生に一礼し、「失礼しました」、その場を退出した。
俺と夏目はと言うと、扉を閉めるなり、思いっ切りハイタッチをかました。
「和樹、こんな事ってあるのか?神様っているんだな。まさか、本当に教頭がいいって言うとは思わなかったぜ。」
「だろ、だろ、俺なんか、心の中のニヤニヤが止まらなかった。あのカツラの下の禿げ頭にだって、キスできそうだったぜ。」
「お前、松永の初チューが意外に良かったんじゃね。」
「うっせー、だけど、こうなったら、俺、もしかして、キス上手いんだろうか?」
「大泣きしてたの、誰だよ。」
「羨ましがれ、キスの技能テストあったら、百点かもよ。」
「無理だな、その後のみっともない泣きっぷりを見たら、女子ひくだろ。」
「夏目君、素直に羨ましいといいなさい。」
「見てろよ、和樹。俺はこのバレンタインゲームで、彼女もゲットしてやるぜ。そして、受験にも受かって、高校生デビューするんだ。」
二人、大盛り上がりで職員室に行く。
さすがに職員室に入る時には、顔を引き締め、少し勉強疲れの悲壮感を出しながら入室すると、薫子先生がすぐに気付いてくれ、手招きしてくれた。
「じゃあ、問題集出しておいたからコピー室に行きましょう。数学以外の教科はいる?」
さも俺達が頼んだみたいに言われているが、俺も夏目も憶えがない。
もしかして、親の差し金か?
だが、俺の親は、そんなまどろっこしい事をするような親ではない。
よく分からないまま薫子先生の後について行き、職員室を退出すると、連れて行かれた先は、校長室?
「えっと、薫子先生?」
夏目が言うも、そのままドアをノックし、校長室に入るよう促された。
(俺等、何かしたのか?さっきまでの、盛り上がりは何だったんだよ)
心の中で思うも、ドキドキが止まらない。
だいたい校長室なんて、来ることないだろ。
横の夏目を見ると、若干、青ざめている。
受験の前だ、誰だって問題は起こしたくない。
「失礼します。」
薫子先生の元気な声が響く。
俺等と言えば、気持ち頭を下げ、蚊の鳴くような声で、「失礼します」、そう言うと薫子先生の後について入った。
重厚な部屋に、革張りの大きな応接セットが置かれ、その奥に校長先生の仕事机が置かれている。床はグレーの絨毯が敷かれており、応接セットの横には、値段の良し悪しは分からないけれど、立派な盆栽が目立つように、高価そうな敷物の上に居座っていた。多分これが、自分達の卒業式の時に飾られるのだろう。
ここの学校の校長先生は、とてもダンディだ。
教頭と同い年と聞いていたが、とてもとても、そうは見えない。
俳優のように顔が良く、育ちもいいのか、品があり、動作が優雅なのだ。細身の体に、背広を着ている姿は、とてもカッコイイ。ただし、とても残念な事がある。
背が、小さいのだ。
百六十センチあるかないかの身長は、見た目のカッコよさを半減させている。だから、生徒からは密かに「ミクロ」、自慢にもならないあだ名がついているのだ。
校長先生は、仕事机から立ち上がると、俺達にソファーに座るように促して、
「夏目君と須藤君だね、座りなさい。君も入りなさい。」
「はい。」
ハッキリした声が隣の部屋から響く。
校長室の隣には、事務室も併設されており、廊下側からも校長先生側からも、出入りできるようになっている。そこから入ってきたのは、
(堂珍!!)
声に出そうになるのを必死に抑え、言葉を飲み込んだ。
俺と夏目はお互いに見つめ合い、この状況はどういう事なのか、聞きたいのに聞けないもどかしさで、変な顔になっていたと思う。
堂珍はと言うと、元生徒会長でバスケ部のエースで主将、もう俺達とは格が違うのか、こんな状況でも堂々としている。薫子先生も何食わぬ顔で、平然と革張りのイスに腰掛けていた。俺達はと言うと、夏目も俺も吐きそうな顔になっていたと思う。
ああ、気分が悪い。
(こいつ等、すげぇ。俺、心臓がもちそうにない)
動悸が早くなり、冬なのに手汗が酷い。
何だか最近、窮地に陥ってばかりだ。
「堂珍君から詳細は聞いたよ。君達がバレンタインゲームの発案者なんだって。」
校長先生がニコリとしながら、聞いてきた。
さき程の教頭といい、この笑顔が怖いのだ。
「はい。」
ようやく返事はするものの、カスカスの声だ。
「遠藤先生からも、事情は聞いたよ。君達がどうしてもやりたいという事で、生徒の希望を通してほしいとの事だった。須藤君も夏目君も、クラスでは真面目で勉強熱心だと聞いている。今までは、率先して何かをやるようなタイプでは無かったので、出来れば最後だから願いを聞いてあげてほしいと言われたよ。堂珍君もそうだ。二人から相談を受けた時、ストレス発散にもなるし、受験へのヤル気もあがる。もしかしたら、全員合格だって、出来るかもしれないと言われた。私としても、そうなれば非常に嬉しい。」
ニコニコ顔で俺達に話しかけてくれるも、心臓が痛い。
俺は、目の前に座っていた堂珍を見つめた。
(お前、だって、薫子先生脅せなかったはずだろう。薫子先生には、婚約者がいるんだぞ、捨てられたんだぞ、どうやったらこんな流れになったんだよ)
「初めに聞かされた時は、驚いたんですが、でも、僕等はまだ未熟で、ストレスの発散方法を知らないんです。部活をしていた時は、運動自体が発散だったり、人と話すのでさえそうだったり、今は個々で受験勉強に取り組み、日々、自分だけが落ちたらどうしようと悩んだりしています。本当に行きたい学校に行けずにランクを落した人もいるのに、須藤君は、自分の一番行きたい学校に照準をあわして、日々頑張っています。その須藤君からの提案なので、なら、僕も元生徒会長として応援できればと思いました。校長先生、騒ぎを起こすような事はしませんので、黙って静観していただけないでしょうか?」
「私からもお願いします。須藤君も夏目君も頑張っています。それに、堂珍君の話だと、他のクラスの子達も、最後のイベントに参加したいと言っていたそうです。私もそれとなく監督しておきますので、許してあげてもらえないでしょうか。それに、これがきっかけで、本当に合格率が上がれば、それは学校としても誇らしい事ですし、皆の最後の良い思い出になると思います。」
(薫子先生、どうしちゃったの?堂珍となぜ、タッグを組んでるんだよ。捨てるんでしょ。あー、俺の頭じゃ、もう無理)
横の夏目も、目をパチパチさせ、挙動不審のように体が揺れている。
発案者の俺達を尻目に、二人係りで校長先生に詰め寄る姿は、聖職者のように、教え、説き、導いているかのように、雄弁だった。
校長先生のニコニコ顔が、眉を寄せてみたり、顎を掴み考えているようであり、時折、天井に何かあるのではないかと思う程、見上げ、思案しているようだったが、
「分かりました。あなた達の情熱には負けました。須藤君、夏目君、堂珍君、けっして羽目を外すような事はせず、騒ぐような事もせず、体調不良になるような事も無いように、そのイベントをしてみて下さい。大っぴらに推奨する事はしませんが、そこまで計画を練っているのなら、大丈夫でしょう。遠藤先生は、監督としてその期間は必ず、私に報告して下さい。それと、成績を落すようでしたら即時に止める事。いいですね。では、遠藤先生、宜しくお願いします。」
そう言うと、ニッコリ笑って僕等を見回す。
俺はと言うと、何もしていないのに事がトントン拍子に進み、とうとう校長先生までもがOKしてくれた事が、素直に喜べない。
顔が引きつりながらも、辛うじて会釈をし、
「ありがとうございます。」
頭を下げるのが精一杯だ。
こんな時は、運動部の夏目の方が強心臓なのか、
「校長先生、ありがとうございます。教頭先生からも先程お話があり、了承を受けました。僕達は、校長先生や教頭先生に理解があり、とても幸せです。ありがとうございました。」
背筋をビンと張り、直立不動でかっこよく挨拶したつもりだが、校長先生並びに薫子先生まで、キョトンとしている。
夏目も返事が無いので、恐る恐る校長先生の顔を見ると、まあ、先程までの笑顔はどこへやら、眉間に皺を寄せ、口を真一文字に閉じて唸っていた。薫子先生がやっと、
「教頭先生にも、お話したの?」
俺達は首を横に振る。
「じゃあ、なぜ、知ってらっしゃたのかしら。」
「僕が、クラスメイトの松永さんに話したからだと思います。」
薫子先生も軽く頷くと、納得したのか、
「校長先生、私のクラスの、松永 幸は、教頭先生の姪になるんです。須藤君、教頭先生は他にも何かおっしゃってましたか?」
あまりの迫力に、こっちがビクビクしてしまう。
「べ、別に、黙認って形で学校使用を許可しますって事でした。も、問題は起こさないようにって事でした。」
「他には?」
俺の横に座っていた薫子先生が、ずいっと横から覗きこむような恰好で迫ってきた。
(え、えっと、何言ってたっけ)
頭をぐるぐるするも、考えがまとまらない。
「報告するようにとは、言われました。」
「結果報告?」
「状況報告と結果の両方だと思います。」
「校長先生、どうなさいます。」
何か深く考えているのか、顎に手をやり思案している顔になる。そして、僕達を一人ずつ眺めると、重そうに腰を上げ、僕達にも立つように促した。
「ふむ、もういいですよ。私達にも、状況報告はして下さい。直接、私の方でなくても、遠藤先生の方でもいいですよ。では、君達は教室に戻りなさい。堂珍君もです。」
そう言うと、さっと、向きを変え自分の机の方へ歩いて行く。
そのまま窓の方に向いたままなので、俺や夏目、堂珍は「失礼しました」そう言い残すと、校長室から退出した。
俺達三人は足早に廊下を歩くと、階段の踊り場で一旦立ち止まり、三人が引っ付くくらい身を寄せ、お互いに顔を見合わせた。
傍から見れば、凄く怪しい三人に見られそうだが、そうも言っていられない。
「堂珍、お前、薫子先生に言ってくれたのか?」
この展開を予想していなかった俺も、夏目も、まずそこが聞きたい。
「・・・。」
「えっと、堂珍君?」
「・・・、うっ。」
夏目が、堂珍をガン見したまま固まった。
俺も、マジ固まる。
だって、目の前で、あの堂珍が、あの誰にでも堂々としている堂珍が、泣いているのだ。
マジか?
固まっていた夏目が、目覚めたように俺の方を向き、指で堂珍をさして、聞け、そう口でパクパク言っている。
(俺が?)
そう思うも、仕方なし、いつまでもこうしていてもらちが明かない。
「えっと堂珍君、どうしたのかな?」
男子に対して、これ程の猫なで声を出すことがあろうとは。しかし、目の前の堂珍は、弱々しく、疲れているように見えた。
「お前等、知ってたのかよ。」
「えっと、何を?」
「薫ちゃんが、薫ちゃんが、ミクロジュニアと結婚するって。」
目の前の堂珍が、静かに佇みながら涙をホロリと流す。
女子なら、イチコロで落ちそうだ。
男の俺でも、キュンときてしまうくらい、綺麗なのだ。
「知ってたのか?」
堂珍の目が俺を刺す。
男に見とれている場合では、ないじゃん。
「ちょっと待て、ミクロって校長先生のことか?」
夏目が堂珍を揺さぶりながら聞く。
「はあ~、校長先生の子供ってことか?確か、えらい男前で、官庁のエリートだって聞いたぞ。そりゃ、薫子先生、堂珍捨てるわ。お前、完全に遊ばれただけじゃん。」
「な、夏目、言いすぎ、見ろよ。」
堂珍の顔が、だんだんと青ざめていくのが分かる。
さすがに、夏目も悪いと思ったのか、
「まあ、堂珍だって、別れたがってたんだし、良かったじゃん。もう、薫先生のことなんてどうでも良かったんだろ。高校までは、いらないって言ってたじゃん。これでキレイさっぱりできるじゃないか。そんな落ち込まなくても、俺たちの企画が通ったんだぞ。喜べよ。」
背中をばしばし叩きながら、笑う夏目を尻目に、どんどん顔色が悪くなっていく。堂珍は顔を歪めて、また涙を零した。
「堂珍君、ほんとにどうしたんだよ。」
夏目はまだ気づかず、ガハハと大口を開けて笑っているのだが、俺からしたら、爆発しそうな堂珍の顔の方が、まじ怖い。
「えっと、堂珍君。」
俺が肩に手を乗せようとすると、思いっきり払いのけられた。
「俺はな、薫ちゃんから別れ話が出た時、それはそれで良かったって思ったよ。それで、この企画も悪くないと思って、思い出にバレンタインゲームをやらしてくれって頼んだんだ。最初は、渋っていたけど、取り敢えず校長先生に話してみるってことでOKしてくれた。意外に、あっさりいいよって言われたから、どうしたのかと思って問い詰めたら、校長の息子と結婚するって言うんだ。先生同士で最後の賭けが出来そうだとも言ってた。それで薫ちゃん、お前らのクラスを勝たしたら、もう少し関係を続けてもいいって言うんだぜ。」
額に皺をよせ、思いっきり情けない顔をした堂珍は、今まで見たこともない程、憔悴した顔で俺等に訴えかける。
さすがに薫子先生、それは可哀そうじゃん。そう思うも、俺達も負ける訳にはいかない戦いなのだ。
「堂珍、お前には、堪え難い話かもしれないけど、取り合えず、揉めずに別れられるし、関係だけ続けられるんだったら悪くないだろ。いいじゃん、ゲームで見返してやればさ。正々堂々と勝負しようぜ。」
夏目が励ますつもりで、力強く堂珍の肩を握るも、顔が少しにやけている。
気持ちは分かる。何せあの堂珍が、モテモテの堂珍が、今や見る影もなく、女に(薫子先生だけど)振られているのだ。同情よりも、珍しさと落ちぶれた感で、優越感に浸れる。
「だから、俺は決めたよ。」
「何をだ。」
「必ず、俺のクラスを優勝させる。お前らのクラスには絶対勝たせない。薫ちゃんにこれ以上いい思いはさせないぜ。そして、向こうから、関係を続けてもいいと言わせてやる。」
おいおい、何を燃えたぎってるんだ。
さっきまでの愁傷さはどうした。
「須藤、愛結ちゃんの件は覚えてるだろうな。俺のクラスが勝ったら、この前の約束は果たしてもらう。そして女子のチョコは全部、俺が貰うぜ。この際だ、この学校で伝説を作ってやる。」
目をギラギラさせ、さっきまで仲間だった男は、一人別の次元にいた。
俺はと言うと、そりゃ真っ青だ。
「堂珍、落ち着け。俺達は仲間だろ。愛結ちゃんの事だって、本人が嫌がれば無理なんだし、薫子先生は素直に祝福してやろう。俺達の担任でもあるんだし。」
「そうだ、だいたい、お前は当初やる気がなかっただろ。今更、伝説とか言うなよ。もう十分モテてきてるんだ。たまにフラれたくらいいいだろ。」
「いいや、ここまで来たら見返したい。お前らだってそうだ。自分たちがチョコを貰いたいがために、俺を利用したんだろ。全力で潰すからな。ここからは、敵同士だ。せいぜい、鬼塚の弱点でも見つけるんだな。全女子、俺の虜にしてやる。」
息まきながら、遠ざかって行く堂珍の背中は、俺には恐怖でしかない。
だが、俺の大事で大切なあゆたんを、こんな奴の毒牙にかけるわけにはいかない。
「俺達も負けられねえぞ。夏目、せっかくイベントが出来るのに、最下位でした、なんて嫌だからな。それに、鬼塚なんかの攻略なんて無理だからな。近付くだけで、死んじまう。俺達も頑張ろうぜ。」
このまま引き下がるわけいかない。
俺だって、日本男児だ。
そして、あゆたんを絶対守るんだ。
「和樹、これは戦争だ。モテ男に一矢報いなければ、俺達の中学時代は終わらない。意地でも勝つ。どんな卑怯な手でも使ってもやるぜ。それで、受験も打ち勝ち、鮮やかな高校生デビューを飾ってやる。」
陸上している時より、何だか目が燃え上がっている。と言うか、野生じみている気がする。
男には、負けられない戦いがあるのだ。
例え、それが世間からは、くだらないと言われる事でもだ。
「和樹、最後の戦いをしようぜ。ぜってー、俺達のクラスが勝ってやる。」
廊下なので、思いっきりの声は出せないが、腕だけは大きくガッツポーズをし、二人で肩を組みながら意気揚々と歩くのである。
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