19 告解
「マザー…。」
軍警二人に両脇を拘束されたマザー。傍らにはミジャンカさんが付いていた。
朝日に照らされても尚、マザーの顔から考えていることを読み取ることはできない。無事だった子供達のことも、ずっと冷たい目で見据えていたのだろうか。
息を一つついて、おじさんはマザーから視線を外したかと思うと、空を見上げた。
「マザーは、この街に来てからというもの、街の為に尽くしてくれた。大勢の人々に慕われていたよ。だからこそ、もうやめて欲しかった。それだけさ。」
「どう云うことだ?」セラウドさんが怪訝な顔をして問う。
「この街の一部の人間はね、入江で何が行われているか知っていたんだ…。特に漁師は日常的に海に出るし、不審船も見つけやすいからね。入江にリスベニアの紋章がついた舟が停まっていたことも一度や二度じゃない。」
「おじさん…まさか、おじさんも知っていたの?」
信じられなくて、私は彼に詰め寄る。両手を胸倉に掛け、縋り付くように答えを求めた。おじさんは私の手を外すこともなく、否定もしない。カースティさんが「まずは話を聞けェ」と間に入るまではされるがままだった。
「一つの孤児院で、リスベニア人の子供だけが街を出た記録も無しにいなくなる…。タイミングはいつも不審船が目撃された後だ。決定打はなかったけど、何となく気付いてはいたさ。」
「そう思うならどうして!」
この人は見て見ぬ振りをした。私が知らない孤児院の暗部を知りながら、軍警に通報することすらしなかった。それに納得がいかなかった。
「通報がなくても、役場の記録を見ればいくら身寄りのない孤児とはいえ失踪事件として軍警が動くはず。役場の職員もグルだったってところかな?私やカースティも調べるのにかなり骨が折れたからね。」
ハワードさんが言ったことにおじさんは頷く。役場ぐるみで子供達の失踪を知りながら隠蔽していたことを認めたのだ。
「私も自分の孤児院の子供の状況を役場に定期的に報告しなければいけないからね。他の孤児院の状況も知っていたよ。だから、丘の上の公営孤児院が、リスベニア人の子供だけ異常に早く里親が見つかることも不思議だった。それとなく聞いてみたら、事情を知っている役場の人間が、私に漏らしたんだよ。子供が、売られているって。それにリスベニアの残党が絡んでいることもね。」
「そんな…。それがわかった時点でおじさんが軍警に通報すれば、犠牲にならずに済んだ子供だっていたはずだわ!どうして見捨てるような真似をしたの!?」
「すまないねイレイズ…。君には本当に酷なことをしたと思っているよ。」
「違う…違うでしょう!?私が欲しいのは、そんな言葉じゃない!」
謝って欲しいわけじゃない。私に謝ることは何の意味も成さないのだから。ただただこの悲劇を止められなかった理由が知りたかった。彼は続ける。
「私は同罪だ。知っていながら止められなかった。裁かれるべき人間かもしれない。ただ、凶暴化したリスベニアの残党が彼女の背後にいると知って、怖くなってしまったんだ。マザーを止められたとしても、私達街人は残党たちの報復が恐ろしかった。彼らは人を平気で殺せる。それも息をするように。この街の軍警なんかじゃとても手に負えない。私の孤児院の子供達が殺される可能性を考えると、どうしても出来なかったんだ。」
「だから、その残党とも互角に戦える人間がこの街に来るまで耐え忍ぼうと…そう、思ったわけか。」
「ああ。だからあんた達が街に来た時、ついに時が来たのかと思ったよ。ジャイレンを拠点にして、オガール中の凶暴なリスベニア兵を相手に戦う若い五人組の武装集団がいることは噂で知っていた。あんた達はジャイレンへ戻るというし、銀髪の青年が率いていることも聞いていたから、朝あんた達を酒の席に誘ったんだよ。それとなく情報を流せば、きっとあんた達は入江を調べてくれる。そうすれば丘の上迄辿り着くのは時間の問題だと。結局は、他力本願さ…。」
それに、とおじさんは再びマザーに視線を戻した。彼の顔には、憐情がにじみ出ていたように見えた。マザーもまっすぐ前を見据えたままだ。
「それに、心が壊れた彼女が可哀想でね…。もう見ていられなかった…。」
一筋の涙が、皺の寄った頰に流れる。日頃子供達ににこやかな笑顔を見せる彼が見せた涙に、私は言葉を無くしてしまった。
彼は、マザーがリスベニア人の子供を手にかけたことも知っていたのだろうか。
その時、ずっと沈黙を守っていたマザーが口を開いたのだ。
「あなたとは長い付き合いでしたが、今日でお別れですね。まさか全部ご存知だったとは思いませんでしたよ。」
「あぁ。本当に残念だよ、マザー。あんたがこの街に流れ着いた日が昨日のことのようだ。こんなことを言ってはいけないかも知れないが、これまで街に尽くしてくれたあんたがいなくなってしまうのは本当に惜しい。」
「ええ、いけませんよ。私のような罪人にそんな情けをかけてしまわれては、あなたの立場が損なわれてしまいます。」
二人の様は、さながら古くからの友人との別れを惜しんでるように見えた。そして、おじさんは目を伏せ、セラウドさん達に頭を下げた。何度も、何度も。
「私の…この街の弱さがあんた達を巻き込むことになってしまった。謝っても謝りきれないが、私に出来るのはこれしか…。」
「あんたが頭を下げるべきは俺達じゃない。フィンドに拐かされ、暴行を受け、そして一生消えることのない心の傷を負った奴がいる。そいつにどう申し訳をするかだろうが。それを間違えるな。」
「セラウドさん…。」
セラウドさんが放った厳しい言葉。彼自身もわかっているのだろう。おじさんは涙を流したまま私の方に向き直り、地に膝をついて頭を下げたのだった。
「イレイズ…。本当に、本当にすまなかった。」
私の口からは、何も出てこなかった。
言える訳がなかったのだ。
何も知らずに子供達の犠牲の上にのうのうと暮らしていたこの私が、おじさんから謝罪を受けることが正しいのかなんて、分かる筈がなかった。
でも、彼が私に対して償いの意があるとするならば、たった一つだけ、お願いをしたかった。
もしそれが守られるのであれば、明日から違った毎日を送る子供達に、きっと燦然と光り輝く未来が広がっていく。
そう、思ったから。
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