第2話。暗黒騎士団を壊滅させる
「へえ? まあ、聖剣もない『星屑の聖女』様じゃ。せいぜい魔物になぶり殺しにされるのがオチでしょうけどね」
イルティアは下級騎士が身につけるような粗末な革鎧とマントで身を覆った。自慢の金髪もツバの広い帽子で隠す。
「そこの箱の中に聖剣のレプリカが入ってるから、それを使って戦いなさい。それなりに精巧に作ってあるから、まずバレない筈よ。それじゃあね。真の勇者様」
小馬鹿にしたように手をふると、イルティアは隠し扉から足早に去っていった。
すると幻のように扉が消えて、元の大理石の壁に戻る。
ボクはすぐさまイルティアの残していったワンピースドレスに着替えた。
偽聖剣を取り出すと、鏡台の前で自分の格好をチェックする。
思わず息が止まるほど、見惚れてしまう美少女がそこにいた。
よし、大丈夫だ。今のボクはイルティアにしか見えない。
本物のイルティアが逃げたなどと知られたら、その瞬間、軍は統制を失って、ボクたちの負けは決定だ。
「待たせた! 戦況はどうなっている? すぐにドワーフ王の鎧を用意してくれ!」
ボクは扉を開けると、直立不動で待機していた騎士に告げた。
「はっ! 魔王軍は北門に攻撃を集中させており、多数の死傷者が出ています! このままでは城門が破られるのは時間の問題かと……」
「め、めちゃくちゃヤバい状況じゃないか!?」
騎士と平行して歩きながら、北門に向かうことにする。
すると侍女たちが、イルティア専用の鎧を持ってやってきた。
侍女のひとりが優雅な一礼と共に、大きな白い布をさっと広げて、ボクの姿を隠す。
その一瞬の間に侍女たちは、まるで手品のようにボクを、白を基調とした絢爛な鎧に着替えさせていた。
鎧の下半身部分はミニスカート状になっている。頭に兜は被っておらず、真紅のリボンで長い髪を結わえただけの軽装だ。
一見、防御が低いように思えるが、ドワーフ王が魔法金属オリハルコンを素材に作り上げた神話級の一品だった。物理攻撃に対して強い耐性を持ち、あらゆる魔法攻撃を減衰させる効果を持つ。
正直、これを身につける日が来るとは思ってもいなかった……
白い太ももが剥き出しになっていて、我ながら目の毒だ。
だが、恥ずかしがっている場合じゃない。
その時、耳をつんざく爆音が響いた。
「殲滅せよ!」
外を見ると巨大な六匹の竜が、広場に着地していた。
都市上空の防御結界を無理矢理ぶち破って襲来したようだ。
その背から、漆黒のプレートメイルをまとった騎士たちが、一斉に飛び降りる。
魔王直属と名高き強襲部隊、暗黒騎士団だ。
「おい、オマエら。勇者はここにいるぞ!」
ボクは窓から飛び出して、魔物の群れに向かって突っ込んだ。
ヤツらの降り立ったそばには、見知った顔。14歳のボクの妹、コレットが尻餅を付いていたのだ。
「ああっ! 姫様!?」
背後で騎士が泡を喰って叫ぶ。
「【轟雷(テンペスト)】!」
ボクが魔法を唱えると、天空より雷の柱がヤツらに向かって降り注いだ。
あまりの高電圧にプラズマ化し、街並みを白く染め上げる。
妹に剣を振り下ろそうとしていた暗黒騎士が、電撃に貫かれて絶命した。
「なに!? 勇者イルティアが護衛も付けず、単騎で突貫だと!?」
ヤツらの隊長と思わしき騎士が眼を剥く。一瞬で半数近い部下を黒焦げにされて、明らかに狼狽していた。
「うぉおおお! 姫様だ!」
露店が並ぶ広場に集まった人々が、地を揺るがすほどの大歓声を上げた。
竜たちが、ボクに向かって一斉に火炎のブレスを吐く。
そのうちの一匹は集まった人々、ボクの妹に向かってブレスを発射していた。
大地を蹴って火炎をかわしながら、ボクは妹の前に立つ。耐火に特化した魔法障壁を展開して、あわやというところでドラゴンブレスを無効化した。
無我夢中の行動だった。
「まさか、自らを盾として民を守るとは!? こやつ、報告とは異なるぞ!」
「はぁああ! す、すごい。さすがは星屑の聖女様!」
敵味方から、感嘆のどよめきが上がる。
「まとめてぶち抜く! 【氷槍(アイスジャベリン)】」
ボクは立て続けに魔法を詠唱する。
魔王軍が立つ大地が一気に凍結し、そこから何十本もの氷の槍が伸びて、ヤツらを串刺しにした。
氷の槍は物理的ダメージを与えるだけでなく、追加効果として敵を体内から凍らせる。
あっと言う間に、6体の竜と暗黒騎士どもは、氷像と化した。
「コレット、大丈夫か!?」
ボクは恐怖にへたりこむ妹を抱き起こす。見たところ怪我はないようだ。
「わわっ。はっ、はい! ありがとうございます、王女様! ……って、どうして私の名前を?」
コレットは目を白黒させていた。
彼女にだけ聞こえるよう耳元で告げる。
「ボクだよ。ルカお兄ちゃんだよ!」
「……はい?」
その時、背後にぞわりとした殺気を感じた。
振り返れば、暗黒騎士の隊長が、ボクに向って大剣を振り下ろしていた。
コレットを連れて避けられるタイミングではない。
「な、なに!?」
ボクはその一撃を、剣でいなした。豪剣を受け止めるのではなく、打点をずらして刀身を滑らせ、攻撃の方向をそらす。
狙い通り、勢い余って体勢を崩す敵に、すかさず剣を叩き込んだ。
この防御技の最大の利点は、すぐに攻撃に移れることだ。
「ぐぅ! まさか、ソードパリィ(剣による受け流し)だと!? 後の先の極地! 剣術の究極の到達点のひとつではないか……!」
暗黒騎士は苦悶を上げて、あとずさる。その目には畏怖が宿っていた。
今ので死なないとは、なんて生命力だ。コイツは相当、高位の魔族のようだが……
はて、後の先の極地。剣術の究極の到達点?
今の受け流しのことか?
「よくわからないが。今のは、そんな大層な技なのか……?」
割と簡単だけど……
ボクは剣聖だと名乗る酒飲みの師匠から、たわむれにこの技を教えてもらった。
これさえ身につければ、死ななくてすむとか言われて。
「ふざけるな! 俺が300年かけて到達できなかった境地だぞ!」
暗黒騎士は本気の怒号を上げた。
ヤツは腰を落し、力を振り絞って剣を構える。
「コレット、下がれ!」
「魔王様から絶技と評された我が奥義【アシュラ】で、葬ってくれるわ!」
暗黒騎士は残像をともなって、超高速で無数の斬撃を放った。周囲の地面が暴風のような剣圧で削られ、粉塵が飛ぶ。
まるで人の形をした竜巻だ。
ボクとヤツとの間で、剣戟の火花が乱れ散った。ボクはヤツの攻撃を、剣ですべて受け流す。
間一髪、妹を背後に押しやって退避させたおかげで、剣を思い切り使えた。
「ハハハハァ! 見事であるが、その細腕で、どこまで耐えられるかな……!?」
暗黒騎士が嘲笑う。
その一瞬の隙に、ボクはヤツの急所、心臓のある左胸に突きを命中させた。
こいつを倒すには一撃必殺を決める必要があると考えて、静かに狙っていたのだ。
「ぐっ、あ!?」
「……確かに速くて重いけど。攻撃が単調すぎるぞ」
この程度の技が、魔王から絶技と言われるワケがない。どうやら、この暗黒騎士は相当なホラ吹きのようだ。
「バ、バカな! こんな。こんなことはあり得ん……!」
ヤツは愕然と声を震わせながら、大地に両膝をつく。
心臓を正確にえぐられ、大量の血が吹き出していた。
「勇者イルティアは、剣は不得手だったハズ!? ほ、報告と違いすぎる。き、貴様、何者だ……」
胸を押さえたまま暗黒騎士は倒れ伏し、動かくなった。
同時にボクの心の中に、無機質な声が響く。
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魔王軍四天王のひとり。暗黒騎士団長を倒しました。
経験値を獲得。
レベルが3アップしました!
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これはステータスに変更があった場合にお知らせする神の御使いの声だ。
うん? 何か聞き捨てならない単語が……
四天王とか暗黒騎士団長とか。
「姫様! ご無事でございますか!?」
少女の大声が、ボクの思考をさえぎった。
見れば白い鎧姿の美しい少女がボクに駆け寄ってきていた。
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