第13話 いざ、異世界へ

 扉、扉、扉……。


 コンサート会場に入った。頼子は錯覚した。円柱形の室内。椅子と見間違えたのは、ドア。まぎらわしいことに、座席と同じ色の。


 コンサートに来た客に負けないほどの数の人々。会場内にいるのは、幅広い世代だ。室内の様子に圧倒されていたが。慣れてくると、近くにいる人たちと話し始めた。


 音楽が流れ出す。皆に黙るように促した。照明が消される。幾つものスポットライトが、ぐるぐると回りながら室内を照らす。腹に響くドラムの音が煽る。


 音がやみ、真っ暗になった。


「諸君、至高の宝石『夕陽の涙』の争奪戦の場に至る入口に、ようこそ」


 頭の上から、声が降ってきた。一斉に、仰ぎ見る。スポットライトの光が集まる。天井から吊るされたワイヤーが、二本。板を渡して、ブランコになっている。上に乗る男が、一人。命綱を付けた。


 頼子は眉根を寄せた。先日会った、ガザニアと呼ばれた男に間違いないが。着ている服が気に入らない。


 上下とも黒のスーツ。中に襟付きの白いシャツ。黒のネクタイを締めている。式服を想像させた。


「諸君らが望む『夕陽の涙』は、扉の向こうにある。異世界とつながった。数ある中のひとつに、な」


 ガザニアから視線を外して、誰もが扉に向ける。食い入るように見た。目をこらせば、見えてくると期待して。


「理性が利かぬ精神体で、異世界を旅して見つけてくるが良い。ただし、扉を選ぶのは、一回限りのチャンスだ。旅の途中、あきらめたら。空に向かって叫ぶが良い。家に帰そう」


 説明をガザニアは続ける。皆の意識は、扉に向いていた。話の半分は、聞き流していると思われる。


「この場にいる面々と、連れ立つことは許されないが。異世界での道連れは、構わない。説得するために、『夕陽の涙』の話をすれば、横取りされるのは想像つくだろう」


 まっとうに話を聞いていない皆の様子に、満足げな顔をする。ガザニアを見詰めていた。頼子は彼を信用していない。頼光を貶めた。


「誰かが『夕陽の涙』を手に入れれば、争奪戦は終了する。即座に、全員に伝えられて、家に帰る。異世界で暮らしたくなっていても、強制的に」


 ガザニアの説明の間。妨げないほどの音量で、音楽が流れる。煽り立てて聞こえ、皆の気持ちが高まっていく。反対に、頼子の心は、冷ややかになっていく。


「質問です。全員、無事に家に帰れますよね」


「もちろんだとも。ケガもしないし、死にもしない。思い切って挑め!」


 集まりの中。一人の女の子が、手を挙げて尋ねた。驚いた様子だったが、ガザニアは嬉しそうに答えた。帰って来られることを保証する。


「外れた場合、参加賞くらいは欲しいな」


「構わんよ。ひとつだけ望みを叶えてくれる石をくれてやろう」


 一人の男の子が、手を挙げてねだる。ガザニアが承諾。回りにいる人たちと、ハイタッチして喜んだ。


「他に、質問は? 無いな。では、扉を選んで、行って来い!」

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