第9話 玉ころの思惑

「お前は、領域に踏み込んだ。記憶を……」


 漆黒の闇。朗々と響く声。言い終わる前に、途切れる。右肩に目を留めているとは、男は気づかない。闇より深い影を覗き込んでいた。


「巻き込まれただけか。……対価に名前をいただく。記憶は封じることとする」


 響く声が続ける。伸びてきた影が、男の頭を押した。仰向けに倒れる。


 まぶしい!


 さんさんと照らす。白い光。男の目が慣れる。正面に、邸宅。兵の鍛練を行える広さの庭。


 男は眉根を寄せる。自分が今居る場にいる理由が、束の間、判らなかった。鬼を討ったと思い出す。


「……!」


 名前を呼ばれた男は、我に返る。土台と柱がつながっておらず。ぐらぐら、揺れている錯覚を起こした。


「宝は、どこにあると思われますか?」


「鬼の首領が座っていた床下にでもあるんじゃないか?」


 仲間から尋ねられる。男は適当に答えた。面白がった討伐隊の首領は、床板をはがすように命じる。何もない。問い掛けるまなざしを向けた。男は肩をすくめる。


「掘られた跡がありますよ」


 しげしげと観察した人が、報告する。掘ってみる。箱を見つけた。苦労して、蓋を開く。都から盗まれた宝が出てきた。


「宝を返してもらうぞ」


 鬼の遺体に声を掛ける。討伐隊の首領が。仲間に宝を運び出させた。鬼を葬り、念入りに弔う。都に宝を持ち帰った。




「チッ」


 濃紺色の光をまとう存在が舌打ちする。時空間の歪みがただされてしまった。正当な司る存在が、誕生したと思われる。失敗に終わった。


 が、幸いでもある。今居る場の分析は、後回しにされると考えられた。数が多すぎて。残された時間で、直接、対峙してやろう。


 ムクッ、と、山吹色の玉ころはむくれた。期待した言葉を聞けずに。


 眼下に、大勢の人間が生活している都。自分と共鳴する人を探そう。力を無駄遣いしたくない。降り始めた。


 濃紺色の光をまとう存在が、体の向きを変える。着る服の裾に、玉ころがからまった。


 浮遊感。人智を超える力での移動。濃紺色の光をまとう存在が、宙に留まった。バサバサと、服の埃を払う。山吹色の玉ころは、放り出された。

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