始動2
「……なかなか素敵な所じゃない」
「けっこうはっきりしているな……」
ジェシカと浅井が構築された山内健人の仮想校舎を見て感想を述べた。学生たちが行き交う廊下、だが彼らに気づく者はいない。ジェシカがダイバールームの神山に声を投げる。
「しばらくこのままステルスモードでいく。ヤマウチ・タケトの意識は今どこにある?」
『東校舎の二階の突き当たりだよ。今マップを送る』
「頼む」
数秒のち、彼女のグラス型ディスプレイデバイスにこの校舎の地図が浮かび上がった。点滅している所が患者の居場所だろう。
「……よし、向かうぞアサイ、オリタ!」
「りょうかい~」
「……は、はい……!」
オリタが少し返事に手間取った。初めて本当の人間の夢に潜った彼にとって、何もかもが新鮮で圧倒だった。自分たちの存在も夢の中の住人もまるで現実(リアル)と変わらない。ここにあるのは患者もダイバーも意識だけだというのに。グラフィックの感触の生々しさ、緻密さ、それを統制するダイバーシステムの仮想世界構築力……。潜ってまだ数分だが、オリタは自分の仕事場の大きさを感じるのであった……。
二階廊下の突き当たりの教室に入ると、休み時間なのか学生たちがにぎやかにしていた。その中から被潜入者の姿を見つける。
「……いたわね」
「楽しそうだな」
山内健人は机に座って友達と談笑している。その姿からはDLSになりそうな要素は見当たらない。
「今のところ不審な点はないな……」
「そうだな……っていうか、ここにいたら否が応でも学生時代を思い出すなあ……」
「良い思い出が?」
「聞かせてやろうか?」
「次の休み時間にね」
ジェシカがそう言うとちょうどチャイムが鳴った。同時に一人の生徒が入ってくる。すると一瞬空気が止まってまた動き出す。だが教室の雰囲気が変わった。穏やかな雰囲気が失われて、何か不安になるような感じを帯びてきた……。生徒たちの会話が耳に入ってくる。
「……来たわよ……」
「えー、やだあー……」
「遅刻してくるぐらいならもう家にいれば良いのに……」
「ホントホント!!」
チラチラとその男子生徒を見ながらクスクスと笑う女子生徒たち。入って来た男子生徒は下を向いたまま自分の席に向かおうとする。が、誰かに足を引っ掛けられ、こけそうになった。それを見てまた生徒がクスクス笑う。
(……嫌な感じね……人を貶す行為は嫌いだわ)
(いつになっても無くなんねーのな……)
ダイバーたちに呆れを含んだ軽蔑の目で見られているとは知らずに嫌がらせは続く。やっと自分の席にたどり着いた生徒だが、そこには他の生徒が座っていた。山内健人だ――……。彼は机から退こうとしない。いじめられている男子生徒は、おどおどしながらも声をかけた……。
「……あ……の……」
無視である。もう一度声をかける。
「……のいて……ください……」
全く関心を払われなかった彼は、仕方なく机に山内がいるままで椅子に着席した……。と、山内がつと男子生徒のほうに目を向けた。
「……何勝手に座ってんだよ……」
「……え……で、でもここは、僕の席で……」
「だぁーれがお前の席だって?」
「……や、あの……ごめんなさい……でも…………」
しどろもどろに冷や汗を流しながら答える男子生徒の胸ぐらを山内は掴み上げ、睨み付ける。
「……お前、早く消えろよ……ウザいんだよ……」
「……う…………」
男子生徒の顔色は血の気がひいてしまっている。体も震えているのか、揺れているように見える。そんな様子を周りはにやにやしながら見ているだけだ……。気持ちの良い光景ではない。そこへ先生が来て一旦休止となった。チャイムからの時間の遅れは夢主の都合調整であろう。しばらく授業を傍観していたジェシカだが、再び神山に指示を飛ばした。
「あのいじめられている男子生徒の映像を解析してイメージを取り出せ。それを山内健人の学校に持って行って、該当する対象がいないか聞き込みして来い。マキタとリャドに行かせろ」
『了解』
『了解しました』
『え~僕も~?』
「女子生徒に会いたくないのか?」
『行ってきま~す!!』
「……ただし手を出したら即解雇だからな」
『見てるだけで癒されるからだいじょーぶだよ~』
「……っとにアイツは……」
デバイスに映し出されるニコニコした笑顔のマックを見てジェシカは呆れるのであった……。
「……リアルのほうで聞き込みもするんですね……」
今まで黙っていた織田がジェシカにぼそりと聞いた。
「そうよ。DLS患者の意識は夢の中に囚われているとはいえ、その原因となるものはリアルにある。だから起こしに潜りはするけれど、現実世界での調査も平行してすることが多いの」
「……へえ……」
織田が相づちを打った。
やがて授業が終わりまた休み時間になった。
「お、俺の話聞くか?」
「残念、また延期よ」
ニヤッと笑った浅井にジェシカが言葉を放つ。生徒たちが移動を始めたのだ。
「どうやら移動教室のようね。体育かしら」
「体育か、懐かしい響きだぜ。たりーかったなあ」
「……貴方の学生時代が何となく分かるわね」
「……俺はスポーツ好きでした……」
「おっ!新人くんはスポーツ好きか。今度一緒にトレーニング行くか?」
「……よろしくお願いします」
またぼそりと織田が呟いた。まだまだ表情や言葉は硬いが、職場に慣れようとする彼にジェシカは小さく唇の端を上げた。が、しかしすぐに表情を引き締め二人を促す。
「おしゃべりは終わりだ。後を追うぞ!」
「了解……!」
「りょうかいー」
ぞろぞろと出ていく生徒たちを追いながら、良い返事をするようになってきた織田に、またジェシカはそっと笑んだのであった……。
それからダイバーたちは授業数でいうと、三時間分くらいを患者の夢の中で過ごした。生徒の動向を追うにつれ、被潜入者の山内健人はどうやらいじめの主犯格らしいことが判ってきた。体育の授業でもあまりパッとしない男子生徒にはバスケのパスを回さず、ロッカールームでは服を丸めて捨ててみたり、トイレで会えば小突いたり、国語の授業で男子生徒が朗読を割り当てられると、咳払いをして邪魔をしたり……。そんな二人を見て周りの生徒も面白がっているのだ。クスクス笑う声や『キモーイ!』『臭い』などという言葉に彼はますますうつむいていく。子どものすることとはいえ、ダイバーたちの胸を悪くさせるには充分だった……。
「あーもう!副監、もう帰ろうぜー?イライラすらぁ」
「……どうして彼がDLSになったんでしょうね……」
「罪悪感で夢に落ち込んだか、罰が当たったんじゃねえの?」
「そんな非科学的なことは有り得ませんよ……」
今は昼食中だが、やはり男子生徒は一人でご飯をぽそぽそと食べていた。浅井と織田が横で話してるのを流しつつ、ジェシカは男子生徒と山内を見比べていた。そのうちに男子生徒が食べている所に山内の取り巻き男子数名がやってきて取り囲んだ……。
「もーらいっ!」
「……!……あっ……!」
「え~お前それ食うのー?」
男子生徒のお弁当から勝手に一人の男子がおかずを取って口に運んだ。そして咀嚼したが、顔をしかめて吐き出した。彼のまだ食べかけの弁当箱に入る。
「まっず!これまっずい!!」
「お前、汚ねー!ギャハハ」
「お前よくこんなまずいの食えるなー。お前も汚いから一緒か!アハハ!」
「……!……っ…………」
これには堪えかねたのか男子生徒が突然立ち上がって、教室から出て行った。
「……あっ……!待っ……」
「オリタ!!」
走り去る男子生徒を追いかけようとした織田をジェシカが制止する。
「……副監……」
「今はステルスモードだからお前の姿は相手には見えない。もしお前が見えない相手から話かけられたらどうする?」
「……それは……」
「もう一つ、“あれ”はヤマウチ・タケトの造り出した“擬似意識”だ。ヤマウチの記憶にある誰かが夢の中に投影されているのかもしれないし、全くの架空の人物、つまり現実世界には存在しない人格かもしれない。どちらにしせよ我々が注視すべきは患者であるヤマウチ・タケト本人だ。ヘタに患者の意識を撹乱すると、我々も巻き込まれるばかりか患者の命にも関わる。まずはヤマウチの意識を浮上させることに集中しろ」
「……分かりました……」
ジェシカに強目に諭され、織田は少し決まりが悪そうにして頷いた……。
「早速副監に叱られたか、新人くんよ」
「……うるさい……です……」
「お、そっちがお前の本性?猫被ってないで素を出せばいいのに」
「……被ってない……」
冷やかす浅井にブスッとして織田は答える。そんな織田を面白そうに浅井は眺めた……。
「カミヤマ、ログアウト準備をしてくれ。二人とも、一旦リアルに戻るぞ!休憩を挟んだら再び潜る。オリタ、はぐれるなよ」
『了解』
「……了解です……」
「かぁ~!やっとこの気分わりぃ空間から出られるぜ……」
ぎこちなく表情硬めに返答した織田と、腕を伸ばしながら体をほぐす浅井の意識がリアルに戻ったのを見届けて、ジェシカも山内健人の仮想空間からログアウトした―……。
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