始動1
―――午前2時過ぎ……チクタク、チクタクと時間だけが過ぎてゆく。
「はあ……」
眠ってしまえばまた明日が来る。ああ、嫌だ………。
死んでしまえば、この苦しみから逃れられるのだろうか。でも。 残された家族は?周りからの目は? それに死ぬ時は?飛び降り自殺が確実?でも落ちるまでが恐怖だ。見た目がグロそうだし、下に人がいたら?その人の人生も滅茶苦茶にしてしまう。(そんなの耐えられない)首吊りは?簡単そうだが良い場所はある?電車は?電車も見た目が……あの瞬間痛そうだし、損害賠償が凄いって聞いたことがある……etc……。
そうして死んだらあいつらは驚くのだろうか、悲しむのだろうか。『そんなつもりじゃなかった』って言うのだろうか。それとも“喜ぶ”のだろうか……あんなヤツらのために死ぬのも何か癪だ。腑に落ちない。だが、もう疲れてしまっている……。
「…………はぁ…………」
僕はまた、溜め息をついて机に向かってぼうっと過ごす。眠さもあるのだが眠りたくない。寝たくないのだ。でも寝ている時はこの苦しみから解放される唯一の場所だった。夢の中だけは自分の好きなことができる。
「…………“明日が来なければ”良いのに…………」
目覚めたくない。そう切実に願いながら、僕はゆるゆると寝床に潜り込んだ……。
DREAM DIVER 始動
C.E.2139年、日本と呼ばれている国の首都の林立するビル群の中のある建物にその施設はあった。
――「Dream Lost Syndrome(ドリームロストシンドローム)治療室 日本支部」――
午前九時過ぎ、そう掲げられているビルの一室に五人の男女が集合していた――……。
「今日でしょ、新入りが入ってくるの」
ソファーに背を預け携帯端末を弄る、色の薄い茶色の髪を肩下で束ねた同じく茶色の瞳の少年が、側にいた男に話しかける。
「ええ、久しぶりの増員ですから何だか楽しみですね。貴方以来ですか」
近くでソファーに座りながらも端末で資料を見ていた黒髪黒瞳の短髪の男が問いかけた男に答えた。
「女の子だったら良かったのにな~」
向かいのソファーでそうぼやくのは、ふわりとした金髪を持つ貴公子然とした男。そうは言いつつも口元には笑みを刻んでいる。
「おや、もう充分魅力的な“女”がウチにはいるじゃないか」
なんてのたまうソファーにもたれ掛かった、黒灰の前髪が片目を隠しつつある髭面男。この男もゆるやかなウェーブがかった髪を軽く結んでいる。
そのソファーの背後で腕を組んで立っていた、髭男に話をふられた“魅力的な女”、彼女はちらりとそちらに視線をやったが、いつものことのように肩をすくめて流した……。
ちょうどその時、彼らのいる部屋のドアノブがガチャリと開けられた……。
「全員揃っているな……新入捜査官を紹介する。オリタ、皆も一人ずつ自己紹介を」
「『アレックス・織田(オリタ)』です。よろしくお願いします」
「……可もなく不可もなく、だな……」
「アサイ、聞こえてるよ」
入ってきたのは、年の頃五、六十代だろうか白っぽい口髭を生やした丸い額縁の眼鏡の男と、これまた前髪が長めの、だが後ろは短い橙に近いブラウンの髪の若い男。教授然とした男が身長低めなのに対して、オレンジブラウンの髪の男は身長高め、見事な高低さができている。揶揄した口髭の男に少年がツッコミを入れたのを複雑な表情で織田はスルーした……。
年長の男に振られて、まず短髪の黒髪の男性がソファーから立ち上がる。
「わたしの名前は『牧田・知数(マキタ・トモカズ)』です。よろしくお願いします」
まるで自己紹介のお手本とも言えるべく文言を微笑みながら腰を折って述べた。その後に貴公子が続く。
「僕は『マックスウェル・リャドヴィスキー』だよ。本当はもっと長いんだけど言いづらいから、もうマックかリャドで良いよ、よろしくね~」
直前まで女子が良い、なんてぼやいていた彼も碧い瞳を細めてにこやかに会釈した。
「……『神山・晃仁(カミヤマ・アキヒト)』……よろしく……」
色素の薄い髪の少年が答えた。ソファーに座ったまま下のほうを見て、ぶっきらぼうに目を合わせようとしない。新入捜査官はそれに僅かに眉をひそめつつも、自分より若そうな人物がいることに驚いた。
「俺は『バスカー・浅井・健(アサイ・ケン)』だ、よろしくな」
髭面男がニッと笑う。それに軽く彼も会釈を返した。
アサイが『そして最後が、』と、まるでトリを飾るかのように彼女のほうを振り向く。
それに答えるでもなく、カツカツと前に出て歩み寄った。
「『ジェシカ・フローレンス』、ここの副監理官よ。よろしく」
実に無駄のない自己紹介だった。新入捜査官は思わず瞳を見瞠った。捜査官にしては珍しい女性であり、しかも副監理官という責任ある立場にいる。その上美しい。男なら目を留めて当然だった……。
「おっ、早速“副監(フクカン)”に惚れたか?」
ヒュウと口笛を鳴らしながら浅井が茶化す。
「……な……っ……」
それに焦ったように声を発した新入り。と同時に聞き慣れぬ単語が耳に引っ掛かった。
「……“フクカン”……?」
「『副監理官』、略して“副監”。ジェシカのことだよ」
再び浅井が答えた。それに白灰の髭の年長の男―『西羽根・俊彰(サイバネ・トシアキ)』総監理官―が首を振って合図する。
「詳しい説明は後だ。このまま新人歓迎会といきたい所だが、もう既に患者が運び込まれている。“夢の世界”での楽しいお仕事が待っているぞ。総員“ダイバールーム”に移動、準備が整い次第ダイブしろ」
「『了解!!』」
それぞれが返事をすると急に忙しなくなった。皆一斉にミーティングルームから出て行き、ダイバールームに向かう。同じフロアーにあるそれは、この階で一番広く場所が取られていた。
「……広い……」
思わず織田が呟く。入るとまず目に飛び込んでくるのは室内ではこれまで見たことがないような大きなメインディスプレイ。周りにはカプセル型のダイバー装置が幾つか並んでおり、更にその周りを複数のディスプレイとコンピューターが取り囲んでいる…。この全ては人の夢に入るための装置である。織田が広さに呆気に取られている間にも、着々とダイブするための準備が進められていく。オペレーターが患者の脳内の情報をスクリーンに映し出すために慌ただしくキーボードを叩いていた。メインディスプレイに被潜入者の写真が映し出される。患者はすでにダイバー装置に繋がれていた。
「患者の名前は『山内・健人(ヤマウチ・タケト)』、都内の中学校に通う二年生の男子生徒だ。昨日の朝、母親が起こしに行ったら幾ら声をかけても目覚めないということで異常に気づきこちらに運ばれてきた。体は健康的、ただ毎晩夜遅くまで部屋の電気がついていた、と母親は述べている」
「夜遅くに男子中学生がすることなんて一つじゃねぇか」
「下ネタ禁止」
またもや浅井の軽口に神山が間髪いれずピシャリと突っ込む。スクリーンにはどこにでもいそうな男子学生が映し出されている。
「“総監(ソウカン)”、被潜入者の無意識領域の映像が出ました」
「よし、そのままボーダーグラフに注意しながらコネクトレベルを継続、ダイバーのログイン開始準備をしろ」
「『了解』」
オペレーターによってスクリーンが患者の脳内映像に切り替わる。
「……学校のようね。彼の行っている学校かどうかは分からないけれど」
「律儀なヤツだなあ、夢の中でまで学校行くたぁ」
「夢には現実世界で印象の強かったものが出てくる傾向がある。学生だから当たり前と言えばそうなんだけど……」
「何か引っ掛かることがあるのか?」
「今は何とも言えないわ、“潜って”みないと」
ジェシカがディスプレイから瞳を逸らして西羽根のほうに向いた。
「で?人選はどうするの?」
榛色の瞳が西羽根を捉える。
「メインダイバーでお前とアサイが行け。サポートにカミヤマを付ける。リャドとマキタは待機、オリタの教育係だ」
「りょうーかいっと」
「了解~」
「……了解……」
「了解しました」
四人が頷いた所でジェシカが声を挟んだ。
「ねえ総監、せっかくだからオリタもダイバーに寄越して頂戴」
「……新人をいたぶるつもりか?お前の悪いクセが出たな。配属初日の新人捜査官を潜らせて、DLS(Dream Lost Syndromeの略)患者を増やしたなんてことになったら上から何を言われるか知らんぞ」
「あら、ひどい言い様ね……彼、エリートじゃない。貴方、研修で潜ったことは?」
「……え……あ、ります……けど……」
急に話を振られた織田は途切れがちに答えた。
「……あ、でもダイブマシンのシュミレーションシステムだったので、本当の人間の夢にはまだ潜ったことがないですが……」
「充分よ。システムも夢も、人間が作り出したものに過ぎないわ。そういう点では同じよ。総監、彼を連れて行くわ」
「……お前は手綱の切れた走馬か……まあ、いい。ここでゴチャゴチャ言っていても始まらない。メインダイバーに副監、アサイ、オリタだ。オリタ、副監に付いて行け。サポートは変わらずカミヤマ、リャドとマキタは万が一の事態に備えてよく見ていてやってくれ」
「フフ、総監ありがと」
「強引だなーもう……いつものことだけど」
「新人くんにはご愁傷さまと言うしかねえな」
「ホントだね~」
他のクルーの反応にオリタは戸惑うばかりであった……。
「総監、セットアップ完了しました」
「よし、総員直ちに配置につけ。メンタルリズム、ボーダーの調整確認、ログイン開始!」
「『了解!!』」
西羽根の声で皆一斉にそれぞれの持ち場に向かって行く。リャドと牧田はそのまま待機、神山はサポートコンピューターに接続、ジェシカと浅井と織田はダイブマシンにそれぞれコネクトしていった……。
「……やれやれ、手綱を太いものに替えなければいけないな……」
ダイブカプセルに入った少し緊張気味の織田の顔を見て、西羽根はそう呟くのであった……。
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