第34話 迷子

「何か見つかったか?」


「う〜む、何もないな」


 ウルガスを立ってから五日経った。

 俺達三人は草原地帯を抜けて、森を東へ進んでいる。


 この辺りの森は、俺がこの世界にやってきた森と違い、南国に生えている様なヤシなどは見つからない。

 主に広葉樹を中心に木々が生い茂り、湿度が高くないのか過ごしやすい。

 そこら中に小動物の姿が見える。どうやら豊かな森みたいだ。


「しかし、手探りで探すのが、こんなに大変だとはな」


 俺達は当てもなく、東へと進んでいる。

 どこに他の人種が居るか分からないので仕方ないとはいえ、こうも見つからないと徒労感が出てくる。


「後二日程進んで何も見つからなければ、一旦ウルガスへと戻りましょう」


「そうだな、一旦戻って仕切り直した方が良いかもな」


 セラは円の中に十字が入った形の印が先に付いている杖を持っている。この杖は空間魔法で転移する時の目印になるらしい。

 この杖を地面に刺しておけば、ウルガスに戻っても杖を目印に転移でこの場所に戻ってこられる。


「なぁ、セラ。収納の魔法って完成しそうなのか?」


「いえ、そちらはまだまだ掛かると、ローグスト様が仰ってました」


 じいさんでも難しいみたいだな。収納の魔法が有れば、俺達が背負っているような、大きい背嚢は用意しなくていいんだけどなぁ。


「カイル、ここら辺で野営をしよう」


「分かった」


 森の中の少し開けた場所で、野営をする事にした。道中に薪になりそうな木は拾って来ているから、あとは天幕を張るだけだな。

 

 それぞれ手際良く天幕の設営を終え、火をおこし晩飯の準備をする。


「森の中は動物が多いし、食べられる植物も多いから飯には困んねぇな」


「そうだな、それにセラ殿は料理が上手いからな」


「メイドの嗜みでございます」


 流石、メイドをやってきたセラは掃除や料理など、家事が完璧だ。

 

 晩飯の準備が終わったので、食べながら気になっていた事をセラに尋ねる。


「魔物って昔からこんなに強かった訳じゃねぇんだろ?」


「はい、昔は騎士団どころか、少し戦いを学んだ者でも倒せるくらいの魔物が多かったです。もちろん、人里離れた場所では強い魔物も居ましたが」


 そりゃあそうだろうな。強い魔物ばかり居たんじゃ、国なんて成り立たねぇだろうしな。


「魔物は少しずつ強くなっていったのか?」


「いえ、急に強い魔物が現れる様になりました」


「急にか……。何が原因で急に強ぇ魔物が現れる様になったんだろうな」


「我々の所も同じだ。今まで現れた事の無い様な魔物が、急に襲ってくるようになった」


「イエールの所もか……」


 突然全ての魔物が進化した……なんて事はないだろうし、何が原因なんだろうか?


「何か前兆みてぇなのは無かったのか?」


「前兆ですか?……そういえば、魔物が強くなる数ヶ月前の夜に、地響きと共に北の空が明るくなった事がありました」


「ああ、それは俺達も見たな」


「地響きと共に空が明るくか……」


 何かが戦っていたのか?魔法があるこの世界なら、そんな大規模な戦いがあってもおかしくはねぇ気がするな。


「それは国同士が戦争してるとかじゃなくてか?」


「はい。大陸の北部で戦争があったなどの情報は入っておりません」


「こちらもだな」


 戦争とかでもねぇか。分からねぇな。

 しかし、何かが引っかかる。


「まぁ、簡単に分かりゃあ苦労しねぇか。よし!飯も食い終わったし、交代で不寝番だな」


「かしこまりました。どなたからされますか?」


「セラ、いつも通りお前からやってもらって良いか?」


「はい、お任せ下さい」


 不寝番は三人だと二番目と三番目が体力的にきついからな。女であるセラに体力的にきつい事はさせらねぇしな。


「何かあれば起こしてくれ」


「おやすみなさいませ」


──────────



「カイル様、起きていただけますか?」


 目を開けるとセラが目の前に居た。小声で俺を起こしたって事は、何か警戒すべき事が起こったのかと寝ぼけた頭で考える。


「何があった」


「人種らしき者が近寄って来ています」


「何?」


 セラが焚き火の前で不寝番をしていたら、周囲から人種程の大きさの魔力反応を感知したらしい。


「イエール、起きろ。何か来るぞ」


「はっ!何だ?魔物か?」


 イエールは飛び起き、身構える。寝起きで直ぐに行動出来るのは凄えな。


「とりあえず、静かにして様子を窺うぞ」


 暫く、天幕の前で様子を窺う。


「囲まれて居ます、ご注意を」


「何だと?どれくらい居るんだ?」


「十人程の魔力を感じます」


 十人か。チャクラを開いてない奴には負ける気はしねぇけど、用心しねぇとな。


 そのまま様子を窺っていると、一人の男が森の奥より出て来た。


「こんな所で何をしている?」


 焚き火に照らされたその男は、黒い髪を腰程まで伸ばし弓を持ち、剣を腰に挿していた。


「魔物から逃げている人種を探している。お前達は何者だ?」


「私は魔人族の狩人だ」


 魔人族?聞いた事のねぇ種族だな。セラとイエールに小声で聞いたが、二人も知らねぇみたいだな。


「お前らはこの辺りに住んでんのか?」


「そうだ、この森に住んでいる」


「良かったら情報交換をしねぇか?こっちは攻撃されねぇ限り、何かする気はねぇ」


「こちらも聞きたい事があったから、ちょうどいい」


 俺達が焚き火に寄って行くと、目の前の男以外も森の奥より出て来た。


「俺の名前はカイルだ。で、こっちがセラとイエールだ」


「私の名はワグナスだ」


 近くで見たワグナスは、俺と同じ様に黒髪で耳が普通だ。しかし、彫りが深い。日本人って訳でも無さそうだな。

 こちらの世界に来てるのは俺だけなのか?突発的な事故みてぇなもんだったしなぁ。


 思考が違う方へ向かっていた俺に、ワグナスは怪訝な顔をしていた。


「おっと、すまねぇ。違う事を考えてた。で、聞きたい事って何だ?」


「私の腰程の背の子供を見なかったか?村から居なくなって探しているんだ」


「いや、見ちゃあいねぇな」


「お前達はどちらの方から来たんだ?」


「俺らは西から来た」


「西か……。お前達、北と南の二手に別れて探して来てくれ。頼む」


 ワグナスは振り返り、魔人族の仲間に子供の捜索の続きを頼む。


「なぁ、俺達も手伝ってやろうか?このまま情報交換じゃ落ち着かねぇし」


「素性が分からぬから、そうもいかん。まぁ、女も居るので盗賊とかでは無さそうだがな」


「盗賊なんて居るのか?」


「ああ、何度か村にやって来た事がある」


 魔物によって国が全て滅んだ様な世界で、盗賊なんてやる奴がいるのか?まぁ、どこにでもクズは居るか。


「俺達は盗賊なんかじゃねぇよ。こっちのイエールは深緑の国のガンジュって町で防衛隊に入ってたし、セラはマグラース王国の伯爵家に仕えていた」  


「お前は何をしてたんだ?」


「俺か?俺はずっと南にあるナーグルって町で、防衛隊に入ってた」


「ナーグル?聞いた事がないな。しかし、他の二人は身元がしっかりしているな」


「まぁ、この場では自称でしかないがな」


 証拠と言われても、提示するものがねぇからな。変に嘘を言って後でバレるよりは、正直に言っておくのが無難だ。


「子供はいつから居なくなったんだ?」


「今日の日暮れに、村に魔物が襲って来てからだ」


「魔物か!大丈夫だったのか?」


「それなり被害はあったが、酷くはない。ただ、魔物に怯えた子供が村から出て行ってしまってな」

 

「ああ、子供からすりゃあ魔物は怖ぇよな」


 今は日が暮れてからだいぶ経つ。大体二十三時くらいか?

 この暗闇の中、一人で居る子供は怖ぇ思いをしているだろうな。


「なぁ、もう一度言うが、子供を探すの手伝ってやろうか?」


「……何が目的だ?見返りはたいした物をやれんぞ?」


「馬鹿にすんじゃねぇよ!見返りなんて要らねぇ!ただ、この暗闇の中、子供が一人で居るのは怖ぇだろうなと思っただけだよ!」


 俺の剣幕に真剣さを悟ったのか、態度が軟化する。


「……すまない、頼らせてもらって良いだろうか?」


「おう!任せろ!で、どっちの方角を探す?」


「私達の村がここより北東にあるので、北側を探そう」


「そうだな。子供の足じゃあ、そう離れた所まで行ってねぇだろうしな。セラ、魔力での探知は任せたぞ!」


「はい、承りました」


 ワグナスと共に、暗い森の中を探す。誰も喋らず、それぞれが気配や魔力に集中して捜索を続ける。


「──っ!見つけました!」


「本当か!?どこだ!?」


「あちらです!」


 セラに付いて走ると、そこには木の根本でうずくまって泣いている五歳程の子供が居た。


「セグルス!こんな所に居たのか!」


 バッと顔を上げたセグルスは、顔を歪めてワグナスの腰に飛び付く。


「うわぁぁん!怖かったよう!!」


「全く、探したぞ!はぁ、無事で良かった」


「ああ、良かったな!」


 セグルスが落ち着くまで待って、ワグナスは懐より笛を取り出し、一息で吹いて森の中に音を響かせた。


「それは何だ?」


「これは、仲間に居場所を知らせる道具だ。魔力が籠った音色を周囲に響かせる」


「魔力が籠った音色?」


 確か、ファンタジー小説にある様な魔道具は、この世界にはないって言ってた様な気がするが。


「魔道具か?」


「魔道具とは何だ?これは魔器という、魔力の籠った道具だ」


 魔人族特有の道具なのか?聞く事が増えたな。


 そんな話をしていると、ワグナスの仲間達が集まって来た。


「セグルスは見つかった。村に戻るぞ」


「ワグナス、この者共はどうするんだ?」


 ワグナスの仲間が、俺達を指差して連れて行く気かと問う。


「ああ、手伝ってもらった礼もせねばならんだろう」


「いや、礼はいらねぇぜ」


「そうもいくまい。空き家くらいは貸してやるぞ?」


「空き家か。礼は要らねぇと思ったが、屋根付きの所で寝れるのはありがてぇな」


 ずっと野宿続きだったからな。そういう礼なら受け取ろう。


「では、行くぞ」


 ワグナスはセグルスを背負い、森の中を進んで行く。三十分程歩くと、木で出来た壁と門が見えてきた。


「ここが俺達の村だ。マルトス、すまんが先に行ってセグルスの親を呼んで来てくれ」


 マルトスと呼ばれた男は、分かったと言って門へ向かって走って行った。


「では、私達も行こう」


 ワグナスに続いて門を潜ると、そこにはこの世界に来て初めてみる、明るい街並みが広がっていた。


 建物こそ木で出来ているが、街灯らしき物が有り、道を照らしている。

 その光景に普段は無表情なセラでさえ、驚きの表情を浮かべている。


「何か発展している村だな」


「そうなのか?他の村に行く事はないから、知らないな」


「そこの灯りも魔器って奴か?」


「そうだ。特殊な石に光属性を込めている」


「光属性ですか!?」


 セラが更に驚きの表情を浮かべる。何故そんなに驚いているのかと聞くと、光属性を扱える者は滅多に居ないらしい。王国でも国全体で二人程しか使えなかったそうだ。


「あぁ!セグルス!!」


 セラの話を聞いていると、魔人族の男と女が走ってきた。その男と女はセグルスを目に留めると、涙を零し震える唇でセグルスの名前を呼んだ。


「お母さん!!お父さん!!うわぁぁぁん!!」


「セグルス!!!」


 魔人族の夫婦の声に気が付いて、セグルスが駆け寄っていく。腰を落とし、両手を広げた魔人族の女性の胸元に飛び込んだセグルスは、泣きながら抱き着く。


「おっ!両親か。良かったな!」


「ああ、本当に良かった。世話になったな」


「なぁに、子供が無事で良かったぜ」


「では、すまんがこちらに付いて来てもらおう」


「どこに行くんだ?」


「長老の所だ」

 

 ワグナスに付いて行くと、周囲を街灯に照らされた立派な屋敷があった。


「この中でお待ちしている」


「分かった、行こう」


 建物の中にも、外にあった街灯よりは小さいが、灯りの魔器があった。


 屋敷の奥にある部屋に入ると、髪を白くし、髭をたくわえた魔人族の老人が待っていた。


「ワグナス、ご苦労じゃったのう」


「いえ、長老様。こちらの者の手助けで無事見つける事が出来ました」


「お主ら、世話になったのう」

 

「気にしなくて良いぜ。子供を助けるのは大人の役目だ」


「ほっほっ、どうやら気の良い男の様じゃのう」


「それ程でもねぇぜ!」


 温厚そうな長老は、ワグナスに俺達の泊まれる場所の手配を指示した。


「色々話はあるじゃろうが、今日はもう遅いでな。続きは明日にするとしようぞ」


「そうだな。泊まる場所を手配してもらってありがとな」


「礼には及ばんよ。むしろ礼を言うのはこっちの方じゃからのう」


「長老様。手配が終わりました」


「では、そのまま案内を頼もうかの」


「はい、では失礼いたします」


 ワグナスに付いて行くと空き家ではなく、この屋敷の部屋を割り当てられた。


「それぞれ別の部屋を用意しているが、同じ部屋が良ければ変えるぞ?」


「いや、大丈夫だ。お前らも大丈夫だよな?」


「はい、問題ございません」


「ああ、俺もだ」


「じゃあ、また明日の朝に人をよこす」


「ああ、世話になる」


 各自部屋に入り、休む事にする。


 やっと人種が見つかったな。

 

 果たしてこの村の奴らは、ウルガスの住人になってくれるんだろうか?

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