第四章 月下天眼
第31話 到着
「ここが目的地か」
目の前に見渡す限りの平原がある。
「ええ、だいぶ時間が掛かったけど、何とか着く事が出来たわね」
隣りに立っているお嬢のウェーブの掛かった長い髪が風に靡いている。
邪教徒との戦いから一ヶ月。森の中を進み、ここまでやって来た。
「森から近い所に町を作るのか?」
「森が見える程度に離れた所へ作ろうと思ってるわ」
後ろにある森を見ながら確認をとる。
ここまでトート以外は誰も欠ける事無くやってきた。これからここに居る皆で町を作っていく事になる。
「じゃあとりあえず町の中心になる場所まで行こうぜ」
「分かったわ」
町の建設予定地の中心になる場所に天幕を張る。
「ところでどうやって町を作るつもりなんだ?」
「そこは土人族のバラックに頼るつもりよ」
「ああ、おっちゃんの土魔法か」
以前おっちゃんはナーグルで土人衆を纏めて壁を土魔法で直してたなと思い出す。
「おっちゃん、町を作るってどこから手を付けるんだ?」
「わしにも分からんわい。壁を直したりはした事があるが町を丸々ってのはないからのう」
まぁ、そりゃあそうか。普通、町を作る機会なんてねぇよな。
「とりあえず防壁からお願いして良いかしら?」
「おう、それなら容易いわい」
まずは一キロメートル四方の防壁を作る所から始めるそうだ。防壁がないと建物を建ててる時に魔物が襲って来るかもしれねぇからなぁ。
「俺は何をすれば良いんだ?」
「そうね、とりあえずカイルには町を作ってる間に襲って来た魔物の相手をしてもらうわ。他にもあるけどそれは後々ね」
「分かった。俺以外だと誰が魔物退治に回るんだ?」
「シジールとイエールとキクリシス、それと残りの騎士団員辺りかしら?」
「騎士団の奴らは大丈夫なのか?」
トートが居なくなってからはまともに見えるが、元々が元々だからなぁ。
「今残ってる騎士達は大丈夫よ。トートがおかしかっただけなの」
「そうか、じゃあキクリシスでも捕まえて周囲の警戒をしとくわ。何かあれば呼んでくれ」
「お願いするわ」
お嬢の天幕を出て、キクリシスを探す。
適当に探していると、セラが居たので声を掛ける。
「セラ、お前は何を割り振られたんだ?」
「私は魔法の開発とバラック様の手伝いでございます」
「お前も魔法の開発に参加するのか」
じいさんを中心にアーリアやレジーナが一緒にやっている魔法の開発は、それなりに進んでいるらしい。
どうも邪教徒の教典に載ってた秘術が参考に出来るみてぇだ。
「ってか、両方ってなったら大変じゃねぇか?」
「バラック様の手伝いの合間にという感じですので大丈夫です」
「そか、無理すんなよ」
「ありがとうございます。カイル様もお気を付けて」
セラと別れて、少し進むとキクリシスを発見した。
「おーい!キクリシス、周囲の確認に行こうぜ」
「あ、カイル。了解だよー」
周囲の確認といっても、見渡す限りの平原だ。俺達の来た森以外は視界が良いので、そこまで気を付ける必要はなさそうだ。
「そういえば、ここって近くに川は有るのか?」
「どうしたの急に?地図的には、そんなに離れてない所にあった筈だけど」
「いや、水がねぇと生きていけねぇなと思っただけだよ」
川が近くに有るにしても、毎度汲みに行くのは大変だろう。井戸でも掘るのか?
「キクリシスは土魔法は使えねぇのか?」
「バラックさん程では無いけど使えるよ」
「そうなのか。土魔法を使える奴って結構居るのか?」
「そうだね、簡単な魔法でってなるなら結構居るんじゃないかな?」
土魔法が使える奴が多いなら、町を作るのも井戸を掘るのも早いかもな。
「良し、こんなもんで良いだろう!特に問題無しだな」
「そうだね、皆の所へ戻ろうか」
戻った俺はキクリシスと別れ、じいさんの所へ向かう。土魔法について色々聞いてみたいからだ。
「じいさん、建築用の魔法ってどんなのが有るんだ?」
「何じゃ、いきなり。土魔法かの、壁を作る魔法やら穴を掘る魔法やら色々有るぞい」
「レンガを作る魔法とか、井戸を掘る魔法とかは無いのか?」
「井戸の方は穴を掘る魔法で応用出来るじゃろうな。レンガを作る魔法は聞いた事ないぞい」
「出来ねぇのか?」
「出来ない事は無さそうじゃのう。気魔法も有る事じゃし色々試してみるかのう」
レンガが有れば、道にも家にも井戸の補強にも使える筈だからな。
「下水道とかはどうするんだ?」
「それはまだ決まってないのう。何か良い方法が有るのかの?」
「微生物って分かるか?」
この世界ではどれ程科学が進んでいたのだろうか?顕微鏡とか有れば微生物とか知ってそうなんだけどなぁ。
「微生物とな?それは何ぞや?」
「目に見えねぇ、小さい生物の事だよ」
やっぱり知らねぇか。今後の為にも科学も研究してもらわねぇとな。
「して、その微生物がどうしたのじゃ?」
「微生物に下水を処理させるんだよ。俺も詳しい事を知ってる訳じゃねぇけど、そんな方法があった筈だ」
「詳しい事が分からんと、どうしようもないぞい」
「だよなぁ。じゃあ地下に下水が流れる水路を作るしかねぇか」
「そうじゃのう。王都でもそうやって下水は流しておったぞい」
今の少ない人数で病気が蔓延したら、洒落にならねぇからな。
お嬢とおっちゃんに後で言っておこう。
「で、魔法の開発はどんな感じだ?」
「それが聞いてよ!もうすぐ出来そうなの!」
アーリアが目を輝かせて嬉しそうに会話へ参加してきた。
「どの魔法が完成しそうなんだ?」
「転移の魔法よ!」
「おっ!凄ぇじゃねぇか!」
転移が出来れば物資のやり取りも、人の行き来もだいぶ楽になるからな。
「問題は第四チャクラまで解放してる人じゃないと、使えそうにないのだけど……」
「そりゃあ使える奴が限られてくるな」
第四チャクラか。解放出来ているのはサジン、アーリア、セラ、じいさん、レジーナ、キクリシスと俺の七人か。
俺は魔法が使えないから残り六人。サジンとかキクリシスとか魔法士寄りじゃなくても使えるのか?
「第四チャクラを解放したら、誰でも使えるのか?」
「う〜ん、そこら辺は完成して使ってみてからじゃないと分からないかな?」
試してみてからじゃねえと分からねぇか。新しい魔法だからな。仕方ねぇか。
「この魔法はまた新しい属性になりそうじゃぞい。既存の属性には当て嵌まらないからのう」
「そうか。差し詰め空間魔法ってとこか?」
「おお!それは良い呼び方じゃぞい!空間魔法と呼ぶ事にするかの」
「じゃあ俺はそろそろおっちゃんのとこへ行ってくる。完成楽しみにしてるから頑張ってくれ」
アーリア達の元を後にして、おっちゃんの所へ向かう。歩いて向かっていると、途中でシジールとイエールを発見した。
「はっ!」
「ふん!」
どうやら模擬戦をしているみたいだ。
シジールの鋭い突きをイエールが大剣を器用に動かして受け流している。
「よっ!イエールとシジール、がんばってんな」
「おお!カイル殿!」
「カイル、何してるんだ?見廻り?」
「いや、おっちゃんの所へ向かってる途中だ」
邪教徒に操られ、シジールを刺した事で仲が悪くなってねぇか心配してたが、大丈夫みてぇだな。
「むっ、シジール殿!腕より血が出てるではないか!」
「えっ?ああ、かすり傷ね。これくらい大丈夫よ」
「そういう訳にはいかん。早く治療しなければ!」
「イエールは大袈裟なのよ」
どうもシジールを怪我させて以来、過保護になってるみてぇだな。まぁ、相性も悪く無さそうだし、ほっとくか。
「じゃあ俺は行くぜ、またな」
イエール達に別れを告げ、少し行くと壁が見えてきた。
いや、作るの早ぇな。
「おっちゃん!!居るかー!!」
「やかましいわ!!聞こえておるわい!」
おっちゃんは五人で壁を作ってた。
「おっちゃん、こんなに作ったのか?」
「おう、これぐらいは朝飯前よ」
壁は既に北側の一面が作られており、残すところ南と東と西の三面だ。
「なぁ、おっちゃん。井戸を掘る魔法とか下水道を作る魔法とかって使えるのか?」
「井戸なら掘った事があるぞ。下水道を作る魔法は知らんのう」
「下水道は地下に何か頑丈な素材で水路を作って、川まで伸ばす感じで良いと思うんだ」
「頑丈な素材を何にするかは考えねばならんが、出来ると思うぞ」
「おお!流石おっちゃんだな!」
「そう難しい事では無さそうじゃからな」
「あ、そうそう。レンガを作る魔法はどうだ?出来れば耐火レンガで」
「それは簡単じゃ。炉を作る為に必要じゃからな」
そうか、鍛治士をしてたって事は炉が必要だからな。土魔法なら自分で作れるのか。
「レンガで地下に下水道の水路を作れば良いと思うんだ」
「そうじゃのう、それが簡単で良さそうじゃわい」
「おっちゃんから見て、工事出来るぐらいの強さの土魔法が使える奴って、それなり居るのか?」
「そんなに多くはないが、これから鍛えれば大丈夫じゃろう。練習には事欠かぬしの」
「そりゃあそうだな」
町を一からってなると工事の量もかなり多くなるだろうしな。
「じゃあ俺はお嬢の所へ下水道の話をしに行ってくるな!」
「おう、またの」
さて、お嬢の所へ戻るか。
お嬢の所へ戻ると、サジンと牛の様な特徴を持った獣人が居た。
「よっ!戻ったぜ」
「おかえりなさい。魔物は居なかった?」
「ああ、見える範囲には居なかったぜ。ところで、この娘はどうしたんだ?」
赤みがかった茶色い髪を短くして、牛の様な角を生やしている女子高生ぐらいの年頃の娘は、ぽやっとした様子で俺を見ていた。
「この子、テルルは深緑の国で農業をやってたの。それでこの周辺の土地が農業に向いてるか聞いてたの」
「この辺りの土は元気いっぱいですぅ。野菜さんも麦さんもいっぱい育ちそうですぅ」
間延びした様な喋り方で話すテルルは、土の声が聞けるという特別な力を持っているらしい。
だからこの若さで深緑の国の農家の纏め役をやっていたそうだ。
「そりゃあ良い事だな。農業をやるなら生命魔法を教えてやったら良いんじゃねぇか?」
「そうね、後でアーリアに言って、教えてもらえるようにお願いしておくわ」
「なぁ、お嬢。町を作るに当たって下水道の事って考えてるか?」
「もちろん考えてるわ」
流石に考えてたか。下水道を整備してねぇと疫病とかの元になっちまうからな。
「さっきおっちゃんとも話して来たんだけど、レンガを魔法で作って地下に水路を作るのはどうだ?」
「地下にって大掛かりになりそうね」
「上に建物を建てる前にやっちまう方が良いから、やるなら今のうちだな」
「そうね、バラックと相談してみるわ」
お嬢は地図を見ながら下水道をどこに設置するか考え始めた。
「サジン、お前は何を担当するんだ?」
「俺はハーナリアの補佐兼護衛だな」
「そうか、補佐はお前一人か?」
「いや、他にもう一人居るが、今は別の所で指示を出している」
ん?もう一人居るのか。誰なんだろうな?レジーナか?
「レジーナか?」
「いや、ヨーガという猫人族の男だ」
「誰だそりゃ?」
「ハーナリアと一緒に王国から来た者だ」
王国の奴かぁ、補佐が出来るくらい優秀な奴も混ざってたんだな。
まぁ、いずれ会うだろう。
「そうそう、塩についてはどうするんだ?」
「塩について?ああ、地図によると近くに岩塩が取れる場所があるから、そこで採掘するつもりよ」
近くにそんな場所があったのか。ってかその地図ってそんな事まで載っているのか?えらい詳しいな。
「その地図って誰が描いたんだ?凄ぇ詳しい事まで載ってるんだな」
「この地図は王国でも名高い冒険者が描いたものよ。仲間と共に色んな場所へ行っては地図に起こしていたのよ」
「冒険者なんて居たのか?」
「ええ、国の騎士だけでは手が回らないから、魔物の退治や色々な素材を集める為の組織があったの」
「その地図を描いた奴は居ないのか?」
「その冒険者の行方は分からないの。強い冒険者だったから、どこかで生き延びているとは思うのだけど……」
「そうか、どこかで会えたら良いな」
良し、これで最低限生きていくのに必要な事は聞いたな。
それから数日は色んな場所に顔を出しつつ、見廻りの仕事をして過ごした。
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