第30話 邪印教典
「さて、どうしましょうか?多勢に無勢ですねぇ」
クルンドは俺達に囲まれているにも関わらず、どこか余裕のある態度で相対している。
「この人数相手に勝てるつもりか?」
「いえいえ、むしろ何故私が負けると思うのですか?神からの御加護のある私を倒せるとでも?」
「ああ、倒せるさ。お前は今日ここで殺す」
「おお!怖い事をおっしゃいますね」
皆に目で合図をして構える。トートは先程から無言でクルンドの背後に立っているが、戦いが始まれば動くだろう。
「『熱線弓』!!」
紅い極太のレーザーの様な熱線が空気を焦がしながらクルンドを飲み込む。クルンドは避ける事も壁を作る事もせず立っていた。
「よし!やったよ!!」
「いや!だめだ!」
熱線が消えた後には、無傷のクルンドが変わらず立っていた。
「少し熱かったですね」
「何だと!?効いてないのか!」
「カイル!どいて!『気氷貫槍』!」
巨大な氷の槍がクルンドに向かうが片手で止められてしまう。
「うん、軽いですね。この程度では負ける事は無理ですね」
「くそが!ぜぇりゃあ!」
練り上げ固められた気を脚に纏い前蹴りを放つ。
その蹴りはクルンドの左手でいなされ、右手での掌底が向かってくる。
「ちっ!」
掌底を回し受けで受け流し、至近距離から膝蹴りを放つ。しかし、膝に手を置いてその力に逆らわず上への力を利用した後方宙返りにより威力を殺されてしまう。
「こいつ、強ぇ!」
「ふふふ、貴方達が弱いのですよ。そんなのじゃあこの世界で生きていけないですよ?」
「うるせぇよ」
「はっ!」
俺とクルンドが喋っている隙にセラがクルンドの左側から上段回し蹴りを放つ。
瞬間移動じみた速度で近寄ったセラの蹴りは、クルンドの頭に決まる。
「軽いですね」
蹴られた衝撃で少し頭が動いたがダメージは無かった。クルンドはセラの脚を掴み投げ飛ばす。
「セラ!」
「大丈夫です!」
セラは飛ばされながらも上手く受け身をとり、着地する。
「バラバラに攻めてもだめだな。相棒、いくぞ!」
「おう!」
サジンがクルンドの右側より袈裟斬りを放ち、俺は左側より体勢を低くして下段蹴りで足払いをする。
サジンの魔力の剣は流石に体で受ける事が出来ないのか、いつの間にか手に持っていた深い緑の剣で受け止める。
剣に意識が向いたクルンドは、足払いを受けてバランスを崩す。
「ぜぇりゃあ!」
「はっ!」
手を強く地面に叩き付けた反動で立ち上がりながら上段蹴りを放つ。
バキィィ!
蹴りを受けた腕から骨の折れた音がし、苦悶の表情を見せる。
その隙にサジンが気の剣で下段より斬り上げる。
「ぐぅ、流石にこれは痛いですね」
斬り上げで胴体を斬られたクルンドはよろめきながら後ろに下がる。
「もう少しだ!やるぞ!」
「ふぅ、仕方ありませんね。神の御力をお借りしましょう」
右手で何やら印の様な形を取ったと思った瞬間、眩い光が辺りを覆った。
光が収まると、そこには深緑色の鎧を着たクルンドが居た。
「これをすると少し疲れてしまうのですがねぇ。仕方ありませんか」
瞬きをした瞬間、クルンドは目の前から消えていた。
「ぐぁあっ!」
「キクリシス!!」
背後から聞こえた苦悶の声に振り返ると、キクリシスが背中を斬られていた。
「レジーナ!頼む!」
キクリシスの治療をレジーナに頼み、クルンドへ駆け出す。
「ぜぇりゃぁ!!」
強烈な踏み込みと共に最速の前蹴りを放つ。
ギィィィィィン!!
前蹴りを剣で弾かれる。追撃の為に左脚を踏み込もうとしたが、クルンドは目の前から消える。
「ぐっ!」
「ローグスト!」
サジンの声にじいさんの方を見ると、じいさんの背後に現れたクルンドにじいさんが斬られる。
「こいつ!速過ぎるぞ!セラ!足止めを頼む!」
「わかりました!!」
返事と共にセラの姿も掻き消える。
ギィン!ギィン!
俺達の周りで剣と気で強化された脚のぶつかる音が響く。
「きゃぁ!」
「セラ!」
セラが俺の方に吹き飛ばされて来た。セラを受け止めながらクルンドを探す。
「レジーナ!後ろだ!」
「えっ?きゃっ!!」
レジーナが気付いた時には、既にクルンドが振りかぶっていた。
「貴方はちょっと邪魔ですね」
「くそが!」
キクリシスに治癒魔法を使っていたレジーナが斬られる。
「陣を組むんだ!皆集まれ!!」
サジンの掛け声に斬られた者を集めてその周囲で構える。
「どうする、相棒!?」
「姿を捉えられぬから斬ろうとした所をやるしかあるまい!!」
確かに力を入れて斬ろうとすると立ち止まって斬る事になる。
「アーリアは生命魔法で斬られた奴を治療してくれ!」
「分かったわ!」
俺とサジンとセラで三方向を警戒する。
「無駄だと思いますよ?」
目の前に一瞬にして現れたクルンドが言う。
脚では遅いと、クルンドを掴もうとするがまたもや消える。
「……サジン、俺が囮になる。隙をみて攻撃してくれ」
小声でサジンに頼む。動きを止める為には斬られるか刺されるかしかねぇ。
「おい、クルンド。お前のくそ神の加護ってそれだけか?ただ速くなっただけじゃねぇか。所詮は紛いもんだな」
「……貴方に何が分かるのですか?」
狂信者の様に見えるクルンドは俺の言葉に静かに怒りの表情を浮かべている。
「邪神って言ってるけど、そいつ本当に神か?唯の詐欺師じゃねぇのか?」
「黙りなさい」
「ぐっ!」
腹が熱い。逆鱗をついたのか、クルンドは一瞬で目の前に現れ剣で俺の腹を刺し貫く。
「ぐっがぁぁぁ!今だ!サジン!」
「おう!!」
剣を持った腕を掴み、渾身の力でクルンドの動きを止める。
「くっ!」
首を狙った斬撃を掴まれていない方の腕の鎧で受け止める。
ザシュッ!!
首への斬撃が防がれたサジンは反対の手に持っていた剣でクルンドの腕を斬り落とす。
「ぐがぁぁぁ!セラ!治癒の魔法を頼む!」
刺された剣を抜きセラに治癒を頼む。傷口さえ塞がれば完全に治らなくても良い。今はクルンドに止めを差さねぇと!
「……これは少し拙そうですね」
「少しなんかじゃねぇよ。お前はここで終わりだ」
斬り落とされた腕を押さえたクルンドは、額より汗を垂らし顔色を悪くする。
「じゃあな!止めだ!」
「待て!!」
止めを差そうとした俺の前にゲルガが現れる。
こいつ今まで見なかったけど、どこに居たんだ?
「止めるな!ゲルガ!!」
「そういう訳には行かないんだよ。これでもクルンド様はお偉いさんだからな」
「退きなさいゲルガ」
「いや、今は無理だな」
クルンドが前に出ようとするが、ゲルガは退けない。
「ここであんたが殺されたら俺が怒られちまう」
「誰にですか?」
「それは直接本人に会ってから確認してくれ」
ゲルガが胸元から取り出した何かのシンボルの様な印が光を放つ。
「クルンド、お前負けたのか?」
いつの間にかゲルガの横に金色の髪を肩程まで伸ばした一人の男が立っていた。
クルンドと同じローブを纏っていたが体格が全く違う。どちらかというと細身なクルンドと違い、その男はローブの上からでも分かる程、体を鍛えていた。
こいつはやばい!
その男を見た瞬間から冷や汗が止まらない。
「皆、動くんじゃねぇぞ!!」
「ほう、中々使えそうな者がいるじゃないか」
「お師匠さん、こいつは邪教徒じゃないですぜ」
「師匠だと!?いや、その前にどうやってここへ来やがった!?」
「転移だ」
転移だと!?そんな魔法は無かった筈だ!邪法には転移があるのか!
驚きを隠せない俺の前で話が進んでいた。
「お師匠さん、とりあえずクルンド様の治療をしないといけねぇ」
「治療ならば一度本拠地に戻らねばなるまい。使徒ともあろう者が情け無い」
「申し訳ありませんね」
「って事で、俺らは本拠地に帰るからほっといてくれねぇか?」
「くそっ!仕方ねぇか」
俺達全員が万全の状態で戦ってもゲルガの師匠には勝てそうにねぇ。くそが!
「では、カイルさんまたお会いしましょう。この借りは次にお会いした時に」
「次こそ殺す!」
「行くぞ」
ゲルガの師匠がゲルガと同じ印を取り出した瞬間三人は消えた。
「くそが!!何だあいつは!!」
「とりあえず治療だ!お前の腹はまだ完全に治ってないだろう!」
サジンの言葉の通り、表面上は傷が塞がってるが治った訳ではない。
「わしらは結局足手まといになってしまったぞい……」
「そうだね、俺もだよ」
じいさんとキクリシスは斬られた事に意気消沈している。
「邪教か、強くならねば皆生贄にされてしまうな」
「そうね、強くならなきゃ」
サジンとアーリアがクルンド達の居た場所を見つめながら拳を握り締める。
「アーリア、セラ、レジーナ。皆の治療を頼む」
「はい、分かりました」
皆の治療が終わり、邪教徒が拠点にしていたこの砦を調べる事にした。
「何か見つかったか?」
「こちらは何も有りません」
二手に分かれて拠点内を捜索しているが目ぼしい物は特にない。
「大事な物は特に置いてなかったんじゃねぇのか?」
「使徒と呼ばれていたクルンドがおったのじゃから何かあると思うんじゃがのう」
俺達は邪教に関して知らない事が多過ぎる。これから先も邪教徒は俺達の前に現れるだろう。その為にも何か情報を得られる物を探さなければならねぇ。
「カイル!こっちに来て!!」
遠くからアーリアの声がする。あっちの組で何か見つけたのか?
「どうした、アーリア!何か見つけたのか!?」
アーリアの元に向かうと、サジンが一冊の本を読んでいた。
「カイル、読んでみろ」
「いや、俺はまだ字を完璧には覚えてねぇ。何が書いてあるんだ?」
「この本は邪教徒の教典らしい。表に邪印教典と書いてある」
「邪印教典……その表紙の図柄!ゲルガが持ってた印と同じじゃねぇか!?」
「そうだ、そしてこの中には秘術とされる邪法も少し載っていた」
「どんなのが載っていたんだ」
「眷属を作る方法と転移などの魔法系の邪法、そして邪神の加護についてだ」
「眷属の作り方だと!?」
「ああ、眷属は生贄とされた者の魂を邪神が混ぜて作るとされている」
魂を混ぜる。だから眷属共は個人の意思がないのか。くそみてぇな術だ!
「転移の邪法については後程じっくり読ませてもらうぞい。こちらも転移魔法を作らねばならぬからのう」
そうだ、俺達も転移の魔法について考えていた。転移は使われれば脅威になり得るが、使い道は広い。
「そして、邪教徒に魔力が感じられないのは、入信する時に魔力を全て邪力に置き換えられるからみたいだ」
「それで皆魔力を感じないって言ってたんだな!」
「ああ、そうだ。だが、これで邪教徒かどうかの判断はつき易いな」
「いや、それはちょっと決めるには早ぇかも知れねぇぞ?」
確かに邪教徒からは魔力は感じないだろう。しかし、邪教徒になる前の奴なら魔力を感じる筈だ。
そう、トートがそうだった。
そういえばトートはどこ行ったんだ?
「トートみたいに邪教徒に入る前の奴は魔力がまだあるからな。そういえばトートはどうなったか見たか?」
「いや、キクリシスの魔法で跡形もなく死んだと思っている」
「ああ、熱線の魔法か」
確かにあの極太のレーザーの様な魔法が放たれてからは見てねぇ気がする。
「まぁ、トートの事はどうでも良いか」
「そうだな、そちらは何か見つかったか?」
「いや、こっちは何も見つからなかった」
「ではそろそろ戻るとしよう」
「おう」
魔物だけでも大変なのに、今度は邪教か。
次から次へと問題が出てくるな。
全てを蹴散らせるくらい強くならねぇとな。
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