第22話 逃避の民
「ああ、美味い。……ほんとに美味い……」
洞穴に居た人々が安堵の表情を浮かべながら飯を食っている。
どれ程飢えていたのだろうか、涙を浮かべて食べている者さえいる。
「落ち着いて食えよ。まだまだあるからな」
「すまんな。本当に助かった」
「食い終わったらで良いから、また話を聞かせてくれ」
飯を食ってる奴らを見渡し、全員食べてるのを確認して皆の元へ一度戻る。
「お嬢、奴らは深緑の国サージュってとこから来たらしいぞ。」
「えっ?サージュから来たの!?」
驚いた表情をしたお嬢が何か考え始める。どうやらお嬢はサージュの事を知ってるみてぇだな。
「なぁ、マグラースとサージュって仲良かったのか?」
「ええ、友好的な国ではあったわ。ただ、マグラース王国よりも前に魔物に滅ぼされた筈だけど……」
って事はどれくらい漂浪してたんだ?マグラースが滅んだのが確か六十日以上は前だった筈。
それより前って事はかなりの期間彷徨ってた事になるぞ?
「とにかく一度話を聞いて見ない事には分からないわ」
「そうじゃのう。あの国が王国と同じ魔物にやられたのかも気になるしのう」
違う魔物の可能性もあるのか?そもそも俺はこの大陸がどのくらい広いかも知らねぇし、国がどれだけあったのかも知らねぇ。
大陸が広いなら強い魔物は一匹だけじゃねぇか。
「火人族のイエールって奴が纏め役みてぇだ。飯を食い終わってるようなら呼んでくるぜ」
「お願いするわ」
まだ飯を食ってる奴らの間を歩き、イエールの元へ向かう。イエールは飯を食い終わって立ち上がろうとしていた。
「イエール、ちょっといいか?うちのお嬢が話を聞きてぇみてぇなんだ」
「ああ、カイル殿か。分かった、向かおう」
イエールとお嬢の所へ向かうと、お嬢とじいさんとサジンが居た。
「相棒も来たのか」
「ああ、俺も話を聞いておこうかと思ってな」
イエールが町を出る事になった経緯から、これまでの説明をする。
やっぱり最初はもっと人が居たみてぇだな。
「そう、大変だったわね。それでこれからどうしたいの?」
「保護をして頂けるとありがたい。我らには戦える者が俺しか居ないからな」
「私達は今とある場所へ向かってる途中なの。だから町に向かう事はないわよ?」
「町の場所は聞いたが、我々だけで向かう事は出来ないだろう。俺も戦士として戦うので連れて行って欲しい」
そうだな、二十七人居て戦えるのが一人だけなら町までの旅路はきついだろうな。
そうなると俺達に付いて来るしかないだろうな。
「分かったわ。一緒に行きましょう。カイル、様子を見て大丈夫そうならあれを教えてあげてね」
「あれ?……ああ、あれの事か。分かった」
あれと言われて一瞬何の事か分からなかったが、気とチャクラの事か。
盗賊みたいな奴らには見えねぇけど、一応見極めの時間は必要か。
「あと、みんなにイエールの事を紹介してあげといてくれる?」
「分かった」
誰から紹介していくかね?とりあえずアーリア辺りからかね?
「相棒も付いて来るだろ?」
「いや、俺はハーナリアとローグストと共に少し打ち合わせをする」
「何だよ、連れねぇな」
サジンはこの集団の戦士の纏め役に収まってるからな。今後の方針でも打ち合わせるんだろう。
仕方ねぇ、アーリアを見つけてあいつを道連れにするか。
「おーい、アーリア。新しい仲間だ、自己紹介してくれ」
「あら、カイル。初めまして、私は魔法士のアーリアよ。よろしくね」
「お初に目に掛かる。イエールという」
「ところでアーリアは何してたんだ?」
「ああ、生命魔法で食糧を作ってたの」
「おっ、それが生命魔法ってやつか!」
そこではアーリアが他の魔法士を集めて土に何やら魔法を掛けていた。
土から凄い勢いで芽が出て茎が伸び、葉が生えていく。高さのない植物だから根菜の類か?
「これは芋か?」
「チルムって野菜よ。土の中に実が成るの。荒野でも育てられるから重宝してるの」
収穫した実はジャガイモみたいな見た目をしていた。ジャガイモは環境に強いから荒野でも育つんだろうな。
「生命魔法とは初めて聞いたが、凄いのだな」
目を大きくしたイエールが感心している。こんな速度で植物が成長するのを見ればそりゃあ驚くか。
「生命魔法って便利だな。これが有ればどこでも食糧に困らないな」
「そうなの。でも問題がない訳でもないのよね」
「問題?何か問題があんのか?」
「同じ場所では何回も野菜を作れないの。多くて二回同じ場所で生命魔法を使うと三回目は成長しきる前に枯れちゃうのよ」
「ああ、土の栄養の問題か」
「えっ?貴方原因が分かるの!?」
「ああ、多分な」
植物の成長には色々と土壌に栄養が必要だった筈。この世界がどれ程科学について理解してるか分からないが、微生物とか栄養素とかは理解していないだろうな。
もちろん農業を専門でやってる奴らなら経験則で分かるだろうがな。
その辺りの事をざっくりアーリアに説明すると納得した顔で頷いている。
「そういう事だったのね。だから三回目以降は生命魔法でも駄目だったんだ」
「肥料って言ってもこの辺りは荒野だから無いだろうな。それにここにずっと居る訳じゃねぇし、その辺は目的地に着いてから考えれば良いんじゃねぇか?」
「そうね、またローグストさんとも相談してみるわ」
「じゃあ俺達は他の奴らにイエールを紹介に回るぜ。お前も来ないか?」
「そうね、ここではこれ以上生命魔法使えないみたいだから付いて行くわ」
アーリアと共にイエールを紹介していく。概ね好意的な反応だったが、トートの元へ向かった時だけは違った。
「おぉ!アーリア殿ではないですか!私の元に逢いに来て頂けるなんて感謝の極みだ」
「……。俺も居るんだがな」
「何だ、貴様も居たのか。邪魔だ、失せろ」
「イエール、こいつはこういう奴だ。一応名前を伝えておくと、トートという奴だ」
「トート殿、よろしく頼む」
「何だ、下賤な者が下賤な者を連れて目障りにしかならんな」
「面倒臭いから、次行くぞ」
「ええ、そうね。こんな奴の相手なんてしていられないわ」
アーリアはトートの事を終始無視をしていた。そんなアーリアに必死に声を掛けるトートは滑稽だったが、面倒だ。
「よし、これで粗方紹介し終わったな。さっき紹介した奴らがこの集団の中心になってる奴らだ」
「すまんな、助かる。ところでこの集団に名前はないのか?」
「あー、そう言われてみると無いな。またお嬢にでも言っとくぜ」
確かにこの集団って呼び方じゃあ呼び辛いしな。
「アーリア、次はいつ出発するんだ?」
「確か明後日だった筈よ」
明後日か、それならイエール達も少し体力を回復する時間があるな。
それに俺達は馬車も持ってるから、体力のない奴らは馬車に乗って移動してもらえば良いだろう。
「イエール、お前はどんな戦い方をするんだ?」
「剣による戦闘と火の魔法の組み合わせだ。ただ、今は武器がない」
「おっ、相棒と同じ魔法剣士って奴か。剣はどうしたんだ?」
「魔物との戦いで折れてしまってな」
「それならバラックさんの所へ行けば予備があるんじゃないの?」
「そうだな、おっちゃんの所へもう一回行くか」
剣が無くても戦えるだろうが、あった方が強いだろうしな。
「おっちゃん!居るか!!」
「やかましいわい!見えておるだろうが!!」
おっちゃんといつもの挨拶を交わすと予備の武器を積んでいる馬車に連れて行ってもらう。
「予備の武器なんて持って来てたんだな」
「そりゃあのう。使えば消耗する、手入れしても限界はあるからのう」
そこには剣やら槍やら弓やらが整理して乗せられていた。
「イエールはどんな剣を使ってたんだ?」
「大剣だな、丁度そこのアーリア殿の背丈ほどの剣を使っていた」
アーリアの身長は百六十五センチ程だ。かなりでかいな。馬車を見渡しても流石にそのサイズの剣はない。
「あー、流石にそのサイズはねぇな」
「そりゃのう、そんな大きさの剣を馬車に積んだら場所を取るからのう。一番大きい剣でこの大きさじゃ」
百二十センチ程の長さの剣をおっちゃんがイエールに渡す。
「良い剣だが、ちと軽いな」
「今はこれで我慢せい。鍛治が出来る様な場所に行かん限り新しいのは作れんからのう」
まだ旅の途中だから、工房もねぇし炉も作れねぇからな。これで我慢して慣れてもらうしかねぇな。
「慣らしなら、俺とかサジンが手伝うぜ」
「その時はお願いしよう」
大柄なイエールがその剣を持つとサイズ感が少し狂っちまうな。小剣みたいに見えるぞ。
これでとりあえずはやる事は片付いた。って事でセラを探して修行の続きでもするかね?
「セラ、お前は第四チャクラを解放出来そうか?」
ガンジュの避難民に食糧を配給する手伝いをしてたセラを連れて、野営地から離れた所に移動した。
「いえ、もう少しで解放出来そうではあるんですが何かが栓をしているような感覚があります」
「お前もかぁ。サジンも似た様な事言ってたな。今日からは気を練る時に魔力も一緒に練って、それをチャクラで回す様にしな」
「それをすると解放できる様になるんでしょうか?」
「いや、分かんねぇ」
「……。えーと、カイル様?」
「サジンがそうするって言ってたからな。俺の勘でもそれは間違ってねぇと思う」
「左様ですか。かしこまりました」
二人並んで坐禅を組んで気を練り始める。
俺も次のチャクラである第五チャクラの解放を目指し、気を集め体内を会陰から順に上へ昇華していく。
次のチャクラ、第五チャクラは喉にあるとされている。子爵級以上の魔物を倒す為にも早く解放しねぇとな。
「魔物が出たぞ!」
坐禅を組んでる俺達に遠くから声が聞こえ来る。
俺達が居る方向の反対側に現れたみてぇだな。俺達は無言で目を合わせて頷き合い、魔物が居る方向へ向かって走る。
「相棒!どんな魔物だ!?」
戦う準備を終え、陣形を組んでいたサジンに聞く。
「それが俺も見た事のない魔物なのだ」
「儂も見た事ないのぉ」
魔法士団団長であったじいさんさえ見た事ないのか。
どんな魔物だ?と、魔物が居る方向を見ると奇妙な物体が浮いていた。
それは手足や目にあたる器官は存在せず、錆びた鉄の色をした一メートル程の丸い物体に触手めいた物が無数に生えた魔物だった。
「何だありゃ?」
「強さが分からんから油断するな」
今まで出会った魔物はある程度ベースとなっている生物が分かった。
ガルンジアなら虎、ギーズなら蟻、ツーミシラならアメリカンバッファローといった風にベースは動物や虫や植物など地球にも居た生物に似たものが元に成った魔物であった。
しかしこの魔物はそのベースとなる生物が分からない。
「おかしいわ。この魔物、魔力を感じないわ」
「はっ?魔力を持ってるから魔物じゃなかったのか?って事はこれは普通に動物か虫なのか?」
「いや、そんな事はない筈じゃ。こんな禍々しい雰囲気の動物や虫など居ないのじゃぞい」
よく分からねぇ生き物だな。
動く気配もねぇからとりあえず様子見するか、と思っていたら突然目の前から魔物が消えた。
「えっ!消えたぞ!どこに行ったんだ!?」
焦った様子のキクリシスが周囲を見渡す。
「!?カイル!後ろだ!」
その言葉に後ろを振り向かず、一瞬で脚を気で強化して後ろ回し蹴りを放つ。
ギィィィン!!
何か壁の様な物を蹴った感覚が脚に伝わる。
回し蹴りを放った反動を使い、素早く後ろを振り向くとさっきの魔物の周囲に鈍く七色に光る半透明の壁が出来上がっていた。
「おかしいぞい!魔力の気配がないのじゃ!!」
ガキィィッ!!
サジンが俺の反対側から斬り掛かったが同じ様に半透明の壁が出来上がり防がれる。
「『気炎貫矢』!!」
キクリシスが放った気で強化された火を凝縮した矢は魔物の触手めいた物により撃ち落とされる。
「!触手が少し焦げてる!火を使うんだ!!」
「『剛炎斬』!」
イエールの火を纏った斬撃により、魔物の前に張られていた半透明の壁が斬り裂かれる。
「ぜぇりゃあ!!」
気を火に変換し纏った脚で渾身の踵落としを叩きつけると魔物は体を裂かれて燃えていく。
構えを解かず見ていたがどうやら倒せたみたいだ。
「何だったんだ、こいつは……」
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