第18話 闇夜と死刃

 いつの間にここまで近寄って来た?

 五感に加え、勘まで鋭い筈の俺に気付かれず、ここまで近寄られた事に警戒が強くなる。


 「セラ、下がってろ。」


 生命力まで気に変換した反動か、気を練り始めるが気の集まりが悪い。


 「ジャァァァ!!」


 巨大蛇は俺に噛み付こうと、涎を垂らしながら迫ってきた。


 「くそっ!」


 右脚での上段蹴りで蛇の頭を蹴り、いなす。蛇の涎が飛び散り、俺の服に掛かった。

 汚ねぇな!と思ったが服が溶け出したのを見て、毒か!と慌てて服を脱ぐ。


 「このままじゃ分が悪ぃな!セラ、隙をみて逃げるぞ!引き付けておくから荷物を用意しろ!」


 「かしこまりました!」


 蛇の意識がセラに向かわないように、攻める。


 今ある限りの気を纏い、ゆっくりな動きから急激に早く動き緩急を付けて前蹴りを放つ。


 「ぜりゃぁ!」


 前蹴りは蛇の胴体に当たり、少し後退る。

 蛇は頭をゆらゆらと揺らしながら噛み付くタイミングを見計らう。


 「準備出来ました!」


 「よし!すぐに行く!」


 目眩しの為に脚の気を火に変換し、大きく円を描いて回し蹴りを放つ。火を嫌がったのか蛇が後ろに下がった瞬間、駆け出した。


 一瞬にして背嚢を背負いセラを前に抱えて走り出す。

 辺りは暗い為、枝が顔に当たる。


 「セラ!防御の魔法は使えるか!?」


 「簡単なので宜しければ!」


 「それでいい!使ってくれ!!」


 「はい!『逆向く風』!」


 セラが放った風の防御魔法により、枝や木が顔や体に当たる事は無くなった。これで速度が出せる!


 「同時に灯りの魔法は出せるか!?」


 「同時には魔法を使えません!」


 くそ!魔法は同時には使えないのか!仕方なく勘頼りに走る。


 背後では蛇が迫って来てる音がする。

 拙ぃな、このままじゃ追いつかれると思い、もう一度セラに提案する。


 「セラ、防御魔法を止めて奴の目を眩ませる魔法使えるか!?」


 「……!使えます!」


 「合図をしたら撃ってくれ!……今だ!」


 「『迸る閃光』!!」


 俺の背後で光が爆発した。強烈な光に蛇が悲鳴を上げる。

 今の内だと、速度を上げて森の中を駆け抜ける。三十分程走ると背後の気配は無くなった。


 「ふぅ、何とか逃げ切ったみたいだな。」


 「ええ、姿は見えません。」


 「だが、このまま止まってると追い付かれるかも知れねぇ。しんどいだろうが夜通し歩くぞ。」


 「はい、かしこまりました。」


 セラを下ろす時に小さく「あっ」と言う声が聞こえた気がした。何だ?と思うがセラは無表情の為、気の所為かと思いそのまま下ろす。


 その後、朝まで歩いたが蛇は現れ無かった。


 「交代で少し仮眠を取るぞ。」


 「はい、先にお休み下さい。」


 「すまんな。」


 一時間ずつ仮眠を取り、また森を歩き出す。

 何となく森の雰囲気が廃墟の周りと近付いて来た気がする。もう少しだと!気合いを入れ直し、無言で歩いて行く。


 日が暮れ始め、野営の準備をする。今回は襲撃に遭っても直ぐに逃げれる様に、荷物を側に置いて火を使わずに食事を取る。


 「多分もうすぐで目的地の廃墟に着くと思う。」


 「それは朗報ですね。……今日もあの蛇がやってくるでしょうか?」

 

 「さぁな。出来れば来て欲しくねぇけどな。」


 だいぶ調子は戻って来た。第四チャクラのお陰か周囲の自然からも気を集められる様になっていた。そのお陰で気を練る事も上手く出来る様になってきた。


 「カイル様、お願いが有るのですが、宜しいでしょうか?」


 「何だ?」


 「私に戦い方を教えて欲しいのです。」


 「戦い方?俺のか?素手での戦いになるぞ?」


 「はい、貴方様のです。私は兎人族なので他の種族より脚力が強いので丁度良いのです。」


 「誰かに習った訳でもねぇし、我流だぞ?良いのか?」


 「はい、カイル様に教えて欲しいのです。」


 「分かった。但し、余裕がある時にな。」


 足手まといになってるのが気に掛かっていたのだろうか?セラはいつもと違う真剣な表情でお願いしてきた。


 「さぁ、完全に暗くなる前に先に寝てくれ。俺は魔法が使えねぇから、夜はセラに頼る事になる。」


 「かしこまりました。」


 セラは横になると直ぐに寝息が聞こえて来た。昨夜も余り寝れず、今日も歩き通しだったから疲れていたのだろう。


 一人になった俺は坐禅を組み、気を練りながら考える。


 第四チャクラはどんな能力があるんだったかなと。


 確か能力は状態異常の回復、癒しの力、共感力の三つ。そしてよく分かっていない星辰体の強化だ。

 星辰体については元の世界でもちゃんと調べた事がない。いずれ何らかの形で分かるだろうと、気にしないでおく。


 属性に関しては確か空気だった筈。白いツーミシラの時に咄嗟に使ったが、これは上手く使えば川を渡る時に使えるかもしれねぇ。


 坐禅を組み始めて三時間が経ち、そろそろ交代かと思って立ち上がる時に勘が働き嫌な予感がした為飛び上がった。


 飛び上がった瞬間、足元の地面が裂ける。


 何だ!何が起こったんだ?と、背後を振り向くとそこには昨日の蛇が居た。


 「セラ!起きろ!!」


 「はっ!何事でしょうか!?」


 「また奴が来やがった!」


 今の俺の状態は七割は回復している。これなら戦えるかと思い構える。


 「ぜりゃぁ!」


 一瞬右にフェイントを入れて左から中段蹴りにて胴体を狙う。蛇はフェイントに掛かり右を向いてしまった為、胴体に蹴りを食らう。


 「硬ぇ!」


 七割の気ではダメージを与える事は出来なかった。仕方ないまた逃げるしかねぇか、と諦め蛇の隙を探る。


 「セラ、また逃げるぞ!準備しろ!」


 「準備は出来ております!」


 「魔法を頼む!」


 「『迸る閃光』!」


 昨日と同じ魔法を放ち、蛇の目を眩ます。

 よし、今だ!と後ろを振り向きセラを抱えようとした時、背中が切り裂かれた。


 「がはっ!」


 「カイル様!!」


 蛇は目を眩まされていなかったのだ。そして眩い閃光の中、正確に俺を攻撃してきやがった。多分風の斬撃だ。


 「ぐっ!」


 蛇に向き直るが背中の傷が深く、力が抜けてくる。


 「『天与の癒し』」


 セラの治癒魔法が俺の背中に放たれる。しかし傷が深過ぎた為、完全には傷が塞がる事は無かった。


 「そういえば蛇は熱でも獲物を感知するんだったな。くそっ!」


 熱ならば火だと、気を限界まで火に変換して体に纏う。


 「これでも喰らいやがれ!」


 そのまま駆け出し、左右へのフェイントを入れて前方宙返りをして加速した踵を蛇の鼻先に落とす。


 「ギィィィ!」


 蛇は鼻先への踵落としを喰らい、のたうち回る。


 「今だ!行くぞ!」


 変換していた火を霧散させて、背嚢を背負いセラを前に抱えて走り出す。


 一時間程森を駆け抜け、もう大丈夫かと思うと膝から崩れ落ちる。


 「カイル様!?」


 「すまねぇ……、傷が開いたみたいだ。」


 背中に背負っていた背嚢が赤く染まっている。


 「早く服を脱いで下さい!!」


 服を脱ぐと右肩から腰までの深い切り傷があった。


 「そんな……!?こんな怪我で貴方は!!」


 「悪ぃけど、もう一回治癒魔法使ってくれねぇか?」


 「ーーーっ!もちろんです!!『天与の癒し』!」


 暖かい光と共に背中の傷が塞がっていく。やはり一回で完全に塞がる事はなく、セラはもう一度治癒魔法を使った。


 「悪い、少し寝させてもらう。」


 「はい、お休み下さい。」


 血を失い過ぎたのか、眠気に勝てず意識が薄れていった。意識を失う直前に見えたセラの顔はまた悲痛な顔をしていた。


 またそんな顔をさせちまったな……。


 そうして完全に意識を失った。


 「……はっ!」


 目を覚ますと、まだ周りは暗かった。頭に柔らかい感触を感じながら起き上がると、どうやらセラが膝枕をしてくれてたようだ。


 「すまんな。どれくらい寝てた?」


 「いえ、お気になさらず。二時間程でしょうか?」


 「そうか、まだ夜明けまで時間があるな。もう大丈夫だ、次はセラが仮眠を取ってくれ。」


 昨日からまともに寝れてない為、セラに寝る事を促す。


 「はい、では少し休ませて頂きます。」


 セラが寝始めたので俺は体の状況を確認する。


 傷は塞がった。気は五割程まで減っている。今、蛇と戦う事になっても勝てないだろう。


 「はぁ、地道に坐禅で気を集めるしかねぇか。」


 そして坐禅をして気を集め始める。


 くそっ、こんなに魔物から逃げ回るのはこの世界に来て初めてだ。そう思うと弱い自分が悔しかった。


 「強くならなきゃな。大事な奴らを守る為にも。」


 「貴方様はいつもそうやって努力されておいでなのですね。」


 「悪ぃ、起こしちまったか?」


 俺の呟きが聞こえたのかセラが起き出して来た。まだ寝始めてそんなに経ってない筈だ。


 「まだ寝てて良いぞ。」


 「いえ、目が醒めてしまって。」


 寝れないなら仕方ないかと保存食を取り出して食べ始める。食べれる時に食べとかねぇと、いつ奴が現れるか分からねぇからな。


 「……。私は守られているだけで、足手まといになってる事が悔しいです。」


 「仕方ねぇさ、今まで戦いとは無縁だったんだろ?」


 「はい。しかし、私は貴方と共に立ちたいのです。」


 セラはいつもの無表情ではなく、悔しそうな顔をして心情を吐露した。

 いきなり戦えって言われても、誰も戦える訳ねぇのにな。


 「それはこれから頑張れば良い事だ。それまでは俺が守ってやるよ。これからも付いて来るのならばな。」


 「はい、私は貴方様に付いて行きます。ずっと。」


 保存食を食べ終わり、寝れないならあの蛇との距離を開けておこうと暗い中歩き出す。


 「!?カイル様!!対岸に灯りが見えます!?」


 「何だと!何処だ!?」


 セラが指差す方向を見ると焚き火をしているのか灯りが見えた。

 よし!戻って来た!!と灯りに一番近い対岸に走る。


 「良し!あの廃墟だ!!」


 後はこの川を渡るだけだ。問題は気の変換が想像通り上手くいくか?そして気が足りるかだ。


 「問題は気が足りるかだな。まぁ何とかなるだろう。セラこっちに来い。」


 「はい、カイル様。」


 セラを抱えて気を集める。そして脚の裏に凝縮する。


 「行くぞ!しっかり捕まっておけ!」


 川に向かって助走を付けて飛び出す。


 そして脚が川に付く前に脚の裏の気を空気に変換し、それを踏み込み更に前へ進む。


 「良し!いけるぞ!!」


 「ギシャァァァ!!」


 川の半分程渡った所で背後から咆哮を上げながらあの蛇が現れた。


 「しつけぇ奴だな!このまま渡りきるぞ!」


 より一層踏み足に力を入れて、距離を伸ばしながら川を渡る。


 「カイル様!蛇が川を渡って来ます!!」


 「なんだと!?」


 蛇は激流の川の水面をサーフィンでもするかの如くするすると渡ってくる。


 「拙ぃな!サジン!!居るかぁ!!」


 「カイルか!!」


 丁度サジンが不寝番をしてたのか、焚き火の辺りから声が聞こえる。


 「魔物が俺の後ろに付いて来てる!!手伝ってくれ!!」


 「カイル!!分かったわ!!」


 アーリアも起きて居たのか返事が返ってきた。


 後、一メートル!最後の一歩を踏み出した時に背後から風の刃が迫ってきた。


 「カイル様!風の刃が!?」


 「くそがっ!」


 「『逆向く気壁』」


 俺の背後に気の気配を感じる。気を混ぜた魔法か!とそのまま対岸まで飛び立つ。


 「よし、着いたぜ!セラ、離れてろ!!」


 「はい!」


 対岸に辿り着いた俺は直ぐに背後に向き直る。

 隣りに誰かが立つ気配がする。


 「遅かったな、相棒。」


 「そうよ、待ちくたびれちゃったわ。」


 「すまんな。ちょっと川遊びをし過ぎてな。」


 この軽口が懐かしい。サジンとアーリアが隣りに立っていた。


 「なんだ!?この魔物は?」


 「皆さん魔法を放ちます!『気刃の山颪』!」


 「おっ!シジールとレジーナも来てたのか?」


 レジーナの魔法は蛇が放った風に相殺される。


 「気を付けろ!この蛇、牙に毒があって風も操るぞ!あと、だいぶ硬ぇぞ!」


 「貴方、早く言いなさいよ!」


 蛇は魔法を相殺しながら川を渡りきった。


 「さて、今俺は本調子じゃねぇから頼らせてもらうぜ。」


 「あぁ、任せてもらおう。」


 そして蛇を半円の陣形で俺、サジン、アーリア、シジールで囲い込む。

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