第16話 雷鳴と決死

 「おっ、少し景色が変わってきたな!」


 馬に乗っての移動は体力的にも時間的にも助かっている。やっと荒野が終わり、緑が増えてきた。

 エヨーナを出て、二日。視界の先に森らしきものも見える。


 「だいぶ時間を食っちまった。アーリアやサジンはどうしてるかね?」


 森が見えたという事は、あの廃墟まできっとそう遠くない筈だと根拠もなく思う。ここまで移動時間だけで四日掛かっている。俺はどれだけ流されてたんだと、自分の事ながら呆れてしまう。


 森の手前まで着くと何かが争った形跡があった。


 「魔物同士で戦ってたのか?ん?人の足跡もあるぞ?」


 人の足跡が有るという事は近くに村でもあんのか?と思うが周囲に人の気配がない。


 「まぁ、行けば分かるだろう。しかし、どうすっかな?」


 森の中までは流石に馬に乗っての移動は出来ない。しかし、川が森の側を通っている為森から離れると道が分からなくなる可能性がある。


 「仕方ねぇか。世話になったな。元気でやれよ。」


 馬に付いてた装具を外し馬を荒野に離す。馬はいななきを上げ、元来た道を戻って行った。


 森の中を進んでいると、何かが森を移動した痕跡を見付けた。魔物なのか人なのか?どちらかは分からないが、俺が進む方向に向けて痕跡が続いている。何が居るんだ?と注意しながら三時間程進むと、急に大量の人の気配を感じた。


 「ーーーーだ。待て、何か来たぞ!」


 「なに!こんな森の中でか!?」


 警戒した様な声が聞こえて来た為、手を上げて敵意のない事を示しながら声の方へ進む。

 驚いた事にそこには森を切り拓いて拠点らしきものを作っていた。


 「何者だ!」


 「怪しい者じゃねぇ!」


 いや、こんな所で一人で居るってどう見ても怪しいよなと思いながら立ち止まる。


 そこには甲冑を付けた騎士らしき者や、ローブを着た魔法士らしき格好をしたものや色々な奴が居た。


 「魔物と戦ってて川に落ちて流されてちまったから町に戻ってる途中だ!」


 視界の端に見えていた川を指差しながら言うと、みんなギョッとした顔をしてた。


 「あ、あの流れの速い川にか?」


 「そうだ。近寄ってもいいか?」


 「あぁ、良いだろう。」


 こいつ等はこんな所で何をしてるんだと思って聞いてみたら、魔物から逃れて来たと説明してくれた。最初にこちらに声を掛けてきた男と話していると、奥から身なりの整った女と立派な鎧を着た若そうな騎士、それとローブを着た魔法士の様な格好をしたじいさんがこっちにやって来た。


 「貴方は何者かしら?」


 「お嬢様、あまり近寄ってはなりません。

 貴様、早く答えろ!」


 なんだこいつ等?偉そうな奴が来たな面倒くさそうだと考えているとじいさんが間に入った。


 「待ちなされ、そう高圧的に出るものではないわ。そこの若者、どこから来なさったのかな?」


 「ナーグルって町だ。正確にはナーグルからトルガナを経由して廃墟から川に流されてここに居るな。」


 「ナーグルとな?う〜む、聞き覚えがない名前じゃ。誰か地図を持って来なさい。」


 じいさんと同じ様な格好をした奴が一枚の大きな紙を持って来た。


 「ほれ、そこの若者。こっちに来て教えてくれんかの?」


 「分かった。あと、俺の名前はカイルだ。」


 「おぉ、名前を名乗ってなかったのぉ!儂はマグラース王国で魔法士団の団長をしとったローグストと言うものじゃ。」


 「私はナルサート伯爵家の長女、ハーナリアよ。」


 「ほれ、お主も名前を名乗らぬか。」


 じいさんが偉そうな騎士にそう言うが、騎士は名乗らずにこちらを睨みつけていた。何が気に食わないんだかな?


 「しょうがないのぉ、こやつは副騎士団長だったトートという者じゃ。」


 「ところでなんで全部過去形なんだ?」


 「それはのう、国が滅びてしまったからじゃ。」


 「国が滅びた!?」


 「その辺も含めて説明してやろう。こちらに来るがよい。」


 じいさんが拠点の中央にある大きいテントに入って行ったので付いて行く事にした。


 「改めて、ほれ、この地図で町の場所を教えてくれんかの?」


 その地図は川より北の事はそれなり詳細に描いてあったが、川より南はあまり詳しく描かれてなかった。


 「大体この辺りだな。」


 「ほう、こんな所にも町があったのか。」


 「んで、何で国が滅んだんだ?ってか、それっていつの話だ?」


 「そうじゃの、大凡五十日程前の事じゃ。」


 「結構最近じゃねぇか!何があったんだ?」


 「伯爵級の魔物が現れたのじゃ。」


 伯爵級?聞いた事もない分類の仕方だな、変異種とか上位種とかとは別なのか?

 疑問に思ってたのが顔に出ていたのか、じいさんが説明してくれた。


 魔物には強さにより、貴族の位に合わせた階位に分けて呼んでいるそうだ。

 男爵級より始まり、子爵、伯爵、侯爵、大公と五段階に分けられており、男爵級の魔物一匹を倒すのに騎士団を百人集めて七割の被害と共に討伐できるとされている。


 「伯爵級って相当やばそうだな。」


 「やばいってものじゃなかったわ。国中の騎士、魔法士を集めて更に市井の民にも協力を求めて全滅したもの。」


 そうなると、なんでこいつ等はここに居るんだ?と思い、聞くと。


 「私達の領土は王国の最南端だったの。私達の領土にも魔物が現れ、お父様やお兄様、伯爵領の騎士団長が戦いに出たの。でも足止めにしかならなかった。お父様は私に伯爵領に逃げ延びていた王立の副騎士団長と魔法士団団長を付けて、王国の再興を願って逃してくれたの……。」


 「そうだったのか……。」


 でも、逃げたって言っても足止めじゃあその魔物が現れるんじゃねぇか?伯爵級の魔物ってどんな強さだよ?


 「ガルンジアの上位種ってどのくらいの強さに当たるんだ?」

 

 「ガルンジアの上位種だと!?男爵級の一歩手前の魔物ではないか!?」


 「なに?ガルンジアの上位種で男爵級の手前なのか?」

 

 「カイルよ、ガルンジアの上位種と戦った事があるのか?」


 「ああ、やっつけたぜ!」


 「嘘を言うな!お前如きに倒せるはずがない!」


 「いや、お前が俺の何を知ってるんだ?」


 「カイルからは魔力を感じないからのぉ。儂も信じる事は出来んわい。」


 確かに俺は魔力はないが、気の力がある。気の力はチャクラを解放した者にしか分からないから仕方ねぇか。


 「気ってやつを使えるんだよ。魔法とは別の力だ。」


 「気とな?それはどんな……。」


 「誤魔化しても無駄だ!そんな力が有るなら見せてもらおう!!」


 じいさんの言葉を遮ってトートが剣を構えた。


 「やるっつうならやってやるけど、外に出てやるぞ。」


 「逃げるなよ。」


 「あほか、なんでお前相手に逃げなきゃなんねぇんだよ?」


 じいさんもお嬢も止める事なく、俺達に付いて外に出る。


 「トートよ、力を見る為なのじゃから殺すのではないぞ。」


 「分かってます!」


 トートは中段に身の丈よりも大きな剣を構えてこちらを窺ってくる。


 俺は左手左脚を前にして構え、気を巡らせチャクラを回す。


 「では、始めじゃ!」


 トートは掛け声と共に上段より斬り掛かってくる、それに対して気で硬化した腕による回し受けで受け流し、下段蹴りを放つ。

 トートは体が流されながらも片脚を上げて躱し、大剣を地面に叩き付けて剣を切り返す。下段より上がって来た大剣を飛び上がって躱し、そのまま前方宙返りをしながら踵落としを放つ。

 上体が上へ逃げていたトートは躱す事が出来ず、肩に気が込められた踵落としを食い倒れてしまう。


 「そこまでじゃ!」


 「貴方強いじゃない!」


 「そうじゃの、王国でも見た事ないような体捌きじゃ。」


 「誰か来て、トートを介抱してあげなさい。」


 お嬢が呼ぶと、メイドの様な格好をした女が二人来てトートに手当てをしていた。


 「で、これからじいさん達はどうするんだ?」


 「そうじゃのう、ここを拠点に領域を増やしていこうと思っとったんじゃが物資が足りんでのう。」


 「それならここから川沿いに東に馬で二日程の所にエヨーナって町があるぞ。」


 「なんと!そんな近くに町があるとは!それは朗報じゃ。」


 「貴方はどうするの?」


 「俺はこのまま川を遡って町を目指す。」


 「そう。ねぇ、よかったら私達と共に来ない?」


 「待たせてる奴らが居るからそうはいかねぇな。」


 「魔物はいずれ南下してくるわ。私達より北に有った国は全て魔物によって滅んだの。いずれ貴方の元へも魔物はやって来るわ。」


 「だろうな。町に戻ったらみんなに話してみるつもりだ。」


 「分かったわ。私達はエヨーナって町を目指そうと思う。そこで待ってるから。セジック!結界石を持って来て!」


 お嬢が呼ぶと土人族のおっさんが何やら箱を抱えてやって来た。


 「お嬢様、結界石を何に使うんでしょうかね?」


 「カイル、貴方にこれをあげるわ。」

 

 この結界石は魔物を防ぐ効果があるらしい。これを町の周囲に置いて置けば防壁代わりになるんだとか。


 「良いのか?こんな物貰って?」


 「トートが煩く言うでしょうけど、今は居ないもの。良いわ、報酬の前払いよ。」


 「ありがたく頂戴するぜ。エヨーナの町でキクリシスって奴を呼んで、カイルの紹介だって言えば良くしてくれると思うぞ!」


 「ええ、こちらも助かるわ。貴方が来てくれる事を期待して待ってるわ。」


 「それは仲間次第だな。」


 じゃあな、とここから出ようとした時、咆哮が聞こえてきた。


 「ゴアァァァァァ!!」


 「魔物か!!」


 俺は咆哮が聞こえて来た方に駆け出す。俺の横ではじいさんが走っていた。


 「じいさん、見掛けによらず速いんだな!」


 「魔法の力は偉大なのじゃよ。」


 拠点の北側に着くと騎士がツーミシラと戦っていた。いや、戦いにはなっていない。ツーミシラが全てを吹き飛ばしていた。


 「白いツーミシラ!上位種か!?」


 「こやつ男爵級はあるぞ!者共どけぃ!『氷華結』!!」


 白いツーミシラは氷の華によって閉じ込められる。これはあっさり終わったな。


 「駄目じゃ!こやつまだ生きとる!!」


 ツーミシラの上位種は氷の中で火花を散らしていた。それは徐々に大きくなり、やがて轟音と共に氷を破壊し咆哮した。


 「ゴガァァァァ!!」


 ツーミシラの角が光、そこから雷が放たれた。周囲に居た騎士達は煙を上げながら吹き飛んでいった。


 「雷属性か!厄介そうだぜ!」


 「拙いのぉ!前衛は任せだぞ!!」


 「おうよ!!」


 俺は全身に気を纏って飛び込み、そのまま角を狙って飛び蹴りを放った。その蹴りをツーミシラは頭を下げて躱し、そのまま再び頭を上げて角で俺を刺そうとした。


 やばい!食らっちまう!

 

 その時後ろより火の矢が飛んで来て、ツーミシラの肩に刺さった。ツーミシラが仰け反った事により角は外れ、俺はツーミシラの背後に降り立った。


 今だ!と思い気を凝縮した右脚による後ろ回し蹴りで背後より攻撃しようとしたが、轟音と共に視界が白く染まった。


 「カイルよ!」


 ツーミシラが自分の角目掛けて天より降らした雷は周囲に拡散した。近くに居た俺は雷をもろに食らってしまい体が固まっていた。


 ガキィッ!!


 動けない俺はツーミシラの強烈な後ろ蹴りを食らい吹き飛んだ。


 「グハッ!!」


 血を吐きながら転がっていき、木にぶつかり止まった。

 やべぇ、肋骨が折れちまった!直ぐに立ち上がるも、呼吸がし辛く気が練り難い。

 じいさんの方を見ると魔法を放とうとしているのか目を瞑り集中していた。


 こっちに気を引かねぇと!


 「こぉいやあぁぁ!!」


 血を吐きながら大声を出し、ツーミシラの気を引く。


 ツーミシラはこちらに向き直り、頭を下げて後ろ脚をかいて走り出そうとしている。そのツーミシラは角に雷を纏い必殺の体勢だ。

 

 覚悟を決めるしかねぇかと、し辛い呼吸でなんと気を集めチャクラを回す。体内で気を凝縮し、チャクラを高速回転させて身体能力を強化する。


 ツーミシラがこちらへ駆け出した瞬間に気を最大強化し、両脚に纏わせる。

 左脚で大地にクレーターを作りながら踏み込む。


 右脚でツーミシラの頭を蹴り上げる様に下から前蹴りを放つ。


 ゴキッ!!


 ツーミシラの首の骨が折れた音なのか、俺の脚が折れた音なのか。


 俺は吹き飛ばされていき、木を体で四本折ってやっと止まった。


 「これでやれてなきゃやばいな。がふっ!!」


 血の塊が口から飛び出た。どうやら更に肋骨が折れたみたいだ。


 しかし、弱っていく体に対して気が溢れ始めた。

 まさかと思いチャクラに集中すると心臓にある第四チャクラが開いていた。


 「今かよ。ちょっと遅ぇよ。」


 そんな言葉を漏らした時、雨と共にもう一体の白いツーミシラが現れた。

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