第6話 目醒

 怪我による動き辛さはあるが、体内のエネルギーによる身体能力の強化がより強くなっている為、今までより速く動ける。

 

 痛みを我慢しながら目の前の上位種へ上段蹴りに見せかけた下段蹴りを放つ。相手は知性のない魔物である為フェイントによる攻撃が良く効く。

 

 下段蹴りにより、前足の一本を断ち切る。そのまましゃがみこみながら回転し、もう一度下段蹴りを放ちもう一本の足も刈り取る。

 

 バランスを崩し、前に倒れてきた上位種の首目掛け立ち上がりながら上段蹴りを放ち首を折る。視界の端で右に居た上位種が蟻酸を放ってきているのを確認した為、上段蹴りを放った体勢のまま軸足で飛び立ち、左から近付いてきた上位種に踵落としを叩きつける。

 

 左の上位種は頭から地面に倒れ、もがいていた。止めを刺そうとしたが、右の上位種が噛み付こうとして来た。それを右斜め前に出て上位種の懐に潜り込み躱す。

 上位種の下から腹目掛けて強烈な前蹴りで上位種の体を浮かす。こちらが見えていない奥に居る上位種に向かって駆け出し、隙を付いて首への上段蹴りで首を折る。

 その勢いのまま、まだもがいていた上位種の首を踏み付け止めを刺す。

 

「よし!あと一匹と女王のみだ!」


 体を浮かせられた上位種は腹部の甲殻が割れ蟻酸が漏れ出て異臭を放ってる。止めと思い駆け寄り、上位種の噛み付きを躱しながら首への上段蹴りを放つ。


「これであとはお前だけだ」


 残りは女王蟻のみだと、構え直す。相手がかなりの巨体な為、首を狙うのは無理だろうとまず足を狙う。

 

 勢いよく駆け出した瞬間、何かが体の右側面に当たり凄い勢いで吹き飛ばされる。


「ぐ、がはっ!」


 俺は血を吐きながら転がった。岩の様な物が俺の右側面にぶつかってきて吹き飛ばされたみたいだ。

 血を吐いた事により肋骨が折れて内臓を痛めたかと顔を顰める。


「カイル!!」


「大丈、ぐっ!いや、大丈夫だ!」


 こんな状態で言っても信じられないだろうが、弱音は吐いていられない。何とか戦えるように呼吸を整えようとして自分の体の中を意識する。

 

 呼吸を意識したせいか、いつもより体内のエネルギーをより強く認識出来た。そのエネルギーは上へ登ろうとしており、呼吸により少し上下していた。

 

 俺の勘はこのエネルギーが上へあがる事が出来ればより力を得られると言っている。

 女王蟻を睨みながら呼吸を意識しエネルギーが上に上がるのを後押しする。


「ぐっ!!があぁぁぁ!!」


「カイル!どうしたの!!」


 後押ししたエネルギーは丹田、つまり臍の下辺りに留まり回り始める。

 

 そのエネルギーは今までの比ではなく、熱を持って体中を駆け巡る。全身をエネルギーに満たされて、傷が再生しているのを感じる。

 再生される時の痛みに思わず声が出たが、左腕の裂傷と眉から頬にかけての裂傷、あと内臓に関しては傷が塞がったみたいだと感じる。

 

 流石に骨折までは治ってないみたいだが、これなら戦えると構えを取る。今までの疲労が嘘の様に体が軽い。これなら軽く女王蟻も倒せると気合いを入れ直し駆け出す。


「ぜりゃ!!」


 女王蟻より少し離れた所より放たれた蹴りは、触れてもいないのに女王蟻の甲殻に傷をつける。


 ギィィィィィ!!


 女王蟻が金切り声をあげた瞬間に尖った岩が正面から飛んでくる。

 

 こいつ魔法を使うのか!


 驚きはしたが、正面からであるので余裕を持って中段蹴りにて岩を蹴り飛ばす。

 蹴った脚を地面に着けたと同時に女王蟻に向かって跳ぶ。傷を付けた甲殻目掛け、飛びながら後ろ回し蹴りを放つ。その蹴りは女王蟻の甲殻を大きく砕き内部へのダメージを与える。


 ギィィィィィ!!


 女王蟻は怒りの為か咆哮をあげ、魔法で大量の岩を降らす。その岩を強化された身体能力で躱しつつ距離を詰めて飛び上がる、

 今まで以上に高く飛び女王蟻の首目掛け渾身の飛び蹴りを叩き付けると女王蟻の頭は断ち切られ飛んでいった。


「ふぅぅ。よっしゃぁぁ!──ぐっ!いてて」


「凄い!凄いわ!!」


 アーリアは少し魔力が回復したのか、嬉しそうにはしゃいでいた。このホールのギーズ達を全滅させたのでゆっくりとアーリアに近付いて行くと、アーリアが抱き着いてきた。


「お、おい!」


「やったわ!カイル!!」


「ああ、何とかなったな」


 暫く二人で喜びを共にしていた。

 落ち着いて考えると、会陰の次は丹田にエネルギーが溜まる。それはもしかしてチャクラじゃないかと気付く。

 

 元の世界の考えでチャクラというインド発祥の思想があった。プラーナと言われる気が流れるチャクラが第一から第七まであり、それぞれ色々な事を司っていたはず。

 

 確か会陰は第一チャクラ、別名ルートチャクラだ。ルートチャクラは身体能力の強化と脚や骨格の強化、そしてやや好戦的にはなるが精神の安定にも効果があった筈だ。

 

 思い返してみると、当てはまることが多々ある。違う世界に来たが、余り動揺したりせずにこれまでこの環境に馴染んできた。元の世界では殴り合いの喧嘩なんてした事も無かったのに、ギーズ達と普通に戦えてる事もおかしい。

 

 今回の女王蟻との戦いの途中に怪我が治ったのはきっと第ニチャクラのお陰だ。

 

 第二チャクラは丹田に宿り、セイクラルチャクラと呼ばれる。セイクラルチャクラは生命力強化と具現化、五感の強化にコミニュケーション能力強化など色々な効果があった筈だ。


 魔法では無かったが、魔物の居るこの世界ではこの力無しでは生きていく事が難しかっただろうな。


「さぁ、アーリア。出口を探そうぜ!魔力は回復したか?」


「ええ、少しは回復したわ」


「じゃあ悪ぃけど探査の魔法を使ってくれ」


「分かったわ。『巡る風』」


 俺の勘では女王蟻が居た奥の通路を進むと出口があると思うが、探査の魔法を使った方が確実だろう。


「女王の居た奥の通路辺りから風が流れてるわ!きっとそっちに出口があるわ!!」


「分かった、じゃあまた背中に乗ってくれ」


 時間が経てば治るとは思うが、まだ右腕が折れている。右腕には触らない様に気を付けて乗ってもらう。

 このホールのギーズは全滅させたが、多分まだ巣全体で言えば相当数のギーズが残っていると思われる為に慎重に進む。

 

 その後、何回かギーズと遭遇した。だが、強化された身体能力の前には敵ではなく、順調に進み一時間程歩くと出口が見える。


「あぁ!出口だわ!!」


 出口を発見してアーリアが背中の上ではしゃぐ。右腕が痛いので勘弁して欲しいが、背負う前に比べてだいぶ痛みが治まってきている為我慢する。


「よし、早く町に帰るぞ!」


 そう言いつつ、出口を出るとそこは森の中だった。


「で、ここは何処だ?」


「え〜と、何処でしょうね?」


 アーリアは目を逸らしながらそう答える。ギーズの巣からは出れたが現在地が分からない。物語の様に上手くはいかないものだ。


 その後、太陽の位置を頼りに森の中を進むが町は見えてこない。日が暮れてきて仕方ないので野営する事にして前に抱えていた背嚢を下ろす。

 

 アーリアを背負う為に前に抱えていた背嚢だが、全部詰め込んだままでは前が見えない為、泣く泣く荷物を減らしていた。それでも保存食とテントは確保していたので何とか野営出来そうだ。


「なぁ、アーリア。一つ聞いていいか?」


 野営の準備をしながら疑問に思ってた事をアーリアに聞いてみた。


「ん?なぁに、カイル?」


「動物とかは別として、俺ってナーグルに来てからギーズ以外の魔物と戦った事ねぇけど、他にも魔物いるのか?」


「ええ、もちろん居るわよ。ガルンジアっていう肉食の猫型の魔物とかメルガっていう植物の魔物とか色々よ」


「へぇ、植物とか動物の魔物も居るんだな」


「もちろんよ!町を襲って来るのはギーズが多いのだけどね」


 そうなんだなと返しながら、干し肉を鍋に入れつつスープを作る。

 もちろん地球の動物とは見た目が違うが、鹿っぽい動物や猪っぽい動物を食用として今まで狩ってきた。しかし魔物と言われる魔力の強い生物は、ギーズとしか戦った事は無かった。


 食事が済み、野営地の周りに鳴子の仕掛けをして何か襲って来た時には音が出るようにして就寝の準備をする。

 

 と、言っても俺は不寝番をするつもりだ。第二チャクラまで解放されたお陰か、体中に気が漲り一日くらいは睡眠を取らなくても大丈夫そうだからだ。


「さっ、アーリアそろそろ寝るんだ」


「カイル、ごめんなさい」


「良いんだ、俺は気による強化があるから少々寝なくても大丈夫だからな。」


「帰ったらシグナートで一杯奢るわね」


「ははっ、それは楽しみだ」


 アーリアはテントに入っていく。

 俺はこれから朝までチャクラについて調べようと思ってる。確か坐禅を組んで深い呼吸をして体内に気を入れるとチャクラは回る筈だ。


 坐禅を組み、目を瞑り深く呼吸をすると会陰と丹田のチャクラからエネルギーが出て居るのが分かる。今は右腕と肋骨が折れている為、第二チャクラである丹田を意識してエネルギーを集める。

 

 何回も深い呼吸を繰り返していると骨が繋がっていくのを感じる。普通は骨が繋がっていくのを感じる事なんて出来ないのでこれも第二チャクラの五感強化の効果だろう。

 

 元の世界で健康維持の為に調べたヨガなりチャクラなりがこんな所で役に立つなんて人生分からない物だと苦笑いが溢れる。


 そうやって坐禅をし、気を取り込んでいると朝が来た。どうやら運が良い事に魔物やら動物やらが近寄って来る事はなかったみたいだ。

 暫くするとアーリアがテントから出て来る。


「おはよう、カイル」


「ぶはっ!なんだその頭は!」


 アーリアはどんな寝方をしたのか、髪に変な癖がついていた。


「えっ?いや!見ないで!」


 そう言ってアーリアはテントに戻ってしまう。

 そして出て来た時には寝癖は直っていた。


「もう!笑う事ないでしょ!」

 

「はは、すまんすまん。なかなか面白い髪型だったからな!」


 そう言いながら朝飯を食べ、出発の準備をする。


「今日こそ町に帰りてぇとこだな」


「そうね、疲れも完全に取れないし布団で寝たいわ」


 今日も太陽の位置を確認しつつ、アーリアの探査の魔法も駆使して町への道を探す。

 

 第二チャクラの生命力強化だが、自分しか治せずアーリアの足は治す事が出来ないので今日もアーリアを背負っている。ギーズの巣に居た時ほど切迫してないので背中の感触を楽しみつつ歩いているのは秘密だ。


「ねぇ、貴方何かにやけてない?」


「……いや、そんな事はねぇぞ」


 どうやらバレてるみたいだった。


 そんな事をしながら三時間程森の中を歩いていると、森の切れ目が見えてきた。


「おっ!やっと森から出れるな!」


「どの辺りに出るかは分からないけど、これで町が見えるでしょ!」


 そう言いながら歩くと森の切れ目から丘が見えてきた。そのまま丘に上がると南西の方角に町が見えた。


「やったわ!これで帰れるわ!」


 アーリアが俺の背中で両手を上げて喜んでいる。

 

 しかし、俺はそれどころでは無かった。強化された視力で町から煙が上がっている事に気付いたからだ。

 

「くそっ!アーリア!飛ばすぞ!!しっかり捕まっておけ!!」


「えっ?何??きゃっ!!」


 町に向けて全速力で走る。まだ町までそれなり距離がある為、どうしても時間が掛かるが気持ちが焦ってしまう。

 町まである程度近付いたら、アーリアも煙が上がってる事に気付く。


「えっ?火事?何が起こってるの!?」


「分からん!!とりあえず急ぐぞ!!」


 今まで以上の速度で走ると東門が見えてきた。東門は閉ざされていて人が居らず、中に入れそうにない為、そのまま北へ回り北門を目指す。

 北門の近くに行くと門があったと思われる場所から火が出ていて防壁も崩れていた。


「くそ!何があったんだ!!」

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