第3話 魔力

 おっちゃんの手伝いをしながら襲ってくる魔物を退治して、ミーズの家に帰る。そんな生活をし始めて一ヵ月が経った。

 

 言葉も少しずつ覚え、今では日常会話が出来るまでになった。今居るこの町の名前はナーグルと言うらしい。この町は長老衆によって治められているらしく、国とかではないそうだ。

 

 そして、多い時で毎日、少ない時でも三日に一回は魔物の襲撃に遭ってる。エンカウント率高くねぇか?とは思ったが、今はこれが普通らしい。

 

 この世界に来てから強くなった力は、日に日に強くなってるみたいだ。今では軽く蹴るだけで黒アリを倒せる。どうも何らかの異能で身体を強化してるのだろうとの事だ。

 何回もあった魔物の襲撃で仲良くなったサジンに相談したら、そう言われた。

 

 サジンは銀色の髪を伸ばし編み込みにしている。肌が浅黒い超が付くほどイケメンだ。身長も俺より十センチは高くスタイルも良い。ちょっと悔しい。

 

 俺は短髪の黒髪で筋肉質ではあるがイケメンではないのでサジンが羨ましい。イケメン死すべし。


 そんな冗談が言える程仲良くなったサジンとは、魔物襲撃の時には二人で先頭に立つ相棒のような存在だ。サジンは剣と強力な風魔法を扱う魔法剣士と呼ばれる強者だ。

 一方俺は魔法を教えてもらったが使えず、基本は肉弾戦。蹴りをメインで魔物を倒していた。武器なんて使った事もないし、扱えないからな。


 今日もそんなサジンと共に先頭に立って魔物を倒していた。


「サジンよ、今日なんか多くねぇか?」


「そうだな、言われてみると多いかもしれん」


「それに気の所為か、あの奥の方のアリ赤くねぇか?」


「アリじゃなくてギーズだぞ。どこだ?確かに赤いな」


 黒アリ達は正式にはギーズと呼ばれる魔物らしい。そのギーズ達の群れの奥に赤いギーズが居るのが見える。


「変異種かもしれん、カイル気を付けろ」


「了解。まぁ所詮アリだし何とかなるだろ」

 

 ギーズは動きの速さと体の硬さが厄介な魔物で、一般人には手に負えない強さである。

 しかし、俺にとっては動きは遅く軽く蹴るだけで削れる程の硬さしかない弱い魔物だった。

 

 サジンや他の町の仲間達と共にギーズを狩っていく。群れの半数以上を倒した所で、やっと赤色のギーズに辿り着いた。赤色のギーズは数こそ少ないが普通のギーズよりも一回り程大きかった。


「さて、赤アリくんは黒アリくんと何か違うのかね?」


 赤色のギーズが動く前に素早く近付き、強い踏み込みと共に右脚による上段蹴りを叩き込んだ。その蹴りでは普通のギーズと違い体が削られる事は無かったが体表にひびが入った。


「サジン!こいつ、いつものより硬いぞ!気を付けろ!」


 赤色のギーズから目を離さず素早く距離を取る。

 甲高い金属を擦り合わせた様な声を上げながら何かを吐き出してきたので、咄嗟に飛び上がり躱した。


「蟻酸か!」


 その液体は草を溶かし酸味を感じさせる臭いをさせていた。黒色のギーズにはない攻撃方法に戸惑うが、蹴りでのダメージは入るので慌てず蟻酸や噛み付きを躱しつつ蹴りを加えて赤色のギーズを倒した。

「ちょっと硬てぇのと蟻酸を吐くだけでそんなに変わらんかったなぁ」


「いや、ちょっと硬いという話ではないぞ。見ろこの剣を、ガタガタになってしまった」


 サジンはそう言って剣を見せてくる。赤色のギーズが硬かったせいか刃こぼれで酷い事になってる。


「そんなボロボロになった剣でよく倒せたな」


「風魔法を使って倒したのだ」


「良いよなぁ、魔法が使えるの。俺も使ってみてぇぞ!」


「その身体能力的には魔法と変わらん気がするんだがな。お前からは魔力を感じられんが」


「だよなぁ」


 サジンが言うには俺には魔力が無いらしい。しかし、身体能力が人種の基準より逸脱している為、何らかの力が作用しているのだろうとの事だ。


「無い物ねだりをしても仕方ねぇか!さっ、魔物も全部倒したし町に帰ろうぜ!」


「うむ、だがこの赤色のギーズは持ち帰る事にしよう」


「うえっ、マジかよ。此処から町まで引きずるにしても少し距離があるぜ?」


「変異種を調べる為でもあるのだから、仕方あるまい。諦めろ」


「はぁ、分かったよ」


 力は誰よりもある俺が両手にそれぞれ一匹ずつを持って、他の者は三人で一匹を持って帰る事になった。



§§§



「疲れた!バラックのおっちゃん!お土産だぞ!」


「やかましいわ!そんな大きい声出さずとも聞こえておるわい!」


 おっちゃんの工房に赤色のギーズを運び込んで、おっちゃんに一声掛けた。

 

 おっちゃんはこの町で魔物由来の素材を加工して、武器や防具、生活雑貨まで作る鍛治士だった。

 俺が魔物と戦う時に付けている、膝から足首までの脚用の防具と肘から手の先までのガントレット、体を守るレザーアーマーを作ってくれたのもおっちゃんだった。


「おっちゃん見てくれよ。いつもと違って赤色のアリだぜ」


「そんなの見りゃあ分かるわい。で、こいつは普通のギーズとどこが違った?」


「まず普通のアリと比べてちょっと硬かったな!あとは蟻酸を吐いてきた!」


「蟻酸とはなんだ?まぁとりあえず見てみるとするか」


 おっちゃんは手際良くギーズを解体していく。体を各パーツに分けて調べる為に腹を裂いた時。


「熱ぃ!何だこれは!」


「おっちゃん大丈夫か?だから蟻酸があるって言ったじゃねぇか」


「蟻酸があるだけで分かるか!馬鹿者!」


「ドンマイだよ、おっちゃん」


 そんな会話をしてるとサジンもやって来た。


「失礼。バラックさん、良かったらちょっと剣を見させてもらえませんか?」


「どうした、サジン?お前の剣はまだそこまで古くはなかろう」


「それが、そこの赤色のギーズとやり合った時にボロボロになりまして」


「こいつとか?分かった見てやろう」


 おっちゃんはそう言いながらサジンの剣を受け取ると唸り始めた。


「う〜む、お前の剣の素材は黒真鉄鋼という硬い剣だった筈なんだがのう」


 黒真鉄鋼というのは普通の鉄であれば切れる程の硬度がある金属らしい。

 

 黒真鉄鋼の剣でさえボロボロになってしまう甲殻を持ったギーズを蹴りでひびを入れる俺の体は何なのだろうか?

 更に自分の体の謎が増えた。


「剣はまた見繕っておいてやる。赤色のギーズを調べるからお前らはシグナートにでも行って飯でも食ってこい」


「分かりました。カイル行こう」


「分かった」


 飯でも食って来いと言われた俺たちは、この世界に来た時に初めて行った酒場、シグナートに来た。

 

「今日もお疲れさん!」


「あぁ、お疲れ様」


 そう言って木で出来たジョッキを合わせる。この酒場は町唯一の酒場ということで賑わっている。


「それにしても、今まで赤色のアリって出てこなかったのか?」


「そうだな、今までは黒色のギーズしか見た事がないな。他の者に聞いても見た事ないと言ってた」


「ふ〜ん、突然変異というやつか、ただ人種の所へ近寄って無かったのか……」


 この世界では人の事を人間と言わず、人種と呼ぶらしいので俺もそう呼んでいる。


 二人で今日のギーズについて色々話していると、ふと気になってる事をサジンに尋ねてみた。


「そういえば俺の力って何なんだろうな?魔法じゃねぇけど、戦ってる時は体の中で何かのエネルギーが使われてる気がするんだよなぁ」


「あぁ、お前の力の事か。魔力が感じられないから魔法では無いだろうな。そのエネルギーとはどの部分にある気がするんだ?」


「そ、それはだな。う〜ん、凄く変な事を言うが良いか?」


「なんだ、持ったいつけないで早く言え」


「え〜とだな。股の間だ」


「はっ?」


 サジンは唖然とした顔をしながらこっちを二度見した。だから言いたく無かったんだよな。


「いや、だから股の間。正確に言うと会陰と呼ばれる場所だな」


「いや、会陰と言われても分かぬ。どこなんだ?」


「あ〜、分かりやすく言うとだな。性器と肛門の間だ」


「……お前酔ってるのか?」


「まだ酔うわけなんてねぇだろ!アホか!実際そこにエネルギーの塊みたいなの感じるんだから、仕方ないだろ!」


「そ、そうか。凄い所にあるんだな」


 引いた顔をしているサジンを見て、言う相手を間違ったのか?と思っていると、更に続けて言ってきた。


「魔力の場合は、大体の者が心臓辺りからエネルギーを感じるという。その点から見てもお前の場合は違うんだろな」


「だよなぁ」


 魔法を使ってみたかった俺は気落ちしながら溜息を吐く。


「どうしたの?貴方達。今日も町の防衛に成功したのに落ち込んで」


 酒場の看板娘である、金色の髪を腰まで伸ばしたアーリアが声を掛けてきた。

 

 アーリアは耳が横に伸びており、目鼻立ちが整っていてスタイルも良いので俺は心の中でエルフ(仮)と思っている。


「いや、アーリアよ、俺は魔法が使えないんだなと思うとへこんできてさ」


「あはは、貴方って魔法が使えなくても強いじゃない!この町でも一、二を争う強さだって噂よ」


「いや、それとこれは別と言うかなんと言うか……」


「もう、カイルったら仕方ないわね。ほら、一杯私が奢ってあげるから元気だしなさいよ」


「アーリアよ、あまりカイルを甘やかしては駄目だぞ。こいつも良い大人なのだからな」


「何?サジン、嫉妬?貴方には可愛い婚約者さんが居るじゃない」


「そういうつもりではないんだがな」


 俺とサジンとアーリアの三人は、この一ヵ月の間に酒場に来る度に話をして仲良くなっていた。

 

 ただ、実年齢は俺は三十五歳、サジンは六十五歳と離れているが、サジンは長命種族であり俺はこの世界にきて何故か若返っているので同じくらいに見える。

 アーリアについては年齢なんて聞けるはずもない。


「アーリアも確か魔法使えるんだっけな?やっぱり俺は魔力ねぇのか?」


「そうね、魔法は使えるわ。う〜ん、やっぱりカイルには魔力を感じないわ」


「やっぱりそうかぁ。まぁいい!とりあえず飲もうぜ!」


「おい、カイル。そろそろ帰らないとミーズが心配するんじゃないか?」


「おっと、もうこんな時間か。それじゃあ金は此処に置いとくな!ごちそうさま!」


 そう言って俺はミーズ達が住んでる家へ帰って行った。


「ただいまー」


「お兄ちゃんおかえり!」


 家に着いてすぐにミーズが駆け寄ってくる。ミーズは俺の事をお兄ちゃんと呼び、懐いてくれている。

 何も分からなかった頃から言葉を教えてくれて、家に住ませてくれているミーズとミーズの祖父母には感謝しても仕切れない。


「今日のお土産はシグナートの特製果実ジュースだぞ!」


「お兄ちゃん、それいつもじゃない」


「おぉ?そうだったか?」


 シグナートに寄った時は必ずミーズ家にお土産を買って帰る事にしている。

 お金自体は魔物を倒して素材をおっちゃんのとこに持ち込む事によって得ている。使う事なんてシグナートでの飲み代くらいなので余り気味だ。


「今日も無事に魔物を倒せた?」


「もちろん!怪我一つしちゃいねぇよ!」


「流石お兄ちゃんだね!」


 ミーズの嬉しそうな顔を見て俺もホクホクだ。どうも兄バカが進んできているみたいだ。

 

「じいちゃんとばあちゃんはもう寝たのか?」


「うん、二人共もう寝ちゃったよ」


「そうか、ミーズも早く寝るんだぞ!」


「はーい」


 俺も魔物と戦って疲れてるので体を濡らしたタオルで拭いて寝る事にした。

 この家には風呂がないので仕方ない事だがいつか風呂に入りたい。

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