第2話 初戦

「やべぇ!逃げる所がねぇ!!」


 周囲を見渡したが隠れる所もなくて焦る。しかし、黒アリは何故かこちらを向いておらず、背後を気にしている。


「何なんだ?周りに他に何か居るのか?」


 注意して見ていると、強力な風と共に黒いアリが吹っ飛んでいった。

 逃げるには今しかねぇと、黒アリが開けた穴から外に出る。

 外では黒アリと人がいたる所で戦っていた。


「何が起こってるんだ!?アリってあんなに大きくなったっけか?!あっ!」


 見た事もない巨大なアリに動揺する。

 周囲を確認していると、一際大きなアリが子供を襲おうとしていた。

 

 辺りを見渡しても、それぞれが手いっぱいの様子で誰も助けに行けそうにない。


「危ねぇ!!」


 巨大なアリが子供に更に近付いて来たので、助けようと駆け出す。


「──は?えっ?」


 走り始めた瞬間、俺の体は五十メートル以上の距離を一瞬にして移動していた。時間にして一秒も掛かってない。

 異常な速さに動揺するが、とにかく黒アリをどうにかしねぇと思い、走って来た勢いのまま右脚で黒アリに上段蹴りを放った。


「くらえ!」


 黒アリを蹴り飛ばすつもりが、蹴り脚は黒アリの体をスプーンでアイスを掬うように削り取っていく。


「んん??」


 予想外の結果に、このアリ柔らかいのか?と疑問に思ったが、黒アリがまだ動いているのでもう一度蹴った。その蹴りは黒アリの頭と胴体を切り離し、生命活動を停止させた。


「大丈夫か!?」


 黒アリを倒した事で少し余裕が出来た為、後ろの子供に声を掛けた。


「نحمکتللفەصتخ!」


「えっ?なんて?」


 聞き覚えのない言語で話されて、思わず聞き返す。子供は俺の背後を指差しながら何かを喋っていた。

 指差された方を向くと、更にニ匹の黒アリが近寄って来ていた。


「今度はニ匹か。よし、来い!!」


 自分ってこんなに好戦的だったか?


 そういえば恐怖もあんまり感じないなと考えながら、ニ匹のうち右側の黒アリに飛び込む様に近付き、蹴りを叩きこむ。

 

 黒アリは俺の速さに付いてこれず、先程まで俺がいた所を見ていた。そして、そのまま脚で頭を刈り取られた。

 次は左側の黒アリだと左を向いた時には、いつの間にか現れた銀髪の男の剣によって首を切られ絶命していた。


 なんだ、このめちゃくちゃイケメンは?

 剣なんて何時の時代だ?

 

 疑問が浮かんだが、倒してくれたお礼を言おうと近付こうとしたら剣を向けられた。


「صکېن!من أنت؟?」


「え?なんて?」


 何を言われているか分からず、子供に話し掛けられた時と同じような反応を返してしまう。


「ليس جيد!」


 先程助けた子供が走って来て、俺と銀髪の男の間に入った。どうも助けようとしてくれているらしい。

 

 銀髪の男と子供が何やら話しているが、言葉が分からない。聞いていても仕方ないので、周囲を観察する。

 

 二人の他にも何やらヨーロッパの民族衣装みたいな格好をした、彫りの深い顔立ちをした人達が居た。

 周囲の人の顔は誰もが白人系の顔をしていた為、ここは日本じゃないのかと思い始めた。

 

 公園を歩いていたら国外に着くとか、どこのアニメだ?

 巨大なアリが居る事といい、ここが日本でない事、そして意味の分からない現象に巻き込まれた事を諦めながら確信していく。

 

 そうやって周りを観察していると、先程の子供がこちらに声を掛けてきた。


「کحبضسح」


 自分を指差しながら言ったので、多分名前何だろうと思い繰り返してみる。


「ミー……ズ?ミーズか?」


 ミーズと呼ぶと、子供は嬉しそうに頷いている。どうやら合ってたみたいだ。


「俺の名前は甲斐類だ。名前は類な。」


「カ、カイルー?」


「違う違う、カイ、ルイな!」


「カイル!」


「いや、違うって……。まぁいいか」


 ここでの名前はどうやらカイルになりそうだった。そんなに難しい名前ではないのだけどなぁと思ったが、まぁいいかと諦める。

 そして銀髪の男もこちらを向いて、話し掛けてくる。


「سحصنصض」 


「いや、だから分んねぇんだって」


 雰囲気からすると、多分お礼みたいな感じだったのでミーズが説明してくれたのだろう。

 

 何となく落ち着いた雰囲気になってきたので、これからどうするか考える。言葉が通じないし、日本に帰れるか分からない。どうしたものか。

 悩んでいると、ミーズが手を引っ張ってどこかに連れて行こうとする。


「سقسشثカイル!」


「着いて来いって事で良いのか?」


 悪い事にはならねぇだろうと着いて行くと、一軒の家の前に到着した。そこには、優しそうな老人が二人居た。ミーズの祖父と祖母なのであろう。


 ミーズを抱き締めながら何やら怒っていた。きっと黒アリが現れた時に一人で居た事なんだろう。


 そのまま眺めていると、ミーズが何やら祖父に身振り手振りで説明しようとしていた。

 

 それを見た祖父は一度大きく頷き、手招きして来た。こっちに来いって事だろうと思い、近寄るとそのまま家に入って行ったので着いていく事に。

 家の中はこじんまりとはしてるが、綺麗にしてあり木製の家具で統一されていた。


「ضحساعاص」


 右にある部屋と俺を交互に指差しながら言っているので、この部屋を使いなさいって事だろうと解釈する事にしてお礼を言う。


「ありがとうございます」


 その部屋の中はベットと小さいテーブル、本棚しかない小さい部屋であったが、部屋を貸して貰えるだけありがたいと人心地つく。


 一人になったので色々と思い返してみる。

 

 仕事が終わって歩いて帰っていると突然南国風の森に到着。

 暑さのせいか意識を失って目が覚めると、小屋に監禁されてる。

 どうやって出ようかと思っていると、見た事もないでかい黒アリが小屋を壊して現れる。

 やべぇと思い逃げようとしたら、襲われてる子供を発見。

 助ける為に走ると異常な速度、倒そうと思って蹴ると黒アリ瞬殺。

 

 うん、意味が分からねぇな!そう思い考えるのを放棄してベットに横になる事にした。


 

§§§



 ミーズの声がどこからか聞こえて来て、はっと起き上がる。どうやら寝ていたらしい。

 

 部屋を出ると三人とも揃っており、テーブルの上には料理が並んでいた。

 何かの肉が浮かんだスープに野菜らしきものの炒め物、そしてパンだ。

 そういえば仕事終わってから何も食べて無かったなと思うと急にお腹が減ってくる。肉の入ったスープから香辛料の匂いなのか、良い匂いが漂っている。

 

 ミーズ達が手を組み合わせ、何かに祈っているのを見て何となく真似をする。どうやら食事の前のお祈りみたいだ。

 

 お祈りが終わってまず肉のスープに手をつけると、意外と美味い!

 よく分からない肉だけど、肉汁が溢れるほどジューシーで、そこに香辛料のピリ辛さも合わさって食欲がより刺激される。

 野菜の炒め物もほんのり甘さがあって、とても美味い。

 パンは見た目は硬そうと思ったが柔らかく、ナッツが入っていてこれまた美味しい。

 量自体は多くはなかったのですぐに食べ終わってしまったが、味的には満足である。


「ごちそうさまでした」


 そう言うと視線を集めたが、食べ終わった合図だと思ったのか頷かれるだけだった。

 言葉が通じないのは不便だなと思い、言葉を覚えようと身振り手振りを加えてミーズに話し掛けてみる。


「これはなんて言うんだ?」


 皿を指して言ってみると、ミーズは察してくれたのか皿の単語を教えてくれる。

 

 この子めっちゃ察しが良いな。もしかしてだいぶ頭が良いんじゃねぇか?と思いながらも、こちらとしてはありがたいのでミーズに言葉を教えてもらう事にする。


 寝るまでミーズや祖父祖母に言葉を教えてもらいながら過ごし、ミーズが眠くなって来た所で各自部屋へと戻る。

 

 部屋の中で今日の戦いの事を思い返してみる。

 やはりこちらに来てからは力が有り余っているなと感じる。何となく体の中に熱を感じ、そこから力が湧き出てきているような気がする。

 

 とりあえず明日から体を動かして確認しようと思い、今日はもう寝る事にしよう。


 


「おはよう」


 翌朝、ミーズに教えてもらった朝の挨拶を交わす。

 

 特にする事もない為、何となく周囲を散歩していると、昨日の黒アリを片付けてる所に遭遇した。どうもただ捨てたり埋めたりする訳ではなく、解体して部位ごとに分けているようだ。

 邪魔にはなるまいと、一声掛けて手伝う事にする。


「手伝うよ」


「ئشمس」


 メインで作業をしていた、茶髪の髭が伸びた小さいおっちゃんが返事をしてくれる。チラッと見ると丸太みたいな腕で器用に分解していた。

 

 背が低い割にゴツいなと思いつつ、近くにあった黒アリの死体を解体する事にした。見様見真似で同じ様に素手で分解してると、視線を感じ始めた。

 

 顔を上げると、髭のおっちゃん以外の銀髪の男達がこちらをギョッとした表情で見てた。銀髪の男達は片手にナイフを持って作業してたので、素手でやっている事に驚いたのだろう。

 

 銀髪の男達の耳が横に伸びてないか?と今更になって気付く。

 肌も浅黒いし物語の中のダークエルフみてぇだなと思ったが、いやあり得ないかと思い作業に集中する。


 あらかた片付いた頃に、髭のおっちゃんより声を掛けられる。


「バラック」


 自分を指差しながら言ってるので多分名前だろう。

 

「カイ、ルイ」


 俺も自分を指差しながら名前を言ったが。


「カイル」


 またもやカイルと呼ばれる。訂正するのも面倒だったので頷く事にする。ここではもうカイルと名乗る事にしよう。

 

 おっちゃんに連れられて小さな酒場みたいなとこに来た。酒場では満席ではないものの、それなりの席が埋まっていた。

 銀髪の男達、おっちゃんと同じく茶髪茶髭の小さくゴツい人達、猫みたいな耳と尻尾も付けている男達。色んな人達が、思い思いに食事を楽しんでいた。

 

 猫耳の男達を見て、いよいよ此処は地球ではないのかと思い始めた。そうなるとおっちゃん達はドワーフになるのかなと、考えていたら綺麗な金髪の女性が飲み物と食事を持って俺達の座っているテーブルに来た。


「شمصنقەادیخصننص」


 多分何を持って来たのかの説明だろうが、さっぱり分からない。おっちゃんが食えと手振りで示したので頂く事にする。

 

 飲み物は酒だったみたいで、喉が熱くなる。結構強い酒みたいだ。おっちゃんはお構いなしにガバガバ飲んでるので、酒には強いのだろう。

 持ってきた料理は何かの肉を焼いた物と、生っぽい野菜だった。生っぽい野菜は個人的には好きではないが、肉に巻いて食べると目を見開くくらい美味かった。


 あまりの美味さに集中して食べていると、また外から金属を擦り合わせたような音が聞こえてきた。

 

 いや、ちょっと襲われる頻度高くないか?

 外に出ると案の定、また黒アリ達が攻めて来ていた。

 町の防衛的な物はないのかと遠くを見てみると、壁らしき物の一部が崩れたままであった。仕方ないと諦めてアリ退治に赴く事にした。


 


「はっ!」


 黒アリの最後の一匹を蹴りにて倒す。どうもこの黒アリはそんなに強くないみたいだ。

 

 周りを見渡すと黒アリ退治は終わったみたいだ。戦っていたのはダークエルフ(仮)とドワーフ(仮)あとは動物的な特徴のある獣人(仮)達だった。この村だか町だかには色んな種族が集まってるみたいだ。


 ダークエルフ(仮)達は風みたいなのを操って黒アリを吹き飛ばしたり、斬り刻んでいた。ドワーフ(仮)達は土を操って一瞬で壁を作っていたりした。

 これってもしかして魔法なのかなと思う。言葉が通じない為に聞けずモヤモヤしてると、昨日も居た銀髪でめっちゃイケメンの剣士がこっちに寄ってきた。


「サジン」


 自分を指差しながら言って来たのでこれも名前のことだろうと思ったので、カイルと自己紹介をして握手をしておいた。

 

 そして食事の途中だったのを思い出したので、おっちゃんを探して酒場に戻る事にした。

 

 やっぱり此処は地球じゃねぇな。

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