第36話 地を喰らうモノ#1

パーンの住む洞窟はとにかく広かった。


最初に入った入口は崖の途中だった、そこから徐々に下がっていき住まいにしている広い空間は地下に位置するのだろう。


そこから何本も枝のように洞窟の穴が広がっていた。


ある穴は地下水が溜まり、生活用の水となっている。


また、ある穴は食料の加工場としていたり、ある穴は地上につながって家畜がいる。


採掘ができるという穴もある、希少なものが沢山採れ邪魔石もそのひとつだった。


また、防衛の目的でもこの穴は大きな役割を果たしている。


大型の魔獣の類は洞窟の中に入ることは出来ず、迷路のように入り組んでいるため天然の防塞のようだ。




パーンたちは子供から老人を含めると500人程度が暮らしていた。


戦士となるのは200人くらいだった。




「おい!こっち見ろゲンキ!塩だ!」


あれから目覚めたアルスはすっかり健康になり馬鹿みたいに飛び跳ねている。


シェルからの交換条件、その最後のひとつクロウラー討伐のため俺たちはシェルにパーンの住処を案内されていた、入り組んだ洞窟は案内なしには確実に迷うだろう。


防衛エリアとなる場所の確認に歩いている途中で他の場所より少し白い壁面を見てアルスは騒いでいる。


「ああ、岩塩が採れるのか、ここ。」


前世からの知識程度だが生きる上で塩分はとても重要だと聞く、まあ…知識だけで何故って聞かれると困るんだけど。


そして、ここには見渡す限りの岩塩の層がここにはある、なるほどアルスが騒ぐのはそのためか。


「こんなモノならいくら持って帰って貰ってもかまわんぞいアルス」


案内をしているシェルが答える。


意識が戻ったアルスはその以前のことをあまり覚えておらず、シェルのことも覚えてはいなかった。


しかし、紹介をするとあっという間にお互い意気投合してしまった。


目覚めたあとにパーンたちがクロウラーという魔獣に困っている話を説明すると「世話になってしまった恩義を返すためにも協力してやれんかな?ゲンキ?」と自分から言うところなんかが気に入られたようだ、始めからそれが交換条件だと伝えたら気まずそうな顔をアルスはしていた。


「塩は分かったから、あんまり騒がないでくれ…頭が痛いんだ。」


昨日の乳酒で二日酔いみたいな状態だった。


「頭痛って、たいして飲んどらんぞいゲンキ?」


コップに2杯くらいだったかな、アルコール度数はかなり低い感じだったがオーガのこの体は以外にもアルコールに弱かった。前世ではストロングなアルコールのやつで無理やり酔っていたことを思い出した。


「なんだよ!酒があるのかよ!」


アルスは振り向いて目を輝かせて言った。


岩塩に酒に君の欲しいもの沢山ね…ここ。もう住んだらどうだ。


「酒盛りならクロウラーを倒した後に用意させるわい。」


「そっか、そうだな。んで何なんだ、そのクロウラーってのは?」


「そうだな私も気になっていたんだクロウラーってやつ。」


「まあ待て、もう少し先だ。」






「頭領!!」


少し進むと前方から3人のパーンの男が近づいて来た、そのひとりは白髪ながらも快活なパーン族の戦士だった。


昨日私に乳酒を勧めてきたソルンという戦士だった。


ソルンは羊のような毛をもち、山羊のような角をもつ家畜を20匹ばかり移動させていた。


「ソルンご苦労だな、キアの様子はどうだ。」


「みな滞りなく健康です。」


シェルがキアと呼ぶその家畜は、毛は服などに、乳は乳酒にする大切な財産なんだそうだ。


パーン族にとても懐くそうで、とても賢く大人しいんだそうだ。


昼の間は食事のため危険だが地上に移動し、夕方にはパーンたちの住まいの近くの洞窟の奥の獣舎に入れるそうだ。


山羊と人間の間みたいな見た目のパーンが山羊のような家畜を飼っているのはなんかの因果関係なんだろうか。


「クロウラーはいたか?」


ここで噂のクロウラーの話だ。


「やはり何匹かいたぞい、グランデではないがの」


何だ、何匹もいるようなものなのか。


「分かった、ソルンだけ案内を頼む。こいつらにクロウラーを見せておきたい。」


「わかったですじゃ、頭領。おう二人とも後は頼むぞい。」


「「はいっ!」」


キアという家畜を任された二人は小気味いい返事をして、指名されたソルンは老人のくせに元気にスキップでもするかのような軽やかな足並みで私たちの前に出る。


出るついでに俺の背中をトンと叩いていく。


ついて来いという感じの合図か、調子どうよ?みたいな感じの挨拶代わりのアクションかな。


と、それを見ていてアルスは私に小声で言う。


「おい、ゲンキ。あの爺さんなんだ?」


「昨日からやたら気に入られていてな、見た目の割に若い爺さんだ。」


「ふーん、なんか知らんが、あの爺さん強いな。足取りや動きに隙が無い。」


「またまた~」


なんじゃそれ、達人的なやつか?悪いが私はそういうのは全くわからん。アルスの言うことだから信用も出来んしな。


「いやいや、只者じゃないぞ。それにゲンキに対して物怖じしないだけで大したものだよ。」


「ますます分らんわ、私のように人懐っこい奴を捕まえて怖がるかどうかなんて、なんの物差しにもならんぞ。」


アルスが馬鹿にしたような目で私を見てくる。


「それ、本気で言ってるなら、あー、ほんとに」


「なんだよ?」


「いや、なんでもない、やっぱり面倒くさい。」


面倒くさいらしい、なんじゃそれゃ。




「このあたりじゃの」


ソルンがそう言った場所はちょうど5mくらいのおおきな横穴にぶつかった。


前世の地下鉄のような雰囲気を思い出した。


「いままで結構細い洞窟だったし、天井も低かったから私はこれくらいの広さは助かるなぁ。」


身長2mを超える私は、実は本当に移動が屈みながらだったのでつらかったのだ。


「しっ!いるぞ。クロウラーだ!」


シェルが言った。その視線の先に何かが蠢うごめいていた。


長さ1m~2mくらいの何かが数匹、うねうねと蛇のように体をねじりながら移動している。


気持ち悪い。


体からは針のようなトゲ、厚さは20cm~30cmくらいか。


「それ!」


ソルンが胸元から光る石を投げた。光を帯びる魔石の一種のようで、松明代わりにも使っていた。


蠢く何かをよく観察できるようにそれを投げた。


目や鼻は見当たらないが、それらは何かを感知したのか投げられた光る魔石に向かって進みだした。


「まるで大きなミミズだな。」


アルスが言った。ミミズはこの世界にも存在していた、地中を掘り返せば普通にいる。


だが、大きさは前世のあのサイズだ。


こんなバカデカくはない。そういえばポーンくんもミミズって言ってたな。


「そうだな、見た目はトゲのあるミミズか毛虫のような魔獣じゃ。小さな目があるようで光を感じてそちらに進むようだ。」


ソルンが私たちに教えてくれた。


「そいで、こいつらは困ったことに魔力のこもった土や岩を好んで食すんじゃわい。」


シェルが言う。土を食べるのはミミズもそうだが、魔石を好むというのは中々に面白い習性だ。


そう思っている間に先ほどソルンが投げた魔石を1匹のクロウラーが食べようとしている。


体の先端を開く、牙はなく丸ごと魔石を丸飲みにしてしまった。


「それでは、倒すんで見とけよ。」


軽くそう言うと、ソルンが短い槍を携えて進んだ。


いざ!行くぞ!というような意気込みもなく、スッと当たり前のように前進するので少し驚く。


ヒュン!


魔石を丸のみにしようとしているクロウラーにソルンの投擲した槍が刺さる。


シュタッ!!飛ぶように距離を詰めて、ソルンはクロウラーの胴体に見事に刺さった槍を引き抜いてそのまま周りの他のクロウラーを捌いていく。


ダンスでも踊るかのように軽やかに、素早く、簡単そうに倒してのけるソルンを見て思う、


なるほどアルスの言う通り、ソルンは実はすごい爺さんだったんだな。




最後のクロウラーをスパ!っと両断して息も荒れることなくソルンは戻ってきた。


「おおおお!すげー!ソルンは達人だったんだな!」


私は正直に思ったこと言い両手を叩いて、この白髪の戦士を褒めた。


「いやはや、気恥ずかしいのう。よしてくれい、こんなものなんでもないわい。」


謙遜しながらもまんざらでもない顔をしているソルン。


「しかし分らんな。」


そう分らんのだ。


「何がじゃ?」


シェルが聞く。


「いや、クロウラーがどんな生物かは分かったが、言っちゃあ何だがソルンたちだけで対処出来てるじゃないか。私たちの手助けが本当にいるのか?」


「うむ、こいつらはな。わしたちが協力してほしいのはこれよりも大きなクロウラー。わしらがグランデ・クロウラーと呼んでる魔獣なんじゃ。」


「大きなクロウラー、あのバカでかいミミズよりさらに大きいのか、どれくらいだ?」


アルスが聞いた。


するとシェルは指を天井に向けた。


「この穴。」


「ん?」


「この穴を掘ったのがグランデ・クロウラーなんじゃ。」


「え?」「げ…」




私が先ほど見て地下鉄の線路を結ぶトンネルをイメージした横穴。


それがそのまま巨大なクロウラーの掘った穴なのだ。


つまり列車のようなミミズか…




想像して私は汗が一筋流れた。


キモイな…

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