第35話 アルスの場合ー臥すー

昏睡する意識の中で。


俺はゲンキのとこの森に入った時の事を思い出していた。






俺は、大鳥サウルスとゲンキが呼ぶ大きな羽毛をもつ獣を倒した。


自分でも信じられない事だった。




危険を冒さずに、慎重に慎重を重ねた狩りをすること。


少しでも予定から外れ、リスクを感じたら成果が上がらずとも撤収をすること。


父から教わったとおりにこれまでしてきた。


いや、父が特別慎重なのではない。普通は皆そうするものだ。


この森にいる魔物はとても力が強く、それに対抗しようなど普通は考えない。


危険を冒さずに獲れるものだけ獲ればばいい。


創造神の祝福を受けた我々は生きていくことが出来る。


そう考えるのが常識だからだ。






”多くを求めるものは、多くを失う”




大昔のエルフの賢者の言葉だった。


俺はゲンキに力を求めた、多くを求めたんだ。


なんでだ?




俺はイリアと婚約することとなったボガード族のバリンガンの顔を思い出す。


イリアの泣き顔も一緒に思い出してしまう。


後にして思えば、ゲンキの言うとおり俺はイリアを好いていたんだ。


イリアの気持ちはどうだったんだろう。


森を歩いている時ゲンキにそうに聞いたんだった。






「そういえば、賜物とかの話をした時にイリアさんがアルスに、トルスタンの村の影で孤独に暮らすのか尋ねた時あったろう?お前が覇気の無い返答をした時にイリアさん怒っていたよな?


あの時、すでに婚約の話があったんだろうな。」


イリアの気持ちを聞いたはずなのに変な回答をしてきたんだ。そして俺は「どういうことだ?」と聞いた。


「それで怒ったんだから、イリアさんの気持ちもそうだったんだろうな。」


ゲンキはそう答えた。


あの時は意味の分からない回答だったが。


今ならゲンキの言う意味も分かる。


そしてゲンキはそのあとも勝手につづけた。


「まぁ、イリアさんは賢い人だからな、イリアさんの一族にとって何がメリットになるかを分かっているんだよな。だから事は単純にいかないよな、素直に受け入れてしまうのも癪だけど、これ以上はイリアさんを傷つけるだけだからな、黙って引き下がるしかないよな。」


あの時はつい「知った口を聞くな!」


なんて言ってしまったがゲンキの観察眼には参るな。


「それでも、なんとかしたいなら、イリアを攫ってボガードの連中から奪い取るつもりでいかないとな…」


「何言ってやがる、……そんなのは無理だ」


「だよな、今の弱いアルスじゃ無理だろな」


「なんだと!!」


「だから強くなりたいとするのには賛成だぜ、私は。」






ああ、そうだ。


ゲンキはこんな弱くて短絡的な俺を相棒と言って協力してくれたんだ。


俺は強くならねばいけなかった。


求めなくてはいけなかったのだ。


もし、目覚めたら、


もし、体の具合が良くなったなら、


あいつに礼を言わねばな。




夢うつつのところでゲンキの声が聞こえた。


あいつに担がれ何やら洞窟まで移動していく。


人も沢山いたように感じた。


パーン?まさかな?


こんな魔物の溢れる森の奥に暮らす者なんているはずがない。


しかし、騒がしく休まらない。


トルスタン族の村に着いた時もそうだが、ゲンキはトラブルを起こさずにはいられないようだ。




やっと静かになった。


老婆が私の看病をしてくれているように感じる。


食事を促されるも、食べられない。


だが、少し楽になっていくのを感じる。


体が安定してくると、やっと俺は睡眠することが出来た。






俺はその日、父の夢を見た。




父はトラブルを避け、他の人間に借りを作らぬように生きていこうとしていた。


エルニット族は他の部族から疎まれていた。


過去のエルフ9英傑という祖父の威光を失いながらも、父はそれでも慎ましく森の端で暮らした。


ある時、狩りが全くうまくいかない日が続いた。


強い魔獣が住まいの近くに陣取って、獣たちがどこかへ行ってしまったのだと父は言った。


ある日、父は怖いくらいに真剣な顔で俺に言った。


「少し、森の奥に行く。もし俺の帰りがー遅くなるようなことになったら、トルスタンの族長にお前の生活を助けてもらえるように頼んでおいた。アルス、留守を頼む。」


祖父から譲り受けた弓を携えて父は森の奥に消えていった。


その日以降、父は戻ることはなかった。


それから、なにかと族長の娘のイリアが俺の世話をしてくれるようになった。








朦朧としていた意識から目覚める。


俺の周りには独特の黒い石が置いてある。


そしてその向こうに頭から角をはやした大男が心配そうに見つめていた。


ゲンキだった。




「目が覚めたかアルス!どうだ体は?」


起きた俺に気づいたゲンキが近づきながら言った。




「ああ…もう大丈夫だ。体はすっかり良くなったようだ、ありがとうな相棒。」


俺は笑って言った。


ゲンキもつられるように笑って言った。




「ああよかった!心配したぜ相棒」


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