第34話 誇り高き者#4
アルスを村長宅に置いて、私はシェルの家に向かった。
今いる大きな空間にパーンの村はあり、かまくらのように穴が空いた岩で出来た村長の家がある以外は
壁に穴を掘って作った空間に住んでいるようだ。
ポーンくんの家側とは反対側がシェルたちの区画だそうだ。
そこにある岩の壁は大きさや位置がまちまちな穴が空けられている。それぞれが部屋の出入り口であり、家の玄関なんだそうだ。カーテンのようにした革で出入り口を区切っているところも見受けられる。
パーンはそれぞれの戦士長を頭に、いくつかの家族が下に付く形で共同生活をしている。4人の戦士長がいるので
4つのグループに分かれる形だ。
パーン全体の意向は、この戦士長の合議制で決まるそうだ。
「あれ、じゃあ村長はどうなるの?」
「村長は一番の年功者がなるんだが、戦士長同士で意見が対立した時、例えば2対2で意見が割れたときには意見が求められるかの」
「なるほど、単なる相談役か。」
村長という肩書の割に腰が低いと思ったら、基本的にはパーンたちの実権は戦士長が持っていたのだ。
「さぁここだ。」
シェルがそう言う。
案内されたのはシェルたちの住まいが集中する区画の一部、食事の用意をしている婦人たちが大勢いる場所だ。
婦人たちは石を積んだ暖炉で火をくべて調理をしたり、木でできた皿を大きな平たい岩でできたテーブルに並べている。
食事を待ちきれない子どもたちが元気に周りを走り回る。
しかし、ひとりのオーガの出現で、ホームドラマを一時停止したように固まってしまった。
皆驚き、凍りついてしまった。
タタッ
素早い身のこなしで一人のパーンがこちらに槍を油断なく構えて近づいてきた。
「シェルリンク様、これはいったい」
「客だ、連絡はさせていただろう。友人のゲンキだ。聞いてなかったか?」
「あっ、いえ聞いてましたがこんなオーガ…いや、聞いておりました!こちらへどうぞ!」
どうやら部下のようだ、オーガの客人に戸惑うも切り替えてくれたようだ。よく出来た部下だ。
「シェル、オーガが来るって事前に言わないと戸惑ってるじゃないか」
「そうか?客は客だ。オーガだろうとエルフだろうと関係ないと思うがの。」
「シェルはそうでも、皆はそうはいかないでしょ…」
私を席に案内してくれている、この部下のパーンは必死に
「シェルリンク様のお客様だ!」「手を止めるな!心配ない!」「大丈夫だ!」と今にも悲鳴を上げそうな人たちをなだめながら進んでいる。
岩のテーブルに案内される、席は小さな石に布がかけられているだけ。シェルの隣に案内されて私は座った。
まだまだ、パーンたちは慌ただしくしている。男衆が落ち着かない様子で右往左往している。ヒソヒソ声で聞こえる「どういうことだ?聞いてないぞ」「私だって聞いてない!とにかく失礼の無いように…」「失礼って!オーガがテーブルにいるんだぞ」
最初に案内をした部下は、他の者に質問攻めをくらっている。かわいそうに…
「おい、お客様の前だぞ。みっともない、落ち着いて席につけ。」
シェルが怒るでもなく、呆れるでとなく、平坦な声で部下たちに言った。不承不承と男たちが席に付いた。
私を含めて15人の男たちは槍を席の横に置いた。みな緊張しているが、私の隣に座った白髪の老人と言っていい年齢の戦士がごく自然体で座った。
そして、男たちが座るのを待っていたかのように、料理が運ばれてきた。乾燥させたベリーっぽい果実とポソポソのパン、茹でた豆と焼かれた鶏肉っぽいものが運ばれてきた。
「おお、美味しそう。」
前世を思えば貧相な食事だが、こちらではご馳走だ。
こんな副菜みたいな形で豆やら果実が添えてあるなんてのは初めてだった、その上体の大きさを考慮してか、他の物より私の料理は倍の量があった。未だに警戒されているが、お客様待遇にはされているようだ。
「それはよかった。肉はゲンキから受け取った、あの獣を運ばせたものを調理させた。」
ああ、あの大鳥サウルスね。
「私達は食事は各家庭ごとではなく、すべての家が協力して行って、一緒に取る事になっておる。ゲンキもそれにならってくれ。」
「ああ、勿論…ただ」
「大丈夫だ、エルフには別で食事を届かせる。どの道、今回は村長にも世話を焼いてもらっているからな、村長にも料理を届ける予定だった。」
シェルは私の心配を先回りして答えてくれた。
しかし、なるほど、部隊は家族ぐるみで生活している訳だ。
私は食事を運んできてくれている女性たちを見る。
年齢はバラバラで、みなパーンの耳がヒョコッと頭から飛び出ているのが特徴だ。
足は蹄のようになっていて靴は履いていない、軽装で皮で出来た服を着ている。
背中がぱっくりと空いてそこから毛並みのいい尻尾が覗いている。
山羊と人間がくっついたようなパーンの女性だ。
魅力的だな…と見られていることに気づいた女性が顔を強張らせて一歩さがった。
「あまり、見つめ過ぎるでない…怖がっておるぞい。」
私の隣に座った白髪の男が言った、こんなに人懐っこい顔をしている私に変なことを言う爺さんだ。
「なんだ、好みの女性でもおったのかゲンキ?」
楽しそうにシェルが私に聞いてくる、変なテンションだ。
確かにちょっと魅力的だと思ってしまいましたが。
「違うわ、シェルの奥さんもこの中にいるのかなと思ってな。」
あれ、誤魔化しの嘘を言ってしまった。しかし気になるぞ、シェルは思った以上に偉いみたいだし
飄々としているが、あれでなかなかの人物…のような気がするし。
「オーガよ、よく聞いてくれたな。うちの頭領はいまだ独り身でな、困ったもんで腕前は申し分ないのじゃが。女性のことについてはめっきり浮いた話も出んのじゃ。」
なんなんだ、この爺さん…横に座った時から気味悪かったけど、馴れ馴れしく話かけてくる。
「モテないのか?」
「いやいや、とんでもない。相手は選べるくらいにおるわい。じゃが本人にその気がないんじゃ。まったく戦士長としての責務も大切じゃが血脈の維持だって大切じゃというのに。」
白髪の爺さんは心底無念そうに言った。
「ソルン、やめとくれい。客人の前で言う話題でないわ。」
ソルンと呼ばれた爺さんにシェルが言う。
「やれやれ。」
ソルンは、まだ言い足りないという感じだが、一応それ以上は何も言わなかった。
「さぁ食事にしよう。大地の恵みに感謝と、食神レープルーツ祈りを。」
シェルがそう言うと他のみんなも目を伏せながら言葉を合わせた。
「「「レープルーツ様に感謝の祈りを」」」
私は意図しない挨拶にタイミングを合わせられなかった、そのまま何もせずに食べるのも癪だったので小さく「いただきます」と手を合わせてから食事をすることにした。
シンプルな焼きと茹での料理だが、中々食べられる食事だった。
戦士たちが食事を始めた後に、子供たちへの食事が開始される。
数は少なく3人だ、そのあと女性たちや年寄りたちの食事が始まった。
「おい、オーガ、どうだいくか?」
隣の爺さん、ソルンが肘で私を小突いて飲み物を勧めてきた。
ツンと酸っぱい香りのする白い飲み物だ。
「酒か?」
「おう、うちのばあさんが作った乳酒だ、いけるぞ。」
うーん…どうしよう。正直アルスの作った、激まずのどんぐり酒の記憶がよみがえる。
と考えている間に返事も待たずに酒をいびつな形の陶器のコップに注いでいくソルン…勝手に注ぐなら聞くなや…
まぁ折角だからいただいておくか
…と、酒を飲もうと器を持ったところでシェルがしゃべりだした。
「おっと、酒を飲む前に。エルフを助けるにあたっての交換条件があと一つ残っていたの?」
「里に付いてから話すと言っていたあれか。」
ここでその話か、白紙の小切手を切ってしまっているからな、少し怖い。
「ゲンキ…ぬしの腕を見込んでのお願いだ。クロウラーの討伐に協力してくれ。」
なんか厄介そうな依頼だ…いやだなぁ。
そう思いながら酸味の効いた乳酒を飲んだ。
お、これいける
うまいな
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