第32話 誇り高き者#2
さぁ、いよいよ槍投げ対決が始まってしまいました。なんだか私の事を無視されて勝手にはじまったので、槍投げだけに投げやりになるな。おっ、これは上手いこと言う。
意外なことに緊張や余計な力みはない、本当はアルスの事をすぐにどうにかしたいんだ
そのための焦りがある。
私は心を落ち着けながらルールを確認することにした。
木の杭の上の丸い石と、投擲用の槍が格子状に木で作られた大きな箱に30本程度入っている。
ご自由にどうぞか…
「この的当て、つまり勝負はそこの箱にある槍を投げて、あの木の杭のうえに乗った石を何回で落としきるかを競うってことだよな?」
「ああ、そうだ。いちいち確認するな。オーガの頭では理解が難しいか?」
いや初見のルールくらい確認させろよ、対戦相手の挑発にイラつくのを抑えて私は続けた。
「槍を投げた回数で勝負する。それでいいんだな?」
「くどいぞ、さっさと始めるぞ。」
「こっちは初めてやる勝負だ、練習もなし説明も不十分で出来るわけないだろう。」
「ちっ!」
イラつきすぎだろ。こっちの方がむかつくわ。
けど、念は押したぞ。
「じゃあ最後にひとつ、これ同じ回数だったらどうするの?」
相手はもはや答える気のなく、代わりにシェルが答える。
「同じ回数ならもう一度だな、ちなみに以前ポーンテントスと俺がやったときはお互いに5回で倒し続けての、33回目で決まったな。」
「ふーん。その時はシェルの勝ちかな、やっぱり。」
「まぁそうじゃの、なんで分かったのかの。」
「シェルに勝っているんだったら、わざわざ私を勝負相手に指名しないだろう?これはつまりはアレだろ?シェルに勝てそうにもないから、ルールも知らないオーガに当てつけのように勝負を挑んでいるんだろう?かっこ悪い。」
シュン!!
私とシェルの間の地面に槍が投げ込まれた。
「口に気を付けるんだな!邪魔石が必要なのは貴様等だろう?本来オーガごときと対等な勝負をしてやる必要などないんだ!そこのエルフを救いたいなら黙っているんだな!」
よーく理解したよ、図星突かれてお怒りなのね。
しかし、とりあえず今は黙っておこうか。
「……。」
「はぁ。よーし、では始めるか。慣例では勝負を挑む側が先行となっているが今回の場合は…。」
「あんたから先でもいいよ。」
「ふん!よかろう。あとでゴチャゴチャ抜かすなよ。」
それはこっちのセリフだっての…はやくしろ…
段々こっちもイライラしてきた。というか勝負前に挑発したのも私らしくないんだよな…
開始の段取りがついたところでシェルは地面に刺さった槍を引き抜き高らかに掲げて言った。
「では、ポーンテントスから。始めだ!!!」
対戦相手のポーンテントスは木の箱から慎重に槍を選ぶと
大げさに振り回し、体を屈めて槍を低く構えた。
狙いを定めてブツブツと何か言っている。まさかとは思うけど魔法とか使ってこないよな?やばいルールのそこを確認してなかった。
だが、結局そこは杞憂に終わった。どうやらルーティンなのか宗教的なおまじないなのか、投擲は純粋な肉体で行われた。
低い体勢から下の方から回転を与えながら投げ込む、吸い込まれるように石の真ん中に当たると、カキーンという木琴のような気持のいい音とともにぼとりと白い石が地面に落ちた。器用にあたるもんんだなぁ…まるで野球でいうアンダースローみたいな感じの投げ方だった。てっきりオリンピックの槍投げみたいなモーションで投げるものだとばかり思っていたのでびっくりした。
その投げ方の意外性で驚いたのを、どうやら相手はコントロールの技術に驚いたと勘違いしたようで
「今更技術の差に気づいても遅いぞ。ふふん、まあ実際は本来の調子ならシェルリンクスとやっても負けわせんのだ。」
いい気になって語りだしてきやがった。しかも何を言うかと思えばシェルに対しての負け惜しみ。
最高にダサいな…シェルはそんな言葉を気にしてはいないようだ。
私が言うのも変だが、シェルってかなり変わってるよな?まあこれだけのことを言われて顔色ひとつ変えないんだから器が大きい奴だと思うよ。少し見習わないと。
「まあ、同じ回数になることを聞いていたが、安心せよ。もし俺と同じ回数にできたらお前の勝ちとしてやるわい。出来ればだがな。」
2投目もうまくいって上機嫌になっていくポーンテントスは余裕の表情で語っている。
分かった分かった、さっさと投げろよ。
やっぱムカつくわ。
3投目・4投目
いづれも成功、ここで回りにいたパーンたちも「おおお」「流石」と声を漏らす。
見ていた人たちは一応正式な勝負の場ということで、今まではさすがに黙っていてくれていたが、回数を重ねると段々声が出てきていた。
5投目も成功…と思いきや、槍は石をかすめただけで
石は少し揺れて地面には落ちなかった。
失敗だった。
ポーンテントスは今までの上機嫌が、真逆にひっくり返るように不機嫌になり
舌打ちをして地面を蹴った。
「くそっ!」
あれあれ?さっきまでストレートで行きます宣言みたいな態度だったのにね。
最高にかっこ悪いね。
結局6投目で成功しポーンテントスの結果は5つの石を落とすのに6回かかったわけだ。
「6か…まあいいだろう。6回以下ならオーガ、お前の勝ちだ。さっさとやるんだな。」
うるせぇな、お前は散々じっくりやってたろうが…
「ゲンキ、交代だ。大丈夫か?」
シェルは少し不安そうに聞いてくる。
まぁそうな、前世の感じでいくと練習もなしにまともにこんな槍であんな遠くの小さな石を落とせって言われても10回に1回くらい成功すればいい方じゃないか。
いや、前世ならあそこまで槍を投げることも出来んな。
私は歩きながら前世の自分の運動音痴加減を思い出していた。
的の石と槍は元の位置に戻された。
テニスのボールボーイのように回りの人間が運んでくれた、そんな役割があるかは知らないが誰に指示されたわけでもなくそういう動きをしていた彼らに私は言った。
「悪いけど、そこの君たちはこちら側に移動してくれるかな。」
ボールボーイの彼らは的と私の間の位置の壁際に左右に散る形で立っていた。
そこは万が一にも槍が軌道を逸れてしまうと危ない場所なので、私の背中側に行くように声をかけた。
「いや、しかし壁際なら別に…」
「はっはっは!オーガの槍の技術ではとんでもない方向にいくかもしれないからな!まともな我らと一緒にするなということだ!足りない頭の割によく分かっているではないか!」
うるせーよ6回野郎。一言も二言も余計だがポーンテントスがそう言ったのを聞いてボールボーイたちは私の背中側まで移動した。
シェルは何をするつもりかわからないようで、私の様子をジッと見ている。
私は箱に詰められた30本くらいの槍を見つめた。
短い槍が、格子状になった場所に刺さっている。ちょうど傘立てに立てられた傘のようだ。
「おい!早くしろ!どの槍を選んでも、お前じゃ一緒だ!」
本当にうるさい奴だポーンテントス…
勝負の間に野次を飛ばすのはマナー違反じゃないのか?
私はイライラを抑えるのを止めることにした。
大体、この勝負も無理やり仕組んだみたいなものだ。
シェルとの当てつけのために私なら勝てると踏んで禄に説明もしない。
勝負中の野次。
アルスが、こんなに苦しんでいるってのに…
私は横になっているアルスを見た。
魔力の過剰な状態はおそらく私が魔獣の心臓を食べるのを勧めたからだ。
私のせい…焦っていた。
私がなんとかしないと…
「おい!いつまで待たせるんだ!」
ポーンテントスがまたしても野次を飛ばす。
うるさい…
「まさか勝てないと分かって勝負を放棄する気か!!!」
うるさい…
私は槍の入った箱を掴んだ。
槍ではなく、槍の入った箱自体を
うるさい…うるさい、うるさい。
「うるせーーーー!!!!!!」
私は叫びと共に槍の入った箱を力任せに振りかざした。
バケツに入った水をぶちまけるように、槍を的に向かってぶちまけた。
30本以上の槍が散弾のように的に向かって飛んでいく。
ガラガラガシャーン!!!大きな音が鳴り
的の周辺は土埃が舞った。
土埃が晴れる
5つの杭のうえの石はすべて地面に落ちていた。
「よっしゃ!!1発だな!」
ざまーみろ!!!
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