第28話 パーンのシェルリンクス#2

シェルリンクスと名乗った山羊の獣人は自分達の生活する里まで連れていってくれるという。


そこで魔法を使える呪術師がおり、あるいはその者がアルスを治すことが出来るかもしれんとのことだ。




しかし、自分達の里に連れていくための条件がいくつかあった。


ひとつは、里の場所を他の者に教えないこと


ふたつめは、私たちが狩った魔獣の毛皮や肉を渡すこと


みっつめは、里に着いたら基本的にはシェルリンクスに従うこと


最後にもうひとつは、里に着いたら話すとのことだった




はじめの3つは問題なかったが、最後のは空白の手形を渡すみたいで嫌だった。


背に腹は代えられないのと、シェルリンクスの無理難題ではないという返答に承諾をすることにした。


アルスに確認をとろうにも受け答えも辛そうな状況だったので私ひとりで判断をした。






シェルリンクスの里は私たちが休んでいた滝のある岩場の崖沿いに入口があり、そこから洞窟で広がっているとのことだ。


この崖を意識混濁しているアルスを上らせるのは不可能だった。


私は少し考えて自分の肩から掛けて服代わりにしている毛皮を使って、アルスを背負う形をとった。


胸のあたりでキュっと毛皮を結び赤ちゃんをおんぶする母のような形になった。


アルスは小柄で、オーガである私の体は大きいのでそれほど負担ではない。


手にはアルスのカバンをもっている。


「準備はいいかい?」


山羊の獣人のシェルリンクスが聞いてくる。アルスを背負う様子を黙って見ていた彼は落ち着いた声で聞いてくる。


「ああ、待たせたな。しかし君に譲る大鳥サウ…魔獣の毛皮とか肉までは持てないがいいのか?」


「心配ない、とりあえず、この牙ひとつでも持って帰って、残りは里の連中に運ばせるさ。」


私は大鳥サウルスという私が命名した名前を言いそうになって訂正した。


どうやら山羊の獣人パーンの里にはそれなりに人がいるようだ。まあ心配ないと言ったんだ。


残していった素材がどうなろうとこちらの責任の範囲外だな。




「では出発するぞ。」


シェルリンクスは軽くそのあたりでピョンピョンと10cmほど飛んで見せてから


崖のほうへ駆けて行った。


そしてガッっと地面を蹴り崖を上っていく。崖の小さな取っ掛かりを器用にその蹄でできた足で蹴っていきどんどん駆け上がっていくシェルリンクス。


少し見上げる程度に登ったところで、ちょうど良い足場がありそこで振り返ると私のことを振り返った。


付いて来い…という訳か…


「…うっし!」


ダダダダダッ!私は力強く駆け出し地面を蹴る。


オーガの肉体で前世では考えられない跳躍力を発揮する。


何歩かに分けて上ったシェルリンクスに対して、私はその場所まで1度の跳躍で登って見せた。




ほお…




といった顔をするシェルリンクスはそのまま何も言わずに今度は崖を横移動する感じで移動していく。


足場は少ない、シェルリンクスの蹄ならば足場になるところもオーガにはつま先程度の足場だ。


ましてやこちらはアルスを背負いながらの移動だった、辛くない訳がない。




横移動しながらも少しずつ上っているようで、地面との距離は離れていく。


草も生えない岩石むき出しの急こう配の崖をひょいひょいと先導しながら移動するシェルリンクスは、たびたびこちらを振り向いて様子を見てくれているがとんでもない悪路を行っているように思う。


私は足の踏ん張りが効かない代わりに手で岩場を掴みながらバランスを確保している。


ゴリラ並みの握力でロッククライミングさながらの移動をする。


前世でそんな趣味はなかったし絶対にそんなことできなかったが、テレビでいつか見た指の力だけでネズミ返しのようになっているような場所まで登ってしまう衝撃映像を思い返していた。


人間技でもそんなことが可能なんだ、根拠のない自信と異常なオーガの肉体でゲンキは悪路を


ドンドンと進んでいく。


シェルリンクスの優雅な跳躍とバランスの移動とは違う、力強さと勢い任せの移動だった。




「あそこだ。」


ぼそりと言って指さした場所に洞窟の入口が見えた。


いままでの崖よりもさらに険しい場所。


足場が全くないように見える。崖の角度はえぐれる感じで180度を超えているように見える。




「おいおいおい…マジかよ…」


シェルリンクスはカン!と石で出来た槍を崖に打ち付けてから移動した。


全く足場が無いように見えるが、シェルリンクスにはほんのわずかな足場があるようで


タッ!タッタッ!タッ!タッ!と5回の跳躍で洞窟の入口の前についてしまった…


そして振り返る。ついて来いと…




こいつ道案内する気本当にあるのかよ…私は少し疑問に思いながらも


周りを見渡した。


覚悟を決める。




最低限の足場に力を込めて跳躍する、そして頭上にわずかに飛び出た岩場に手をかける。


失敗したら落ちる。アルスも私も無事ではないはず…


なのに何故こんなにも冷静なんだろうか、オーガの肉体だから?


違う、それを加味してもこれは難しい移動だ。


私は跳躍の最中にいろんな思考が駆け巡っていることが不思議な気分でいた。




そしてスローモーションのまま手でつかもうとしていた岩の取っ掛かりまで来た。




少し外している!




手全部で掴む予定が、指が2本しか掛かっていない!




ドキッ!!




その瞬間はじめて死が頭をよぎった。


なんで私はこんなことしてるんだっけ?いや…詰んだ?


なぜだか投了している自分の前世の姿を思い出した…いやいやいや!


そんなわけにいくかい!




「どりゃーー!」




指2本!お構いなしにそのまま掴んだ手を起点に空中ブランコのようにさらにもう1度跳躍!






ドーン!シェルリンクスのいる洞窟の入口まで着地した。


が!危うい。まだバランスを確保していない。私は背中側から落ちそうになるので背泳ぎのようにして手を回転させてバランスをとる。


「おおっとっと!…セーフ…」


なんとか着地、、、と安心したところで




シュルリ…きつく結んだはずの毛皮がほどけ背負っていたアルスが私の背中から落ちた。




うそ…




「あぶない!」


私より早くシェルリンクスはアルスを空中で抱きかかえた。


しかし、シェルリンクスもこのままでは落ちてしまう。


私は振り返りギリギリでシェルリンクスを片手で掴んだ。もう一方はシェルリンクスを支えて落ちないように岩を掴んでいる。危機一髪だった。


私の反応ではアルスを掴めなかった、シェルリンクスがアルスを掴み


そのシェルリンクスを私が抑えることが出来なかったら救えていなかった。




「あ…あ、危なかった。」




「かっかっか!そうだな、そのままゆっくり引き上げてくれ。」


アルスを抱きしめながらシェルリンクスは緊張感のない笑い方をする。


シェルリンクスの持っていた槍は谷の底へ落ちていった。




本当に危なかった。


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