第21話 過去の決別#1

「元気くんさぁ~誰かに聞いたんだけど、打てるんだって?」


白髪交じりに無精髭の冴えない作業着の男が話しかけてきた。


はじめ、私はなんのことを言っているのか分からなかった…


しかし、その伸ばした人差し指と中指のジェスチャーで分かった


「将棋ですか?」


私は気だるさを隠さず答えた。


ここは前世で働いているとき…いくつめの職場かは忘れたが


とあるメーカーの子会社で、機械の一部分を組み立てている工場だった。


「どうだい?昼飯終わってんなら一局?」


日に焼けて黄ばんだ、ささくれだらけの畳の休憩室で


私はたいして美味しくもない食事を済ませて休んでいた。


将棋か…やりたくなかった…が、まぁまぁと


相手のペースに乗せられて、将棋盤の前に座らされた。人と対局するのは久しぶりだった。




「元気くんはどれくらい打てるの?」


「…いえ、その…三段止まりです。」




自分で言って、心にズキンと来るものがあった。


嘘は言っていないはずだった…三段止まり、その次の壁が突破出来なかった。




「ほぉ!凄いねぇ~三段かい!?僕なんて二段止まりだよ~どうだい?君さえよかったら少しニギらないかい?」


大袈裟に驚いて見せて、変なことを言う…


ニギる?疑問に思いながら相手の顔を覗き込む


冴えない男がいやらしい目付きで半端に笑っている。


「いや~なに、ただ勝負してもつまらんでしょ?この一局、買った方にそうだなぁ~5000円渡すってのはどうだい?」




要するに賭け将棋をしようってのか、ふざけるな!と言ってやりたかったが


安月給の私は、それを断るほどの将棋のプライドが残っていなかった。


私は折り畳み式の安い将棋盤を覗き込み、丁寧に駒を並べる。






「おい、安永さん新入りに将棋やらせてるよ」


「元気くんだっけ?可哀想に…安永さん自分では二段なんて言ってるけど、申請してないだけでもっと実力はうえだろう?」






ヒソヒソとこちらの様子を見ながら同僚たちが話している。


内容までは聞こえない。


安永さん…私に賭け将棋を仕掛けてきた、白髪混じりの冴えないおじさんは頭を悩ませている。


展開は相振り飛車…中盤に差し掛かろうというところで一生懸命に悩んでいるが遅すぎる。もっと前に…分かりにくいが


すでに相手には小さな綻びができている。


あとは私はそのアドバンテージを維持し続けるだけでよい。


おそらく、この安永という男はアマチュアの中ではまあまあの腕前はあるんだろう。しかし、そんなのは関係ない、はっきりいってわたしとは比較にならない。




私は本当にプロを目指していた。


何気なく小学生のころ覚えた将棋…夢中になって


どんどん強くなり大人たちも勝ち、地元では負け知らずで


天才とか神童と呼ばれるようにもなっていた。


私はプロになることを疑っていなかった。




中学生、奨励会員となった。


将棋のプロとなるには、ここで四段までならないといけない。


日本全国から選ばれた将棋の天才たちがここに集まる、


そしてその能力を競いあい、淘汰され、上り詰めたものだけが


四段に、つまり将棋のプロになれるのだ。




私は三段止まりだった。


私はその戦いに敗れたのだ。




15分くらいして、安永は苦虫つぶしたような顔で小さく


「ねぇな…」と呟いて立ち上がり去ろうとする。


礼の無い敗北宣言をして、お金をおかずに去ろうとする。


「あ…あのっ」


私が呼び止めようとするのを制するように、被せるかたちで安永が言葉を発する。


「いやいや、元気くん強いねぇ~僕の遊びに付き合ってくれてありがとう~また遊んでくれよ~」


そう言って、お金も払わず、将棋盤も片付けないで安永は休憩室を去った。




それから、安永は何かと仕事で私に強く当たってくる。


それ以外の同僚も非常に冷淡だった。




ほどなくして、私はこの仕事を辞めた。




人生をメチャクチャになりながらも、それでも強くなりたかった将棋が、遊びと揶揄され。


更に生きるうえで足枷になっている。




自分の不甲斐なさに泣き、それでも生きるために職を探していた。
















「ゲンキ!!!!!」


大きな声で起こされた…




「ああ…アルスか…大屋さんが家賃の催促に来たのかと思った…」


耳の長い金髪イケメンのアルスが不思議そうな顔をする


「何言ってんだお前!朝から出発するって言ったろう?こっちは準備出来てるぞ!」


皮で出来たリュックのようなものを担ぎ、縄や弓、サイドバックにも何かをパンパンに入れている。




「なぁ…昨日言ってたこと、本当にやるのか?」


私は念押しの確認をする。


「勿論だっ!決意は変わらん!」


昨日決闘に負けたアルスは、私に強くなれるように特訓の依頼をしてきた。承諾したものの、強くなる方法なんて知らない私は


適当に山籠りの武者修行を提案…アルスはこれを快諾したのだ。


「女に振られて、修行って…なんというか…短絡的というか…」


「お前が修行って言ったんだろう!俺は強くなりたいと言っただけだ!」


アルスを鍛えるにあたり、私自身も試したいことがあった。


それにはもう一度、森の奥深くに戻らなくてはならない、またそこで出会う魔物たちとの戦闘も


鍛えるには使えるのではないかと考えたのだ。


いや…実際は知らんけど。




「さて、修行が始まったらいつ戻れるか…というか戻ってこれるかもわからんが、いいのか?」


私は手早く出立の準備を済ませた。もともと大したものも持たずにさまよっていたのだ、


準備にそこまでかからない。


「くどいぞ!いいと言っている!」


「イリアに挨拶しなくていいのか?」


イリアの名前を出したところで、顔が引きつり言葉に窮した。


「っつ!いい!あいつは自分たちの村のためにボガードの一族と結婚する!


そのことで今みたいに無力な俺の存在は邪魔以外のなにものでもない!」


「おお!言い切ったな!さすがアルス、わかった!本当は私も気が進まなかったがお前の意思の強さには負けたよ。ではこのまま何も言わず森の奥まで行こう!なーに私がこの村までたどり着くのは3年くらいかかったけど…一度いた場所だからな、たぶん…2年くらいでかえってこれるさ!」


「え?2年?」


アルスの顔色が変わる…え?何?想像してなかったの?


「まあ期間は不明だな、けどそれくらいは覚悟してほしいってことさ。」


「いや…まじか…そうか2年か」


「さっきの勢いはそうした!いくぞ!馬鹿で無力なアルスとは今日で決別するぞ!」


「お、おお!---って、馬鹿は余計だろ!」




そんな風に、話ながら私たちは森の奥へと向かう…


アルスが強くなるための修行の地


私にとっては里帰りになるであろう地へと。。。

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