第20話 弱肉強食#3
この森に住まうエルフの部族のなかでも
一番影響力を持つボガード族
その長の息子、息子といってもかなりの年だが
彼の名前はバリンガン、当主の3番目の子だ。
そのバリンガンとイリアが結婚するのだという。
私は名前の響きから、強面で厳ついエルフを想像する
そんな奴が麗しく知的なイリアと結婚…許せん…
しかし…私は疑問に思った。
クマアラシを見てもらうのにイリアを訪ねて結婚するという事実は分かった。
しかし、なぜアルスはこんなにもひどい格好をすることに繋がったのか…
ボロボロの姿でうずくまるアルス…出血はないようだ。
「……で?」
私はアルスに聞こえるように言った。
それ以上は言わない…察してくれ
「…でって。」
じっとりした目でアルスがこちら見る
そんな目で見てもだめです。私は事情を説明してほしいのだ。
イリアは急になぜ結婚になったのか、アルスがケガをしている理由。
最後に分かれたイリアがなぜ怒っていたのか。
私は沈黙したままアルスを見る。
過去の経験から知っている、こういう時にこたえを催促するアプローチは間違いだ。
相手が話をするのをじっと待つんだ。
するとアルスはゆっくりと事情を説明始めた。
イリアを訪ねた、いつもいる農場にはおらずイリアは自宅にいた。
そこにはボガードの息子がいた、イリアは目線をそらした。
長から結婚の話を始めてそこで聞く、ボガードの息子のバリンガンとあいさつをする。
挑発的な態度に思わず争いになったんだと…
端的にいうとこんな内容だが、アルスは回りくどく言葉を濁しながら話すから非常に判り辛かった。国語を勉強しなおしてほしい。
そしてな、なんで喧嘩になんねん…
「喧嘩って…お前…、なんでそんな状況で喧嘩になるんだよ、イリアはさぞ迷惑しただろう。」
「喧嘩ではない!あれは1対1の決闘で…!」
「負けたんだろう?その様子じゃあ…」
「くっ!」
アルスは黙って俯いてしまった。私がいなけりゃいっそ泣いてしまいそうな雰囲気だ。
しばし沈黙…
「しかし、なぜこのタイミングで結婚なんだ、前に会ったときは一声かけてくれば良かったのに…いい辛い事情でもあったのかな。」
「イリアは、村の…一族のためにボガード族の血縁者と結婚することになった。長が前々から段取りしてたみたいだ。」
なるほど政略結婚みたいなもんか。
というか寿命が以上に長くて子孫ができにくいこいつらの結婚観って分かりにくいが
少なくとも前世と同じく婚姻関係を結ぶことによって、互いの絆を結んだり、
親族になることによって便宜を図るような考えがあるわけだ。
「なるほど、大体わかったわ。んで、アルスはそれで納得したわけか?」
「納得もなにも、もう決まったことだ。」
「まーな、イリアがボガード族の息子と結婚することで賜物の便宜を図ってもらえて
トルスタン族にとっては万々歳、村の長が娘を差し出すのにどんな気持ちかは知らんが、まあ責任者としては適切な対応だな。」
「お前、知った口を…!」
「しかし、アルスはイリアを好いているんだろう?それでいいのか?」
「は……!はああああ!!!てめえ何言ってやがる!!!」
アルスは顔を赤らめながら起き上がる、いつもの調子で急に飛び上がる動くもんだから
ケガした場所に痛みが走る、いててて…馬鹿かこいつ。いや馬鹿だった。
もっとはっきり言ってやろう。
「ふたりが話ているのを見れば丸分りだ。それにイリアもお前のことが好きだぞ」
「えっ?」
これは本当に以外だったのか、間の抜けた顔をしている。
「お前のことが本当は好きだから、結婚の話をしなかったんじゃないか?けどお前と違って賢明なイリアだ。婚姻関係によって一族の未来を救うことを理解していたから相当複雑な気持ちだったろうさ。」
アルスは何かに気づいたように、ハッとした。
「イリアは……、泣いていたよ…」
馬鹿…泣かしたのかよ…
「そのうえなんで決闘なんてことしたんだ?」
「バリンガンの野郎、最初のうちは丁寧にあいさつしてきたかと思ってたんだが、段々と高圧的になって…その、エルニット族の…うちの祖父の悪口をしやがって…それで、つい」
あああ…そうか、今も生き残る9英傑のボガードの一族から、エルニット族の英雄である祖父を貶めるようなことを言われるのは、さぞ屈辱的だったのだろう。
アルスは唇をかみしめる…
これは勘だけど、バリンガンにとっても、そこまで言わせたのは
もしかしたらイリアのアルスに対する気持ちを察しての行動かもしれないが…
「ゲンキ!!」
「あ…はい?」
びっくりした
バリンガンの思考を考えているときに急に大きな声で私を呼ぶから驚いた。
アルスは先ほどとは打って変わって力強い目でこちらを見る、
いじいじしていた先ほどの感じはなく活力が溢れる感じだ…いや本当のところは知らんが…
「俺を鍛えてくれないか!!」
「なんでやねん!意味わからんわ!」
「ゲンキは魔法を信じられないくらいに駆使している、魔獣をも倒す力もある。俺も…
俺も強くなりたいんだ。頼む!!」
「いやいやいやいやいや、鍛えるって言われても、そんなんやり方も知らんがな
ましてや強くなりたいって…決闘に負けたからか?強くなってどうする?また決闘してイリアを取り戻すのか?そんなの…」
「そんな馬鹿らしいことはしない…ただ、エルニット族の…いや俺がこれから何をするのか
それを前にイリアに聞かれたとき答えることが出来なかった。
本当は、俺が強ければ。エルニット族を復興して、ボガードの台頭を許さず割を食っている部族の助けになって…そして、イリアを…。」
「そうだな、強くて、もう少し素直だったらな…」
ついでに思慮深くというのも付け加えたいがな…
「今更イリアのことをどうこうするつもりじゃない。
だけど、このままじゃダメだ、やりたいことを叶えるためなら強くならなきゃダメなんだ…だから」
「………ひどく独りよがりで、わがままで、目的の根拠も曖昧で伝わりづらいな…」
私はつい、皮肉を言ってしまった。
なんだかんだ言って、私にも正直さが不足している。
私はアルスが気に入っている。
この馬鹿の愚直な思いに感化されているんだ。
「責任は取らんぞ…私はこの世界のことすらよくわかっていないんだ…」
「この世界?」
アルスは不思議そうに聞いてくる。私は無視して話す。
「鍛えるのはいいさ、分かったよ。ただそれより飯にしようぜ?腹が減ったよ相棒」
私は意図せず笑ってしまった。
それを見てアルスも「ああ」と爽やかに返してくる。
もう夕日が沈む、燃えるような赤で森が照らされる。
強くなりたい…
ああ…かつての私もそうだった。
流れる河川の川上を眺めながら私は思った。
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