第19話 弱肉強食#2

クマアラシは死んでいない。

ただ無事でもない、穴の底…体を痙攣させている。

オーガの私には強敵とは言えない。

ひとりで森を迷っているときも何度も出くわした。

言うなれば私にとっては獲物である。

肉もそこそこ旨い…それも私の下手な調理でも食えたのだから

肉の加工に人一倍うるさいアルスに掛かればもっとうまくなるに違いない。

正直楽しみだ…娯楽も何もないこの世界の環境に慣れてしまった私にとって

今や食事は人生で最大の喜びだった。


私は止めをさすためにアルスに言う

「ナイフ貸してくれよ」

アルスは少し呆けていた、私の言葉を少し遅れて理解して言い返してくる

「はぁーなんでだよ」

返答は面倒な感じだ、アルスの金属製のナイフは肉の加工に必須な道具で

手持ちでは唯一の金属製品だった。

アルスはこれを大事にしていたし、他人に易々と貸すわけもないと知っていたので私は返答を返す。


「クマアラシに止めをさすんだよ、こいつの肉は美味しいから出来ればあまり傷付けずに止めをさしたいんだよ。

それともアルスが下に降りてやってくれるのか?」

アルスが下を眺める、弱っているとはいえ大きな巨体がそこにはある

時折、虚勢のようにグォォと小さく唸る。

反撃は出来そうもないが、先ほどの攻撃を見てはアルスには荷が重い。

また、落とし穴に落ちたクマアラシを持ち上げるのも不可能だろう…


「分かったよ」

自分にはできない事を理解したアルスが渋々ナイフを私に貸す。

丈夫な皮で出来た鞘と共にナイフを、同じく皮で出来たベルトから取り外して私に渡す。

と渡すと同時に言葉を重ねてくる。

「しかし、無理に使うなよ!このナイフは父から譲り受けた物で!

金属の加工はここらで出来る奴はいないし!万が一…!!!」

説明が長い…私は話の途中で振り返って落とし穴の底に降りた

「じゃあいってきます!」

「だ!おい!まだ終わってない…!!!」




大収穫だった。

結局1回では回収しきれず、3回に分けて加工のために河川の近くに運ぶことにした。

アルスだけは1回だけ運搬して、先にクマアラシを解体している。

2回目の回収から戻った時には皮をすでに剥いでいた。


「おお、流石に仕事が早いな~」

「いや!初めて狩った獲物だから時間が掛かったくらいだ!特に背中のトゲはやっかいだった」

アルスは答える、いや狩ったのは私だけどな…というツッコミを心の中にとどめた。

「しかし、いいのかこれだけの獲物の皮を全部俺が村に納めちまって。」

一応、負い目があるのかアルスが確認してくる。

「取引に使うんだろ?私はクマアラシの肉さえあれば満足だし任せるよ、

ああけど、出来れば前食べたスープに入っていた豆がまた食べたいな~」

「ああ、ゲンキはスープの豆気に入ってたな~わかったよ

しかし、こうも変わった物だと一度イリアを通したほうがいいな…」

イリア…素敵で知的なあの女性とは先日気まずい空気になって以来合っていない。

「なぜイリアさんに?」

「ああ…なんというか、あいつの知識を借りてからでないと妥当な取引ができないんだよ

こういうあまり手に入らない獲物はな…あいつが良いと言えば他の者も納得するしな」

なるほど貴重なクマアラシを取引するにあたり知識人の鑑定書をもらう感じか。

”ついでに彼女と仲直りしたらいい…この娯楽の無い森につまらん男と二人きりはむなしすぎる”

「おい、誰かつまらん男だと!」

アルスは目をとがらせてこちらをにらみながら言う。

「しまった心の声が漏れていたようだ。」

私は悪びれずおどけて言う。

「なんだそれ、オーガジョークかよ?まあ、そうだなイリアにはぁ上手く言ってみるさ」

「不安な言い方だな…うまく言うって…」

「はいはい、じゃあ呼んでくる。ゲンキは運搬を頼む今回は大収穫だ」

だからお前の手柄じゃないって…


そこでアルスと別れて私は再び森に入る。

木々が影を作り、空気が濃い感じがする。

獣道を潜り抜ける、アルスが木に巻き付けた印を手掛かりに獲物のある場所まで移動する。

クマアラシはアルスは初めて見たという、イリアには何かが分かるのだろうか。

まぁアルスが特別馬鹿である可能性もあるが、もし新種なら研究して本でも作ったら私の名を残せるな…などとこの世界では必要なさそうなレポート作成に思いを馳せた。


猪に似た獣を2匹回収しに戻ったが…そこには血の跡があるだけで何もなかった

そんなはずは無いと私は周りを探すが見当たらない。

どうやら、他の獣か魔獣か何かに獲物を横取りされたようだ。

しまった…よく考えればそのままの状態で置いていったのは失策だった。

そのあとも周りを探索するも見つからず、徒労のまま手に入らなかった猪。

私は行よりも少し重い足取りで解体場に戻ることとなった。



アルスが小さく河川敷に座っていた…私はバツが悪くて声をかけずらかったので、

ゆっくりアルスに近づいた。そのためアルスは私の存在に気づいていない。

ある程度近くまで来て、私は気づいた。

アルスの身なりが汚れている。

髪の毛も乱れ、うずくまっているように丸くなって座っている。

腹部を負傷したように見える、転んだにしては激しすぎる。

「アルス…どうしたんだよ?」


私が声をかけるとビクっっと跳ねるように反応したアルスは

自らの過剰な反応で更に痛みが体にはしる様子だった。

「いや、なんでもない。」

いやいやなんでもないこと無いだろう…目を合わせない。

答えたくないようだ…じゃあ質問を変えよう。


「じゃあ、イリアさんとはどうだった?仲直りできたか?」

イリアと聞いて、アルスは目線を地面に下げて一度歯を食いしばってから言った…

「あいつは…イリアは…結婚するんだと、ボガードの長の息子のところに…」

その言葉を聞いて私は黙ってしまった。

アルスもそれ以上は語らない…

物音が消えたこの場所では

川のせせらぎだけが妙によく聞こえた、少しうるさいくらいに。

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