第17話 魔法のロジック#2

「絶対おかしい!!」




アルスは座っている私を睨みつけながら言う


イケメンアイドルのような顔を名一杯近づけてクレームを付けてくる。


立っている小柄なアルスと座っている私とでは絶妙に同じ目線になる。




ここ数日私はゆっくり魔法を練ることが出来た。


【プレハブ】は強固になり、アルスの作業場はより機能的に変化した。


特に私用に設置した大きくてゆったりできる椅子は秀逸だ。


他にもテーブルに作業台、どれも土から形成したとは思えない出来栄えだ。


生存に必死だったころと違い、機能性のみに特化せずに


見た目にも配慮したものを作ることが出来た自信作だ。


しかし、あろうことかアルスはこの逸品たちにクレームを付けているのだ。




「何がおかしいか…アルスよ…君はこれだけの家具があって、まだ何か文句を言おうと思っているのかね?」


「文句…は、ねぇけど。こんな魔法の使い方出来るなんて信じられない。」


「信じられないと言われても目の前にあるじゃないか」


「いやぁ、そりゃあそうなんだがーーーー」




「確かに異常よね!魔法の力をこれだけ緻密にかつ大きく運用するなんて」


赤茶色のややウェーブした髪を揺らして


私とアルスの会話に押し入る可憐な女性、イリアだった。




歓喜だ。


前回やや雰囲気の悪い状態で別れたイリアがまた来てくれた。私は椅子にもたれた状態から姿勢を正す。そしてイリアに何と話しかけようか…第一声を探す。


「イリア!なんでお前がここにいるんだよ?」


先に言葉を発したのはアルスだ。


ぶっきらぼうでなんの配慮もない物言いだ。


こいつ本当に殴っていいかな??


「なんでお前がって、なによその言い方?」


イリアは笑顔でアルスに答える。


笑顔だ、笑顔だが声には強い圧がある。


素敵な笑顔と圧のある物言いのギャップがとても怖い…




怖いのは私だけではないようで、アルスも押し黙ってしまった。


ふぅ…とため息を吐き小さな肩を少し落として


仕切りなおすようにしてイリアが言う。


「先日の大雨で気になって来てみたのよ。村では結構大変だったのよ」


「俺の家なら、ほらあの通りだ」


アルスは倒壊した元家、今は葉っぱと土くれが混じった瓦礫を指さす。


「あらま、こっち倒壊まではなかったけど雨漏りや浸水が多かったわ。」


村でも先日の雨での被害があったようだ。正直、村のほうの家も多少はマシというだけで


貧弱な家だから仕方ないだろう。




「けど、そのおかげでいい暮らしが出来ているみたいね。これもオーガさんの魔法でしょ?すごいわね。」


イリアはプレハブをさすりながら言う。


手を滑らせながら、私の作った椅子や作業台、アルスの作業スペースを目でなぞっていく。


「イリアも信じられねぇだろ?」


なぜかアルスが自慢気に言う


「まぁね、、ねぇ、これって村にも作ることって可能なの?」


「え?」


二人がこちらに期待の目を向ける。




「申し訳ないが、作ったとしても魔法で手入れをしてあげないと何日かで壊れていくんだ。


もとは土だからね、圧縮して頑丈にはしているんだけど…」


思えば前世でも国によっては土で出来た家に暮らしているところもあるらしかったし、


工夫によってはもっといけるのかもしれないな


使い捨てみたいにしていたからそういう練習は怠ってきた。これはこれからの課題だ。




「そんなにひどいのか?」


アルスはイリアに聞く、先日の雨の被害の影響が気になるらしい。


「食料の備蓄とかはちゃんと倉に入れていたし大丈夫なんだけど、


被害にあった家では柱が駄目になったところもあって、修理が出来なくて困っているらしいの」


そんなにひどかったのか…豪雨というほどでもなかったが、確かに激しい雨だった。


このあたりは鬱蒼とした森だし、河川も近い。


なんか間伐がされてないと地表に日光が届かなくて、草木の根が張らなくって


土が痩せていって。土砂崩れとか水害が起きやすいんじゃなかったか…よく知らんけど。


「柱か…賜物の余剰はないのか?」


アルスが真剣な顔でイリアに聞く。


「今年の分はもう無いの…」


イリアが首を横に振って答える。




「なんだ…その~賜物って?」


贈り物か何かか、二人から聞きなれない言葉…賜物について聞いた。


「ああ…柱や屋根の基礎となる素材の事よ、エルフの武器の弓にも使われているの」


イリアが答えてくれた…家の材料で弓にも使われるってことは…


「ああ…木材のことか!」


「まぁ、分かりやすく言うとそうね。私たちは森の恵みで生かされているでしょ。


だから森から得られる木材の事を賜物と呼んでいるの。」


「それで、その木材が不足しているって話か…けど不思議なことを言うな


木材ならそこら中にあるじゃないか?」


私はあたりを見渡す、木、木、木、一面木ばかりだ。


大きいもの小さいもの、高いの低いのよりどりみどりだ。




私の言葉に2人は難しそうな顔をしている


説明に窮している感じであろうか。


少ししてイリアが口を開く。


「私たちは森に生かされています、その森たる木々を切るのは


村によって厳しく管理されているのよ…」


「切っては駄目ということかな?薪はどうするんだ?というかいままさに燃やしているけど?」


我が家で熱を発して、料理などに使える焚き火を見ながら聞いた。すると次はアルスが答えた。


「自然と朽ち落ちた木はいいんだ、実際今まで使用してきたのはちゃんと拾った枝だし、というか焚き火にそんなの使ったら煙が出てしょうがねぇだろ」


「こら、アルスそんなのって何よ、賜物でしょホントに!」


イリアが厳しくつっこむ、どうやら宗教的観念に近いものなのだろう。


しかも、アルスとイリアではそれに対する誠実性が違うように感じる。




「では、今回不足している家に使うための賜物はどうするのですか?」


「それは、年に1回すべての村が集う祭事があります。その時に長たちが協議をして賜物の数を決めるのよ、分かりやすくいえば伐採する木の数を村ごとに決められるということ。


次の祭事は2カ月ほど先なので、しばらくは応急措置した家で暮らす人たちがでるわね。」


伐採する木を制限しているのか、本当に自然災害とか大丈夫なんだろうか。


詳しく知らないから、説得も出来かねるが心配だ。


しかも、せっかく潤沢にある木材を使わないとは…


どおりで木製の建物もないはずである。


そしてもうひとつ気になることが出てきた。


「他の村って言いましたけど、ここの村以外にいくつあるんですか?」


アルスはイリアを見る、アルスからは答える気がないようだ…


というより答えて良いのか分からない感じにも見えた。


「ここ以外に5つの部族がそれぞれ争わないように、村を作っているの。つまり6つの村に6つの部族の長がいるの。」


「トルスタン族以外にも5つもいるんですか…そのなかにはエルフ9英傑の部族もあるのかな?」




イリアはハッとした顔をしてから、アルスを見た。


アルスは目を合わせないようにしている。


「はぁ、アルスから聞いたのですね


そうですね元エルフ9英傑の部族ではボガード族とソロン族という部族がいます。」


アルスは他の部族の名前を聞いて、グッと口に力をいれて閉じた。






大昔、エルフたちが難を逃れるためにこの地に向かったのは


全部で15部族いたそうで、そのなかに4つの9英傑の部族もいたそうだ。


エルニット族とボガード族、ソロン族、ロッズ族という4つだ。




エルニット族は避難の際に当主であるアルスの祖父が死に


今ではアルス一人のみで、部族としては実質的に存在しないも同然となったのは前に聞いた。


ロッズ族も似たような境遇をたどったそうだ。




15いた部族もアルスのように血縁が絶えたり


小さな部族が合併したりして、いまでは6つに分かれているが


その意思決定権は平等ではなく


元と言えど9英傑のソロン族、ボガード族が強く


中でもボガード族は他の部族よりも規模も大きく


唯一商店の開かれる村なため圧倒的に優位にいるそうだ。




「ふーん、そのボガード族ってのが年に何回か商人を誘致して商店を広げている場所なのか、それで他よりも潤っていると…」


…と、ここでアルスが作業台を叩き声をあらげる


「それだけじゃねーよ!」


私の丹精込めて作った机が簡単に壊れるとも思えないが


あまり乱暴に扱ってほしくないものだ…とかくアルスは怒っているようだ。




イリアがアルスに抑えるように促してから


ゆっくりと説明を続けてくれた。




長がいなくったロッズ族、エルニット族について…




本来なら一族の誰かに家督を譲るところを


避難の混乱に乗じてボガード族が半ば強制的に吸収合併をしたそうだ。あるときは避難の際の被害の責任を追求したり


またあるときは一族間で婚姻関係を結びボガード族の優位に働くように立ち回ったそうだ。


ロッズ族、エルニット族の大半はボガード族となり


それによってボガード族は他と比べて大きな力を得た。




ボガード族に従わなかった者は、その後はあまりよい扱いを受けなかった。つまりアルスの両親がまさにそれだが、


アルスにとってはボガード族は許しがたい、憎い相手のようだ。




「奴らのやり方は強引で最低だ!今でも好き勝手やってるのさ!賜物についてもそうだ!


建前は森の恵みをいただいているのだから木を切る数は、それぞれの部族でその年の木の数を合議のもと決めると言っているが


ソロンとボガード以外は生活にままならないくらいの木の伐採しか認めない!ひどいもんさ!」


なるほど、賜物を利用して他の部族の木の量をコントロールしているのか。


「商店だってそうだ!ボガード以外の村での商いを禁止してるだよ!そして、すべてボガードを通して商売をさせているんだよ!自分達に利益を集めるために!トルスタン族だって本当は村の発展のためにはもっと木が必要だ!それなのに…ちくしょう!!」






怒ってますなぁ…賜物という宗教観で木材をコントロールしつつ市場を独占か…


公正取引の確保なんて観念の無い世界では仕方ないのかもしれないが非情である。


しかも、種族を破滅への道に進める原因となった元9英傑がいまだに幅を利かせているのだからたまらないな。




「トルスタン族の村のために父も尽力しながら他の部族と交渉をしているけど


ボガードの一強の今、それも簡単にはいかない。なんとか私も協力したい…父と一族の力になりたいの…」


イリアは遠くを見つめながら悩みを打ち明ける。儚くも美しい…


続けてイリアは言う…


「アルスは…アルスはどうしたいの?このままトルスタンの村の影で孤独に暮らすの?


それとも…例えばオーガさんと一緒に何かをする気はある?」




なんでここで私が出てくるのか…村の話には正直私は関係ないのだが、


しかし、閉鎖的でいて1000年もたった今でもエルフの中でくだらない小さな蟠りが続いていることに落胆する。




「俺は…俺にはどうしようもないさ、祖父が倒れたときにエルニット族は終わっていたのかもしれない…腹立たしいが、祖父に付いていた戦士たちも、祖父亡きあとではボガード族に付いているほうが幸せだったのかもしれない。トルスタンの現状をどうにかしたいとは思うけど、俺ひとりではどうにも…」




アルスはボソリボソリと話ながらついに黙ってしまった。


己の非力差ゆえか、ボガード族の強力ゆえか…






ドンッ!!!




またしても机をたたく音…先ほどよりも強く


おいおい私の像作物をなんだと思っているんだ…と目をやると


そこには歯を食いしばりながら手を机に付いているイリアがいる。


机を大きくたたいたのはイリアだった。


肩をフルフルと震わせながら…




「この、この意気地なし!!そうやってこれからも森の奥でひとりで生きていけばいいんだわ!!」




「おい…どうしたんだよ急に…!」


アルスが呼び止めるのも聞かずにイリアは振り返り村に帰っていく。






思えば、今日イリアは何しにここに来たのであろう…


村の復興と発展のために何かを得るためにここに来たのではないだろうか…




顔も見なかったが…去っていくイリアの背中はなぜか泣いているように感じた。

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