第16話 魔法のロジック#1

コポポポポポ…




飾り気のない壺の中に水を注ぐ音が私の住居【プレハブ】に響く


アルスはイリアからもらった木の実を荒く砕いて壺の中に入れ水を注いでいた。


そのあと何枚かの葉っぱを入れ素手でかき混ぜる。


そして蓋をする。




カポン…




「これで、1週間ほどするとテバシイが出来上がるんだぁ」


テバシイ…木の実で出来た微炭酸で渋いビール、究極の悪ふざけが生み出した罰ゲームのような飲料…


作り方を聞いても無いのにアルスは説明している。


「そんな事はいいんだが、アルスがなんでここにいるだよ?」




……。


少しの間のあと、アルスは目線を合わせずに言う…


「ここは居心地がいいな、うちよりも屋根もしっかりしているよなぁ。」


この野郎…うちのほうが居心地がいいからって転がり込んできやがった…




「おい、ふざけるな今すぐ出てけ」


私はアルスの首を掴んで、猫を持ち上げるようにして、外に放り出そうとする


「いやいやいや、ちょっと待て!本当!外雨降ってるんだぞ!」


「そんなの関係あるかい!アルスはアルスの家にいろよな!」


私がプレハブの外を覗くとアルスの家…


いや家だったものが倒壊している。乾燥した葉を積んで屋根にしていたものが家の中になだれ込み


土壁が混じった豪雨は、激苦どんぐりビールのテバシイのような色をして


まるで家全体がテバシイの入ったコップのようだった。




「なんだアレ…」


「すまん、そういう訳なんでしばらくここにいていいか?」




はぁー…仕方ない…


いや…仕方なくない、私には男と同棲する趣味はない




私は両手に魔力を集中させる。


イリア曰く…魔法は創造神の恵みであり、精霊の力を借りているもの


私の解釈は違う…魔法は魔力の運用方法であり、魔力はこの世界の原理を司るものなのだ。


多分だ…。




実は理論は分からない…しかしそれでいいのだ。


私は体の中にある己の魔力を効率よく引き出す。


魔力はありとあらゆる事を可能にするエネルギー源のようなものだ。


このエネルギーの運用ははっきりとしたイメージと膨大な量の緻密な計算が必要だ。




しかし、そんな大掛かりな現象の計算を頭で行える訳がない、


じゃあどうするか…繰り返しの訓練…それもあるだろう


それだけでは不足だ


一瞬のひらめきのように全体象を脳の中に生み出す


昔見た映画で印象的な表現がされていた…魔法は血で行う






土を圧縮させ箱を支えるための柱に、梁にするために強くイメージする。


均等な壁面のボードをしっかりしてなだらかな基礎を…




形は、現世で見た現場事務所のアレ…【プレハブ】


プレハブは工場で製作した素材を現場で組み立てる工法の名称であって


あの箱型の建物の事ではないそうだが…まあ魔法の呪文っぽいからいいだろう…




「プレハブ!!」




地面に魔力を込めた両手を同時に叩きつける


それに反応するように地面が盛り上がる


柱が…梁が、屋根、床、壁


真四角でシンプルな工事の現場事務所でお馴染みのあの建物が土で再現される。




丁度私の家の向いにもうひとつのプレハブ小屋をアルスに渡す。


「すげぇ、ほんとうにあっという間だな。」


「実際どうなんだ、私の魔法のレベルって?」


「どうと言われてもな、、すげぇんじゃねーか?」


アホか…アルスからはいつも聞いたかいの無い返答しか来ない


本当にどうしようもなく、この世界での自分のレベルが分からない…




アルスは雨のなか飛び跳ねて自分のプレハブを確認に行く


見るまでもなく、私のと同じ構造だ…


この【プレハブ】を含めて、私は数種類の建築物を生み出せる


それも絶え間ない努力の結果。


どうしても認識が低いもの、あるいは私のイメージとの相性が悪いものは


魔力を浪費するうえに作り出すのに時間がかかってしまう。




私は寝ころびながら天井に手のひらを伸ばす…


ピシ!っと音を立てながら私のプレハブを強化する。


アルスの前の家みたいに雨漏りするのは嫌だから




ガン!!ガン!!




私のプレハブの天井に何かが当たる音がする。


起き上がり外を見ると、びしょ濡れのアルスが瓦解した家から木材や木の棒を持ってきて


私のプレハブとアルスのプレハブの間に屋根を作っている…


「何やってんの…?」




アルス馬鹿は雨音のせいでこちらの声が聞こえていないようだ




プレハブの間に渡る棒に縄を括り、それから狩った獣の皮などをつるしていく


何やら専門的な道具も取り出して元気に作業をしている。




「おーい…アルスくーん、聞いているのかな?」




ジャバジャバと草や木の汁に浸けていた獣の皮を取り出していく


それを専用の台のうえにおいて、曲がったナイフのようなもので


磨くようにしている。




まったく何をやっているか分からなかったが


アルスは忙しいようだ。


木の板を並べただけの屋根から、派手に雨はこぼれている。




「ふぁ~」私はあくびをした。




思えば、ここに来てこれほどまでに平和的に過ごせたのは


アルスのおかげだ、頼りないながらも一生懸命。


狩猟や肉の加工については私より知識も経験もある。


スープも美味しい。




………新しい魔法を構築する…


難しくはない、屋根だけを既存の建物に追加するんだ…




私はアルスにゆっくり問いかける


「なぁ」


「なんだよ?」


今度はアルスの耳にしっかりと聞こえたようだ




「その作業って、そんな雨晒しのところでするものなのか?」


「ちげーよ、しゃあないだろう!これはとりあえず皮をなめすためにだなぁ~」




ああ…皮をなめしていたのか、いや実際どういう作業か知らないけど


まあ…いいや




私は今構築した魔法を放つ


私のプレハブとアルスのプレハブをつなぐように、アーチ状の屋根が出来上がる。


下にも一部床を作り、火を炊くためのスペース、


その上には煙突を用意し暖炉のようなものを作った




アルスは一瞬にして自分の作業場が整いびっくりしている。


そんなアルスに私は言う




「ほんじゃあ頑張って~私はもう一回寝るわ」


「あ…ああ」




思えば2度寝が出来たのも初めてだ。


なんとも心地悪く幸せな雨の日の出来事だった。


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