第15話 イリアという女性#3

「ぷっふ…ふはははは」


イリアは笑った




もう堪えらないといった感じだ…


「はははははあはは」


私もつられて笑う




ひとしきりの笑いの後にイリアは言う


「まったくオーガさんにしてやられました」


「すみません、ちょっとしたいたずら心が出てしまいました」




そう言うと、倒れこんでいるイリアはこちらに手を出してくる


手をひいて私を起こしてくれ…ということだろう


か、ドキッとした。


緊張しつつも、努めてそれを隠しながら私はイリアを起こすために


ゆっくり手を差し伸べる




…とっ!そこで、今度はイリアが両手で私の腕を掴む


そのまま体を反転させ、テコの効いてない背負い投げのような形で私を倒そうとする。


お返しをしたいのであろう彼女は、うーん、うーんと一生懸命唸りながら力を入れる


しかし、哀れなことにわたしの大きな体はピクリともしない


可愛い後ろ姿にまたしてもドキッっとして


思わず頬が緩む、鏡は無いがさぞ気の抜けた笑顔になっているだろう…




「どっりゃーーー!!!!」


大きな掛け声の後に私の顔面に目掛けて両足が飛んでくる


アルスである。


イケメンエルフのアルフが華麗な跳躍で体全体でキックをしてくる


所謂…ドロップキックである。


私はイリアに捕まれていない手で軽くアルスの蹴りを受ける




不発に終わったドロップキックのアルスは


そのまま地面に腰を打ち付ける


「いった!!ぐー」


それを見てイリアが驚く


「アルス!?」


「何やってんのお前は…」




アルスは腰をさすりながら言う


「この野郎ぉ!ゲンキ!貴様どういうつもりだ!イリアに乱暴は許さんぞ!!!」




は?何を言ってるんだこのアルス馬鹿は…


「なんかお前勘違いしてないか…」


私はアルスの盛大な勘違いを正そうとする…




「いーや!勘違いなもんか!イリアが魅力的なのは認めるが!あろうことか押し倒して……!」




ガツン!!




アルスが話しているのを途中で塞ぐように


イリアの鉄拳がアルスの背中を打つ。




「ぐはっ!イリア何すんだよぉ!」


「あんた何を馬鹿な勘違いしてんの!」




「あっ…えっ?勘違い?」


「そうよ!オーガさんは私を起こそうとしてくれたのよ!それをあんたは!考えなしに飛び込んできて!」




そうだ、そうだ。全くアルスの早とちりにも困ったもんだ…根も葉もない事を考えやがる…




「そうか、すまん!勘違いか、しかしゲンキのあの笑顔は絶対にやましい気持ちのある顔だったんだが、、」




ああ…やばい…そんなに顔に出てたんだ私…


根も葉もないは少し言い過ぎかも…私は話題を変えるためにもアルスに話しかける


「ところでいやに早かったな…肉は売れたのか?」


「ああ?売る?また金の話かよ?ゲンキ?」


アルスは語尾を荒げてくる


そうだ、アルスは何故か金のことを両親の仇のように扱うのだ。


「昨日も話したがな!金なんてものはろくでもないもんなんだよ!いいか~」




ガツン!




またもやアルスの会話の途中でイリアの鉄拳が飛んでくる。


「いった!何すんだよイリア!!」


「馬鹿!アルス!オーガさんにそんな言い方ないでしょ!」


「いや、金の恐ろしさを、コイツにも教えておいたほうがいいと思って…」


「何言ってんの!あんたが教えられるほどお金の事理解してんの!?


だいたい!いつまで物々交換にこだわってるの!?最近じゃ商人が来る回数も増えてきて、この町でもお金の流通は増えてきてんのよ!それをいつまでも昔のやりかたに固執して!」


「いや、それは…その…」


「それに!聞いたら今回の獲物のほとんどはこのオーガさんの力で捕ったらしいじゃない?」


「あ…はい…」




だんだんアルスがおとなしくなっていく。


見ていると、イリアはアルスの扱いにとても慣れている感じだ


有無を言わさぬ鉄拳で黙らせ、言葉の迫力で圧倒する。


アルスは完璧にタジタジになっている。


しかし、そんな風にやりあっている二人だが


どちらも心底嫌そうという感じではない…


むしろ小気味いい感じすらする




「ところで、イリアはなんでここにいるんだ?」


アルスが話題を変えるように話を振る


イリアはパチンと自分の胸の辺りで手を小さく叩く


「そうだった!そうだった!忘れるところだったわ、うちのところも取引がしたくて来たんだった!」


「ああ、そういうことかぁ、すれ違いになってたんだな。じゃあ丁度いいやぁ今回は大量に肉や皮があるからな!相当量の取引が出きるぜ!」


「だからあんたが偉そうに言うなっての!まぁそれじゃあ、前の取引のツケの分も合わせて貰おうかしら、皮を貰えるだけ欲しいわね。皮紙の材料が足りていなくって。」






二人の掛け合いは慣れた様子で


第三者の私が付け入る隙がない。


今だってお互いに言い合っているような雰囲気だが決して嫌そうではないのだ。


ここはひとつ、それとなく二人の関係を探りをいれたよう。




そんな策士な私の目線に気づいたのか、アルスが私に話かける


「なんだ?ゲンキ変な目でこちらを見て」


「ああ…いや、二人は恋仲なのかと思って?」


あ…しまった、超ド級ストレート!!!


やってしまった、何やってんの私は!!




「はああああああぁぁ!!馬鹿!お前!そんな訳ないだろう!!」


ああ…なんだ、やっぱりそうか


「なんだ、そうなのか」


「そうだよ!おめぇ!ゲンキ急に変なこと言うんじゃねーよ!イリアとは村では


年の近いというだけで!全く特別な感情なんてねぇーんだよ!」


慌てまくりのアルスがまくしたてるように言う




アルスは気づいていない必死に私に話しかける後ろで…


お前の背中を冷たく見つめイリアの事を…


「はあーーー…」


アルスにもはっきり分かるくらいの大きなため息をつくイリア


「そうね、まったく特別な感情なんて無いものね!じゃあ、取引も終わったから私は行くわ」


「ああ…そ、そうか」


先ほどの勢いはどこへやら、アルスはビクビクしながら答える


「イリア…今回は量も多いから、よかったら家まで一緒に運ぼうか…」


「必要ありません!!」


ピシャリ!!と音が鳴った気がするくらいの拒否




まだ何かを言おうとするアルスを無視し、振り返り大荷物を持っていくイリア


私のせいではない…断じて私のせいではない




残ったのはすっかり元気のなくなったアルスと


イリアの置いていった木の実の入ったカゴだけ。




私たちはまだ知らない、


イリアという女性の…その時の怒りの本当の理由を…


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