第11話 始まる生活#3
私たちは狩りを終え、アルスの家の近くの小川にいた。
「なぁアルス?どうして川に来たんだ、家に帰るんじゃないのか?」
私は猪を3匹抱えながら言う、重量はかなりのものだ。
兎と魔獣はアルスがもっていた、足を縄で括り肩にかけている。
魔獣は1匹だった。イタチのような見た目だがエリマキトカゲのように首元に広がる皮膚をもっている。
攻撃の際に皮膚を広げて威嚇し、口からは黒い消化液を出すやっかいな魔獣なんだそうだ。
「血抜きは早めにしないといかんだろう、この小川で処理してしまう。」
「ふーん、なるほどねぇ~」
アルスは慣れた手つきで解体を始めた。
近くの木に猪を吊し放血を行う、これで肉の品質が変わるそうだ。放血が十分でないと、臭くクセのある肉質になるのだという。
「この心臓のそばの大動脈から放血させるんだ、ゲンキの狩りは効率的だし、ここまでの持ってくるのも時間がかからなかったから、かなりいい処理が出来るはずだ!」
アルスはご機嫌でナイフの刃を猪につける、年齢も大分おじいさんだと分かると、アルスが前世の頑固なマタギに見えてきた。
「そういうのは誰に習うわけ?」
「勿論父からだ、父はエルニット族の優秀な狩人であり戦士だったからな、弓の使い方や狩りの方法を学んだ。」
「ふーん…昨日の村の人たちもそのエルニット族なのか?」
「いや、彼らはトルスタン族だ。」
「なんか、ややこしそうな事情がありそうだな…差支えなければそのあたりの話を聞いてもいいか?」
「おう、いいぜ。かなり長くなるが大丈夫か?」
「出来れば、簡単に頼む…エルニット族とかトルティーヤ族とかの名称を覚えきれる自信がない…」
「トルスタンな!いいさ話てやる。我らがエルフの黄金期の話!エルフ9英傑の話をな!!」
アルスは血が抜かれた猪を小川の水で洗浄しながら語り始めた。
エルフ9英傑の話、エルフたちにとっては桃太郎やかぐや姫の昔話のように子供のころから聞かされている話のようだ。
大きく違うのは、1000年以上前の昔話なのにこいつらが長命なために祖父や曽祖父くらいの実体験なことだろう。
それは1000年以上も前の話、エルフたちの最盛期とも呼べる時代の話。
長い期間、獣人やドワーフ、妖精、巨人族たちといった種族間の争いが絶えないこの地でついにその覇権をエルフが握ったのだという。
エルフは覇者となった要因は優秀な弓部隊の運用と、狩猟による食料の確保が得意だったことが大きかった。
特に弓は普通より大きな長弓を使うことで、その射程と威力で魔法使いをも圧倒したのだという。
そもそも弓を使うのは特殊技能なうえ、長弓ともなると更に扱うのに力量が必要であった。
代々幼いころから弓を扱い続けたエルフだからこそ弓兵の部隊運用が可能であり、とかく覇権争いに勝利することができたのだった。
その後、種族争いで特に活躍したエルフの部族たちの代表者9人は9英傑と呼ばれ、
この地の統治は9英傑の話合いによって行われたのだそうだ。
その9英傑を輩出した部族のひとつがエルニット族、アルスの祖父がまさに9英傑のひとりだったのだという。
ここで、おじいちゃんが9英傑だと言ったアルスは誇らしげにこちらを見る。
と…要約したけどやっぱこいつ話ヘタ!弓の部分とかの説明は長かったし、実は9つの代表種族の残り8つの部族名も言われたけども…
そんな早口で言われても理解できん!まあ覚えるつもりないからいいけども…
しかしひとつ分かったのはイリアはトルスタン族らしいという事…これは覚えておこう。
そしてトルスタン族は代表種族ではないそうだ…
「アルスのおじいちゃんが9英傑ねぇ…歴史上の話みたいなのに、肉親が出てくるあたりはお前らの長寿故かな?…すごい話だが、その英雄の末裔のアルスの今の様子…そしてエルフの黄金期の話という事は…続きがあるんだろう?」
アルスは気まずそうな顔をした。
そのまま黙って吊るされた獲物の腹側をナイフで切り出した、肋骨を広げそこからさらに肛門まで切り開き、筋を切りながら内臓を取り出していく。
そんな事をしながらアルスはぽつりぽつりと話だす、ここからは9英傑の伝説の話ではなく、アルスが父から聞いた話だそうだ。
「9英傑の政治はトラブルが多かったそうだ…9人の合議制だから、それぞれの意見の対立も多いし、全員エルフといえど部族が違ったための価値観の対立もあった。それでも統治を続けていくんだが、各部族の富の格差が広がってな…ついにエルフ同士の対立、部族間の対立にまで発展したんだ。
おかしな話だよな、種族の争いを終結させたエルフが…今度はエルフ同士の部族で対立を始める。ついに他の種族まで巻き込んでのエルフの戦争となったんだ。」
「なるほどね…エルフたち同士の争いか、しかし…その争いに勝利したのはエルフじゃないんじゃないか?」
「……よくわかったな?」
「まぁな…いつの世も争いなんて得てしてそんなもんだからな」
「オーガが世語るか、ふふ…まあその通りだ、結局エルフたちが部族争いをしている間にドワーフの台頭を許してしまったと聞く。
そのまま力を失ったいくつかのエルフの部族は、西の果てのこの森に逃れたんだ。9英傑のひとりである祖父は森へ部族を逃がす際に命を落とした…俺が伝え聞いているのはここまでさ。両親はこの村に来てから俺を生んでいるから、祖父のことは直接は知らんがな。」
なるほどね…これでアルスの今の微妙な立場が分かった気がする。
イリア達の部族は代表部族ではない、アルスの部族はかつて自分たちをこの森まで逃がしてくれた英雄の部族であると同時に
エルフたちが没落した原因を作った人物というわけだ。
だから村に入ることは許可されるが、村からは一定の距離を空けて生活をさせられているという訳だ。
感謝と軽蔑を合わせた感情という訳だ。
そこまで考えが及んだところで、アルスは作業を終えたようだ。
内臓を取り出した獲物たちの体内を洗い終わり近くの石に腰を掛ける。
自分の種族の事はすべてを話たぞ…とすっきりした顔でこちらの反応を見ているようだ。
ただ、私はこの話を聞いて…どうしても1個気になったことがあった。
話には出てきていない種族…いないのかもしれないが、前世の種族の事だけに不安だが一応質問する。
「アルス…そのー変な質問かもしれないが、人族っていないのか?」
「人族?対抗神が生み出したあの劣等種族か?それがどうした?」
「対抗神?いや…今の話には出てこなかったみたいだけどなんでかなと…?」
アルスは嫌そうな顔で答える、別に悪意があるわけではない…ただ、本当に嫌なものの話なんだろう…
「奴らは奴隷種族だ、いつの時代も誰かの奴隷だ…この話に出す価値もないな。」
アルスがはっきりと言い切った、私の心臓がズキン…と音を立てた気がする。
怒りでも悲しみでもない感情…ただアルスのその言葉に衝撃を受けてたのだ。
奴隷種族…人族をそう言い切ったのだ。
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