10.終わる事のない悪夢
20年の月日が流れ――。
あれからネスと子供達は屋敷を出て、再びニューヨークに戻ってきた。
人通りが激しい通りやシグナルで渋滞する車。
それ等を見ているだけで、人がいると思うと安心し、騒がしい街が安住の場所に思えた。
マンハッタンで暮らす祖父と祖母は、レオンやシンバ、シーツとコブ、勿論ネスも、あの屋敷から出たと聞いて、安心したのか、その後直ぐに他界してしまった。
シンバは絵描きになっていた。
その絵は、ダークファンタジーで、とても恐ろしくて、とても美しい。
ラガット・ゼプターの息子と言う事もあり、その絵柄のせいもあり、知名度は上がったが、余りにも怖い絵に、奇人変人のレッテルを貼られる事となる。
今日も公園で、スケッチブック片手にデッサンしていると、
「ゼプター先生」
と、声をかけてくる男。
いつもいつも、どこにいても探し出しては、声をかけてきて、
「お願いしますよ、小説の挿絵、何枚か描いて下さいよ」
と、同じ台詞を言う。シンバは男を見ようともせず、
「何度も言うけど、俺は描きたいものしか描けないから。テーマを与えられて描くのは苦手なんだよ」
いつもの台詞を返しながら、シンバは絵を描く手を止めて、パンを取り出し、細かく千切り、鳩に投げる。
バサバサと鳩がたくさん飛んで来て、シンバのまわりに集まる。
「そう言わないで、そこを何とか! どうしてもアナタの絵がいいって作家さんが聞かないんですよ。売れっ子の作家さんなんでね、こちらもそれなりに言い分を聞いてあげたい」
「悪いけど、俺の絵が合う小説って言ったら、父さんの小説くらいだと思うけど?」
「いやいや、そんな! 兎に角、今日は、その作家さんも一緒なんです」
どうでもいいと、シンバは顔を背けたまま、スケッチブックから目を離さない。
「はじめまして。シンバ・ゼプターさん?」
綺麗な女の声だが、シンバはハイハイと頷くだけで、見ようとはしない。
「作家名は違うんですけど、私、本名はハンナ・ルーテンと言います、宜しくお願いします」
ハイハイと頷きながら、シンバはふと、その名前に、動きを止めた。
「アナタが描く妖精が、とても好きです。とてもリアルで――」
シンバはゆっくりと振り向き、ハンナを見ると、幼い頃のハンナの面影のある女性が、そこに立っていた。
長いブラウンの髪、美しいハニーの瞳、白い肌。
作家と言う割りに、ビシッと着こなしたタイトのスーツ。
絵描きであるシンバに会う為に、ちゃんとした服装をと思ったのだろうか。
それに引き換え、絵の具だらけで汚いTシャツとジーンズのシンバ。
だが、シンバの綺麗なサラサラのブロンドの髪とブルーの瞳に、ハンナはどこかで会ったような気がすると思っていた。
暫く、二人はジッと見つめあい、シンバもその瞳を逸らさず、ジッと見つめる。
そして――
「・・・・・・ホンモノの妖精を見た事があるの?」
シンバはそう尋ねた。
「え? いえ、ありませんが――」
「じゃあ、なんでリアルだってわかるの?」
意地悪な質問かもしれないが、意地悪で聞いてる訳ではない。
「あ、えっと、それは、そんな気がしたので――」
ハンナは少し困ったように、そう言って、苦笑いする。
シンバは、覚えてないんだなと思う。
キミは妖精を見た事があるんだよと言いたくなってしまう。
「私、お父様の大ファンで、特にDream Collectionは好きで何度も読み返しました」
「そう」
シンバは、再び、顔をスケッチブックに向けて、素っ気無い返事をする。
「ラガット・ゼプターの小説は、どれもこれもファンタジーなのに、何故かリアルで怖くって。どうして妖精が人を襲ったりするのか、どうしてティンカーベルのように可愛い妖精はいないのかって思いました。綺麗な姿の男性がどうして悪魔なのかとか。だって悪魔ってもっと禍々しく、人の目から見て、恐ろしい怪物みたいなものでしょ? それなのに、まるで敵とは思えない姿で現れるんだもの」
「〝目に見えるモノが正しいと思い込んでしまうのは、誰もが同じさ。自分にとって都合がいいモノが正義だと見ているんだから〟」
「それラガット・ゼプターの小説に出てくる主人公の台詞ですね!」
直ぐにそう答えたハンナにシンバはコクリと頷き、
「本当に父さんのファンなんだね」
そう呟きながら、
「で、Dream Collectionのどのシーンが?」
そう聞いた。
「え?」
「好きなんでしょ? どのシーンが一番好き?」
スケッチブックに絵を描きながら尋ねる。
「そうですね、私は、バクが主人公の夢を食べ散らかしてしまい、そのバラバラになってしまった夢のカケラを、主人公が一生懸命集めるトコロが気に入っています。大事なものがバラバラになって、それをまた、ひとつにしようとするトコロ――」
「そう」
「アナタは?」
「・・・・・・俺はその夢のカケラが全部、集まった時、女の子の本当の願いが叶い、最後、現実の世界で、女の子に出会うシーンが好きかな」
「あぁ! わかります、ラガット・ゼプターの小説で最初で最後のハッピーエンドと言われてますよね、あれは最愛なる息子さんへ贈られた物語だと聞いてます。あの作品は、ラガットにとって、とても苦悩した作品だと思うんです、私も一応、作家ですから、わかるんです。あれはラガットの作品でありながら、まるでジャンルが違う。全く違う作風を書く事は本当に難しいです。それでも愛する息子さんの為に書き上げたかったんでしょうね。ほら、主人公が現実より夢の中の方が楽しくなって、現実で食事もとらなくなってしまい、その内、起きなくなってしまうシーン。あのシーンで、パパとママが喧嘩するんですよね。〝この子は変だわ、食事もしないで寝てばかり。夢の中で生きているのよ!〟〝変だなんて言うな! この子は変じゃない!〟〝アナタのせいよ、アナタがこの子に変な事ばかり言って教えるから、この子はおかしくなったんだわ! 元に戻して! この子を元に戻してよ!〟あのシーンは父親も母親も、どちらも子供を愛してるからこそ、喧嘩になるシーンですよね。ラガット・ゼプターは奇人として有名でしたが、私は家族想いの優しい人なんじゃないかなぁって思うんです」
「・・・・・・」
「私、母を早くに亡くし、父と父の再婚相手と暮らしてたんです。父は優しかったけど、再婚した人に気を遣ってか、私と距離を置いていました。そのせいでしょうか、Dream Collectionの主人公が羨ましかった。とても愛されていて――」
「・・・・・・」
「あ! 別にイラストを描いてもらいたくて、言ってる訳じゃないですよ!」
「わかってるよ」
「ホント、ファンなんですよ、ラガット・ゼプターの!」
「わかってる」
「アナタはどうしてダークファンタジーの絵しか描かないんですか?」
「・・・・・・」
「あ、いえ、とても綺麗で大好きな絵なんですけど、ダークファンタジーしか描かない拘りがあるのかしら? 今回、私の小説もダークファンタジーなんですけど、アナタの絵にピッタリのシーンもあるんです。読んで下さると嬉しいわ」
「機会があれば」
「あの・・・・・・やはり駄目ですか・・・・・・挿絵の話――」
シンバは腕時計を見て、
「ごめん、今日はこれから約束があって。どうかな、明後日、一緒にランチでも」
ハンナをそう誘った。
「ええ! 喜んで!」
笑顔のハンナに、シンバも笑顔で頷く。
「あぁ、でも、キミの彼氏か、旦那さんが怒ったりするかな?」
「いいえ、今はそんな人、いませんから」
さりげなく、ハンナがフリーである事を聞き出して、
「そう、なら、気兼ねなくランチを楽しめるね」
と、なんでもないような台詞。
そして、シンバはスケッチブックと鉛筆を鞄に仕舞いながら、
「じゃあ、これ、俺の連絡先」
と、スケッチブックの切れ端に電話番号を書いた紙を渡した。
ハンナは受け取ると、
「今夜、電話します」
そう言うので、
「あぁ、明日にして? 今夜はいないから」
と、手を振って、本当になんでもないような普通の態度と台詞でハンナと別れた。
だが、シンバは鼓動が高鳴って、今にも大声で叫んでしまいそうな程、テンションがマックスだった。
あのハンナが!
あのハンナが目の前に!
あのハンナがちゃんと生きていた!
「・・・・・・しかも美人だ」
嬉しそうにそう呟くシンバは足取りも軽く、駐車場に止めてあるボロい小さな車まで、スキップ状態だった。
小さな車の後部座席には、たくさんのキャンバスやら絵の具やらパレットやらが乱雑に転がるように乗っている。
シンバは運転席に乗り、軽快に車を転がした。
着いた場所は、小さなアパート。
駐車場に車を停めると、トランクから大きなリボンで包装されたプレゼントのようなモノを取り出し、口笛を吹きながら、シンバはアパートを駆け上り、3階にある部屋のドアをリズム良くノック。
ガチャリとドアが開いて、
「やぁ、シンバ。遅かったね、来ないかと思ったよ」
と、レオンが小さな女の子を抱いて出てきた。
「ジョーイの誕生日だからね、来ない訳にいかない」
言いながら、レオンの腕の中にいる女の子に手を広げ、
「ハイ、ジェリス! どんどんママに似てきて美人になって来たね、さぁ、おいで」
そう言った。ジェリスと呼ばれた女の子は、シンバを見て、そしてレオンにギュッとしがみ付いて、今にも泣きそうな顔になる。
「この前会ったばかりなのに、もう忘れたのか?」
シンバがそう言うと、レオンは笑いながら、
「この前と言っても、数ヶ月前だからな、人見知りのジェリスを懐かせるのは難しいよ」
と、部屋の中へ入って行き、シンバも後に続く。
リビングでは知人が集まり、パーティーが始まっている。
誕生日を迎えるジョーイの友達だろう子供達も大勢来ている。
シンバは自分の汚い服装を見て、場違いだと思う。
「悪いな、身内だけでするつもりが、ジョーイの奴、友達も呼ぶって聞かなくて、そしたら、子供のお母さん達も来ちゃって」
居場所がなさそうにして立っているシンバに、レオンがそう言うので、シンバは苦笑い。
「ジョーイは友達が多いんだな。親同士の交流もあって、いい環境だな」
「いや、ここだけの話、結構、面倒臭いぞ、親同士なんてさ」
レオンがそう言うので、シンバはよくわからないが、フゥンと頷いておく。
ふと、こちらを見たジョーイに、レオンが手招き。
「ジョーイ、シンバおじさんが来てるよ」
「シンバおじさん! それ、僕に?」
と、駆けてきて、シンバが持っているプレゼントを指差した。
「あぁ」
シンバは頷いて、ジョーイにプレゼントを渡す。わぁいとプレゼントを持って行くジョーイの後姿に、
「お礼を言いなさい!」
そう怒鳴るレオン。そして、シンバを見て、
「誰に似たのかね」
と、苦笑いするので、
「そりゃ、父親だろ」
シンバはそう言って笑う。そして、シンバはキョロキョロと辺りを見回すので、
「悪いな、今、ジャニスは飲み物が足りなくなって買いに行っている」
と、ジェリスを下ろし、ジェリスはジョーイの所へ駆けていく。
ジャニスとはレオンの奥さん。
そしてジョーイとジェリスは、レオンとジャニスの子供。
「いや、母さんとかシーツとかコブは? まだ来てないのか?」
「あぁ、母さんは夕方になるって言ってたしな、シーツも自分の家族と旅行中だろ、コブはもうすぐ来るかもな」
「なんだよ、シーツの奴、折角のジョーイの誕生日なのに、旅行なんてズラせば良かったのに」
「あぁ、でも奥さん第一だろ、アイツ。奥さんに頭が上がらないとも言うが」
笑いながら言うレオンに、コクコク頷くシンバ。
「だから奥さんが旅行に行きたいって言ったら、行くしかないさ。でもジョーイにプレゼントを送ってもらったよ、最新のゲーム機を」
「最新の? 悪い、俺、ジョーイにそんないいもんあげてない」
「あぁ、いいさ。逆にいい。ゲームばっかりで勉強をちっともしやしないからな」
言いながら、レオンはキッチンへ移動し、コップに飲み物を注ぐと、ソレをシンバに渡す。
「シンバは結婚しないのか?」
「相手がいないよ」
「気になる人もいないのか?」
「出会いがないからね」
「あぁ・・・・・・でもイラストの方、売れてるようだな」
「まぁまぁかな」
「お母さんなんて、家中にお前のイラストを額に入れて飾ってあるから、まるでゴーストハウスだ。もう少し可愛らしい絵は描けないのか?」
「ははは、いいじゃない、ゴーストハウス!」
言いながら、飲み物を口に入れ、ゴクリと飲む。
「でも、一枚だけ、可愛らしい絵が飾られてるよ」
「うん?」
「花畑で、ユニコーンに乗った少年が、虹がかかる空を見上げている絵」
「・・・・・・」
「ペンで描かれてるし、紙を丸めたのか、シワシワで、でもお母さん、その絵を大事にしてるみたいだ。誰が描いたのか、ヘタクソな落書きなのにな」
「・・・・・・」
「たまには母さんの所にも顔出せよ?」
「・・・・・・あぁ」
頷いて、シンバは、これは夢かなと思う。
ハンナに出逢ったり、母からの愛を感じたり――。
いい事があった後、大体は、悪い事が起きるんだろうと、シンバは嫌な顔になる。
「どうした?」
変な顔をしているシンバにレオンは問う。
「うん? あ、いや・・・・・・その・・・・・・彼女に会った」
呟くように、突然、シンバはそう言った。
「え? 誰?」
「ほら、屋敷で俺が一緒にいた・・・・・・女の子――」
「え? それって現実で会ったって事か?」
シンバは少し考えて、多分、現実だろうと、コクコク頷き、
「凄い美人になってた。父さんと同じ作家をしてるみたいで、俺のイラストを挿絵にしたいって」
そう説明する。
「運命の出会いじゃないか!」
「まさか、偶然だよ」
「いや、運命だよ。で、お前の事、覚えてたのか?」
「覚えてない。あの時の事は夢だから」
「・・・・・・そうか」
「あ! もうこんな時間だ」
シンバはキッチンにある時計を見て、慌てて、飲み物を一気に飲み干すと、
「また来るよ、今日はこれから行かなきゃいけない所があって」
そう言い出す。
「ジョーイの誕生日なのに。お母さんも夕方には来るし、まだコブだって来てないし、ジャニスもまだ帰ってない」
「ごめん、ジャニスさんによろしく伝えて。それから母さんにも。この前、コブはまた彼女と別れたって聞いたけど、立ち直ったのか?」
「アイツはもう新しい彼女に夢中さ」
「次から次へと羨ましいな」
言いながら、シンバは玄関で靴を履いて、じゃあと、レオンに手を振る。
まだ昼過ぎだが、シンバは車に乗り込むと、急いで車を走らせた。
どんどん都会から離れて、田舎の方へ、田舎から、山の方へ、車は走る。
すっかり暗くなり、ライトをつけて走る車。
そして着いた場所は、あの屋敷――。
シンバは森の中聳え立つ屋敷を見上げる。
今、二階の窓から、誰かが覗いていたような気がした。
それがラガットだったような気がして――。
シンバは暫く、ずっと、その窓を見上げていた。
シンバは鞄に貴重品などを入れて、車の後部座席から、キャンパス等と一緒に乗せてあった高さ5センチ、幅30センチ程の平らな四角い箱を持つと、中庭へと向かった。
月明かりに、カエルの銅像の噴水が怪しく光っている。
シンバは噴水の淵に腰を下ろし、
「相変わらず、ここは夢と現実が入り混じる空間だね」
そう呟く。
「何十年待ったと思っているんだ!」
と、大きなカエルのラモルが、シンバの横にゲコッと喉を鳴らし、ピョコンと跳ねながら座る。
「ごめんね、これでも出来上がって直ぐに来たんだよ、何十年もかかっちゃったけど」
言いながら、シンバは、箱をラモルに渡す。
ラモルは、なんだこれは?と言う風に、箱を見て、シンバを見て、箱を見て、シンバを見た。シンバは開けていいよとニッコリ笑う。
ラモルは箱を開けると、そこには手鏡が入っていて、鏡に綺麗な男性の絵が描かれている。
「割りと今の時代では美形に入る正統派俳優を似せて描いてみました!」
そう言ったシンバに、ラモルは、鏡に描かれた男をジッと見て、シンバを見て、
「何がしたいんだ?」
そう尋ねた。
「いや、だから、ほら、ね? こうして、ラモルを鏡に映したら、こんな美形の男性に見えましたってね? 俺の描くジャンルじゃない絵だから難しいのなんの。それに綺麗な人間ってテーマで絵を描くなんて、ホント、難しかったから、時間がかかりすぎちゃって・・・・・・」
「・・・・・・騙したのか!?」
「とんでもない!!!! でも俺のチカラはこれが精一杯・・・・・・」
「ワシが女だったらどうするんだ!? これはどう見ても男だろうが!」
「女だったの!?」
「男だ!」
「だったらそんな風に怒らなくても・・・・・・怒りたい気持ちはわかるけど・・・・・・」
「・・・・・・くっ!」
物凄く悔しそうに、ラモルは顔を歪ませながら、鏡を覗き込んでいる。
「・・・・・・気に入らない? じゃあ、返して?」
「これは一応もらっておく!」
なんだかんだ、気に入ってんじゃんと笑うシンバ。
「この絵はお前が描いたのか?」
「あぁ、一応、絵描きなんだ」
と、シンバは鞄からノートを取り出し、
「これが朝起きて、直ぐにデッサンできるように、ベッドの横に置いてあるノート。大体は外で描いてるから、持ち歩いてるんだ。一人で家で描いてると、怖くなる。外なら、誰かしら、そこら辺にいるから少し安心するんだ」
言いながら、ノートをラモルに見せる。
「・・・・・・グロい絵だな」
「しょうがないよ、だって、俺、あの日から、眠ると悪夢しか見ないから。もうどっちが現実か夢か、わからないくらい、悪夢に囚われてるんだ。目が覚めたら、それを吐き出すようにイラストにする。奇人と言われ続けても、父さんが小説にし続けた気持ち、わかるよ、自分の中だけで整理できない、誰かに聞いてもらいたいもん。俺の場合、文才がないからイラストなんだけどね。でも父さんの小説程じゃないだろう? 俺のイラストは」
「ラガットの小説は読んだ事がないから知らん」
「そっか。俺さ、毎晩、暗い森に住んでいる闇の住人達の餌食でさ、逃げても逃げても駄目で、やっとこの屋敷の前に辿り着くんだけど、どうしても中に入れないんだ」
「只の悪夢じゃなく、この屋敷に辿り着くとは完全にナイトメアに呼ばれているじゃないか。屋敷の中に入れないのが不思議だ。だが、入ったら最後だろう、彷徨う子供のように、眠りから目覚めなくなるかもな」
「そうなんだ、だから父さんが、俺を屋敷に入れてくれないんだ」
「ラガットが?」
「父さんはずっと、俺を本当の悪夢から守ってくれてるんだよ。天国に行かず、この屋敷に留まって――」
「・・・・・・ラガットが屋敷に留まるなんて、ナイトメアに何か勝算でもあっての事か?」
「勝算? ある訳ないよ、人間が悪魔に対抗できる訳ない。でも父さんは自分を犠牲にして、俺を――、家族を守ってくれてるんだ」
「家族を? 自分を犠牲にしてまで?」
ラモルには、自分を犠牲にしてまで何かを守る事が、よくわからないようだ。
守ったところで、守る価値があるのかと迄、ラモルは思う。
「・・・・・・俺さ、幸せ者だよね」
「幸せ者? ナイトメアに目を付けられ、本当の悪夢じゃなくても、それ相当の悪夢に囚われているお前がか?」
「うん、だってさ、世の中には親に愛されない子供っているんだよ。親が子供を愛するって普通だと思う? そうでもないんだ。俺は父さんと母さんの子供で幸せだよ。凄く愛されてる。当たり前の家庭だけど、その当たり前の所に生まれて来れた俺は幸せ者だよ」
シンバは屋敷を見上げながら、そう話した。
本当にそう思っているのだろう。
シンバの顔は嘘偽りない優しい表情をしている。
まるで、〝ありがとう〟そう言っているかのような――。
「俺、父さんと母さんの子供で良かった」
そう呟くシンバが、本当に幸せそうで、ラモルはフゥンと思う。
「・・・・・・あれから、この屋敷には誰も訪れていない」
「もう誰も来ないよ。来させないよ。だって、父さんにこれ以上の重荷を背負わせたくない。他の誰かが目の前でナイトメアの餌食になってたら、父さんは絶対にほっとけないだろうから。だから俺は――」
言いながら、二階の窓を見上げ、今、銀髪の美しい男が、窓から、こちらを見下ろしているのを、シンバはジッと見ながら、ポケットから三日月のペンダントを取り出し、それを男に見せるように上にあげ、月に翳して見る。
「それは!?」
「だから俺はアイツのチカラの半分を持って来た」
そう言ったシンバに、ラモルは呆れる。
「悪魔に勝算はないと言いながら、ラガットといい、お前といい、ナイトメアを虚仮にしすぎだ! このワシも騙しおって!」
と、ラモルは手鏡に描かれた美形の男を見る。
銀髪の男は、三日月のペンダントがシンバの手の中にある事が、余程、悔しいと言う顔で、シンバを見下ろしている。
――そんな顔するなよ、ナイトメア。
――俺は結局、お前に囚われたままなんだからさ。
――でも父さんが、お前が待っている場所には俺を来させないようにしている。
――父さんは俺を守り続ける。
――だけどね、俺も父さんを守りたい。
――叶うなら、いつか、父さんを悪夢から出してあげたい。
――ナイトメア・・・・・・
――このペンダントを返してほしかったら、二度と人間に近付くな。
――俺達家族に関わるな。
――俺は父さんの魂を天国に行かせてあげたいんだ。
シンバは、ジッと男を見上げている。
「いいか、悪魔を陥れ、見下す事は、悪魔以上の悪を持った者だ! ましてや悪魔と駆け引きなどするなよ。そんな人間、地獄に堕ちるぞ!」
シンバの考えを悟ってか、ラモルが説教染みた声でそう言った。
「〝悪だっていいんじゃないかな、それで大切な人やモノが守れるなら、この身を悪魔に引き渡す事だってできるよ。それが人間の愛ってもんじゃないかな〟」
シンバはラガットの小説の主人公の台詞を言って、ラモルを見る。
ラモルはフンッとそっぽを向くと、ゲコっと鳴き、ラガットにとって、いや、人間にとって、家族とは、守る価値のあるものなんだと知る。
そしてラガットは幸せな奴だなと思う。
こんなにも我が子に想われている。
嘘のない本当の親子の絆とは、悪魔だろうが、神だろうが、死のうが、簡単に引き裂けるようなものじゃないのだろう。
よくわからないラモルでさえ、それはとても羨ましく思え、こんな家族が、もっと世界に広がれば悪魔に囚われる者などいなくなるのにと、ラモルはシンバを見て、
「早死にするなよ、ラガットのように」
そう言った。
「・・・・・・そう願いたいね」
と、シンバは三日月のペンダントをポケットに仕舞った。
「ところで、ラモルって、何者なの?」
シンバは振り向いて、ラモルを見て聞いた。
「人間の姿になりたいって事は元は人間だったとか? それとも人間に憧れる只の大きなカエル? 本当にどこかの国の王子様とか! だとしたらお姫様のキス待ちだね」
ラモルはゲコッと鳴き、
「割りと今の時代では美形に入る正統派俳優に似た男だ」
手鏡をシンバに見せながら、そう言ったので、シンバは笑う――。
ラモルもクワックワッと声を上げて笑い、二人の笑い声が、高い高い空の上に光る月に響く――。
ここは夢と現実が入り混じる空間。
ナイトメアの城。
美しい妖精が、手招きをしながら呼んでいる――。
三日月が怪しく輝く夜、薄っすらと霧が辺りを覆う深い森の奥、木々のトンネルを抜けて、その城は浮かび上がる――。
小さな少年が、闇を走りながら、息を切らせ、今にも死にそうな顔で、何かに追われ逃げてくる。
城の扉を勢いよく叩く。
「開けて! ねぇ、開けてよ!」
扉が開く事はない――。
Nightmare ソメイヨシノ @my_story_collection
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