9.物語の主人公のように

「なぁに? レオンまでなんなの?」

焦ったレオンはナイトメアの存在をネスに話し、鍵を必要としている事を伝えるが、そんな馬鹿げた話に、ネスは付き合ってくれない。

「お母さん! お願いだよ、鍵をシンバに渡してほしいんだよ!」

「ダメよ、ダメダメ! そんな事より、勉強はどうしたの?」

「お母さん! 聞いてよ、僕の話を聞いて!」

「聞いてるわ。どうしちゃったの? 確かに、この屋敷で妙な事は起こってるのかもしれないけど、それは、この古い屋敷を見れば納得もいくわ。近い内に大工さんを呼んで、いろいろと直してもらいましょ」

「そうじゃないんだよ! 建て付けが悪い訳でも古くなったからでもないんだってば!」

「レオン、アナタはシンバのおにいちゃんでしょ! 弟の話を聞いてあげるのはいい事だけど、間違いを正してあげれなくて、どうするの?」

「間違いじゃない事は母さんが一番よくわかってるんじゃないの?」

突然、そう言って、レオンとネスの会話に入って来たのはシンバ。

階段を下りながら、

「母さんは本当は知ってるんだ、アイツの存在を」

シンバは、そう言って、今、ネスの目の前に辿り着き、ネスをジッと見つめる。

「アイツ?」

眉間に皺を寄せ、聞き返すネスと、オロオロしているレオン。

「母さんは彷徨う子供だったんだろう?」

「・・・・・・何の話? もうやめて」

「思い出して。母さんは小さい頃、この屋敷に来ている」

「もうやめてって言ってるでしょ」

「小さい頃、母さんは、父さんと一緒にアイツに会ったんだ。その記憶を思い出して?」

「・・・・・・」

「思い出してよ」

「・・・・・・何を思い出せと言うの? シンバ、もうやめて? レオンまで惑わせて、アナタは家族をバラバラにしたいの?」

「そうじゃない! そうじゃないよ、母さん!」

シンバがそう吠えるのと同時に、

「そうじゃないよね、シンバは嘘を吐かないイイ子だよ。逃げているのはキミだよ、ネス」

そう言って、階段を下りてくる男――。

銀髪を揺らし、楽しそうに鼻歌を歌いながら、軽快な足取りで、階段を下りてくる。

最後の3段はピョンと飛び降りて、今、シンバ達の目の前に現れた。

「でも約束の時間になっても来ないシンバは悪い子だ」

まるで怒ってなさそうな口振りでそう言ったナイトメアに、シンバはゴクリと唾を飲み込むが、ゴクリと喉が鳴ったのはシンバだけではない、ネスも、喉を鳴らし、唾を飲み込む。

「久し振りだね、ネス」

「・・・・・・」

何も答えないが、驚愕の表情をするネスに、ナイトメアは嬉しそう。

「シンバはキミとラガットの子なんだね。本当に、とてもイイコだよ、シンバは――」

コツコツと足を鳴らしながら、近付いて来るナイトメアに、突然、雄叫びを上げ、飛び掛ったのはレオン。

だが、ナイトメアの体を擦り抜けて、床に転げてしまう。

ナイトメアはふふふんと笑い、床に転がったレオンを見下ろし、嘲笑う表情。

「私の姿が見えるようだね、ネス」

「・・・・・・思い出したわ、アナタ、ナイトメア――」

「思い出してくれて光栄だ。キミは大人になっても私の姿が見えるのは、キミが彷徨う子供だったからかな? それとも、キミは子供並に不可思議な事に興味があり、それを信じているのかな? まぁ、どちらでもいい。私の姿が見えるのであれば、話は早い。鍵をシンバに渡してあげてくれる? 今ね、シンバは選ばれし子供なんだよ――」

「・・・・・・なんですって!?」

「そんな怖い顔しないで、再会を喜ぼう。ワタシは嬉しいよ、久し振りにキミに会えて。それにしても綺麗になったね、ネス。4人の子持ちだなんて、全然見えない。しかも、こんな大きな子供がいるなんて、まるで思えない。とでも言ってみたが・・・・・・実際、老けたね、ワタシは子供の頃の方が好きだよ。なんせ、人間の子供は美味しそうだからね。あの頃のキミはプルンプルンのホッペに、ツヤツヤの肌で。それが今のキミはどうだい?」

「アナタはちっとも変わってないのね。相変わらずの格好。相変わらずの嫌な笑み。相変わらずの口先だけ――」

「ん? あぁ、そうか、キミとラガットの時も、ワタシはこの姿だったっけね? 場合によっては人とは全くかけ離れた姿で現れる事もあるんだよ」

「知ってるわ、アナタの事はよぉく――」

そう言いながら、ネスはシンバの腕をガッと掴み、自分の後ろへ引き寄せ、

「レオン! 逃げなさい!」

そう吠えると、キッとナイトメアを睨みつけ、

「アナタなんかに渡さないわ! シンバは選ばれし子供なんかじゃない! 繊細で、不器用な優しさしか持ってなくて、乱暴者で、悪戯ばっかりしてて、だけど、勇敢で、誰よりも家族想いの子なの。本が大好きで、ラガットが大好きで、私の大事な息子よ!!!!」

そう叫んだ。だが、ナイトメアが手の平を見せると同時に、ネスは後ろへ吹き飛んだ。

「母さん!」

「お母さん!」

シンバとレオンが叫ぶ。

「ううっ・・・・・・」

壁にぶち当たり、ネスは苦しそうな声を漏らすと、そのまま倒れてしまった。

ナイトメアが何をしたのか、シンバもレオンも目の前で見ていながら、よくわからない。

只、手を広げただけ。

それだけで、母親の体が吹き飛ばされ、そして、思いっきり壁にぶち当たった。

怖くて動けなくなるレオンと、

「母さん!」

駆け寄るシンバ。

「鍵を見つけるんだ」

命令するようにナイトメアが言う。シンバはネスに駆け寄る足を止め、振り向いて、ナイトメアを睨むように見ると、

「俺の家族を傷付けたり、ハンナに何かしたら、お前の封印は絶対に解かない!」

そう叫んだ。

〝恐れないで。痛みや死に対してが恐怖だと思い込まないで。本当の恐怖なんて誰も知らないんだから、そんなものに恐れないで〟

本の主人公の言葉が、今、シンバを強く、そうさせている。

――こんな事で怖がったりしない。

――恐怖はナイトメアを強くするだけだ。

――母さんやレオンの恐怖が、ナイトメアにチカラを与える。

――俺は・・・・・・俺はこんな奴ちっとも怖くない!

――本当に怖いのは、今、ナイトメアの手によって、誰かを失う事。

――まだ本当の恐怖を俺は知らない。

――知ってたまるか!!!!

「そう怖い顔をしないでほしいな。ちょっと突き飛ばしただけじゃないか」

「うるさい! お前の言葉なんか聞きたくない! 早くハンナを解放しろ! 二度と母さんやレオン、シーツとコブに手を出さないと誓え! そしたら! そしたらオイラが呪文を唱えてやるから!!!!」

泣くもんかと、必死で涙を堪えながら、そう吠えたシンバに、ナイトメアは、無垢な魂はチカラが全て戻ってからでも遅くはないかと、だが、

「その言い草は気に入らないな、ワタシは人からの指図は受けない。それに逆じゃないかなぁ? 早く呪文を唱えた方がいい、キミの家族がどうなるか、わからないだろう?」

シンバにそう言い放つ。

「・・・・・・俺の願いを1つ叶えてくれる約束だっただろ、ハンナを解放してほしい」

「おやおや、それは約束が違う、願いを叶えるのは封印が解けてからだ」

「それはお前のチカラが戻らないと、願いを叶えられないからと言う理由だった。でもハンナを解放するのに、チカラは必要ない筈! 願いを叶えてくれたら、ちゃんと呪文を唱えるよ。嘘じゃない、俺は嘘を吐かない! 信じて――」

そう言ったシンバに、ナイトメアは、嬉しそうにクスクス笑う。

元々、彷徨う子供をここに呼ぶのは、選ばれし子供一人では、なかなか動かないからと言うのが理由だ。

人と言うのは、味方を欲しがる。

味方がいるからこそ、活発な行動に出る。

仲間がいてこそ、冒険になる。

人は弱くて、情けなくて、悲しい程、寂しがりで、独りでは、何もできやしない。

だからこそ、ナイトメアにとって、今、必要なのは、彷徨う子供ではない。

無垢な魂なのだから。

それならば、彷徨う子供は、また後で呼べばいい。

「いいだろう、その願い、叶えてやろう。ハンナ、下りておいで」

勝ち誇った顔で、ナイトメアはそう言った。

怖くて、震えながら、ゆっくりと階段を下りてくるハンナ。

「ハンナ!」

シンバが手を広げると、ハンナは駆け足になり、ナイトメアの横を通りぬけ、シンバの手の中へ入り、シンバはハンナを抱きしめた。

「ハンナ、聞いて?」

「シンバ・・・・・・」

「俺を信じてくれてありがとう。もう二度と会えないかもしれないけど」

「どうして?」

「でも、ハンナの事は忘れないよ」

「シンバ?」

「ハンナ、現実は辛いかもしれない。夢の中の方が幸せかもしれない。でも目を覚ました方がいい。きっと、ハンナのお父さんは心配してるよ」

「・・・・・・」

「ハンナが大人になって、ハンナの事、とても愛する人が現れるかもしれないよ、その人と大事な家族になるかもしれない。たくさんの子供ができるかもしれない。おばあちゃんになったら、もっとたくさんの孫に囲まれて、幸せかもしれない。こんな所で、その未来の大事なものを失っちゃいけないだろう?」

「・・・・・・シンバは? シンバはどうするの?」

「俺は大丈夫」

「大丈夫って?」

「大丈夫だから。信じて?」

「・・・・・・」

「俺の手を握って?」

ハンナの背にまわしていた手を解き、シンバがそう言った。

ハンナはシンバの手をギュッと握る。

不思議だ。

こんなにちゃんとした感触も温もりもあるのに、ハンナはここにはいない。

ここはハンナにとって、夢の中――。

「ハンナはね、ハンナの本当のお母さんが守った命で、今、生きているんだよ。きっとハンナが、オバサンになって、オバアチャンになって、温かい家庭で、幸せに笑ってる未来があると信じて、ハンナを守ったんだ。だから目を覚まさなきゃ、嘘だよね」

「・・・・・・」

「ねぇ、ハンナ、お父さんとお母さんって凄いな、強い気持ちで、いつも家族を守ってる」

「・・・・・・」

「ハンナの事、バスジャックから守ったお母さんのように――」

「シンバ・・・・・・」

「俺達も大人になって、子供ができたら、そうなろうな!」

「・・・・・・」

「な!」

「・・・・・・うん」

シンバはハンナを見て、ハンナはシンバを見て、お互い、微笑むと、シンバはハンナの手をギュッと強く強く握り締め、

「ナイトメア、俺の願いだ、ハンナを、ハンナの魂を元に戻して」

そう言った。

ナイトメアは無言で、嘲笑うような嫌な顔をしたまま、シンバとハンナを見つめている。

暫くすると、ハンナが光の粒になり、シンバの横で消えていく。

消える間際、

「シンバ」

何か言おうとしたのかもしれないが、シンバの名だけを言い残し、ハンナは消えた。

シンバは握っていた手に、もうハンナの手がない事で、ギュッとその手を握り締め、

「ありがとう、ナイトメア」

そう言った。

「願いを叶えてやるのは封印を解いてくれる褒美だからね、当然さ」

「うん、じゃあ、次はナイトメアの願いを叶える番だね、俺が呪文を唱える事。さぁ、願いの叶う部屋に行こう」

「シンバ!」

レオンがシンバを呼ぶが、シンバは笑顔で、レオンに手を振り、

「大丈夫だから」

そう言った。

「大丈夫って何が!? おい、ナイトメア! 封印を解いたら、シンバはもう解放してくれるんだろうな!? 僕達家族に関わらないでくれるんだろうな!?」

レオンがそう尋ねるが、ナイトメアは、フフフッと笑みを零し、

「キミ達が望むのであれば、家族全員で、幸せな時間を与えてあげるよ」

そう言った。

それは恐らく、永久に眠りに付かせると言う事だろう。

シンバは気絶している母親から、鍵を探し出し、そして、二階へと向かう。

「シンバ! おい! 待てよ!」

レオンはシンバを呼ぶが、シンバは振り向いてもくれない。

「シンバ! 僕に何かできる事ないのかよ! お前、そうやってなんで一人で全部抱えちゃうんだよ! お前が死ぬなら、僕達家族も一緒だからな!!!!」

シンバはレオンを無視するように、見ようともしない。

「おい、シンバ! 聞いてるのかよ! そんなに僕は頼りない? 僕が信用ならない?」

振り向かないシンバに、今更ながら、家族に信じてもらえないって辛い事なんだとレオンは知る。シンバはどれだけ辛い思いをして来たのだろう、そう考えると、レオンは後悔ばかりが募る。だが、後悔するより反省しろとラガットが言っていたとシンバが言っていたのを思い出す。それでも背を向けているシンバを見ると――。

「クックックッ。どうやら彼は決意したようだね。呪文を唱える事を――」

「・・・・・・シンバ」

「今更、呼んでも遅いよ、キミは何一つ彼の真実を聞いてあげなかった。だから彼もキミの声など聞かないのだろう。こんな家族、家族ではない。彼は利口だ、とても勇敢で、とても賢くて、そして何とも哀れな子だよ」

嬉しそうに、そう言うと、ナイトメアはフッと姿を消した。

どこに消えたんだとレオンはキョロキョロする。

シンバは二階へ駆け上がり、そして、急いで角部屋へ行くと、鍵穴に鍵を入れて、その扉を開いた――。

本棚の向こうにある扉の向こうは、小さな部屋で、あちこちに壊れたオルゴールが散らばっていて、その中央には蓋の開いた棺桶があり、中にはナイトメアの本体である肉体が眠っている。

やはり銀髪の綺麗な美しい男に見える。

「ラガットがね、オルゴールを壊したんだ」

振り向くと、ナイトメアが立っている。

「このワタシを欺き、陥れたラガット。ここまで虚仮にされ、ラガットを逃がす筈もなく、ラガットは大人になり、ワタシの悪夢に耐えれなくなり、服従した。オルゴールは駄目になったが、ちゃんと封印を解く呪文を残すよう、本に、呪文を書き記させ、その呪文を三日月のペンダントを翳せば浮き出るようにし、たまたまこの屋敷に訪れた人間に一冊でも本を持っていかれないよう、ちゃんと隠させた。ワタシの言う通り、動いてくれたよ。だが、ワタシはラガットを解放してやらなかった。アイツは悪夢を見続けた。子供の頃、ワタシの封印を解く事ができたのに、しなかったラガットへの裁きだ。大人になったラガットでは呪文を唱えられない。子供でないとね。だが、返って、楽しませてもらえた。なんせ、ラガットの息子が、ラガットの悪夢を引継ぎ、今、ワタシの封印を解くのだから――」

言いながら、ナイトメアは人差し指をクイクイッと動かした。

すると、シンバが集めた本が宙を浮いて、ズラッと並ぶように集まり、それぞれページが捲られて行き、呪文が並ぶ。

「曲なら聴いてわかるが、人間の文字は理解できない。だからワタシはどれが最初の呪文か、わからない。いいか、間違えず、見つけた時の順番に唱えるんだ」

「・・・・・・わかった」

頷くシンバに、随分と素直だなとナイトメアは思う。

そして、シンバが深呼吸をして、呪文を1つ、1つ、口にする。

だが、ナイトメアは目を丸くし、

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

そう叫んだ。

だが、シンバはやめない。

呪文を唱えていく。

ナイトメアはシンバの首を持ち、今にも絞め殺しそうだが、それでもシンバは呪文を口にし続ける。

「貴様ぁぁぁぁ!!!!」

ナイトメアはシンバを床に叩きつけた瞬間、シンバはその痛さに揺るがず、キッとナイトメアを見据えると、最後の呪文を言い終えた。そして、

「Dream Collection。父さんの本だよ、その主人公は大切な言葉をひとつひとつ口にするんだ、それが女の子の願いを叶える為の、バクを呼ぶ呪文となるから。バクは全ての夢を壊す。主人公の夢は何もなくなる。だけど、大好きな女の子の為、恐れないんだ。俺を悪夢に堕とすなら堕とせよ! お前なんか怖くない! 本当に怖い事は大事なものを守れない自分だ!」

そう叫んだ。すると屋敷がグラグラと揺れ始め、今にも崩れそう。

「クッ! ラガットめぇ! この期に及んでぇ!」

「父さんは、お前の封印を解く呪文を壊して、バクを呼ぶ呪文を捜し出し、屋敷に隠したんだ。お前は何も知らないで、本当に封印を解く呪文だって思い込んでた。そして最大の誤算は俺を選ばれし子供に選んだ事だ!」

「なんだとぅ!?」

「俺はラガット・ゼプターの大ファンなんだ! 父さんの本を、只、読むだけじゃなく、その物語は何を伝えたかったのか、どんなメッセージが含まれているのか、ちゃんと読み取ってた! そしてDream Collectioの内容を思い出した時、俺は父さんの本当の意思を引き継いだんだと知ったよ。お前は父さんと、父さんの息子である俺に、まんまとやられたって訳だ!!!!」

ナイトメアは怒り露わな物凄い形相でシンバを見ながら、

「この悪夢から逃れたと思うな! ラガット同様、貴様は一生、ワタシの呪縛から逃すものか! 覚えておけ! 一生、貴様を悪夢に突き落としてくれるわ!!!!」

そう叫ぶと、バクが現れる前に、ぎりぎりで、フッと姿を消した。

揺れも治まり、ナイトメアがいなくなった為か、バクも現れず、シンとした時間が流れ、シンバはその場にヘナヘナと座り込む。

だが、直ぐに立ち上がり、ナイトメアがいなくなった訳ではないのだから、一刻も早く、この屋敷を出て行かなければと、

「レオン! 母さんを早く起こして!」

と、階段を下りて、

「荷物を適当にまとめて、早く外に出なきゃ! 説明は後!」

そう叫んだ。

シンバが無事だった事を喜ぶ間もなく、レオンはネスを起こし、シンバはコブを抱いて、それから荷物を持って、外に飛び出して、車に乗った。

シンバは車の中で、屋敷を見上げながら、全てを話す。

話し終えた後、一人、車を出て、裏庭にまわり、銅像のラモルに、

「必ず約束を果たす為に戻るから。待ってて」

そう言うと、再び、車に飛び乗り、

「母さん! シーツを迎えに急いで! 俺はまだやらなきゃならない事があるんだ!」

そう叫んだ。

よくわからないが、急かされるまま、ネスはハンドルを握り、猛スピードで学校へ!

「レオン、シーツのクラスってどこ?」

レオンは、学校の案内書が車のボックスの中に入っているのを見つけ、それをシンバに見せながら、説明する。

学校へ着くと、シンバは車から飛び降りて、シーツのクラスへ走った。

もう放課後になる。

急がないと、時間は刻々と過ぎていく。

シーツがいる筈のクラスには、シーツの姿がなく、

「あれ? シーツ君? 凄い傷だらけ! 酷くやられたもんだねぇ」

と、シーツに似ているシンバを見て、声をかけて来るクラスメイト。

だが、なんだかシーツとは雰囲気が違うと、不思議そうに、

「シーツ君だよね? さっき、上級生達と一緒にいるのを見たんだけど、その傷は上級生にやられたんじゃないの?」

そう尋ねてくる。

「・・・・・・上級生!?」

シンバは驚きの声を上げる。

相手は上級生なのかと、シンバは再び走り出し、あちこち探し始める。

大体、人目のつかない場所だろうと、トイレやら倉庫裏やら、シーツを探しながら走る。

後は、放課後になって使われない教室。

音楽室や科学室など。

ローカを走り回り、そして、やっと見つけた。

コンピューター室。

少し開いた窓から見えるシーツは、シーツの友達と抱き合うようにしていて、上級生5人程に囲まれ、突き飛ばされたりしている。

大したイジメではなさそうだが、シーツは脅えている。

ドアは鍵が閉まっていて開かない。

また鍵かよと、シンバは苛立ち、コンピューター室のドアを足でガンガン蹴りつけた。

あんまり、しつこくドアを叩く音がすると、上級生の一人がドアを開けた瞬間、シンバがその上級生の顔に頭突きを喰らわせた。

突然の事で、その上級生は引っ繰り返り、鼻血が吹き出る。

「シンバ!」

シーツが驚いて、シンバを呼ぶ。

「俺の弟に何してんだ!」

そう吠えるシンバは、シーツの目に、まるでヒーローに映る。

「弟!? おい、コイツ等、雰囲気違うけどソックリだな、お前のにいちゃんってレオンだけじゃないのか? それにしてもシーツが弟? 嘘だろ、シーツの方が背が高いんじゃないのか? シーツの弟の間違いだろ、それにコイツ既に傷だらけ! 誰にやられちゃったの? 可哀想な弟くん」

と、シンバをからかうように言い、笑う上級生に、

「シンバはボクのおにいちゃんだ! バカにするな!」

初めてシーツが怒鳴った事で、シンバ以外、皆、驚く。だが、上級生を怒らせたようだ。

特にシンバが頭突きを食らわせられた上級生は、シンバに対し、怒りが沸騰している。

もう大喧嘩!

コンピューターは壊れるわ、窓は割れるわ、椅子は飛ぶわ。

皆、血だらけだ。

シンバも鼻血を流しながら、上級生に向かっていき、

「俺の弟をイジメていいのは、俺だけなんだよ!!!!」

勝手な筋を言いながら、拳を振り上げる。

その場から何とか逃げ出したシーツの友達が先生を呼んできて、皆、こっぴどく叱られ、明日にでも親に来てもらうよう連絡すると言う事となった。だが、悪い事ばかりじゃない。

「お前等、なかなか強いじゃないか」

と、上級生達がそう言って、シンバとシーツを認めた。

シンバとシーツは鼻血を啜りながら、ヘヘッと笑い合った。

もう顔中、体中、傷だらけのシンバは、ナイトメアにやられた傷なのか、上級生にやられた傷なのか、サッパリわからない。

「ねぇ、シンバ? パパと最後に話した事、思い出した?」

「うん」

「何を話したの?」

「物語の主人公のようになるって約束した」

「なにそれ?」

「つまり、カッコ悪いけど、カッコイイ奴になるんだ」

「ふぅん。シンバならなれるよ。さっきも、ヒーローみたいに現れて、カッコ良かったよ、僕を無傷で助けてくれれば、もっとカッコ良かったけどね」

そう言って笑うシーツに、シンバも笑う。

「だけど、ママに怒られるだろうな、イジメられてた事もなんで言わなかったのって怒られそう。やっぱりイジメられてるって言えば良かったかも・・・・・・」

「後悔しないで反省しろ!」

「なにそれ?」

「父さんがよく言ってた」

「パパが? 僕は聞いた事ないよ。それって、シンバが後悔するような事ばかりしてたから言われてただけじゃないの?」

「・・・・・・そうかも」

夕日が辺りをオレンジにしていく。

今、泣いているコブをあやしているネスが、歩いてくる二人に気付き、車の中にいるレオンに声をかける。

車から下りてきたレオンは、シンバだけじゃなく、シーツまでもが傷だらけの事に驚いているようだ。

シンバは、コブの魂がラガットから離れて、元に戻ったんだなぁと思っていると、ネスの背後にラガットの姿が見えた。

夕日の危うい光が見せる幻かもしれない。

でもシーツも見えるのだろう、足を止めた。そしてシンバを見て、

「パパがいるよ」

囁くように、そう言ったので、

「うん」

シンバは頷き、ラガットが手を振るので、シンバは手を振り返す。

――もうすぐ行っちゃうだね、父さん。

――あの屋敷に・・・・・・。

――ありがとう、父さん。

――俺の願いを叶えてくれて。

――俺の本当の願いは、家族がひとつとなる事。

――父さんがバラバラになりかけてた、俺達を繋げてくれた。

――本当にありがとう、父さん。

――でも・・・・・・

――俺は父さんも助けたいよ・・・・・・

今、ラガットが、

〝シンバ、お前は最高の主人公だったよ、僕の大事なものを守ってくれた主人公に、僕は救われた、さぁ、ハッピーエンドにしよう! エンディングは主人公の笑顔だ〟

そう言ったので、シンバは泣きそうになる顔を必死で堪える。

シンバが手を振っているので、ネスもレオンも自分に振っているのだと手を振る。

シンバは傷だらけの笑顔で、ラガットと、ネスと、レオンと、コブがいる場所まで走り出す。

シーツもシンバを追うように走り出す――。


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