8.タイムリミット

屋敷の中へ入ると、びしょ濡れのシンバに驚いて、直ぐに駆け寄ってきたのはネス。

「どうしたの! どうして濡れてるの!? どこへ行っていたの!? しかも傷だらけじゃない! 服もあちこち破れてる! どうしたのよ!?」

「噴水に落ちた」

「噴水に!? 危ない事はやめてっていつも言ってるでしょ、アナタの遊びに、シンバを巻き込まないで、ラガット!」

言いながら、ネスはハッとして、

「ラガットはいないわね・・・・・・ダメじゃない、シンバ、危ない事はしないで・・・・・・」

そう言い直す。

「母さん、寝てないの? 少し寝たら? 疲れてるんだよ」

シンバがそう言うが、ネスは首を振り、

「寝てないのは、アナタもでしょう。それにレオンとシーツを学校へ送らないといけないし、朝御飯も、そろそろ作らなきゃね。シンバは今日も学校を休むの?」

そう聞いて来た。

「僕も今日は休むよ」

階段を下りながらレオンが言うので、シンバとネスは階段を見上げる。

レオンは下りて直ぐに、シンバの耳元で、

「シーツは無事に眠ってる。ちょっと魘されてたから心配だけど」

そう言った。

「なぁに?」

ネスが、聞くが、レオンは、

「今日はシンバにみっちり勉強を教えるから覚悟しろって言ったんだ」

と、笑う。

「レオン、学校から帰って来て、勉強を教えてあげれば? どうして休むの?」

ネスは不安そうだ。

そりゃそうだろう、昨夜から、変な出来事ばかり起きている。

窓が勝手に開き、新聞紙が降って来たり、レオンが変な事を口走ったり――。

レオンは母親を気遣い、

「寝てないせいか、ちょっと頭痛がするから休むだけだよ。昨夜は妙な夜だったからね。でも動けない訳じゃないし、なら、シンバに勉強でも教えようかと思ってね、ほっといたら、どんどん勉強が遅れて行くから」

そう言った。

ネスは、そう・・・・・・と、口の中で呟くように、頷くと、濡れているシンバに、

「シャワー浴びて、傷の手当して、着替えちゃいなさい」

そう言って、キッチンへと向かった。

母親がいなくなった所で、レオンは、

「ハンナはどうなったの?」

シンバに聞いた。シンバは、俯き、

「ナイトメアに連れて行かれた。封印を解かないと・・・・・・」

そう答え、黙り込んだ。

レオンも黙ってしまう。

シンバは顔を上げて、

「シャワー浴びてくるよ」

と、バスルームへ向かう。

シャワーを浴びながら、考える。

――母さんがシーツを学校へ送るからいなくなる

――部屋を探すのは母さんがいなくなってからだな。

――簡単に見つかるかな。

――母さんが帰って来る前に見つけないと。

本当はシャワーなんて浴びている余裕はないが、今、動いても、ネスが不安に思うだけだ。

しかもネスは彷徨う子供として、幼い頃、この屋敷に来た事がある。

だが、ネスは何も思い出していない。

いや、思い出したくないから、思い出さないように必死なのかもしれない。

そう考えると、ネスを関わらせてはいけない。

母親が壊れる所など、子供は見たくないものだ。

シャワーから出て、キッチンへ行くと、ネスが朝食の準備をしていて、

「寒いわね、そろそろヒーター出さなきゃ。どこにあったっけ?」

そう言いながら、リズムよく包丁を動かしている。

「・・・・・・どこにあったか知ってるの?」

そう聞いたシンバに、ネスは、振り向いて、そのまま動きを止めた。

「・・・・・・そうね、知らないわ。でもどこかにあるでしょ」

確かに家具は殆どがそのままの状態だから、ヒーターもどこかにあるだろう。

濡れた髪をタオルで拭きながら、シンバはリビングへ行こうとして、

「シンバ」

ネスの呼ぶ声で、立ち止まる。

「それ、なぁに?」

「え?」

「それ、その、手に持ってるモノ」

シンバの右手には鍵が入っている。

グーにしてる拳に、ネスは変に思ったようだ。

「・・・・・・なにも」

そう答えたシンバだが、母親のネスは何か察したようだ。

包丁を置いて、ツカツカとシンバの傍に来て、見せてと言わんばかりに手を出して来た。

シンバはネスの顔を見上げる。

ネスは早く出しなさいと言う表情で、シンバを見下ろす。

この鍵をネスが見た所で、何がどう変わる訳でもないと、シンバは鍵をネスの手の平に置いた。

「・・・・・・どうしたの? これ? どこの鍵?」

知らないと首を振るシンバ。

「この家で見つけたの?」

コクコク頷くシンバ。

ネスもコクコク頷き、

「これは私が預かるわ」

まさかの台詞。

「なんで!?」

「なんで? 何が?」

「その鍵が何の鍵か知ってるの!?」

「知らないわ」

「なら返せよ!」

「返しません。アナタこそ、この鍵が何の鍵か知ってるの?」

「・・・・・・この家のどこかの部屋の鍵」

「そう。それで?」

「それだけだよ」

「なら必要ないわ。空いてる部屋を使えばいいし、部屋は沢山ある。わざわざ鍵が必要な部屋を使う事はないでしょ」

ネスはそう言うと、クルリと背を向け、朝食の準備の続きを始める。

シンバは鍵を返してもらわなきゃいけないと、

「その鍵がなきゃハンナを助けられないんだよ! ナイトメアがハンナを連れて行ったんだ! ナイトメアの封印を解かなきゃならないんだ!」

そう叫んだ。

ネスはハァッと溜息を吐き、額を押さえ、再び、振り向き、シンバを見て、

「もぅ、いい加減にしてちょうだい」

静かな怒りを感じる声を出して、そう言った。

「母さん、お願い! 俺は――」

「シンバ、もぅやめて。ナイトメアなんていない。全てアナタの作り話よ」

「作り話じゃない!」

「真実だと言うのなら、アナタは幻覚を見ているのよ、それか夢を見てるんだわ、ちゃんと寝てないから、変な夢を見るのよ」

「違う! 幻覚でもないし、夢でもない! 母さん、本の主人公が〝夢は見るもの、叶えるもの、遠いもの、そうじゃないよね、夢は抱くものなんだ、大事なモノを抱きしめるもの、それが夢〟って言ってたんだ。俺の夢は母さんがいて、父さんがいて、レオンもシーツもコブも、みんなで仲良く一緒に・・・・・・父さんがいないから、もう叶わないけど、そんな夢を大事に抱きしめて見ているだけだよ、悪い事を夢にして、抱いたりしない! だから俺の言う事を信じて!」

「いいえ、アナタは悪い夢を見ているだけ!」

「・・・・・・俺、父さんに会ったよ」

「え?」

「父さん、言ってた。母さんは小さい頃、この屋敷に来た事があるんだって。ハンナと同じ彷徨う子供だったんだって」

「いい加減にして! アナタ、やっぱり夢を見てるんだわ、ラガットは亡くなったのよ!」

「父さんが死んだのは理解したよ、でも父さんの魂は、ここにいて、コブは父さんが連れてるから起きないだけなんだよ、そうやってナイトメアから守ってるんだよ」

「いい加減にしてと言ってるのがわからないの!!!!」

大きな声で叫んだネスに、シンバは黙る。

ネスは今にも泣きそうで、怒っているような悲しんでいるような、そんな顔をしている。

「シンバ」

ネスの大声で、レオンが来て、シンバを呼び、シンバの肩をポンと持つと、

「お母さん、シンバの言う事なんて、いつもの事じゃないか。今更だよ。そんなヒステリックになって興奮しないで。僕からシンバには話をするから」

そう言うと、シンバの腕を引っ張り、二階へ連れて行き、自分の部屋へシンバを入れる。

「母さんに鍵をとられた。鍵がなきゃ、願いの部屋へ行けない」

部屋に入るなり、そう言ったシンバに、

「じゃあ、鍵は僕がお母さんから奪うよ。ナイトメアからリミットは言われたの?」

声のトーンを低くして問うレオン。

「今夜、願いの部屋で会う事になってる」

「ならまだ時間がある。部屋はどこ?」

「わからない、探さないと。鍵が閉まった部屋を」

「じゃあ、部屋を探そう」

下はネスがいる。

まずは二階から、鍵の閉まっているドアはないか、二人で探し出す。

部屋の中にも扉はないか、隅々まで探す。

天井も床下も扉がないか探してみる。

見つからないまま、ネスが階段を上って来る足音が聞こえ、シンバとレオンは急いで、レオンの部屋に入り、机の上に教科書やらノートやらを広げる。

ノックがして、ドアが開き、

「朝御飯よ」

ネスはそう言うと、再び、ドアを閉め、次はシーツが寝ている部屋へ向かう。

シンバとレオンはフゥッと安堵の溜息。

「いいか、シンバ、お母さんには何も言うな。わかってると思うけど、お母さんはコブの事もあるし、登校拒否中のお前の事もあるし、不安が多すぎて、今にも壊れそうだ。そうじゃなくても、昨夜、新聞が大量に外から入ってきて降ったんだ。お母さんは少し神経質になってる。だからもう何も言うな。僕はシンバを信じるから」

シンバはコクコク頷き、

「言わない」

そう言って、レオンを見た。

レオンも頷いた。

「あのさ、レオン」

「うん?」

「俺、ハンナを助けたい。どうしても助けたい。ハンナがいたから、俺――」

「あぁ、わかってる、わかってるよ、シンバ」

レオンは不安で一杯のシンバの肩を強く抱きしめる。

「・・・・・・封印を解くかわりに、ハンナを解放するよう、言おうと思う」

「・・・・・・うん」

「・・・・・・レオンは母さんとシーツとコブと一緒に、逃げて欲しい」

「お前は?」

「俺は・・・・・・なんとかする」

「なんとかって?」

「わからない。でも、なんとかするから」

「・・・・・・死なないよな?」

「死なないよ」

シンバは笑って、そう答えた。

レオンは笑えなくて、頷くしか、できなくて――。

「行こう、朝御飯、食べなきゃ」

立ち上がるシンバに、レオンも頷き、立ち上がり、2人でキッチンへ向かう。

2人仲良く登場したので、先に朝食を食べ始めていたシーツは驚いて、

「何があったの!?」

そう聞いた。

「何がって?」

聞き返しながら、椅子に座り、テーブルに並ぶ朝食に手を伸ばすシンバ。

「だって、レオンとシンバが仲良しだよ? ママ、今日は雨だね」

なんてシーツが言うから、レオンは半笑い。

「晴れてるわよ、でもここは山奥だから、天気も変わりやすいから雨が降るかもね」

ネスは言いながら、飲み物をコップに注いでいる。そして、ニッコリ微笑んだかと思うと、

「コブは寝てるけど、こうして揃って食事するの久し振りね」

嬉しそうに、そう言った。更に、

「こんな幸せが続くといいわ」

まるで願うように、そう囁いた。

それは些細な幸せ。

とてもとても小さな。

そんな小さな願いすら、叶わないかもしれない――。

そう一番感じているのはネスだった・・・・・・。

母親というのは敏感に何かを感じるものだ、子供に何か起ころうとしている事を――。

だからだろうか、

「今日はシーツも学校を休んで、みんなでどこか遊びに行きましょうか!」

なんて弾んだ声で言い出す。

喜ぶのはシーツ。

「ダメだよ!」

そう叫び、思わず立ち上がるのはシンバ。

余計にネスの不安が的中するような言動をとるシンバ。

「僕は頭痛がするから休むんだよ、学校へ行けないのに、遊びになんて行けないよ」

母親が納得し、遊びに行けない理由を考えて、選んで、冷静にそう言うレオン。

「そうね、レオンは頭痛がするのよね。シンバは? どうしてダメなの?」

シンバの怪しい言動は見逃せないらしい。

ネスはシンバをジッと見る。

シンバは直ぐに答えられない。そんなシンバに変わり、

「寝るんだろ、どうせ。いつも昼間は寝て、夜起きてるじゃないか。昨夜も寝てないのに、遊びに行ける余裕があるのか?」

そう言って、シンバを見るレオン。

シンバはコクコク頷き、

「そ、そうだよ、寝るんだよ、眠いから」

そう言いながら、椅子に座る。

「寝る前に勉強みっちり教えるからな」

少し怒った声を出して、いつもの調子で言うレオンに、シンバもいつもの通りにしなければと思うが、いつもの通りがわからなくて、

「わかった」

と、素直に答えてしまう。そんなシンバにイラッとするレオン。

「シンバが勉強!? しかもレオンに教えてもらうの!?」

当然、更に大きな声をあげるシーツ。

シーツでさえ、驚くのだ、母親のネスが不信に思わない筈がない。

「いいだろ、いちいちうるさいよ、お前は!」

と、シンバは、大声をあげたシーツにイラッとする。

食事が終わり、シーツは学校へ行く準備を始め、ネスも片付けを始める。

レオンはネスの片付けを手伝いながら、シンバから奪った鍵を奪おうとチャンスを伺っている。

シンバは二階へ行き、鍵の閉まっている部屋を探している。

「大体なんで鍵を閉めるかな。誰が閉めたんだ? 元はナイトメアの城だった訳だから、ナイトメアが閉めたのか? わざわざ鍵をかけて、その部屋に何があるって言うんだろう? だけど、最後の砦として開けなきゃならない訳だろう? うーん、それって、やっぱり一番上? 二階が一番上だよなぁ?」

ブツクサと独り言を言いながら、部屋を探す。

暫くすると、玄関が閉まる音がして、シンバは窓から外を覗く。

コブを抱いたネスと、シーツが、車に乗り込む姿が見える。

レオンだろう、階段を上って来る。そして、

「シンバ? どこだ?」

と、レオンの声。

ローカに出ると、レオンが駆けて来て、

「ごめん、鍵、まだ奪い返せてない。とりあえず、お母さんがいない内に部屋を見つけよう。コブを病院に連れて行くって言ってたから、昼過ぎまで戻らないんじゃないかな。でも鍵は夜までに何とかするから」

そう言った。

とりあえず、部屋を見つけない事には意味がない。

「昼過ぎか。余り時間ないな」

シンバはそう呟くと、遠慮せず、大きな音を立てながら、あちこちの部屋を開けっ放し状態で、調べ始める。

レオンもバタバタと走りながら、あちらこちらへと移動し、部屋を片っ端から調べる。

「シンバ、疲れてないか? 寝てないだろう? 少し休んだらどうだ?」

違う部屋でレオンが大声で、そう聞いた。

「大丈夫」

シンバも大声で、レオンに聞こえるように返事を返す。

休んでる暇なんてない。

今夜までに部屋を見つけて、母親から鍵を返してもらい、ナイトメアに会わなければ。

そして――・・・・・・

「レオン・・・・・・」

シンバは、鍵の閉まっている扉を探しているレオンの傍に行き、声をかけた。

振り向くレオンに、

「もし扉が見つからなかったらどうしよう。もしハンナが食べられたらどうしよう。もし誰も助けられなかったらどうしよう」

今にも泣きそうな心細い声でそう言ったシンバ。

一刻も争う時に、扉が見つからないと言う不安が、どんどん大きな不安になり、全てがマイナスの方向へ向かっているようで、シンバは今にも不安に押し潰されそう。

らしくない表情と声に、レオンは黙ってしまう。

シンバは俯いたまま、

「大事なもの、守りたいよ。でも、守れなかったらって、そればかり考えてしまう。でも、どうしてもハンナだけは助けたい。大事なもの、何も守れなくてもハンナだけは――」

小さな声で震えながら言う。

「うん、さっきも聞いた。わかってる」

頷くしかできないレオン。

ハンナだけは――。

それは、他は助からないと言うようにも聞こえる。

シンバは、家族の誰よりもハンナを選んだ。

だが、家族は誰も、シンバを信じなかった。

ハンナだけがシンバの仲間だったのだろう。

それについて、レオンは責めれないし、責めるつもりもない。

今更シンバを信じても遅い事はわかっている。

それに、誰かを助けたいと思うシンバに、レオンは誇りにさえ思っている。

弟は勇敢で、賢くて、温かい――、父に似た温かい思いやりのある人間なのだと――。

それに小さなシンバが独りで抱え込み、ここまで頑張ってきた。

誰にもできるような事じゃないだろう。

レオンは、そんなシンバが弟で、本当に誇らしく思う。

「シンバ、僕も守りたいと思っている。お母さんやシーツやコブ。それからお前の事も。だから全部、お前一人で背負わないで、僕もいる事を忘れないで、僕にできる事は何でも話して。今更かもしれないけど」

「・・・・・・」

「ハンナと言う子は、僕には見えない。シンバが誰よりも優先して守ってあげるべきなんだと思う。その選択は間違ってないよ」

「・・・・・・ハンナのお母さんは、ハンナを守って死んだんだ。俺、ハンナのお母さんの気持ち、わかるんだ。大事なハンナを、家族を守る気持ち。その気持ちを知ってるからこそ、ハンナはどうしても生きてほしい。生きなきゃいけない」

「・・・・・・シンバ、お前は凄いな、僕より兄貴だな」

「え?」

「ほら、時間ないだろう? 早く部屋を探そう! いろいろ考えたってしょうがない、今、やれる事をやるしかない! だろ?」

レオンは笑顔でそう言うと、再び扉を探し始める。

シンバも鍵の閉まった扉を探す。

どこにも鍵の閉まった扉なんてない。

ドアノブを回せば、普通に開いてしまう。

シンバもレオンも溜息を吐いて、疲れた重い体を引き摺るように、同じ扉を何度も開ける。

二人、疲れて、その場に座り込む。

「シンバ、本当に鍵のかかった部屋なんてあるのか?」

「わかんない。わかんないけど、ある筈」

「なんでこんな事になっちゃったのかな。僕達家族がなんで・・・・・・」

〝ありとあらゆる出来事は誰のせいでもない、自分自身のせいなんだよ〟

本の主人公の台詞がシンバの脳裏に浮かんだ。

「・・・・・・」

シンバは無言で、誰のせいでもなく、自分のせいなんだと思う。

例え、父から受け継いだ意思だとしても、それを受け入れたのはシンバだ。

ふとラガットの台詞を思い出す。

〝僕の本の一番のファンはシンバだから――〟

――どういう意味だろう?

――父さんの本、確かに俺は大好きで、全部、読んできたけど・・・・・・。

「・・・・・・そういえば、まだ見つかってない本がある」

シンバがそう言い出し、レオンは何の話?と、少し離れた場所に座っているシンバを見る。

シンバは立ち上がり、自分の寝室へと走り出し、レオンもシンバの背に付いて行く。

角部屋の扉を勢いよく開けて、滑るように中へ入り、本棚を見る。

さっきまでシーツが寝ていたベッドの上、布団がぐちゃぐちゃなのを見て、

「シーツは寝相が悪いな」

レオンが呟く。

「ない。本が全部揃ったと思ってたけど、一冊、足りない!」

シンバがそう言うので、レオンも本棚の傍に行き、本を見るが、ズラリと並ぶ本に、

「こんなに沢山あるのに、どうして一冊足りないってわかるの?」

などと言い出す。

「わかるよ、父さんの本だもん」

「そりゃ、お前のお父さんの本好きには驚かされるが、こんなに本棚に一杯に並ぶ本の中から、一冊だけがないって、わかるもんなの?」

「わかるよ。だって、その本の主人公は俺がモデルとなった本だから!」

「え?」

「覚えてない? 父さんは俺をモデルに小説を書いた」

「・・・・・・あぁ、その本なら読んだ。確か〝Dream Collection〟」

レオンは本のタイトルを言う。シンバはコクンと頷き、

「主人公は勇敢な小さな男の子。ある日、男の子は自分の部屋の隠し部屋を見つける。そこで楽しい夢を見せてくれる妖精に出会う。男の子は夢を見る。起きても、また眠ると、夢の続きが見れる。男の子は、夢の中で、ある女の子に出会う。女の子は自分が魔法使いであると言う。みんな彼女を嘘吐きだって罵る。だけど、女の子が願う事は次から次へ叶って行く。ケーキが食べたい、犬を飼いたい、イジメっ子が嫌いだから消えてなくなれ、隣のオバサンに叱られたから死んでしまえ。願いはどんどんエスカレートして行く。でもそれは男の子の夢なんだ、だから現実じゃないから大丈夫って。だけど目が覚めた時、本当に現実がどっちかわからなくなる。そして、女の子の願いを本当に叶えても良かったのかって思う。だからもう願いを叶えてあげるのはやめようと思った。次から願いが叶わなくなった女の子は、男の子が本当の魔法使いだったんだと知り、怒り出した。私が魔法使い気取りで呪文を唱えて、願いを言う姿を見て、笑っていたのねって。男の子は女の子に嫌われてしまった」

その続きを、今度はレオンが話し出すように、主人公の台詞を言い出した。

「〝ボクは魔法使いじゃないんだ、でもこれはボクの夢だ。だからボクはなんだってキミの為にキミの願いを叶えてあげられる。だけど、キミが本当に願ってない事をボクは叶えたくない。キミの本当の願いは何? キミが口に出して願ってくれなきゃ、ボクは叶えてあげられないよ〟」

「女の子は〝ならこの夢を見せている本当の魔法使いをやっつけて〟そう叫ぶ。男の子は目を覚まし、そして夢を見せる妖精に会う為、自分の部屋の本棚の後ろにある隠し扉を開く――」

言いながら、シンバは本棚の本を全部、ベッドの上に移動し始め、レオンも手伝う。

本棚から綺麗に本がなくなり、軽くなった本棚を引き摺ってズラすと、そこには扉が。

「あった。ここが鍵の閉まった部屋だ。俺、父さんの全ての本の主人公になった気がしてたけど、Dream Collectionは本当に主人公が俺だった事、忘れてた」

シンバはそう呟き、ドアノブに手をかけようとした瞬間、外から車の音。

「嘘だろ、お母さんがもう帰って来た!」

レオンがそう叫び、窓から外を覗いているので、シンバも窓から外を覗くと・・・・・・

「・・・・・・」

「どうした? シンバ?」

「レオン・・・・・・なんで・・・・・・高い空の上・・・・・・月が出てるの・・・・・・?」

「え?」

シンバは明るい空に浮かぶ月を見上げている。

レオンも見上げて、

「上弦の月だな」

そう言った。

「上弦の月? そう言えば、父さんの小説にも出てくる。上弦の月は昼頃に東の空から昇り、昼過ぎから夕方にかけて、東から南の青空の中で見つけられるって!」

「それがどうかしたのか?」

「ナイトメアが待ってる!」

「だって、お前、夜に待ち合わせしたって」

「ナイトメアは月が現れる頃、現れるって言ったんだ、それって夜だと思ってた!」

「嘘だろ、だったら鍵を早く手に入れないと!」

レオンは急いで玄関へ向かい、鍵を持っている母親の所へ行く。

――ナイトメアは、もう待っている。

――この扉の向こう側で。

――ハンナは大丈夫だろうか。

タイムリミットは過ぎてしまったかもしれない――。


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