6.ゴーストの正体
シンバは、硬直し、冷や汗を流しながら、どうしたらいいか、考えている。
封印を解いてはダメだ。
だが、解かなければ、家族が悪夢に墜ちる。
ハンナの魂だって助けられない。
シンバは、ふと封印方法を思い出す。
噴水のカエルは、封印方法はオルゴールを集める事だと話していた。
それをラガットが変えた――。
何の為に――?
シンバの頭の中で、ぐるぐると疑問や不安などが廻り、決断なんて何もできない状態だ。
そこに部屋のドアが勢いよく開いて、呼吸を乱したレオンが現れた。
こんな時に、また面倒な奴が現れたと、シンバは嫌な顔をする。
だが、レオンはナイトメアを指差して、
「お前が悪いゴーストか! シンバをどうするつもりだ! 許さないぞ、シンバは僕の大事な弟だ! お前なんかに渡すもんか!」
そう叫ぶ。
「・・・・・・レオン?」
眉間に皺を寄せ、首を傾げるシンバに、レオンはコッチへ来いと手招きし、
「こっちに来るんだ、シンバ」
そう言った。
「レオン、見えてるの?」
「見えてるよ、この男が悪いゴーストなんだろう? さっき殺されかけた」
「殺され!?」
「あぁ、階段を上ってたら、段が急になくなって、滑り台みたいに落ちて、下ではリビングに飾ってあった鎧が、待ち構えていて、その鎧がうまく倒れてくれたから良かったが、倒れなかったら、俺は鎧の持った剣に串刺しになってた」
シンバは嘘だろと、ナイトメアを見る。
ナイトメアはクックックックッと笑う。
「嫌いだろう? コイツの事。折角、事故にして殺してあげようと思ったのに、残念だったね、生きてた」
「家族には手を出すなよ!」
「なら、封印を解くのか?」
「・・・・・・」
「やはり、封印を解かないと言った時の為に、見せしめとして誰か殺すか」
そう言って、シンバを見る。
「わかったよ! 解くよ! でも鍵が手に入ってないし、その鍵の閉まった扉がどこかもわかってない!」
「鍵? ラモルにもらってないのか? あのクソガエルめ! 何度ワタシの邪魔をすれば気が済むんだ! 醜いカエルめが!!!!」
ナイトメアこそ醜い顔になり、ラモルを罵り、
「早く行け、ラモルの所へ! 鍵を手に入れろ、なんとしてもな!」
シンバに命令をする。
シンバがコクコク頷くと、
「イイコだ、また鍵が手に入ったら、キミの前に現れるとしよう」
ナイトメアはご機嫌に、弾む声でそう言って、消えた。
シンバは下唇を噛み締め、拳をギュッと握り、必死で泣かないように、堪える。
音楽を大音量で聴いた所で、逃げる事はできない。
もうやるしかない。
「おい、シンバ、あの男、悪いゴーストなんだろ?」
「違う、アイツはナイトメア。悪魔だ」
「悪魔!?」
「俺のせいで、俺が願いを叶えて貰いたい為に、みんなを巻き込んでしまった・・・・・・」
「ちゃんと聞くから、ちゃんと最初から話してくれないか? お前のせいだけじゃない、ちゃんと話を聞かなかった僕のせいでもある。だから、もう一度、僕にチャンスをくれないか、シンバ。今度はちゃんと聞くから!」
「もう遅いよ、話しても、封印を解かない訳にはいかないんだ。封印を解いたら、アイツは自由になる。そしたら、レオンは母さんとコブとシーツを連れて逃げてくれ」
「逃げるって、お前は?」
「俺は逃げれないんだ。多分、永遠に眠らされる――」
「なんだって!? じゃあ、解くなよ、封印なんて!!!!」
「解かなきゃ、みんな殺されちゃうだろ!!!!」
そう叫ぶシンバに、レオンは言葉を失う。
「シンバ!」
部屋にハンナが入って来た。
「ハンナ、どこに行ってたの?」
「リビングに、凄い新聞紙が沢山あって、どの新聞紙も、1年前のバスジャック事件の記事のものなの。誰が集めたのかしら?」
「え? レオン、ハンナの事は見える?」
「あ、いや、いるのか? ここに?」
どうやら、ナイトメアの姿が見えるようになっただけのようだ。
「ハンナが、リビングに1年前のバスジャック事件の記事がある新聞が沢山あるけど、誰が集めたのかって聞いてる」
「それが、突然、窓が開いて、新聞が勝手に入って来て、僕とお母さんの周りに降り落ちて来たんだ」
レオンがそう言って、それ以上はわからないと首を捻る。
「ナイトメアがしたのかな」
そう呟くシンバ。
だが、ナイトメアが何故そんな事をしなければならないのか。
「シンバ、ハンナって子がいるんだろう? その子が、鎧を倒してくれたのかもしれない。助かったとお礼を言いたいんだが、どこにいるんだ?」
「え? あぁ、ドアの所にいるよ」
シンバがハンナを指差すと、レオンは、その方向に深く頭を下げ、
「さっき、階段の下の鎧を倒してくれたでしょう? 助かりました」
そう言った。だが、ハンナは首を振った。
「私じゃないわ、私も階段が滑り台になってて、どう下りていいのか、わからなくて、只、見てただけ。私が見た時には、調度、鎧は倒れてたわ。だから私も滑り台のように滑って下りて、リビングで新聞を見つけて、また滑り台を上って来たの、だから何もしてない」
「・・・・・・ハンナじゃないらしい」
シンバがそう言うと、レオンはシンバを見て、
「いや、でも、不自然に倒れたから、誰かが倒したんだよ。この屋敷には他に誰がいるの?」
そう聞いた。
「いないよ、ハンナと、ナイトメアと妖精と、後は噴水の所にカエルのラモル・・・・・・それからゴースト?」
言いながら、ゴーストって誰だ?と思う。
今、思えば、ゴーストは、ハンナをこの屋敷から出そうとしていたのではないだろうか。
ハンナばかりを狙う攻撃をしていたと思っていたが、ゴーストは、ハンナに、この屋敷から出て、目覚めるよう、導いていたのだろうか。
だとしたら、ゴーストは味方――?
シンバはレオンとハンナを置いて、突然、走り出し、部屋を飛び出した。
今度は何事かとレオンはシンバを追い、ハンナは、シンバが去った後に残ったナイトメアの本を手に取り、開いて見る――。
階段は元の普通の階段に戻っていた。
リビングでは、散らかった新聞紙だらけの中で、呆然とネスが立ち尽くしていた。
「母さん!」
シンバがそう呼ぶと、ネスはハッとして、シンバを見る。
「父さんと連絡とれない?」
「え?」
「父さんに聞きたい事があるんだ。どうしても聞きたい事なんだ。お願い、連絡して?」
「シンバ・・・・・・」
「父さんと一緒にいたいって言う訳じゃないよ、父さんにこの屋敷の事を聞きたいだけなんだ、嘘じゃない、信じて。本当に聞きたい事があるだけなんだ」
ネスは、うっうっうっと唸るような声を漏らし、顔を皺くちゃにして、泣き出した。
「母さん?」
「シンバ、無理なんだよ」
そう言ったのはレオン。
振り向いて、レオンを見ると、レオンは怒った顔ではなく、今迄見た事もない悲しい表情で、シンバを見ていた。
「シンバ、嘘吐きはお前じゃない。ずっと嘘を吐いていたのは僕だ。シーツは反対したんだ、シンバは強いし、逃げないから本当の事を言っても大丈夫だって。でも僕はシンバの本質を見抜いてなかったんだな、いつも夢見がちで、不安定なシンバを見ていた。だから厳しい現実に耐えれないだろうと勝手に思ってしまって、僕は――」
「・・・・・・何言ってんの? 何の話?」
「シンバ、僕は、お父さんが亡くなった事を、お前に告げるのをやめようと、お母さんとシーツに言ったんだよ・・・・・・」
「え?」
今、レオンは何と言ったのだろう。
「シンバ、一年前、このバスジャックがあった日だ、覚えてる?」
そう言って、レオンは一枚の新聞紙を手にとって見た。
「僕は忘れもしないよ、この日、友人の所から帰ると、家には誰もいなかった。シーツはおじいちゃんとおばあちゃんの家に行っていたし、お前はお父さんと蝶を取りに山へ出かけていた。テレビは午前中に起こったバスジャック事件のニュースばかりだった。付けっ放しのテレビ。散らかったキッチン。開けっ放しの窓。お母さんもいなくて、おかしいなと思いながら、冷蔵庫を開けて、オレンジジュースを取り出した時、電話が鳴った。出ると、泣きじゃくるお母さんの声で、直ぐに病院に来てと言われた――」
レオンの声が少し震えている。
「お前とお父さんは崖から落ちたんだ。お父さんが携帯で自分で救急車を呼んだらしい。シンバを守りたい為の最後の力を振り絞っての行動だったのだろうって、救急隊の人が言っていたよ。お前も怪我をして、一ヶ月も目覚めなかった――」
「・・・・・・そんなの嘘だよ、何も知らない。俺、病院になんていた憶えないし!」
「2週間くらい入院してたんだ、でも、退院して、家で眠ってたんだ、毎日ドクターに来てもらって。そうしないと、奇人変人の小説家ラガット・ゼプターが死んだと言う記事を書く為、何人かの記者が集まって、騒がしくして、病院に迷惑をかけてしまってたから。お父さんはタレントじゃないし、ましてや評判が良かった訳じゃない。変人として世にいたんだから、いい記事を書いてくれる訳もなく、病院側も庇ってはくれず、迷惑がられるだけだったし、母さんもコブを身篭ってて、ストレスで流産しちゃうといけないから――」
「・・・・・・嘘だよ、そんな、だって、父さんが死んだ? そんなの嘘だよ・・・・・・」
受け止められない現実に、シンバは否定する言葉しか出てこない。
もうこれ以上は何も言えないレオンは黙って俯いている。
「嘘だよ、嘘だ、嘘だって言っても、今なら、俺、笑うからさ、その冗談に。だから言ってよ、嘘だって言って、レオン」
だが、レオンは俯いたまま、
「真実なんだよ」
そう言った。
「もういいよ、レオン。ねぇ、母さん、父さんに連絡してよ。レオンの事も言いつけてやるんだ」
だが、ネスは涙を流し、首を振り、
「シンバ、ごめんね、ごめんね、本当にごめんね」
と、謝るばかり。
「シンバ、お母さんは悪くない。僕がシンバに真実を伝えない方がいいって言ったから」
そう言ったレオンを、ネスは首を振り続け、
「違う、違うわ、私が悪いのよ」
と、泣き続ける。
「いや、いいんだよ、お母さん、僕が悪いんだから」
レオンはネスを庇い、ネスはレオンを庇う。
だが、シンバは、どちらが悪いなど、どうでもいい。
「父さんに連絡してってば!」
そう叫ぶシンバに、
「シンバ、お父さんは死んだんだよ」
レオンは冷静な声で、そう言い放った。
「なんだよ、なんでそんな事言うんだよ、そんなに俺が嫌い? そんなに俺に意地悪したい? そんなに俺が憎い? そんな嘘で、俺を傷付けて、そんなに・・・・・・俺を変にしたいの?」
「嘘じゃないんだ、シンバ! 僕だって、僕なりにお父さんを好きだったんだよ。だから僕達だけを置いて天国へ行ってしまった事も許せなくて、奇人変人のまま行ってしまって、残った僕等まで奇人変人扱いの記事を書かれて、全部、お父さんのせいだって思ってて、だから今も、全然、許せなくて、怒りばかりが募るけど、でも、でもさ、僕だってシンバと同じくらい、悲しんでるんだ。だから、こんな嘘は吐かない――」
シンと静まり、シンバの脳裏に浮かぶ、本の主人公の言葉。
〝疑わなければ、真実を見極めるのは難しい、でも誰も信じれない人間は真実には辿り着けない〟
何故こんな時に、そんな台詞が浮かぶのか。
シンバは一歩、二歩と、後退りしながら、首を振り、
「嘘だ。絶対に信じない。レオンも母さんも大嫌いだ」
そう言うと、シンバは走り出し、外へ出た。
直ぐに追って来るレオンに、シンバは追いつかれないよう、森へと走って行き、木の影に隠れる。
大きな木の影で、レオンがシンバを呼びながら走って行くのを見て、シンバは木に背を向けて、寄りかかったまま、その場にしゃがみ込む。
伸びた枝の間から見え隠れする月――。
「父さん・・・・・・」
月が滲む。
溢れる涙。
押し寄せる不安と悲しみ。
拠り所を失った心は孤独に耐えれず、今にも真っ暗な闇の中で沈んで消えてしまいそう。
その心を引っ張り上げる声。
〝シンバ〟
見ると、父親ラガットが、コブを抱いて立っている。
「父さん!」
立ち上がり、シンバはラガットを呼ぶ。
一歩一歩、近付いて来るラガットは、優しい微笑みで、でもどこか困った表情で、だからシンバも不安な顔になると、
〝助けてくれ、シンバ。コブが泣き止まない〟
と、思ってもない言葉を言われた。
「え?」
困った顔をしているのはコブのせい?
〝子育てはシンバで慣れてるつもりだったのにな。どうも違うらしい。お前がイイコ過ぎたのかもな。よく僕に懐いてくれて、僕の顔を見てはニコニコ笑ってくれた〟
「・・・・・・父さん、レオンが父さんは死んだって言うんだ。ここにいるのにね」
〝ん? 大丈夫だよ、シンバ。僕はいつもここにいるよ〟
「いつもここにいるって? それ、どういう意味!?」
〝ねぇ、シンバ。シンバはお母さんが嫌い?〟
「・・・・・・母さんが俺を嫌ってるんだよ。母さんが俺の言う事、何にも聞いてくれないんだよ」
〝じゃあ、シンバは僕の言う事、ちゃんと聞いて守ってる?〟
「え?」
〝ディナーは必ずみんなで一緒に食べる。その言いつけ、守ってる?〟
シンバは俯いて、ウウンと首を振る。
〝駄目じゃないか、いつも言ってただろう? ディナーは家族揃って一緒に食べる。食べると言う事はね、生きている証。現実だと言う証拠。美味しいと笑顔も生まれる。不味くても、愛する者達と一緒に食べれば楽しい会話になる。ほら、顔をあげてごらん? シンバがそこに座って、その隣にはシーツ、レオンはそこ。僕はここで、ネスは僕の隣――〟
まるでここに食卓があるかのように、ラガットは指を差しながら、そう言った。
〝僕は小説を書く為、毎日、書斎に居て、ネスはコーヒーショップに働きに出て、レオンとシーツ、それからシンバは学校へ。夕方、ネスが食事の材料を買って帰って来る。僕は書斎から出て来て、キッチンへ。ネスと一緒に夕食を作る準備をする。いつも最初に帰って来るのはシーツだった。キッチンへ顔を出して、ただいまって言うんだ。おかえりって言うと、リビングのテレビを付けて、ゲームを繋げるからネスが勉強しなさいって怒るんだよ。次に帰って来るのはレオンだった。ただいまって言った後、おかえりってこっちが言う前に、手伝おうか?ってネスに必ず聞くんだ。ネスが、いつも言うんだ、いいのよ、レオンは何もしなくて。ラガットがやってくれるわってね〟
クスクス笑いながら、想い出話をするラガット。
〝一番最後に、一番ヤンチャな奴が帰って来る。玄関の扉を開けた瞬間に、ただいまも言わないで、夕飯なに?って大きな声で言ったかと思うと、キッチンまで駆けて来る。泥だらけの汚い顔で、ネスが何してたのって怒ったら、川原で見た事もない昆虫を見つけたんだ、もしかしたら父さんの小説に書いてあったヤツかもしれないって〟
「・・・・・・いつも汚れてた訳じゃないよ」
〝そうだな、図書館で本を読んでたと帰って来た時もあったな〟
笑いながら、そう言うラガットに、なんだかシンバもおかしくなって来て、笑い出す。
「父さんだって、おかえりって言った後、いつも俺に味見させてたよ、まっずいのを!」
〝おいおい、それは聞き捨てならないな、美味かっただろう〟
「美味かったのは、母さんの料理だよ」
笑顔でそう言ったシンバに、
〝そうだな、ネスの料理は最高だよな。大好きだろう?〟
ラガットは優しい微笑みを浮かべながら、そう問う。
シンバの顔は笑顔が消えたかと思うと、少し俯いて、そしてコクンと小さく頷いた。
ラガットもニッコリ笑い、頷いた。
〝僕も大好きだ。特に彼女のミネストローネは大好物だよ。シンバは?〟
「・・・・・・俺も」
〝そうだよね、うん、そうだと思った。ねぇ、シンバ、僕はね、彼女と出会う運命だったと思っている。だってシンバにも会えたしね。それからレオンにも、シーツにも。残念な事にコブには会えなかった。コブは父親を知らないまま育つんだな。こうしている今も、コブにとったら夢で終わり、彼女のように全て忘れてしまうから〟
「彼女? 母さんの事?」
〝そうだよ。彼女は・・・・・・ネスは、彷徨う子供として、この屋敷に訪れて、僕と一緒に封印のオルゴールを探した女の子だ〟
「母さんが? だって母さん、何も信じてくれないよ?」
〝とても怖かったから、信じたくないんじゃないかな。二度とナイトメアと接触したくないと思っているだろうし。でも彼女はこの屋敷に再び訪れた――〟
「・・・・・・父さんはナイトメアと接触したくないって思わなかったの?」
〝思ったよ。でも僕はナイトメアから逃げれない。だから逃げれないなら、立ち向かおうと考え、この屋敷も父にお願いして、誰にも売らないようにしてもらった。もともと安い値段で別荘として購入したから、売っても更に安くなるし、そのまま置いとく事にしたけど、父も母も、僕が変になった事もあって、二度とここには来たくないって、周りに誰もいないのも恐怖だと、人が大勢いる場所に引っ越したんだ。それがニューヨークのマンハッタン〟
コブが泣き出し、ラガットはよしよしとコブをユラユラ揺らしながら、泣き止ませようと必死になる。
〝参ったな、泣き止まない〟
困ったラガットに、シンバは手を伸ばし、コブを受け取ると、コブは知っている抱き心地にホッとしたのか、直ぐに泣き止んだ。
「コブは揺らすより、トントン軽く叩いてあげる方が安心するんだ」
〝そうか。シンバはいいおにいちゃんだな〟
「今度、泣いたら、そうやってみて」
そう言いながら、再び、コブをラガットの手の中に返すシンバ。
ラガットは小さなコブを、不器用に、また抱いて、眠るコブの顔を見て微笑む。
〝小さい頃のシンバそっくりだ〟
「俺、そんな猿みたいじゃないよ!」
〝ははは〟
普通の親子のやりとりが、シンバの心の不安を掻き消して行く――。
〝僕は引っ越して、ニューヨークに住んでいたけど、大人になって、この屋敷に訪れた。いや、ナイトメアに呼ばれたのかもしれないな、僕はもうずっとアイツに囚われているようなものだから〟
「ねぇ、ナイトメアの封印を解く為の呪文をどうして本にしたの?」
〝僕の本の一番のファンはシンバだから――〟
「どういう意味? 俺がナイトメアから選ばれる子供だって最初からわかってたの!?」
〝シンバ、よく聞いて。どうして僕はダークファンタジーしか書かないと思う? 書かないんじゃない、書けないんだよ、ダークファンタジーしか書けない。僕は悪夢しか見ないから〟
「え?」
〝僕はアイツに囚われ続けている。僕が眠れば、見る夢は悪夢ばかり。それでも僕の人生はネスと出会い、子供達に出会い、幸せなものだった。だからこそ、僕はアイツと決着つけて、この先ずっと、誰もアイツに囚われないよう、戦うつもりだった。だけど僕は人間だから、弱いし、永遠でもない。もし僕に何かあった時、変わりにアイツを封印してくれる者を・・・・・・僕の後を継いでくれる者に、僕は本を託したんだ――〟
「それが俺?」
〝ごめんよ、シンバ。大きな荷物を背負わせてしまって。まさか、こんなに早く僕の人生が終わるなんて思ってなかった。これこそ悪夢に囚われた結果なのかもしれない。でもレオンでもシーツでもなく、僕はキミを選んだ。何故だと思う――?〟
何故だろう、ふと、シンバはあの日を思い出す。
ラガットと一緒に山に蝶を採りに行ったあの日――。
『シンバはどうして僕の本が好き? 怖くない?』
『怖くないよ、父さんが書きたい所は恐怖じゃないもん。父さんの本を読んだ人はグロイとか怖いとか、只の残虐な話だとか、意味のない暴力だとか、評価するけど、俺はソイツ等は物語を読んでないって思う。父さんの小説は、主人公が恐怖に打ち勝とうと、大切なモノを守ろうとしてる所がメインだから』
『そう思うのか? 僕が書いた物語で?』
『思うよ、だって、本当に怖いよ! 父さんの物語! でもその怖い世界で、主人公は、一生懸命、足掻いて、大事なモノを守ろうとしてる。主人公は全然ヒーローではないし、弱いからカッコ悪いけど、カッコイイよ!』
『そうか。カッコ悪いけど、カッコイイか』
『父さんの物語を読む時は、主人公になりきって読むから』
『シンバは凄いな、子供なのに、内容をちゃんと読み取れるんだな』
『父さんの本だからだよ、ねぇ、次の新しい小説はどんな物語なの? 次はどんな主人公になれるのか、楽しみだよ』
『・・・・・・そうだな、シンバ、ラモルと言う者に会いなさい』
『ラモル? それが今度の物語に出てくる人?』
『その手に持っている蝶をあげると、喜ぶよ――』
シンバは、今、ラガットを見上げ、
「俺なら、父さんの物語を読み取れるから?」
か細い声でそう聞いた。ラガットはニッコリ笑い、
〝きっと、ネスも、レオンも、シーツも、僕と同じ立場なら、シンバを選んだよ。きっとコブもね〟
理由のない答えを言われ、シンバはよくわからないと、只、ラガットを見上げている。
ラガットはふふふと笑い、
〝ナイトメアはいつも失敗する。なんでだろうね? シンバは言われなかったかい? 勇敢で賢くて、それで?〟
そう聞いた。
「言われたよ、哀れだって」
〝どうして哀れ?〟
「俺が家族想いだって。でも俺は家族から信頼されず、いつも悪者扱いで、何を言ったって、誰も俺の言う事を真実だとは思わないから」
〝ははは、そうだよな、そうなんだよな、シンバ〟
笑い事じゃないと、シンバはムッとする。
〝僕もそうだったよね、僕が何を言ってもシンバ以外は誰も信じてくれなかったよな? それでいつもネスは怒っていたね、レオンはネスの味方で、シーツはどっちに付こうか困って、最終的にレオンと一緒にいたよね。でもネスもレオンもシーツも、僕の事、大好きだったよ〟
「え?」
〝あ、もしかして影で、嫌いだって言ってたか? それはショックだなぁ。でもそれ多分、嘘だよ〟
そう言って、苦笑いするラガットに、シンバの表情に笑顔が戻る。
「父さん、俺・・・・・・母さんとレオンに大嫌いだって言って来ちゃった」
〝大丈夫さ、そんなの本気に思ってない、誰も。だって、僕達は家族なんだから〟
「でも――」
ラガットは首を振り、
〝いいかい、シンバ、どんなに悪夢に魘されても、夢は夢。人は必ず目覚める。そして人の記憶はいつだって確かじゃない。過去の悪い出来事なんて、夢に終わらせてしまえばいい。だから、その為にも、僕は言ってるだろう? 思い出してごらん? シンバに何て言ってる? 僕の口癖、忘れちゃった?〟
そう言うと、少し屈んで、シンバの顔を覗く。
その体勢になった事で、コブが泣き出す。
「・・・・・・忘れてない」
〝なら、大丈夫さ〟
「・・・・・・父さん、俺、本当は母さんの事、大好きなんだ」
〝知ってるよ〟
「父さんの味方してたけど、本当は父さんも母さんも仲良くしてるのが一番好きだった」
〝うん〟
「レオンもシーツも・・・・・・コブも、俺は大好きなんだ」
〝うん〟
「でも・・・・・・」
〝シンバ、大丈夫だよ、僕達は家族だ。シンバを信じている。シンバが、どんな選択をしても、誰も責めないし、シンバを愛してるよ〟
「愛してる?」
〝あぁ、愛してる。どんな時もね。家族はそういうものだ。揺るがない愛があるんだ。どんな喧嘩をしても、どんなに罵っても、バラバラになっても、元に戻る。必ず!〟
「・・・・・・うん」
〝シンバ、これはシンバの物語だ〟
「俺の?」
〝弱いし、失敗もするし、カッコ悪いけど、カッコイイ主人公になっておいで。結末がどうであれ、僕は、シンバを見続けるよ〟
――父さんが俺を見ていてくれる。
――俺を。
「うん!」
強く頷いたシンバに、ラガットもうんと頷く。
父親の姿は幻のように消える。
コブの泣き声だけが聞こえる。
――コブが笑ってくれる為にも、俺は逃げちゃいけない。
――父さんの物語の主人公達はどんな事があっても逃げなかった。
シンバは三日月のペンダントをギュッと強く握る。
――俺も、もう大事なモノから逃げたりしない!
――大嫌いだと嘘を吐いて逃げていたけど、向かい合って、本当の気持ちをぶつけなきゃ。
――真実を嘘にしちゃ駄目だ。
――俺は大事なモノを守る!
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