5.ナイトメア
シーツはシンバとの二人の部屋で眠る。
レオンは自分の部屋で宿題をしている。
コブの泣き声が聞こえ、恐らくネスは泣き声が聞こえる部屋にいるだろう。
シンバとハンナは屋敷を抜け出し、中庭へ出た。
妖精達がよくわからない声を出しながら叫んでいる。
そしてシンバとハンナの目の前を、奇声を出しながら飛ぶ。
「どうしたの? 何があったの? 通して?」
シンバとハンナはそう言いながら、進んでいき、噴水の前に来ると、それは大きな大きなカエルが長い舌を出して、妖精を捕らえては口の中へ入れ、クッチャクッチャとヨダレを垂らしながら食べている。
ビックリしたハンナはシンバの後ろへ隠れるが、シンバもビックリして、動けない。
妖精はカエルを指差して、何か言っているが、シンバやハンナには言葉がわからない。
カエルは大きな目をギョロギョロ動かしながら、更に妖精を喰らう。
バキッと言う音やモキッと言う音がカエルの口の中から聞こえ、口はクッチャクッチャと動かし、たまに妖精の腕や足が、ニュッとカエルの口から飛び出している。
シンバはそこから走り出し、裏の倉庫へ駆け込んだ。
倉庫がある事は窓から眺め、知っていたが、何か武器になるような物はないか探してみる。
そして、雪掻き用スコップを持ち出し、再びカエルの所へ走る。
ハンナは怖くて、身動きとれずにいる。
シンバは走りながら、
「妖精さん、逃げて! 俺がアイツを倒したら、また出てくればいいから」
そう叫ぶ。
妖精は、シンバに任せ、一斉に、どこかへ消えていなくなる。
「や・・・・・・やめろ! この気持ち悪いカエルめ!!!!! さてはゴーストの使いだな! 許さないぞ!」
と、シンバはスコップを振り上げ、目を閉じて、カエル目掛けて、振り下ろした。
ガキーンと噴水の縁にぶつかり、スコップごと跳ね返るシンバ。
カエルはジャンプして、ゲコゲコ鳴いている。
「デ、デカイ癖にすばしっこい奴だ!」
もう一度、振り上げて、カエル目掛けて、スコップを振り落とすが、カエルはピョンっと撥ねて、避けてしまう。
そうだと、シンバは、三日月のペンダントを出した。
「ゴーストの仲間なら、これでやっつけられるかもしれない!」
「やめろ、やめろ、やめろ、お前、選ばれし子供か! そんなモノを出すな、危ないだろ、猫が来たらどうする、アイツは爪が痛い! カラスの嘴も酷いもんだ!」
「喋った!?」
カエルは大きな目でシンバをギョロギョロしながら見て、再び、
「選ばれし子供だろう、お前」
そう喋った。そして、
「それから、そんなモノでワシを叩くなどやめておけ。どうせ当たらんよ、お前のへなちょこ攻撃なんざ、ジャンプして避けてやるからな、無駄だ、無駄」
と、スコップを見ながら、ゲコゲコ鳴き、そう言った。
シンバは振り向いて、ハンナを見て、ハンナもシンバを見て、そして、ハンナはシンバの傍に来て、シンバの腕を持ち、
「私の姿は見える? カエルさん?」
そう聞いた。
「あぁ、見えるよ、お前は彷徨う子供だ」
「彷徨う子供? そうよ、私は森に迷って、ここに辿り着いたの。どうしたら帰れる?」
「帰れないさ、お前は囚われているんだよ、その囚われた鎖を解き放たなければ帰れない」
「囚われている? 誰に?」
「夢だ、夢。そんな事も知らないで、お前達は封印を解くのか」
「・・・・・・なんで封印を解こうとしてるのを知ってるの?」
疑惑たっぷりの顔でそう聞いたシンバに、カエルはクワックワックワッと変な声で笑う。
「ワシの所へ来たんだ、そりゃ封印を解こうとしてるからだろう」
「え? じゃあ、封印を解く何かを知ってるって事?」
「なんだなんだ、今回の選ばれし子供は、まだ何も理解しとらんのか。ラガットめ、何か仕掛けたのか? まさか封印方法を変えおったのか? しかもここに辿り着くまでに何もわからぬとは、何を考えておるんだ・・・・・・」
「父さんを知ってるの!?」
「父さん?」
「ラガット・ゼプター。俺の父さんだ!」
「あぁ、通りで似ていると思った。奴め、本気だったか」
「え? 本気って?」
「これは運命なのか、奴の思惑通りなのかって話だ」
「思惑通り? どちらにしろ、俺は父さんの意思を受け継いだんだよ、レオンやシーツではなく、俺だったんだ」
「フン、成る程。受け継いだか。ラガットの前の選ばれし子供も、その前も、その前も、その前も、選ばれし子供は、ワシの所へ来て、ワシと話すが、受け継いだなどと言った奴は初めてだ」
「その前も、その前も?」
「あぁ。選ばれし子供は皆、彷徨う子供と一緒に呪文を集めておったよ、特にそんな決まりはないんだが、人間とは仲間を作りたがるようだ。2人で仲良く、お前達のように、どいつもコイツもオルゴールを集めておったよ」
「オルゴール?」
「あぁ、封印を解く為にな」
シンバはハンナを見て、ハンナもシンバを見て、2人同時に、
「本じゃないの?」
そう聞いた。
「本? フン、ラガットめ、何を企んでおるんだ? 全く、恐ろしい奴だ」
「オルゴールに封印の文字が隠されていたの?」
ハンナが聞くと、
「オルゴールのメロディは、人間界でも有名な作曲家のものだ。そのメロディを聞けば、何と言う曲か、直ぐにわかるだろう、もしくは、その作曲家の本が、屋敷のどこかにある筈だから、調べれば直ぐにタイトルがわかる。そのタイトルこそが呪文となるんだよ。幾つかのオルゴールを集め、タイトルを順番に繋ぎ、呪文は完成する」
カエルは丁寧にそう教えてくれたのに、
「なんだか、よくわからなくなってきた」
シンバがそう言うので、ハンナがなにが?と首を傾げる。
「そのオルゴールに封印の呪文をバラバラにしたのは誰? 悪いゴースト? 父さんはどうしてその封印の呪文を、わざわざ本に書き込んだんだろう? だって、オルゴールの方が、簡単そう。長い小説を読まなくていいし」
「クワックワックワッ、なんだお前等、まだ敵もわかっとらんのに、ここに来たか! こりゃ愉快だ、そろそろ敵がわかってもいい頃だと言うのに」
笑うカエル。
「敵ぐらいわかってるよ! 悪いゴーストだろ?」
「さぁなぁ、お前等が言うゴーストが誰なのか、ワシはわからん。只、これだけは言っておいてやろう、目に見えるモノ、全てが正義じゃない」
「・・・・・・どういう意味? 俺、ちゃんと見えてるよね?」
「さぁなぁ、ワシはわからんよ。お前の目がどこを見ているかなど」
黙り込むシンバに変わり、ハンナが、
「ねぇ、どうして妖精さんを食べたの?」
そう聞いた。
「餌だからだ。お前等だって、腹が空いたら食うだろう、それと同じだ」
「でも食べられるのがわかってて、妖精さん達がカエルさんの所へ来たのは、カエルさんに何か伝える為なんじゃないの?」
「そうじゃない、ワシの所に、お前等を連れて来ただけだ。ワシの食事は選ばれし子供が現れる時だけになるなぁ。何年も食わない時もあれば、直ぐに食える時もある。妖精が子供を連れて来るからな」
「どうして私達をカエルさんの所に連れて来る必要があるの?」
「まぁ、正確にはワシの所ではなく、この噴水に連れて来たいんだろう、この噴水の底には鍵があり、その鍵を手に入れなければ、願いが叶う部屋には行けないと言う事だからな」
「願いが叶う部屋?」
問いながら、ハンナはシンバを見ると、シンバは知らなかったと首を振る。
呪文さえ集めればいいものかと思っていたが――。
「呪文を唱え、封印を解く願いの部屋だ。その部屋で呪文を唱えるんだ」
カエルがそう言うので、シンバとハンナは、そうなのかと思い、シンバは嬉しそうな表情になると、
「という事は、呪文は全部集まったのかな。後はその鍵が必要なだけなのかな。やっと俺の願いが叶うんだ! やった! 早く願いの部屋に行かなきゃ!」
と、喜びの声を上げる。
「願いの部屋で、誰の願いが叶うのか、わかってないようだな」
カエルは笑いながら、そう言うので、シンバはムッとして、
「俺の願いが叶うんだよ!」
そう吠えた。
「ほー、そりゃ、良かったな」
「あぁ、良かったよ!」
何故か、カエルに怒鳴るシンバ。
「でも、その部屋はどこにあるのか、探さなきゃいけないわね。それに、その部屋の鍵を、カエルさんに、取って来てもらわないと・・・・・・取ってきてくれるんですよね?」
ハンナが、カエルにそう聞くと、カエルはゲコゲコ鳴いて、
「何故ワシが取って来なければならない?」
そう聞き返した。何故と言われても、シンバとハンナは黙り込んでしまう。
「ワシに何か得があるのか? 妖精を鱈腹食べさせてくれるか? 人間の美しい姿にしてくれるか? それとも、お前等の内、どちらかを喰らってもいいのか?」
「卑怯だぞ! 普通、ここは黙って協力してくれるだろ!」
「何故? お前等も何の見返りもなく、封印を解こうとしているのか?」
「それは! それは違うけど・・・・・・」
「なら卑怯はお前等だ。お前等は交換条件を結び、動いている。なのにワシは何も見返りを求めちゃならんのか」
「・・・・・・でも妖精を食べるなんてダメだ。人間の姿にもしてあげれない。それに、俺達を食べるのは、もっとダメだ」
そう言ったシンバに、カエルはゲコゲコ鳴きながら、
「なら、ワシは鍵を取るのはゴメンだ」
そう言った。
下唇を噛み締めるシンバと、困った顔をするハンナ。
「・・・・・・父さんはその条件を飲んだの?」
「ラガットか。あぁ、飲んださ。鱈腹、食べたぞ」
「まさか!」
驚いたシンバに、クワックワックワッと笑うカエル。
「お前、名前を何と言う?」
「シンバ。シンバ・ゼプター」
「シンバか。ラガットが言っておった、最愛の者が来るだろうってな。あれは息子の事だったか。だが、ワシはラガットの言葉をお前に伝える気はない。ラガットの奴が本気だとわかった以上、ワシは無関係だ。寧ろ、お前はラガットの意思を受け継ごうが、運命だろうが、ワシにとって、只の選ばれし子供。それ以上でもそれ以下でもない」
「よくわかんないけど、父さんの言葉って、父さんから何か伝言があるって事?」
「ラガットが、お前に、もう少し説明してやればいいものをと言う話だ」
「説明? 別に説明はいらないよ。だって、呪文を集めればいいだけでしょ? それにしても、父さんの事、本当によく知ってるみたいだね?」
「あぁ、アイツは選ばれし子供の中でも、一番よぉく知っているさ。なんせ大人になってもここに来た奴は初めてだからな」
「やっぱり! 父さんはここに来てたんだ。俺が、この屋敷で、最初に選んだ部屋は父さんのニオイがした。父さんはここで仕事をしてたの? 小説の――」
「さぁなぁ、ラガットが何をしていたのか、ワシは知らん」
「でも、父さんの事、知ってるって事は悪いカエルじゃないの? 名前はあるの? どうしてここに住んでるの? 妖精が食べたいなら、自分で取りに行けばいいじゃない?」
「ワシの名はラモル」
「ラモル? どっかで聞いた事がある・・・・・・」
そう言いながら、シンバは考える。
ふと、ラガットの声が脳裏に響いた。
〝シンバ、ラモルという者に会いなさい〟
――確か、父さんが最後に俺に言った台詞じゃなかったっけ?
――他に何か言っていたっけ?
「ワシに質問しながら考え事か!」
「あ、ごめんなさい、それで、えっと、そうだ、妖精が食べたいなら、自分で取りに行けばいいのに――」
「無理だ、ワシもここに封印されておる。この場所でしか動けない。ナイトメアと同じだ」
「ナイトメア?」
「ナイトメアは本体すら全く動けないから、思念だけで、この屋敷の中を動いておる。お前も見ただろう、アイツは半透明だった筈」
「それって、銀髪の綺麗な男の人の事!?」
「わからん。なんせアイツは女にも男にも、年寄りにも、子供にも化けるからな」
「・・・・・・ナイトメア?」
再び、シンバはその名を口にし、どこかで聞いた名前だと考える。
「この屋敷のどこかに、奴の事が書かれたモノがある筈」
「あ! それ俺が最初にベッドに持って行って見た本だ!!!!」
そう叫んだ瞬間、辺りが暗くなり、ふと、見上げると、月が厚い雲に隠れていた。
「こんな所で何してるの!」
ネスが現れ、シンバがカエルを指差したが、カエルの姿が見当たらない。
辺りを見ると、噴水の真ん中に大きなカエルの銅像がある。
「え、なんで? 銅像!?」
そう言ったシンバに、ネスは、
「いい加減、家の中に入りなさい! 風邪をひくわ!」
と、怒った声。
「今、行くよ」
と、ネスの背について行きながら、振り向いて噴水を見ると、月が調度、顔を出し、月明かりに照らされたカエルの銅像は、生きたカエルになる。
「月の灯りで動けるようになるの!?」
そう言ったシンバに、
「ママの話を聞いてるの!?」
と、ネスに叫ばれ、シンバはビクッとする。
家の中に入る前に小言が始まった。
更に家の中に入り、リビングに着くと、飲み物を取りに、下へおりてきたレオンが母親のネスに加勢するように、シンバに説教。
コブが泣いているのに、コブの所へ行かなくていいのかなぁと、シンバは黙って説教を聞いている。
反抗すれば説教も長くなるだろうと、我慢して大人しく聞いているのだ。
「それで中庭で何をしていたんだ?」
レオンがそう聞いた後、更に、
「本当の事を言えよ?」
なんて言うから、カチンと来て、
「本当の事を言ったって信じてくれないじゃないか!」
折角、大人しくしていたのに、大きな声を出してしまった。
「ハンナと一緒に喋るカエルに会った。中庭の噴水のカエルは月明かりに照らされると動くんだ。噴水の下には、この屋敷のどこかの部屋の鍵が落ちてる。その鍵で、部屋を開けて願いを叶えてもらうんだ。多分、もうすぐだ。もうすぐ願いが叶う。本に記された呪文を全部繋ぎ合わせて唱えれば封印が解けて、願いが叶うんだ。信じてくれる?」
黙るネスとレオン。
「ほらね、信じないじゃないか! 中庭で何をしてたか? 只、蝶を捕まえたかっただけだよ!!!! それだけだよ!!!! それなら信じるの!? だったら、それでいい。俺は嘘を吐いてないけど、それを信じるなら、嘘を吐くよ、これからも!」
「シンバ、あのね――」
「母さんはコブの事でも考えてれば?」
「え?」
「今だって泣いてるじゃないか」
「・・・・・・泣いてる?」
突然、眉間に皺を寄せ、ネスは聞き返して来るから、シンバも、
「・・・・・・泣いてるよ?」
と、何故かレオンを見る。
レオンは、深い深い溜息を吐いて、
「泣いてないよ。いい加減にしろよ、シンバ」
真剣な顔でそう言った。
「泣いてるよ、何言ってんの、毎晩毎晩、うるさいくらいに!」
「泣かないんだよ、コブは。ずっと、ずっと眠ってるんだから」
「え?」
レオンの言葉がわからず、シンバは首を傾げる。
「シンバ、よく聞いて。コブね、病院に連れて行ったんだけど、原因がわからないの。どこも悪くないみたいなんだけど、起きないの。叩いても、揺さぶっても、何をしても、眠ったままで、ミルクも飲まないの。もう何日も続いてるの。このままだとコブは衰弱して死んでしまうわ」
ネスはそう言うと、顔を両手で覆い、わっと泣き出した。
シンバは嘘だと、ふと視界に入ったゆりかごを見る。
泣き声は二階から聞こえている。
シンバは、ゆっくりゆりかごに近付き、覗き込んだ。
スヤスヤ眠るコブ――。
「・・・・・・コブ? 嘘だ・・・・・・じゃあ、この泣き声は――?」
「シンバ、お前も、病院行ってみないか? もし本当に泣き声が聞こえたり、女の子が見えるなら、それは幻覚とか幻聴とかなのかもしれない。病院へ行ってカウンセリングでも受けてみないか?」
レオンがそう言ってシンバの肩を持ち、
「本当はもっと早くシンバも病院へ行くべきだった。夜、寝ないで屋敷を歩き回ったり、ゴーストだの、カエルだの、言い出すし――」
更にそう言うので、シンバは、首を振る。
「俺は病気じゃない、ゴーストはいるんだよ、カエルだって喋るんだよ。それにハンナは本当にいるよ。今だって、ほら、母さんの隣にいるよ。1年前のニューヨークのバスジャック事件で、ハンナの母さんは亡くなったんだ。ハンナは生き残って、今はニューヨークのブルックリンに住んでるんだよ、調べてみてよ、本当だよ!」
ネスもレオンも、俯いてしまい、もう叱る事もしない。
そんな2人に、
「うわああああああああ!!!!!」
と、大声を上げ、二階へ逃げるように走って行くシンバ。
ネスは口元を押さえ、涙を流し、その場に座り込み、
「どうしよう・・・・・・このままじゃ・・・・・・家族はバラバラになってしまう・・・・・・」
そう呟く。レオンはそんなネスの肩を抱き、
「大丈夫、シンバもコブも直ぐに良くなるから。シンバは環境が変わって混乱してるだけだよ、カウンセリングでも受ければ直ぐに良くなるさ」
と、一生懸命、母親を励ます。
「そうかしら・・・・・・でも・・・・・・コブは原因不明の病で・・・・・・シンバを気遣ってあげれなかった・・・・・・私は・・・・・・シンバを否定するしかできなくて・・・・・・あの子を追い詰めてしまって・・・・・・せめて・・・・・・信じてあげられれば――」
「お母さん、そんなに自分を責めないで。シンバの言う事を信じるなんて、誰もできないよ。僕だって――」
突然、直したばかりの出窓が開き、風が2人を襲う。
泣いていたネスも驚きの余り、泣くのを止め、レオンにしがみ付き、レオンもまたネスにしがみつく。
そんな中でもコブはゆりかごの中で眠っているだけ。
そして風は沢山の新聞紙や雑誌を運んできて、バサバサと二人の上に降って来た。
悲鳴を上げるネスとレオン。
暫くすると風は止んだが、2人の周りは古い新聞や雑誌だらけ。
突然の出来事に何が起こったのか、訳がわからず、只、息を切らす2人。
そして、もう、只、只、悲しくて、虚しくて、わぁっと声を上げてネスは泣き出した。
何故、こんな目に合わなければならないのかと、大声で泣き出した。
「お母さん・・・・・・」
レオンが新聞を手に取り、ネスを呼ぶ。
だが、ネスは泣いてばかり。
泣いて止まないネスを大声で呼び、
「お母さん! どうしよう! シンバは本当の事を言ってるかもしれないよ!」
そう叫んだ。
「これ見て! この新聞! 1年前のニューヨークのバスジャック事件の生存者の名前にハンナと言う女の子がいる。その母親は殺されてるって書いてある! それに、この事件の日にち! この日は、シンバはお父さんと蝶を取りに山へ行っていた、あの日だよ、だからこの事件の事、知らない筈だよ!アイツ、本は読むけど、ニュースとか見ないし、絶対に知らない筈!」
ネスは震える手で新聞を見る。
雑誌や新聞の記事には、その事件が記されているものばかり。
「誰かが、僕達に伝えてるんだよ、シンバの事、本当だって・・・・・・」
「で、でも、そ、そんな、だって! 偶然よ! こんなの偶然! きっとこの古い新聞をシンバは見ただけよ…その新聞が風で飛んできただけ…ここら辺は突然、強風が吹くのよ、だから、そのせいよ」
これでも信じないネス。
「実際に窓が開いて、新聞が飛んでくるなんて非現実的な出来事が起きたんだよ! もしシンバが言っている事が本当だったら、コブはどこかで泣いているのかもしれない。ほら、幽体離脱みたいな現象で! それがゴーストの正体かもよ!」
「ゆ、幽体離脱?」
「今更だけど、もっとよくシンバの話とか聞いてみなきゃ」
「ま、待って、レオン、これは何かトリックよ、シンバの悪戯だわ」
「悪戯? 幾らシンバでも、こんな悪戯するかな・・・・・・」
レオンは開けっ放しの窓に近付き、窓に何かトリックがあるのか調べながら、悪戯だとしたら、新聞はどうやって飛ばしたのだろうと考える。
「おい」
何も手がかりは見つからないなぁと、窓を閉めていると、誰かに声をかけられ、レオンは外を覗き込むが、誰もいない。
気のせいかと、再び窓を閉めようとして、
「おい、聞こえないのか!」
そう言われ、また外を覗き込むと、
「選ばれし子供に伝えな。鍵が欲しけりゃ、たっぷりの妖精を持ってくる事だってな」
見た事もない大きな大きなカエルが噴水の縁に座って、喋っている。
「・・・・・・うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
引っ繰り返るくらい驚いて、窓から離れるレオン。
そんなレオンにビクッとして驚くネス。
「ど、ど、どうしたの、レオン」
「カ、カエル、カエルがしゃ、喋った。い、いや、違う、あ、あれはカエルなんて大きさのモノじゃなかった、エ、エ、エイリアンかも」
「エイリアン?」
ネスは不可思議な顔をしながら、窓の外を見るが、月が雲に隠れ、カエルは噴水の銅像になってしまっている。
「レオン? エイリアンなんてどこにもいないわ」
「ちょ、ちょっと待ってて。お母さんはここでコブと待ってて。シンバと話してくる」
階段を駆け上る最中、突然、階段に段がなくなり、滑り台のように滑り落ちるレオン。
うわーっと悲鳴を上げるレオンの落ちる先には、何故か暖炉の隣に飾られていた筈の鎧が待ち構え、剣の刃が光っている。
悲鳴を上げるのはレオンだけではなく、ネスも悲鳴を上げながら、その鎧をどけなければと数メートルの距離を猛ダッシュ――。
下では、そんな事が起きているとは思わず、シンバはシーツが眠る部屋で、ヘッドフォンを耳に当て、大音量で曲を流していた。
時々、そうやって音楽を聴くシンバを、ハンナは何度か見た。
きっとそれがシンバの悲しみや怒りや寂しさという感情を落ち着かせ、バランスを保つ方法なのだろうと、ハンナは思う。
それにしても、下が賑やか過ぎるなぁと、ハンナは、
「ねぇ、なんだか下が騒がしいわ」
と、シンバに伝えるが、シンバの耳には音楽しか入ってない。
ハンナは1人、下へ向かう事にした。
ドアが開いて閉まる気配で、シンバはハッとして、ヘッドフォンを外し、
「ハンナ?」
と、いなくなったハンナを呼ぶ。
溜息を吐いて、すやすや眠るシーツの顔を見て、本棚に目をやった。
「えっと、なんだっけ、ナイトメア・・・・・・」
ナイトメアと言う本を探すが、見つからない。
「おかしいな、どこやったっけ? あの時、ベッドで見ようとして――」
シーツを起こさないように、枕をどけたり、布団をはいだりして、探してみる。
どこにもなくて、少し慌てるが、ベッドの下を覗き込むと、本があり、シンバはホッとして、古くて、しっかりした作りの少し分厚い、その本を手に取る。
作者の名前は書いてない。
たまにそういう本がある。
誰が書いたのか、今では、わからなくなってしまった本。
出版社さえ、記されていない。
普通の本屋では売られていないモノなのかもしれない。
本を開くと、白いページは薄汚れたベージュへと変色していて、独特の香りが漂う。
ナイトメア。
それは悪夢を齎す悪魔。
ここに記すナイトメアは、サタンにより、魔界から人間界へ追放され、住処ごと、堕とされた者で、この屋敷の主である。
彼は魔界に住む悪魔の血を持つ者で、人間界の空気は馴染めない。
彼が人間界で馴染み、人間界を自由に歩き回るには、人間に快く招かれ、無垢な人間の魂を喰らう必要がある。
その為には、人間の口から、人間の言葉で、呪文を唱えてもらわなければならない。
その呪文こそが、快く招かれたという証となるのだ。
だが、その呪文を、ナイトメアは思い出せない。
サタンのチカラで、思い出さないようにされている。
だが、同族の者への義理として、魔界へ戻るチャンスも与えた。
サタンは屋敷のあちこちに、呪文を隠した。
それを探す者が現れ、呪文を唱えてもらい、後は無垢なる魂を喰らえば、ナイトメアの封印は解けて、人間界で自由を手に入れ、魔力も使えるようになり、人間達に思う存分、悪夢を見せる事ができる。
人間達を恐怖に陥れれば、強いチカラが湧き、魔界へも戻れるだろう。
なんせ、人の恐怖こそが、悪魔達のチカラの源なのだから。
だが、人は魔と聖の間に存在し、感情も恐怖だけではない、喜び笑う者が大勢いる。
その感情こそ、悪魔を消滅させるチカラ。
わざわざ消滅のリスクを背負い、下らない人間界に好んで堕ちる者など、滅多にいない。
だからこそ、悪魔達が人間界へ来る事は、余程の事がない限り、またはサタンの怒りを買い、魔界を追放されない限り、殆どない――。
さて、人間界へ堕とされたナイトメアの屋敷に、一番最初に招かれた人間の話をしよう。
子供連れの商人の夫婦が、森の所有者だった。
ある日、家族で、キノコ狩りの為、森に訪れた時の事。
見た事もない屋敷が勝手に建っている事に気付いた。
見た目はゴーストハウスだが、中は洒落た家具付きの広い屋敷。
誰がこんな所に、こんな屋敷を建てたのだろうかと、夫婦は屋敷に住んでいる者を、暫く待ってみたが、こんな森の奥に訪れる者はいない。
だが、屋敷を建てた者が現れるかもしれないと、暫くこの屋敷に住む事に決めた。
ナイトメアは、屋敷に来た家族に、自分の存在を知らせるべく、自分のペンダントの半欠けを落とした。
満月のペンダントは三日月となり、それを子供が拾う。
ペンダントは、人間界でも、魔界でも、生息している動物達がいて、その動物は使い魔として、悪魔の僕となる為の、催眠効果のチカラが宿っている。
ペンダントを握り、念じれば、動物達が力を貸してくれる。
そして、そのペンダントを持つ子供は、もう片方のペンダントを持つナイトメアの存在に気付く。
ナイトメアは、その時、その時で、姿を変える。
時には女性だったり、老婆だったり、または男の子だったり。
子供は友達を欲しがっていたので、ナイトメアは男の子の姿で現れた。
子供はとても勇敢で、とても賢く、それでいて、とても優しかった。
子供は、封印されたナイトメアを哀れに思い、封印を探す事にする。
さて、呪文を解く者は現れてくれたが、無垢な魂はどうしようか。
それも心配ない事だった。
ここは人間界。
沢山の人間がいて、しかもナイトメアが活動できる夜は、人間達は眠る時間。
いちいち、こちらがチカラを使い、眠らせる必要もなく、沢山の人が勝手に眠ってくれる。
そして、魂を呼び寄せる事くらい、容易い。
特に現実に疲れ、もう目覚めたくないと願う人間の魂は、簡単に呼べ、簡単に捕らえる事ができる。
そんな人間は一杯いる。
そして人間は目で見えるものを信じる。
目で見て、確認して、正義か悪か、判断する。
そう、見た目に美しければ、人間は正義だと信じるのだ。
森で彷徨う幾多もの魂の中、無垢な魂を、この屋敷まで、それはそれは美しい妖精が案内すれば、その魂は、まさか食べられる為に案内されたなど、思いも寄らず、寧ろ、助けてもらったとさえ思うだろう。
人間の浅墓で悲しい思考は、単純で明確で、哀れなものだ。
これで無垢な魂は屋敷に留まり、後は呪文が揃えば、ナイトメアの封印が解ける。
だが、ナイトメアは失敗した。
子供は勇敢で賢くて、優しい――。
その優しさが仇となる。
ナイトメアの存在を、他の家族は見る事もなく、夜、屋敷を歩き回る子供に、家族は悩まされ、悲しんだ。
子供は誰にも相談できず、どうしたらいいかと中庭の噴水の銅像に打ち明ける。
そして、やはり家族が悲しむ顔は見たくないと、子供は二度とナイトメアの存在を見ないように、三日月のペンダントを捨てた。
子供は、ナイトメアの姿が見えなくなり、呪文を元に戻した。
すると、森を彷徨って来た魂も、家族が心配しているのではないかと思うようになり、本体が目覚めてしまい、魂が本体に戻ってしまった。
商人の夫婦は、ナイトメアとの関係を断ち切った子供と共に、屋敷を出る事にした。
そして、この土地ごと、屋敷を売りに出した。
そうなれば、ナイトメアが招かなくても、勝手に屋敷に人は来る。
二回目に、この屋敷を訪れたのは、やはり子供のいる夫婦だった。
別荘にと購入した屋敷は、子供が喘息持ちの為、空気の良い場所へと長期休暇の時期に滞在する為だった。
やはり三日月のペンダントを拾い、子供はナイトメアと接触する。
子供はとても勇敢で、とても賢く、それでいて、とても信仰心が強かった。
喘息が治るようにと、毎日、神様にお願いしている子供に、封印を説いてくれたら、願いを叶えてあげる事を条件に、ナイトメアは話を進めた。
途中まではうまくいっていたが、信仰心の強さが邪魔をして失敗に終わった。
夜な夜な徘徊する我が子を心配し、親が、自分の事を神に祈る姿を見る事により、信じる者を間違えてはいけないと悟ったのだ。
そして、再び、この屋敷は売りに出される。
三回目に、この屋敷を訪れたのは――
シンバは本をバンッと音を立て、両手で閉じた。
「・・・・・・なんだ、この本? ていうか、これ本? まるで記録みたいだ・・・・・・」
そう呟き、そして、何の記録?と自分に問いかける。
そしてポケットからペンダントを取り出し、
「つまり・・・・・・このペンダントは・・・・・・落ちていたんじゃなくて・・・・・・元々アイツのもので・・・・・・アイツは・・・・・・悪魔でナイトメア・・・・・・?」
そう呟いた瞬間、竜巻のような風が部屋に起こり、その風の中から綺麗な銀髪の男が現れた。ビクッとするシンバに、
「驚く事はない、ワタシの正体を知ったんだろう?」
ニッコリ笑い、そう言った。
男の周りには、綺麗な妖精達が飛び回り、シンバを見てクスクス笑っている。
「お前、悪魔なのか!? 嘘吐き!」
「嘘など吐いてない、只、自分の事を話さなかっただけ」
「黙れ、嘘吐きめ! 願いを叶えてくれるって言った癖に!」
「叶えてあげるさ、キミが封印を解いてくれたら、ワタシは魔力が戻る。そのチカラでキミに永遠の夢を見せてあげられる。ずーっと大好きなお父さんと一緒に夢の中でいさせてあげるよ」
「そんなの、そんなの叶えてもらった事にならない! 俺、もう封印は解かない!」
「そう言うと思った・・・・・・本当に忌々しいラガットの血族者だ!」
穏やかな口調から、突然、吠える男の端麗だった顔は、みるみる恐ろしく歪み、悪魔の顔になる。
ヒィッとシンバは後退りするが、ナイトメアはクックックッと笑い、金色の瞳で、ギロリと眠っているシーツを見下ろす。
シーツは凄く魘され、汗も酷く、顔を歪ませ、苦しそうだ。
「シーツに何をした!」
「何もしてないさ、眠っているだけだろう? あぁ、悪夢でも見ているのかな」
「悪夢を見させてるんだろう! やめろ! さもないと・・・・・・」
「さもないと? それはこっちの台詞じゃないかな? 封印を解くんだ、さもないと、お前の家族がどうなるかな?」
「・・・・・・」
黙り込み、拳をグッと握り締めるシンバ。
「クックックックックッ・・・・・・実にキミはワタシの望む子だよ。とても勇敢で、とても賢く、それでいて、とても哀れだ。キミは家族思いで、それでいて家族を庇い、家族を愛している。なのに、キミは家族から信頼されず、いつも自分だけが悪者扱い。キミが何を言ったって、誰もキミの言う事を真実だとは思わない。家族でさえ、そうなんだ、他人なんて、もっと信じないだろう、キミは、この人間界で、最も変な子供なんだよ。ワタシはキミのような哀れな子供は大好きだ。何故なら、キミは家族を守る為、父親と同じ変人になり、ワタシの封印を解いてくれるからね。そう、哀れなキミも、父と同じという事に救いを感じる。だからキミなら、封印を解けるんだ。今までの子供とは違う、キミは真の選ばれし子供さ」
硬直するシンバを嬉しそうに見て、ナイトメアは楽しそうに笑う。
「さぁ、悪夢はこれからだよ、キミはこの悪夢から永遠に逃れられない――」
ナイトメアの言う通りだろう、封印を解いても、解かなくても、待っているのは悪夢。
逃げ道のない悪夢に囚われたシンバ。
今夜は中庭で月夜の下、ダンスでもしたい程、素晴らしい日だと、ナイトメアは思いながら、込み上げてくる笑いを喉の所で押さえ、クックックックッと喉の奥で笑っている――。
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