4.現実逃避

「何を言っているの?」

眉間に皺を寄せて、ネスは異様なモノでも見るかのようにシンバを見る。

「何って?」

「ハンナって誰?」

そう聞いたのはシーツ。

「だから、この女の子の名前」

シンバは自分の隣に立つハンナを見て、そしてシーツにそう言うと、

「どこに女の子がいるの?」

再び、シーツにそう聞かれた。

「え? どこって、ここに・・・・・・俺の隣に――」

「シンバ、お前、昨夜は寝てないのか?」

そう聞いたのはレオン。

「・・・・・・眠れないから」

「眠れなくてもベッドに入って目を閉じて大人しくしてろよ、何が気に入らなくて、リビングをこんなにメチャクチャにしてるんだよ!」

「俺じゃないよ、ゴーストがめちゃくちゃにしたんだ、ハンナの足を引っ張って、引き摺って、外に出そうとしたから!」

「いい加減にしろ! ゴーストのせいにして許されると思うのか? 自分がやった事くらい、責任持って謝れ! 大体ハンナって誰だよ、まさか・・・・・・人格障害とか起こしてるのか?」

そう言ったレオンに、ネスが、

「やめなさい、そんな言い方! シンバは慣れない環境で疲れただけよ、ね?」

困った顔で、そう言った。

疲れのせいではなく、本当は、どこかおかしいと言う目でシンバを見ている事を、シンバは悟っている。

「そんな風に庇ってくれなくていい。俺の事、本当は変だって思ってる癖に」

そう言ったシンバに、ネスは悲しい表情になり、

「シンバ、違うわ、違う! そうじゃない! アナタがラガットをとても愛していた事はよく知ってる。だから、ラガットがいなくなり、暴れたくなる気持ちはよくわかるから」

「俺が暴れたんじゃない! どうして信じてくれないの! ちゃんと見てよ、もっと見てよ、現実を!!!!」

そう叫ぶシンバに、

「現実から逃げてるのはシンバだろう」

レオンがそう呟いた。

シンと静まり、シンバは床にある本を拾うと、その場から逃げるように走り出し、ネスとレオンとシーツの横を通り、階段を駆け上る。

直ぐに、

「待って、シンバ!」

と、追いかけて来たのはハンナだけ。

部屋に入ると、シーツが寝ていたベッドが寝相の悪さで、毛布は下に落ちている。

その毛布を拾って、シンバは毛布を被り、ベッドへ潜り込んだ。

「シンバ、シンバってば!」

「いつもそうなんだ。何も信じてくれない。現実だって見てないのは俺じゃない!」

「・・・・・・うん、そうね、きっと悪い魔法にでもかかってるのよ、何も見れない瞳にされてるのかもしれないわ」

「・・・・・・ハンナの事も見えてなかった」

言いながら、もそっと毛布から顔を出し、ハンナを見た。

ハンナはベッドの脇に立ち、確かにそこに存在している。

「・・・・・・そうね。どうしてかしら。私は人間でゴーストでもないのに――」

「・・・・・・アイツ等、おかしいんだよ」

「シンバの家族でしょう? そんな事、言っちゃいけないわ」

「だってアイツ等が俺を変な奴扱いしてるんだ。俺だって、アイツ等を理解できない! ゴーストがハンナの足を引っ張ったんだ。ゴーストが部屋をメチャメチャにしたんだ。俺じゃない、俺じゃないのに!」

「そうね。そうだ、理解してもらいましょう?」

「いいよ、無理だよ、アイツ等、どうしたって、俺を変人扱いしたいだけなんだ」

「そんな事言わないで? きっと何かいい案があるわ」

「それより眠い。少し寝るよ。ハンナはどうする?」

「姿が見えないんじゃ、私をニューヨークまで戻してくれそうにないし・・・・・・」

そうだよなと、シンバは少し考え込む。

「暫く、ここにいてもいい? 本の事も気になるし」

ハンナがそう言うので、シンバはコクコク頷いた。

頷きながら、眠気には勝てず、そのまま眠ってしまった。

赤ちゃんが泣く声がして、目を覚ます。

「・・・・・・コブの奴、うるさいなぁ」

と、シンバは更に布団の中へ。

だが、直ぐにガバッと起きて、部屋を見回すと、ハンナが横で座って本を読んでいる。

「あ、起きた? その本棚にあった本を読んでたんだけど、勝手にごめんなさい」

「寝てないの?」

「眠れなくて」

そりゃそうかと、シンバはコクコク頷く。

知らない所へ来て、自分の姿が誰にも見えてなくて、そんな状況で眠れる訳がない。

「今、何時だろ?」

「さぁ?」

「ちょっと下へ行ってくる、シャワーも浴びて来るから」

「うん、ここで待ってる」

そういえば、ハンナは裸足だったにも関わらず、足に怪我などはしてないのだろうか。

シンバはハンナの足を見て、汚れもなく綺麗な足をしているなぁと思う。

自分の荷物から、着替えを取り出し、部屋を出て、リビングへ行く。

リビングは片付いているが、大きな出窓は割れたせいもあり、段ボールで補修してあるだけ。

昨日の出来事は夢ではない事を物語っている。

テーブルの上に、昨夜、描いた絵が置いてある。

青い花畑が広がり、ユニコーンに乗った少年が、虹がかかる空を見上げている絵。

シンバはその絵をグシャグシャに丸めて、ゴミ箱に捨てた。

ネスもレオンもシーツも見当たらないが、他の部屋だろうか。

コブの泣き声が聞こえるから、他の部屋にいるのだろう。

キッチンの更に奥、トイレがあり、その隣にシャワールームを見つける。

ハンナはシャワーなどを浴びなくてもいいのだろうかと思いながら、服を脱ぎ、シャワールームに入る。

古いシャワーは、なかなか温水にならず、しかも、水の出が悪い。

チョロチョロと出る水に、シンバは溜息。

――ハンナの家族はハンナがいなくなって、心配しているだろうな。

――父さんも突然いなくなってしまって、俺はとても心配してる。

――どうしてるんだろう、父さん。

――父さんに最後に会って話したのはいつだったっけ?

――あれ? 思い出せない。

シャワーを浴びながら、考えても考えても思い出せない記憶に、シンバは首を傾げる。

コブの泣き声がうるさい程、聞こえ、シンバは、少し不思議に思う。

――コブ、なんであんなに泣いてるんだろう?

――母さん、疲れて眠っちゃって、気付いてないのかな。

――オムツか、ミルクじゃないのかな。

――ま、元気に泣いてるんだから、大丈夫か。

髪も洗い、サッパリして、服に着替え、部屋に戻ろうとした時、玄関が開く音がした。

誰だろうと見に行くと、

「心配ないよ」

と、レオンが喋りながら入って来る。

その後ろを、コブを抱いたネスと、そしてシーツ。

「あら、シンバ、やっと起きたの? 今頃起きて、今夜も寝ない気? 学校はどうするの?」

叱る口調で、そう言ったネスに、

「どこへ行ってたの?」

そう聞いたシンバ。

「どこへって、レオンとシーツの迎えよ。朝、学校まで車で送って、夕方、また迎えに行ったの。一番近い学校なんだけど、小さな町の学校で、子供の数が少ないらしくてね、だから、シンバもシーツもレオンも、みんな同じ学校よ。年齢別でクラスは違うけど、スポーツや昼食なんかは、みんな一緒らしいわ。車でスピード出して1時間程の場所なんだけど、レオンもシーツも楽しかったって車の中で話してくれたわ、いい学校みたいよ、明日はシンバも行きましょうね? みんな一緒だから心配ないでしょ?」

「1時間程って、じゃあ、1時間前くらいから外にいたの?」

「あぁ、ちょっとコブの様子がおかしくて、帰りに病院にも寄ったのよ、だから、3時間くらい留守にしてたかしら。アナタを起こしに行ったんだけど、起きないんだもの」

言いながら、コブを抱いて、リビングへ向かうネス。

「お前、明日は学校へ行くんだぞ」

と、レオンもリビングへ。

「ボクは仲良しできたよ、シンバにも明日、ボクの仲良し教えてあげるよ」

と、シーツもリビングへ。

「ちょ、ちょっと、だって、さっき迄コブの泣き声がしてたよ! 元気に泣いてた」

シンバがそう言うと、レオンが振り向き、

「お前はどうして、そう嫌な事を言うんだ」

と、また怒った顔をする。

ここ最近、レオンは怒った顔しかしないと、シンバは思う。

「嫌な事って、本当の事を言っただけだろ」

「いいか、コブは具合が悪いんだ。お母さんはコブの心配をしている。僕達もコブの心配をするべきだろう? それを元気な泣き声がしたとか、そんな嘘を吐いて、何が楽しい? お前はそんな嘘を吐いて、気を惹きたいのかもしれないが――」

「本当だってば!!!! なんで信じないの? もういい!」

シンバはレオンを突き飛ばし、走って、階段を駆け上り、部屋へと戻る。

「どうしたの? 怖い顔して」

部屋に入ると、ハンナがシンバのムッとした表情に、そう聞いた。

「ハンナはコブの泣き声聞こえなかった?」

「コブ?」

「赤ちゃん」

「うん、さっきから泣いてたけど?」

「だろ?」

「うん」

「でも、みんな、屋敷にいなかったみたいで。コブも一緒に連れて行ったから」

「うん、シンバのママが何度かシンバを起こしに来たのよ、でもシンバ、ちっとも起きなくて、シンバの寝顔に、出かけるから留守番お願いねってシンバのママが言ってたよ」

「でも、コブの泣き声だった。俺は聞こえたんだ」

「・・・・・・私も聞こえてたけど、コブかどうかは――」

「でも他に赤ちゃんなんていないよ!」

シンバがそう言うので、ハンナはコクンと頷いた。

トントンとドアがノックされ、

「シンバ? 入ってもいい? ドア、開けてくれる?」

ネスがドアの向こうで、そう言っている。

「・・・・・・」

黙っているシンバに、

「いいよって言いなさいよ、ドアを開けてあげなさいよ!」

ハンナはそう言って、シンバの背中を押す。

「やだよ」

と、抵抗するシンバに、

「シンバは自分のママとちゃんと話をした方がいいよ、わかってもらえるかもしれないのに、そうやって逃げたら、いつまでもわかってもらえないままよ! 歩み寄らないと!」

そう言われ、しぶしぶドアを開けた。

「シンバ、ちょっとお話しない?」

言いながら、ネスは部屋に入り、シンバと一緒にベッドに腰を下ろした。

「あのね、シンバ」

そう言った後、言葉を捜しているのか、ネスは沈黙してしまう。

「変だって言いに来たの?」

そう聞いたシンバに、ネスは首を振り、

「変だなんて思ってないわ。只、ちょっと、私がうまくわかってあげられないだけ」

と、シンバを見つめ、シンバの髪を撫でる。

「ごめんなさいね、シンバ。こんな時、ラガットなら、アナタを理解し、アナタを納得させられるのだろうけど。私はラガットに甘え過ぎて、シンバを任せっきりだったと思い知ったわ。わかってるつもりだったのに、何もわかってなくて、情けないわね、母親なのに」

黙って首を振るシンバに、

「シンバは私にどうしてほしい?」

そう聞いた。だが、シンバは黙って首を振るだけ。

「何か食べたいものがある?」

シンバは首を振る。

「ゲームとか、欲しいものある?」

シンバは首を振る。

「あ、新しい本を買ってあげましょうか?」

シンバは首を振る。

「今夜は一緒に寝る?」

シンバは首を振る。

「・・・・・・ラガットに会いたい?」

シンバはコクコク頷き、ネスの目を見つめた。

「そう」

ネスは頷き、シンバの髪を撫でながら、シンバの顔を抱きしめるように、引き寄せ、

「私も」

そう言った。

「母さんも会いたいの?」

「ええ、会いたいわ」

「じゃあ、父さんが帰って来ても、母さんは嫌じゃない? もう父さんの言う事に否定ばかりしない? 父さんの言う事を信じる?」

そう聞いたシンバに、ネスは、シンバの肩を持ち、シンバを見つめる。

シンバもネスの瞳を見つめる。

「シンバ、お母さんはね、アナタが夢の中で生きてしまうんじゃないかって不安なの。ラガットのように夢の中で生きてほしくないの。確かにラガットは素敵な人よ、シンバが尊敬するのもわかる。だけど、ラガットは自分の小説に入りすぎたわ、時折、何かに脅えていたり、毎晩、魘されていたり。アナタにはそうなってほしくない。お母さんと同じ、この世界で生きて、笑ってほしいの、もっと現実を見て欲しいのよ」

「・・・・・・見てるよ」

「違うわ、アナタはこのままじゃいけない。本を読むのは素晴らしいけど、どっぷりハマってしまうのはどうかしら? それにね、シンバが見てる世界が私と見てる世界と違って、どんどん変わっていくのが、怖いの。夢は夢。現実から逃げないで。私と一緒の世界を見て、一緒に生きて行きましょう? 学校にも行って、お友達もたくさん作って、男の子なんだし、1人で本ばかり読むより、みんなでサッカーとかベースボールとか、楽しい遊びもたくさんあるんだから。ね? 現実だって辛いばかりじゃないわ、楽しい事が待ってるの」

「・・・・・・」

「私もね、昔、まだ子供だった頃は――」

「出てけ」

「え?」

「出てけ!!!!」

シンバは立ち上がり、大声を出した。

「シンバ、落ち着いて話を聞いて!」

「うるさい! 俺はちゃんと現実を見てる! 見てないって勝手に決め付けるな! 母さんが見てる世界だけが現実だって言い切るな! 父さんが教えてくれた世界は俺の現実だし、俺はちゃんと見えてるんだ! 夢じゃないし、嘘じゃないし、本当の現実の世界だ!」

叫びながら、ネスを何度も突き飛ばし、ドアの向こうへ突き飛ばすと、シンバはドアを閉めた。ネスはノックをしながら、何度もシンバと呼んだが、シンバは返事をせず、ドアの前でドアが開かないよう、立っている。

「シンバは短気よ」

ずっと様子を見ていたハンナがそう言って、溜息。

「シンバのママ、一生懸命、シンバを理解しようとしてるわ、シンバだって、歩み寄ろうとしなきゃ駄目よ。それに、シンバのママ、まだお話の途中だったわ」

「聞きたくないんだよ、どうせ俺の事、現実逃避してるって思ってるんだから」

「でもシンバの事、大好きだよ」

「好きなもんか!」

「好きじゃなかったら、わざわざお話しに来ないよ、きっと」

ハンナはそう言うと、深い、深い溜息を吐いた。

「私のパパは、再婚したのね、だから家には新しいママが来て、そのママは本当のママじゃなくて。私の事、見えてる癖に、見えないフリをするの。私なんていなければいいって思ってて、私の話を聞いてくれないし、お話をしてくれる事もないの。きっとママが私なんかいらないって思って、私を消したんだわ、だから私の事、誰も見えなくなったんだわ」

「俺は見えてるよ」

「きっとシンバだけ、ママの魔法が効かなかったんだわ」

「ハンナの母さんは・・・・・・魔法使いなの?」

「きっとそう。悪い魔法使いなのよ」

そう言って、ハンナはクスクス笑った。

もしかしたら、想像もできない程の辛い環境の中で、ハンナは、それでも笑顔を絶やさないでいるのかもしれないと、シンバは思う。

少しだけ、自分がワガママに思え、シンバは俯いた。

「ハンナの本当のママは?」

「死んだの」

「死んだの!?」

「1年前のニューヨークのバスジャック事件、知ってる?」

「・・・・・・わかんない」

「知らないの? 結構、ニュースで流れたりしてたのに。その日、ママは仕事に行くのに、いつもなら地下鉄を使うんだけど、その日はバスで行ったの。寝坊してスクールバスに乗れなかった私を学校に送る為に。いつもの渋滞。ママは何度も腕時計を見ていたわ。そしたら急にバスが止まって、マスクをした男が3人乗り込んで、銃で、どんどん人を撃って行ったの。ママも。ママは私を庇って・・・・・・私は大丈夫だったんだけど、念の為か病院に運ばれた。その後はパパと2人で暮らしていたんだけど、2ヶ月前、パパが、新しいママだって言って、知らない女の人を連れて来たの。それはいいの、パパだって、ママがいなくなって寂しいだろうし、私にもママは必要だから。でも、新しいママは私の事、見えないみたい。パパの前では可愛いって見えるんだけど、私と2人っきりだと、見えなくなるみたい。だからかな、シンバのママが、私の事が見えなくても、あんまり驚かなかったよ」

「・・・・・・ふぅん、どうして見えないフリをするんだろうね」

「わかんない。きっと、大人の都合なのよ」

ハンナは聞き分けのいい子供だなぁと、シンバは感心する。

そして、目の前で母親が殺されるって、どういう気持ちなんだろうと、考える。

「あ、シンバ、妖精」

ハンナが指差した先に、妖精がいて、手招きをしている。

そして、妖精はドアをスルリと通り抜けてしまったので、シンバはドアを開ける。

ネスの姿は、もうなかった。

妖精の後を着いて行くシンバとハンナ。

違う部屋に入り、ベッドの下へ潜り込み、仰向けになると、ベッドの隙間に本を発見。

更に、違う部屋で、デスクと壁の隙間に本を発見。

屋根裏部屋への通路に置いてある絵画をどかすと、小さな穴があり、その中に本を発見。

屋根裏部屋では、段ボール箱が山積みに沢山あって、段ボールの迷路を進み、一番奥に置いてある小さな段ボールの中に本を発見。

こうして、様々な所で本を見つけるシンバとハンナ。

そして、本に願いをかけるように、三日月のペンダントで祈ると、文字が浮き出てくる。どれもこれも主人公の台詞で、シンバは主人公の台詞が心から離れなくなっていた。

〝誰かに信じてもらいたいなら、まず、誰かを信じる事だ、誰も信じられないなら、誰も信じてはくれないだろう〟

〝夢は見るもの、叶えるもの、遠いもの、そうじゃないよね、夢は抱くものなんだ、大事なモノを抱きしめるもの、それが夢〟

〝ありとあらゆる出来事は誰のせいでもない、自分自身のせいなんだよ〟

〝恐れないで。痛みや死に対してが恐怖だと思い込まないで。本当の恐怖なんて誰も知らないんだから、そんなものに恐れないで〟

〝目に見えるモノが正しいと思い込んでしまうのは、誰もが同じさ。自分にとって都合がいいモノが正義だと見ているんだから〟

〝悪だっていいんじゃないかな、それで大切な人やモノが守れるなら、この身を悪魔に引き渡す事だってできるよ。それが人間の愛ってもんじゃないかな〟

それ等の主人公の台詞は、シンバの心の中で、どんどん積み重なり、どれも消える事はなく、ひとつひとつが大きな存在へとなっていく――。

まるでラガットが、そう言って、教えを説いているかのように――。

本は、妖精達が場所を教えてくれて、たくさん見つかる。

勿論、ゴーストが邪魔をするが、ペンダントの効果で何とか助かっていた。

どうやら念じれば、蝙蝠やらカラスやら猫やらネズミやら、近場にいる動物達が、ゴーストを攻撃してくれるようだ。

三日月のペンダントに、そんな効果があるなんて、誰も思いもしないだろう。

そんな日が、何日か続き、シンバは昼と夜の生活が逆転して、昼は眠り、夜は本を探し、本に書かれた物語を読むという生活が続く。

当然、学校へは行っていない。

朝になると、ネスがシンバを起こしても、シンバは全く起きる気配なく、レオンがベッドから引き摺り下ろしても、シンバは眠っていた。

シンバは、朝と夜が逆転したせいもあり、母親や兄弟とまともな会話をする事はなく、只、コブの泣き声が、いつも違う部屋から聞こえていた。

ネスが夜泣きをするコブを抱いて、屋敷を散歩していると思っていたシンバは、コブの泣き声が聞こえる部屋は避けるようにしていた。

それどころか、シンバは食事も水分もとらず、夜、屋敷の中を歩き回る。

そしてゴーストが現れた部屋は荒れ放題になる。

そんなシンバを心配したのは、勿論、ネス――。

そして、シンバも、本を探している内に、疑問が浮かぶようになった。

ハンナの事だ。

ハンナは本当にトイレもシャワーも使わない。

それでも綺麗なまま保っている。

眠る事もしていない。

食事も全くとっていない。

そんな事、人間で有り得るのだろうか。

そして、ハンナ同様、シンバも食事さえとらず、平気でいる。

それはシンバにとっても大きな疑問だった。

お腹も減らず、飲み物も欲しくない。

只、朝になると、眠くなり、夜になると当然のように目が覚めて、元気になる。

自分の事だから、よくわかる。

――俺は変だ・・・・・・。

だが、そう口にする勇気はなかった。

「ねぇ、シンバ、見て、窓の外」

ハンナがそう言うので、窓を開けて見ると、中庭の噴水がある所に行きたがっているような妖精がいる。

結構、沢山の妖精が集まってきているが、噴水の所まで、何故か行けないでいるようだ。

「なんだろう? 屋敷の中じゃなく、外なんて初めてだ」

そう言ったシンバの横に、シーツが来て、一緒に窓の外を覗き込み、

「うわ、蝶が一杯だ、あの蝶、気持ち悪いよね、デッカイし」

そう言った。

シンバとハンナはシーツを見る。

シーツはシンバを見て、

「シンバ、なんかやつれたね。でも楽しそうだ」

そう言った。

「ボクは楽しい事なんて何もないよ。学校にも行きたくないけど、毎日毎日、ママが車に乗れって言うし、学校の帰りはママの迎えが来るから、真っ直ぐこの屋敷に帰って来るだけで何もないし。シンバみたいに想像力ないもん。ボクにもあったら、空想で遊べたのに」

「想像じゃないって言ってるだろ、何度も言わすなよ」

「シンバはいいな、そうやって言ってればいいんだから」

「・・・・・・」

「ボクも頭がおかしくなればいいのに。ニューヨークの方が良かったな。おじいちゃんとおばあちゃんはここを引っ越して正解だよ」

「・・・・・・」

何も言い返して来ないシンバに、シーツは首を傾げて、

「怒らないの?」

そう聞いた。怒られると思うなら、言わなければいいのに。

「なぁ、シーツ、おじいちゃんとおばあちゃんは、ここに住んでて、どうしてマンハッタンに引っ越したのかな、こことはまるで逆だ。外を見ても人影もない、隣近所もない、誰もいない山奥。車で一時間走って、やっと町があるけど、それも小さな町だろ? ニューヨークは景色に人がいない場所なんてない。人が大勢いて、忙しなく時間が過ぎる大都会。どうして、ここから大都会へ引っ越したんだろう? そこそこ便利な場所に引っ越せば良かったのに、なんで?」

「そんなのおじいちゃんとおばあちゃんに聞いたら?」

「母さんがここへ引っ越すって言った時、おじいちゃんとおばあちゃんは大反対したよな。遠過ぎて孫に会えなくなるって。じゃあ、どうして、この屋敷、売りにも出さず、置いてあるんだろう? 使う気がないなら、売ればいいと思わない? 辺鄙過ぎて売れないのかな? でも父さんのレアなファンが、父さんの小説に出てくるモデルとなった屋敷なんて高額で買うと思わない?」

「だから知らないってば。シンバって、たまに現実的な疑問を持つよね」

シーツはそう言うと、欠伸をして、

「そろそろ寝るよ。明日も学校へ行かなきゃいけないし。あーぁ、なんで、ママの車で行かなきゃいけないんだろう、せめてスクールバスだったら、乗らずに、学校さぼれるのになぁ。シンバは今夜も冒険なの? おやすみ」

と、部屋へと向かう。

「あ、シーツ」

「うん?」

振り向いてシンバを見るシーツに、

「シーツは父さんと最後に話した事とか覚えてる?」

そう聞いた。そんな事を聞かれると思ってなかったのか、シーツはとても驚いた顔をする。

「俺・・・・・・思い出せないんだ。父さんと最後に何を話したのか――」

「・・・・・・思い出すよ、きっと」

「え?」

「ボクが教えなくても、自分で思い出すよ。シンバが逃げないで、現実を受け止めれば」

「・・・・・・どういう事?」

「ボクはこれでも結構、シンバを信じてるって事。やっぱりボクのおにいちゃんだよね」

「は?」

何の話かわからなくて、眉間に皺を寄せるシンバ。

「シンバと一緒に学校へ行かなくなって、思い知らされたの!」

「何を?」

「イジメッコから助けてくれる人がいなくなった事に」

「イジメられてるのか!? 仲良しできたって言ってたじゃないか!」

「仲良しも一緒にイジメられてるから」

そう言われ、シンバは開いた口が塞がらない。

「一緒にイジメられてるってなんだよ、だったら一緒に戦えよ!」

「戦えないよ、怖いもん」

「殴られたりしてるのか? 服を脱いで体見せてみろよ、痣とかできてないだろうな!?」

「うーん、まぁ・・・・・・あちこち?」

「なんでもっと早く言わないんだよ! そしたら俺が!」

俺が・・・・・・の後の台詞が出てこない。

今、学校へ行けてないシンバに何ができるだろう。

「レオンに言えよ」

「レオンに言ったら、先生に言われて、先生が注意してくれたんだけど、益々イジメられるようになったもん」

「なんだそりゃ!? 母さんは!?」

「言わないで。ママには言いたくない。また弱虫のレッテル貼られる・・・・・・」

「いいじゃん、俺なんて乱暴者のレッテル貼られまくりだろ?」

「言わないで。お願い。ボク、耐えるから」

「イジメに耐えるのか!? イジメなんて耐えてたら一生続くぞ!」

「シンバが来るまでだよ! 待ってるから。だから早くボクを助けて?」

「待ってるって言われても――」

「ボクは知ってるから。シンバが強い事。逃げない事。負けても泣かない事。言い訳もしない事。ボクのせいでも、ボクのせいだって言わないで傷を作る事。そういうの、シンバがいなくて、よくわかったから。シンバは意地悪言うし、乱暴だし、喧嘩もするけど、でも僕を・・・・・・大好きなんだ。わかってるから。だからシンバは、きっと戻ってくる。そう信じてるから」

そう言われても、どうしていいのか、わからないシンバ。

だが、弟がイジメられているのは、許せない。

「早く、思い出してね、パパとの事。そしたら、シンバはまた学校へ行けるようになるよ。逃げないで、思い出してね、待ってるから。おやすみ」

「・・・・・・」

それには、まず、封印を解いて、願いを叶えて貰い、ラガットに会えばいい――。

その方向が、現実から遠ざかっているのか、近くなっているのか――。

だが、シンバに逃げるという考えは全くない。

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