3.真夜中の訪問者
ガタン!!!!
突然、外で大きな何かが倒れる音がした。
風が何かを倒したのだろう。
ビクッとしたシンバはサンドイッチを急いで食べ終え、オレンジジュースも一気に流し込み、お皿を片付けて、部屋に戻ろうとして、風ではない音に耳を澄ませた。
トントン・・・・・・
トントン・・・・・・
同じリズムで鳴るその音は、玄関の方からだ。
蝋燭を持って、恐る恐る玄関へ向かうと、
「誰かいませんか? 誰かいませんか?」
と、扉をノックしながら、誰かが叫んでいる。
「誰?」
「開けて下さい、道に迷ってしまって」
「道に?」
こんな真夜中に、こんな辺鄙な所を歩いて来たのだろうか。
「夜の森の中、彷徨って来たの?」
言いながら、シンバは、これもゴーストの幻かなと、ズボンのポケットからペンダントを取り出し、ギュッと握り締め、祈ってみた。
「よくわからないの、気付いたら、迷ってて」
どうやらペンダントに祈っても、何も起きない所を見ると、ゴーストの仕業じゃなさそうだ。
「今、開けるよ」
男の声もしないので、急いで扉を開ける事にした。
何故なら、声は女の子の声で、震えていたから。
扉を開けると、パジャマ姿の女の子が立っている。
年齢はシンバと然程変わらないだろう。
ブラウンの髪を後ろで二つに分けて束ねてあり、可愛らしいハニーの瞳をしていて、真っ白い肌と、不思議な事に裸足で、そこに震えながら立っている。
「大丈夫? 何かあったの? とりあえず中へ」
「ありがとう」
女の子はそう言うと、屋敷の中へ入り、屋敷を見渡して、
「まるでゴーストハウスみたい」
そう言った。
「どこから来たの?」
「ブルックリン」
「え? それってニューヨークの? キングス?」
「そう、キングス ブルックリン」
「嘘だ」
「嘘じゃないわ」
「嘘だよ、だって、俺達もニューヨークから来たけど、半日以上かけて車で来たんだよ。キミ、親の車でここまで来たの? 親は?」
女の子は首を振り、
「気がついたら森の中にいて、ずっと歩いて来たの。そしたらこの屋敷が見えたから」
そう言った。
「嘘だ、そんなの」
「嘘じゃないわ! どうして嘘をつかなきゃならないの!」
シンバは少し考えて、なんだか、彼女は自分に似ているなと思った。
そのせいもあり、直ぐにコクコク頷き、
「信じる。嘘なんて吐いてない」
女の子にそう言った。
「信じてくれてありがとう、私、ハンナ。アナタは?」
「俺はシンバ」
「シンバ、助けてくれてありがとう、外は凄い風で、闇の中、木々が追いかけて来るようで怖かった。本当にありがとう」
「あぁ、いいよ、別に。今、母さんを起こして来る。て言っても、どこで寝てるのかわからないから探さなきゃ」
「お母さんが寝てる場所を知らないの?」
「・・・・・・今日、引っ越して来たばかりで、この屋敷は部屋数が多くて、みんな、好きな所で寝てるから――」
「ふぅん」
とりあえず、リビングに案内する。
「何か飲む?」
「ううん、大丈夫」
「そう、じゃあ、ちょっと待ってて?」
リビングの電気のスイッチはどこだろう?
蝋燭の灯りを壁に映しながら、スイッチを探す。
見つからない。
蝋燭を持ったまま、母親を探しに行ったら、闇の中、ハンナを置いて行く事になる。
一緒に屋敷の中を歩き回るのは、なんだか変だし、やはりここはリビングの電気を点けて、ここで待っててもらうのがいいだろう。
「ごめんね、今、電気点けるから・・・・・・あれ?」
振り向くと、ハンナの姿がない。
やはり、ゴーストだったか――?
「シンバ」
キッチンから声が聞こえ、
「ハンナ?」
と、キッチンへ向かうと、蝋燭を持ったハンナがいた。
「蝋燭が置いてあったから、勝手にマッチで点けちゃったけど」
「あぁ、そうなんだ、ビックリした、いなくなったから」
「ごめんなさい、勝手に動き回って。でも停電なの?」
「風のせいもあるのかな、電気の配線が悪いのか、電気点けても薄暗いし、スイッチがどこにあるのか、古い家だからよくわかんなくて。それで母さんが蝋燭を出したんだ」
「ふぅん」
「あ、本持って行かなきゃ」
テーブルの上に置いたままの本を大事そうに持ち、
「じゃあ、母さんを呼んでくるから」
シンバがそう言うと、ハンナは頷きながら、
「その本はなぁに?」
そう聞いて来た。
「え、あ、いや、小説だよ」
「アナタの本?」
「ううん、違う、この家にあった本。でも俺の父さんが書いたんだ」
「アナタのお父さんが? 見せて?」
「駄目だよ」
「どうして?」
「大切なものだし・・・・・・キミはきっと俺を変だって言うから」
「変? どうして?」
「・・・・・・この本、妖精が見つけてくれたんだ」
シンバはそう言って、ハンナの様子を伺うようにジッと見る。
ハンナは一瞬、真顔だったが、直ぐにプッと吹き出し、笑った。
「ほらね、笑うと思った」
「違うの、そういう変って意味なら、私も変だわ」
「?」
「変だって笑うと思ったから言わなかったんだけど、実は、この屋敷まで案内してくれたのは妖精なの」
「ホント!?」
「うん、森の中、凄く怖くて、何かに追われるように走って、兎に角、怖くって。そしたら目の前を光が通ったの。何かしら?って、よく見ると、蝶だったの。でもよぉく見たら、背中に蝶の羽を持った妖精だったの。温かく優しい光で、まるで私を導いているように。その妖精を追いかけている内に、この屋敷に辿り着いたの。変だって笑わないでよ?」
そう言ったハンナに、シンバはコクコク頷き、
「その妖精だよ、その妖精がこの本を見つけてくれたんだ。本はこの屋敷のいろんな所に隠されてるみたいで、俺はそれを見つけなきゃならないんだ。本の中には呪文が隠されてて、その呪文を見つけ出して、それで願いが1つ叶うんだ」
ハンナなら全て信じてくれるだろうと、そう話した。
「うわぁ、素敵ね! 私も手伝ってもいい?」
「うん! 今は、この本に書かれた物語を読んでる最中で、一緒に読む? どうせ朝になったら母さんがリビングに来るだろうし、ハンナをニューヨークに送るとしても、朝になってからだと思うから」
「うん、そうする!」
2人は蝋燭を持って、リビングに戻り、そして2人で毛布を被りながら、ソファに座り、本を開いた。
読んだ所の内容を簡単に説明し、続きから本を開くシンバ。
カチコチと時計の音と風が窓を叩く音――。
リビングには大きな出窓があり、それがガタガタと風に叩かれて音を立てる。
揺れる蝋燭の灯りと、気がつけば、まわりに妖精達が、ひとり、ふたり、さんにん――。
蝶のような羽を羽ばたかせながら、一緒に本を覗き込んでいる。
シンバとハンナは妖精を見た後、2人で顔を見合い、ふふふと笑い合い、本を再び読み始める。
妖精達も一緒に読んでいるように、本を覗いている。
ハンナの肩に座ったり、シンバの頭の上に乗ったりする妖精達。
キラキラ輝く妖精のパウダーが降り注ぐ。
物語を読み終わる頃、もうすぐ夜明けだった。
風は静まり、気がつけば妖精達の姿はなく、時計の音だけが聞こえていた。
「呪文なんてなかったね」
そう言ったシンバに、
「うん」
「そうだ!」
シンバはペンダントを取り出し、祈ってみる。
「何してるの?」
「このペンダントに祈れば、導いてくれるんだ」
そう言うと、シンバは目を閉じて、ペンダントを両手で握り締めて、祈る――。
暫くすると、風もないのに、本が勝手にペラペラとページを捲り、
〝It is difficult to ascertain the truth. But the human being that sincerity frets about nobody cannot arrive at the truth.〟
そう書かれたページが開かれて、その主人公の台詞が浮き出るように、表れる。
〝疑わなければ、真実を見極めるのは難しい、でも誰も信じれない人間は真実には辿り着けない〟と言う主人公の台詞。
その真実という意味の〝truth〟と言う文字だけがさらに浮き出て来る。
「これが呪文のひとつかな。なら、別に他の本でもいいし、他の所にも出てくる真実という言葉でもいいのに・・・・・・」
そう言ったシンバに、ハンナは首を傾げ、
「台詞に意味があるのかも?」
そう言った。
「台詞に?」
「そう、本を読む人に伝えたい台詞なんじゃないかしら?」
「うーん、だったら、コレは母さんやレオンに言いたいよ、俺の言う事をちっとも信じてくれないし、なんでもかんでも嘘だって言うし」
「シンバの気持ちそのままなのね、この本の主人公は」
そう言ったハンナに、シンバはコクコク頷き、
「わかった! 父さんは俺を励ましてくれてるのかも。この本を使って!」
都合のいい解釈をする。
「とりあえず呪文も見つかって良かったね。それにこの本、すっごく面白かった」
「うん。どのシーンが良かった? 俺はユニコーンの背中に乗る所」
「私は青い花畑に生まれる虹を見に行く所」
「待ってて」
シンバはハンナをその場に置いて、どこかへ駆けて行き、暫くすると、紙とペンを持って来て、絵を描き出した。
それは青い花畑が広がり、ユニコーンに乗った少年が、虹がかかる空を見上げている絵。
ペンで書いてあるから、色はないが、シンバとハンナには綺麗に彩られて見える程、物語の情景を知っている。
「うわぁ、上手!」
パチパチと拍手するハンナ。
「文字ばかりで絵がない本は、こうやって、自分で絵を描いて、想像するんだ。世界を!」
「素敵! じゃあ、あのシーンも描いて! えっとね・・・・・・」
2人、にこやかに物語の話をしていると、突然、大きな出窓がバンッと開き、そうかと思うと、突然ハンナが見えない何かによって、足を引っ張られ、出窓の方へ引き摺られていく。悲鳴を上げるハンナとシンバ。
悲鳴を上げながら、シンバはハンナの手を引っ張り、綱引き状態。
部屋中のモノがポルターガイスト現象で、ガタガタと揺れ、床に転げ落ちる。
開いた窓も、その現象のせいか、ガラスにバリバリと罅が入り、大きな音を立てて割れ始める。
ゴーストだろうか、シンバのチカラでは、ハンナを引っ張り戻せない。
ハンナも必死でシンバの腕を掴もうとする。
物凄いチカラで、ハンナをこの屋敷から追い出そうとするのか、窓の外へ引っ張る。
悲鳴を上げ、窓の縁に掴まるハンナ。
オロオロしているシンバの耳に、
〝キミのチカラを使うんだ、ゴーストがキミの友達を追い出そうとしているんだよ、キミの唯一の理解者を助けるんだ〟
あの男の声が届いた。
「ど、ど、どうすれば!?」
〝ペンダント〟
そう言われ、そうかと、三日月のペンダントをグッと握り締め、
「やめろ、ゴーストめぇぇぇぇ!!!! お前なんか消えてなくなれぇぇぇぇ!!!!」
そう叫んだ。
ペンダントはシンバの声に反応し、キラリと光ると、ハンナの足首辺りに、蝙蝠達が集まり、キィキィと言う声を出しながら、何かに攻撃しているようだった。
やがて、蝙蝠はいなくなり、ポルターガイストでモノが散乱した部屋も静かになり、ハンナも呼吸を乱してはいるが、無事だ。
ハンナはゆっくりと窓の縁から飛び降りて、シンバの傍に行き、シンバもハンナの傍に走り、2人、抱き合い、無事でいる事を安堵する。
銀の月は静かにペンダントとして、妖しい輝きをなくす――。
朝日が窓から差し込み、部屋に明るさが入る。
「何事なの?」
めちゃくちゃになったリビングと、割れた窓ガラスと、そして、そこに佇むシンバとハンナを見つめ、ネスがパジャマのまま現われ、そう言った。
ネスの後ろにはレオンとシーツ。
「・・・・・・母さん、この子はハンナ。夜中に道に迷って、ここに来た」
とりあえず、ハンナを紹介しようと、シンバはそう言って、ハンナから離れると、
「お邪魔してます」
と、ペコリとハンナはお辞儀をした――。
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