2.願いは1つ

「ワタシが怖くない?」

半透明の体を持った男がシンバにそう尋ねる。

シンバはコクコクと頷き、

「怖くないよ、ちゃんと姿が見えれば怖いものじゃない」

そう言った。

「でも想像外の出来事は恐ろしいものだよ」

「想像外? 俺はゴーストの存在を想像だなんて思ってないし」

「あぁ、残念だけど、ワタシはゴーストじゃないんだ」

「え?」

「でもこの屋敷にはゴーストがいる。ワタシはそのゴーストのせいで、この屋敷から出れない。そんな哀れなワタシを助けてくれないか?」

「・・・・・・」

黙っているシンバに、

「あぁ、なんて賢い少年だろう」

男はそう言うと、シンバの目の前で指を一本立てて、

「もしワタシを助けてくれたら、願を1つ叶えてあげよう、なんでも――」

そう言った。

「なんでも?」

「あぁ、なんでも――」

「・・・・・・父さんに会わせてくれる?」

そう聞いたシンバに、男は、フッと笑みを浮かべ、

「勿論」

と、即答した。

「それで俺は何をすればいいの?」

「ワタシはこの屋敷に封印されてしまっている。悪いゴーストに。その封印を解いてもらいたいんだ」

「なんで封印されたの?」

「悪いゴーストは、ワタシのチカラを必要とし、ワタシのチカラで何か企んでいる。何をするつもりか、ワタシはわからないが、そんな事、阻止しなければならない。ゴーストは天に召され、神の元へ旅立つべきだ。いつまでもこの世に留まり、ましてやチカラを求めてはいけない。だからワタシは逃げ回っていた。だが、ゴーストはワタシを封印する術を知ってしまった。そしてワタシはこの屋敷に封印されてしまい、ゴーストはチャンスがあれば、ワタシのチカラを奪おうと考えている」

「なんて悪い奴なんだ!」

「そこでキミに、ワタシの封印を解いてもらいたい。だが、この屋敷に住むゴーストが邪魔をするだろう、ゴーストは封印を解こうとするキミに幻を見せたり、嘘の言葉を囁いたり、キミを惑わそうとする。キミはどんな事を見ても、聞いても、惑わされてはいけない」

「・・・・・・どんな事を見ても聞いても?」

「そう」

「でも相手はゴーストだろ? 怖い幻とか見せられたら平気でいられないよ」

「大丈夫、キミはとても勇敢だ。それにとても賢い、きっとゴーストに負けやしないさ」

「でも・・・・・・」

「信じないの? ワタシがキミはゴーストに負けやしないと言っているのに?」

「・・・・・・」

「信じないのであれば、しょうがないね。ワタシを信じてくれる別の子供に頼んで、その子の願いを叶えるとしよう」

「ま、待って! 大丈夫、俺、ゴーストに惑わされたりしなから!」

そう言ったシンバに、今更なのだろうか、男は綺麗な指を顎に当てて、考え出した。

「俺、やってみるから! きっと封印を解いてみせるから!」

「本当かい?」

「うん!」

「もう弱音は吐かない?」

「うん!」

「いいかい? 弱い心がゴーストを付け込ませるんだよ? どんな事があっても強く、ワタシを信じてくれれば、大丈夫だから」

「わかった! 信じてるし大丈夫! 俺、悪いゴーストに負けないから!」

銀髪の男はニッコリ笑い、

「とても勇敢な子だ、だからキミはチカラを手に入れたんだね」

そう言った。

「チカラを?」

「ほら、キミのポケットからチカラを感じる」

そう言われ、シンバはポケットに手を入れて、中から、三日月のペンダントを取り出した。

「あ、これ、拾ったんだ」

と、シンバは自分の手の中で、銀色に光る小さな三日月をジッと見て、そして男を見上げた。

「それはキミを守るモノ――」

「俺を守る?」

「そう、キミがゴーストに何かされそうになった時、そのペンダントに願うまま、そして想うまま、強く念じるんだ。そうすればキミを守護するモノとして、ペンダントはチカラを発揮する。わからない事だって、そのペンダントが導いてくれる。いつだってキミの助けとなる」

只のペンダントに見えるのに、それでは、まるで魔法のペンダントだと、

「そんなバカな」

と、笑うシンバに、男はチッチッチッと綺麗な人差し指を左右に揺らし、

「嘘じゃない、信じないの?」

そう聞いた。

嘘じゃない。

そう、嘘じゃないんだ。

「・・・・・・信じる」

シンバは真剣な顔になり、ペンダントを握り締め、そう言った。

「流石、選ばれし子供だ」

男はそう言って微笑む。

「どうして俺が選ばれたの?」

「昔、ワタシはこの屋敷で、キミに似た子供に出会った」

――それって父さん?

「彼も勇敢で知的で、ワタシを見ていた。ワタシは彼に願った。ワタシの封印を解いてほしいと。だが、彼は封印を解けないまま、ここを去った。だが、彼はワタシの封印を解く呪文を捜し出した。そして本を書いた」

「やっぱり、それって父さん!?」

そう叫んだシンバに、

「最後までお話を聞けない子供は嫌いだよ」

男がそう言ったので、シンバは口を押さえた。男は再び話し出す。

「そして様々な本の中に封印を解く呪文を残してくれた。彼はとても利口だ。ゴーストにバレないよう、呪文をバラバラにして、様々な本の中に書いたのだよ。その呪文を読みあげれば、ワタシの封印は解ける。だが、残念な事に、ワタシは封印されている。その為、ワタシのチカラは、ワタシの体が半透明であるよう、薄れている。人間の文字さえ、読むチカラがなくなってしまっているんだ。ワタシは本の中から、その呪文を見つけてくれて、ワタシの封印を解いてくれる者を待った。ワタシはワタシを見える者をここで待つしかなかった。只、ワタシが見えるだけでは駄目だ。勇敢で賢くて、そして、キミのような子供でないとね」

「俺?」

「そう。キミだ。ワタシの封印を解く呪文を様々な本に散らばらせたラガット・ゼプター。その息子シンバ・ゼプター。キミだよ、キミは父の意思を継ぐ選ばれし者」

シンバの心臓はドキドキと高鳴り、わくわくし、興奮を抑えきれない程。

そう、まるで本の主人公。

ラガット・ゼプターのファンなら、喜ぶシュチュエーションだ。

それに何より、大好きな父親の意思を継げるのだ、そしてシンバはラガット・ゼプターの血の繋がりのある自分が選ばれるべき人間だったと納得する。

そう、こんな辺鄙な場所に引っ越して来た理由も、全て導かれている事だったと思う程。

「でも、父さんの本は沢山ある。全部の中から呪文を探すなんて無理だよ」

「心配ない。そのペンダントが導いてくれる。いつだってキミの助けとなる」

「あぁ・・・・・・」

シンバは手の中の三日月のペンダントを見る。

「呪文が書かれている本は、この屋敷のありとあらゆる場所に隠してあるんだ。それもゴーストを欺く為。キミはその本を探し、そして、その本の中から、呪文を探し出してほしい。わからない時はペンダントに祈るよう、願うといい。キミの想いが、ペンダントのチカラとなり、導いてくれるだろう」

「・・・・・・うん」

よくわからないまま、話が進むので、シンバは少し首を傾げながら頷く。

「そろそろワタシは失礼する」

「え?」

「ゴーストが近付いて来ている。ワタシはこの広い屋敷の中で逃げるしかないから、この屋敷のどこかにワタシはいる。ふとした時に、または常に、ワタシは現れるだろう」

「ま、待って! アナタはゴーストじゃないなら、何者なの? 精霊? 妖精? 天使? 名前とかないの? なんて呼べばいいの?」

だが、シンバの台詞が全部言い終わる前に、男は消えた。

そして、男が消えた瞬間、直ぐにドアノブがガチャガチャと音を立て、ドアが開かない事で、ノックをしながら、

「シンバ? 開けて? ボクだよ」

と、シーツが叫んでいる。

ドアは棚が邪魔をして、開かないようにしてある。

「シンバ? いるんだろ? 声が聞こえたよ? ねぇ、開けて?」

「シーツか・・・・・・ゴーストじゃないじゃん」

「ねぇ、シンバ! あーけーてぇー!」

シンバは手の中の三日月のネックレスをジィーッと見つめ、少し祈ってみるが、ドアが開かないように邪魔をしている棚は消えそうにない。

「・・・・・・チカラなんて発揮しないじゃん」

しょうがないと、シンバは棚を元の位置に戻そうとして、棚を押して、引き摺り、ふと目の前をキラキラした粉のようなものが降り注いでいる事に気がついた。

埃かなと、払うように顔を左右に振ると、更に目の前を何かが飛ぶ。

よぉく見ると、それは蝶の羽を持った小さな人。

「妖精だ!」

そう言ったシンバに、妖精はクルクル回りながら、シンバの周りを飛び、そして、棚の後ろへと消える。

「待って」

シンバは棚の後ろを覗き込むと、妖精が棚の後ろにある細長い穴の中を覗いている。

なんだろう?と、再び棚を押して引き摺って、棚の後ろ側にまわり、細長い穴を覗くと、本がある。

手を入れて、本を取ろうとする。

シンバの手でぎりぎり入る細長い穴。

やっと穴から本を取り出し、パラパラ捲ると、それはラガット・ゼプターの小説。

「本棚になかった刊だ」

そう呟き、見ると、妖精が、シンバの目の前で綺麗な羽を羽ばたかせ、一緒に本を覗き込んでいる。

なんて美しい生き物なのだろう。

全てがキラキラ光って見える。

髪の毛一本一本までが光で満ち溢れ、細やかな動きさえ、なめらかで、愛らしい。

「もしかして、ペンダントに祈ったからキミが出てきたの? キミは本の場所をいろいろと知っているの?」

妖精にそう尋ねるが、妖精はニッコリ微笑むだけで、何も答えない。

ラガット・ゼプター、つまり父の書いた小説に出てくる妖精とは違うと、シンバは思う。

ラガットの思い描く妖精は世にも恐ろしく、おぞましい者だった。

シンバは、再び、本に目を向け、ページを捲ろうとした時、

「シンバ?」

と、シーツの声が聞こえ、

「あ、今、開けるから」

と、シンバは、本をベッドの上にポンと投げ、再び、棚を押して、引き摺り、元の位置に戻した。そして扉を開けると同時に、妖精が飛び出した。

「うわぁ!」

妖精にビックリしたシーツが尻餅を着く。

「あ!」

飛んで行ってしまう妖精を追いかけようとしたが、シーツがシンバの足を掴んだ。

「何あのデッカイ蝶は? 外から入って来たの? ビックリした」

と、シンバの足を掴んだまま、そう言ったので、

「蝶じゃないよ、妖精だ」

シンバはそう言うと、シーツの手を足で振り払った。

「妖精? どこからどう見ても蝶だったよ」

と、シーツは立ち上がる。

「人のカタチしてたろ」

「え? してないよ」

「してたよ!」

「してないってば」

「してた!」

していた、していないと、2人言い合いしながら、部屋へと入る。

「シンバ、おかしいよ、妖精なんている訳ないだろ?」

「いる訳ないって思うから、ちゃんと見えないんだ!」

「見てたよ、でもあれは蝶だよ。大きな・・・・・・蛾じゃないとは思う」

「蝶でも蛾でもなくて、妖精だって! 父さんの小説にも出てくるだろ!」

「シンバ、本の読みすぎだよ、小説の世界と現実の世界が混ざってる。頭が変になっちゃってる。それに何してたの? ドアを閉めて、一人で喋って。まさか蝶と話してたの?」

不思議そうな顔でシンバを見るシーツ。

シンバはベッドの上にある本を見せて、

「父さんの小説だよ、本棚になかった本を、あの妖精が見つけてくれた」

そう言うと、シーツは、

「凄い汚れてるじゃん、汚い本だな。どこで拾ったの? そんなの捨てちゃえば?」

と、妙な顔。

「父さんの小説だぞ!」

「だからこそ、捨ててもいいじゃん、新しいのがあるよ、どっかに」

「何言ってんだよ! 父さんの小説を捨ててもいいって! どんなに汚れてても父さんの小説なんだぞ!!!!」

「だから?」

「読みたいとか思わないのか!」

「えぇ? ボクはパパの本には興味ないよ。コミックヒーローみたいなのじゃないんだもん、そうだ、スパイダーマンのポスター貼ろうよ!」

「そんなの貼るなら出てけよ」

「なんでだよ、シンバだってスパイダーマン好きじゃんか。何怒ってんの? お腹すいてんの? シンバのご飯なら、ちゃんと残ってたよ、ママに謝って食べてくれば? 適当に上目遣いでゴメンねって言えばいいんだよ、それで駄目なら、目を潤ませてみるのも手段だよ、そうだ、目薬貸してあげようか?」

「お前と一緒にするな。俺はそんな姑息な手を使わないし、悪い事をしてないのに謝る気はない」

言いながら、シンバはベッドの上に座り、本を読み始める。

「ご飯食べて来ないなら、荷物片付けちゃいなよ。部屋が片付かないと、ボクが嫌だよ」

ブツブツ文句を言いながら、荷物の整理を始めるシーツ。

シンバは本を読みながら、これがあの銀髪の男が言っていた本だろうなと確信。

ページを捲ると、本独特のニオイがする。

開けば物語が始まり、世界が広がっていく。

この物語の中に、呪文が隠されている。

「なぁ、もし願いが1つ叶うなら、シーツは何を願う?」

「なにそれ? また本の話? ボクはシンバが荷物を片付けて少しでも部屋のスペースを空けてくれる事を願うよ、2人で1つの部屋なんだから狭いのは嫌だよ」

そんなに言うのであれば、違う部屋を1人で使えばいいのにとシンバは思う。

「荷物は片付けなくていいよ、どうせ父さんが直ぐに迎えに来てくれるから」

「またそんな事言って。パパは・・・・・・来ないよ、多分」

「お前までそんな事言うなよ!」

「だって! それにボクはママと一緒でいい。ボクがパパの所へ行ったら、ママは悲しむ」

「は? なにそれ? レオンがいるじゃん、コブも」

「レオンもコブも悲しむよ! シンバだってパパの所へ行ったら、みんな悲しむよ、ボクも悲しいよ!」

「わかんない事を言うなよ」

「わかんない事を言っているのはシンバだろ!」

「じゃあ、一人ぼっちの父さんはいいのか!?」

「・・・・・・」

「誰か1人、父さんの傍にいてもいいじゃないか。それが俺なら、誰も文句ないだろう? 俺の願いは父さんと一緒にいる事――」

「・・・・・・」

黙り込んだシーツに、シンバもそれ以上、何も言わず、ベッドから出た。

シンバは再び本の物語を目で読み始める。

暗いので、テーブルに蝋燭を置き、その傍で椅子に座って読む。

灯りを独り占めしてまで読みたいものなのかと、シーツは呆れ顔。

「やっぱりシンバってどっかおかしい」

そのシーツの呟きにさえ、もうシンバの耳には届かず、物語に入っている。

ラガットの小説は全部読んでいるので、一度は全部読んでいる本だ。

でも、何度読んでも、物語に入り込める。

一度目より、二度目、二度目より、三度目、繰り返し読めば読む程、新たな発見もある。

没頭して読み始めて、気がつけば、何時くらいだろうか、シーツはすっかり自分の荷物を綺麗に片付け、ベッドに入ってスヤスヤ寝息をたてていた。

そう言えば、シャワーを浴びに行こうと誘われたが、首を振ると、シーツは1人で出て行って、暫くすると濡れた頭で戻ってきて、先に寝ると言っていたなと思い出す。

グゥッとお腹が鳴るので、シンバは、毛布を被り、蝋燭と本を持って、静かに部屋を抜け出した。

レオンや母親のネスとコブは、どの部屋にいるのだろう。

そして、今、何時なのだろう――。

下のリビングではカチコチと時計の音がして、シンバは蝋燭を上へあげて、壁をグルリを見回した。

大きな振り子の時計が、真夜中の1時を差している。

もう皆、眠ってしまっているだろう。

毛布はソファに置いて、シンバはキッチンへ向かい、冷蔵庫の中を覗き込む。

引っ越したばかりで食材は何もないが、ここへ来る途中に買ったミネラルウォーターとオレンジジュースと牛乳が綺麗に並んでいる。

飲み物だけでは、お腹にはたまらない。

テーブルにサンドイッチが置いてある。

恐らく、それは自分の夕食だろうと、シンバは大きな丸いテーブルの上に蝋燭と本を置いて、冷蔵庫からオレンジジュースを持って来て、椅子に座った。

大きな屋敷で、大きなテーブルで、真っ暗の中、蝋燭の灯りだけで食べる夜食。

シンバは大きな目をパッチリ開けて、目だけを動かし、辺りを見回しながら、サンドイッチを口に入れる。

――ゴーストは俺を見てるのかな。

――この部屋にいるかな。

――あの男の人は出てこないのかな。

――妖精もゴーストに封印されているのかな。

サンドイッチを口に運びながら、ぼんやりと考え事。

蝋燭の灯りだけの独りぼっちの食事。

家族で食事をしたのは、もう随分昔――。

シンバが生まれてから、レオンは赤ちゃん返りしたとかで、そんな事情を知らないシンバは、母親がレオンを可愛がってばかりいるように見えていた。

下のシーツも、甘え上手で、母親よりレオンと一緒にいようとするシーツに、レオンはシーツに対しては敵対心を抱かなかった。

シーツなりにレオンといれば、必然的に母親と一緒にいれる術を知っていたのだ。

そのせいか、今は要領もいい。

それに引き換え、直ぐに不貞腐れて、駄々をこねるシンバ。

だが、そんなシンバをラガットは、とても可愛がった。

だからこそ、うまく家庭が成り立っていた筈――。

〝シンバ〟

誰かの呼ぶ声で、ハッとすると、

「父さん!?」

目の前に父親がいる。

テーブルには沢山の料理。

そして、レオンとシーツと。

キッチンからネスがオレンジジュースを持って来て、ラガットの隣に座り、

〝あら、どうしたの? 食べないの? シンバ?〟

そう言った。

〝ぼんやりして、どうしたんだ?〟

ラガットがそう尋ねると、

〝またパパの本の読みすぎだよ〟

笑いながらシーツが言う。

〝シンバは本当にお父さんの本が好きだな、今度、一番のオススメを教えてよ〟

レオンがそう言って、微笑んで、シンバを見る。

〝シンバ、また本を? 余り読み過ぎるとよくないわ〟

心配そうなネスに、

〝いいじゃないか、シンバは僕とは違い、夢の中で生きてないさ〟

ラガットはそう言って、ネスの手を握り、シンバを見る。そして――

〝シンバ、こんなにも僕達は幸せな家族だと思わないか?〟

そう尋ね、シンバはコクコク頷く。

〝そうだろう? 例えば誰か1人欠けたとしても、僕達家族は崩れない。僕はそう信じている。僕は世間では現実で生きて行けず、夢の中で生きている人間だと言われているが、こんなに素晴らしい家族が現実に存在しているのに、夢の中で生きていく訳がない。シンバに会えた事、僕は神に感謝している〟

そう言った後、ネスの耳元で、

〝一番はキミに感謝しているけどね〟

そう囁いて、シンバにウィンクする。

レオンもシーツも優しい微笑みで、シンバを見ている。

〝シンバ、何も願う必要なんてないさ、今ある全てを守り、今ある全てに感謝する。それだけだよ。さぁ、折角のママの料理だ、冷めない内に感謝して頂こう、こうして家族揃って食べるディナーはいいもんだ、いつも――〟

ラガットの台詞を途中で遮るように、突然、

「惑わされてはいけない!」

誰かが叫んだ。

再び、ハッとすると、目の前は蝋燭の灯りがゆらゆら揺れる暗い部屋。

テーブルには食べかけのサンドイッチと、飲み掛けのオレンジジュース。

「ゴーストに惑わされては駄目だ。ゴーストはキミの心に入り込み、姿形を変えて、キミに幻を見せる。もしもキミが本当に望むのであれば、その幻だってワタシなら叶えてあげられる。だからゴーストの言葉に耳を貸してはいけない。ゴーストはワタシの封印を解いてしまわないよう、キミを操るつもりです。ワタシの封印が解ければ、ワタシはゴーストから逃げれる。だから逃がさない為に、ゴーストはありとあらゆる方法でキミを惑わすでしょう、でも、どうか負けないで下さい」

声はするが、男の姿は見えない。

近くにゴーストがいるせいだろうか。

「一見、幸せなシーンも、我に返れば残酷です。辛い試練でしょうが、負けないで下さい」

「・・・・・・でも」

「いいですか、願いは1つ。沢山の願いを叶えてあげたいが、それはできない。願いは1つです、願いは1つ――」

「・・・・・・封印を解いたら、本当に叶えてくれるんだよね?」

「えぇ、叶えてあげますよ、たった1つだけ、願いを――」

「でも父さんが戻っても、母さんは喜んでくれるのかな? みんな笑ってくれるのかな」

「わかりません。ワタシはキミの願いを1つ叶えてあげられるだけ」

シンバは自分の願いに迷いがある。

父親に会いたいのか、それとも、家族全員と暮らしたいのか――。

シンバが望む事は、ネスもレオンもシーツも、そしてコブも望む事であるのか――。

もし違えば、誰からも笑顔は見られず、叶えてもらった願いも無駄に終わる。

ラガットに会い、二人でどこかへ消えるべきなのか――。

ラガットと一緒に、みんなで暮らすべきなのか――。

願いは1つ――。


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