Nightmare

ソメイヨシノ

1.ゴーストハウス

まるで笑う顔をしているような木々が並ぶ。

そこを車が落ち葉を舞い上がらせながら走る。

欠けた月が、暗い空に浮かぶ。

「もうすぐ着くわよ、そうだ、今日は疲れてるから手の込んだ料理は無理だけど、明日はご馳走を作るわ、5人の新しい生活の始まりにお祝いしましょう?」

車の運転をしながら、ネスは明るい声を弾ませてそう言った。

「お母さん、いいよ、無理しないで? 引越しの荷物を片付けたりで、きっと明日も疲れてるよ。僕達はパンとジャムで平気。お母さんがパンにジャムを塗ってくれるだけで僕達にとったらご馳走だよ。な? シンバ? あ、お母さん、そこを右みたい」

15歳の長男のレオンは、助手席で、地図を見ながらのナビをして、そう言った。

「・・・・・・」

後部座席で耳にヘッドフォンを付けて不機嫌そうに黙っているのは13歳の次男のシンバ。

その横でウトウトしているのは12歳の三男のシーツ。

更にその横で眠っているのは、まだ赤ん坊の四男のコブ。

車の窓に流れる景色は木々ばかり。

同じ木が並び、まるで、迷路のよう。

道もクネクネした砂利道で、車の中は結構揺れる。

どんどん都会から離れて、田舎の方へ、田舎から、山の方へ、車は走る。

すっかり暗くなり、ライトをつけて走る車の中で、母親のネスは子供達に必死で明るく話しかけるが、答えるのは長男のレオンばかり。

「やっと着いたわ」

車を停め、目の前の屋敷を見上げるネス。

レオンも車を降りて、後ろのトランクから荷物を取り出す。

「着いた!? 着いたの!?」

と、飛び起きたシーツは黙ったまま腕を組んで座っているシンバが邪魔で降りれない。

後部座席のドアが開き、

「シンバ、降りて? 荷物、片付けないと。ほら、シンバ、来たがってたでしょう? パパの昔の実家に!」

ネスがそう言ったが、シンバはピクリとも動かない。

「シンバ!」

ヘッドフォンを無理矢理とり、

「いい加減にしなさい、幾ら不貞腐れても、ニューヨークには戻らないわよ! これ以上、ママを怒らせないで! 約束して? 返事くらいする事! ウンでもウウンでもいいから! 黙って拗ねるのはやめて! 無視は一番の卑怯よ!」

シンバを叱る。

だが、シンバは取り上げられたヘッドフォンを強引に奪い返し、顔を背ける。

溜息を吐くネス。

「シンバ、聞いて? 確かにニューヨークに比べたら、ここは不便よ、でもこれから5人で生活をしていくの、みんなでチカラを合わせて、頑張っていくの。贅沢もできないわ。みんな、我慢してるの。わかるでしょ? ね? さぁ、降りて? シーツもコブも降りれないわ」

シンバは降りる気なく、耳にヘッドフォンを当てる。

そんなシンバの服を乱暴に持ち、車から引き摺り下ろしたのはレオン。

「何すんだよ!」

と、レオンに飛び掛るシンバに、レオンもシンバを突き倒し、

「ガキみたいな事をいつまでもやってんなよ! 早く自分の荷物くらい家に入れろよ、お前のせいで、全部、遅くなってんだろ!」

そう吠える。だが、

「うるせぇ! 兄貴面すんな!」

と、再びレオンに飛び掛る。

とりあえず、車から降りれたとシーツは、2人の喧嘩を無視して、自分の荷物を車のトランクから降ろし、先に屋敷の中へ向かう。

ネスも赤ん坊のコブを車から降ろし、屋敷の中へと入って行く。

シンバは地面の上に倒れ込み、レオンは、そんなシンバに、

「早くしろよ、お前の荷物だけだからな、残ってるのは!」

と、自分の荷物を持ち、屋敷の中へと入って行く。

シンバは悔しくて、唇を噛み締めながら、車に八つ当たりで蹴り上げ、そして、自分の荷物を持って、屋敷を見上げる。

「・・・・・・まるでゴーストハウスだ」

屋敷は古い城のような造りで、蝙蝠が似合いそうだ。

「シンバ、ボク達一緒の部屋でいいよね?」

シーツが玄関から飛び出して来て、そう言った。

シーツとシンバは身長も大差なく、着ている服が同じなら見分けがつかないくらい似ている。双子と言ってもいいくらいだ。

サラサラの髪の色は綺麗なブロンドで、ナチュラル。

「なんでさっき加勢してくれなかったんだよ!」

「え? あぁ、だってボクは喧嘩なんて好きじゃないもん。それに加勢するならレオンの方に加勢するよ、シンバのが悪いもん」

「なんで俺が悪いんだよ、なんでもかんでも俺のせいかよ!」

「大体はシンバが悪いよ」

「なんだよ、大体って!」

「ねぇ、それよりさ、部屋は一緒でいいでしょ?」

「・・・・・・怖いんだろ、お前」

「ち、違うよ! 部屋、一杯ありすぎて、だから、その、えっと、好きなの使っていいって言われても、どれが好きかわかんないから、シンバと一緒でいいかなって思ったんだよ」

「やだよ、お前、夜中にトイレに付き合えって言うから」

「言わないよ!」

「言うよ」

「言わないってば!」

「言うよ」

「言わない!」

「言う」

「言わないよ!」

「言う」

2人で、言わない、言う、そのやりとりを続けながら、屋敷の中へ入る。

「シンバ、シーツと一緒の部屋にしろ」

屋敷の中へ入ると、レオンがそう言って、荷物を片付けている。

ショートの髪の色は母親と同じ栗色で、15歳の割りに高い身長と、スリムな体型のレオン。

顔立ちも母親似で、繊細そうで、美しく、美形だ。

瞳は家族全員、綺麗なブルー。

「はぁ!? なんで!? 部屋は一杯あるんだろ!? シーツの怖がりに、なんで俺が付き合うんだよ!」

「勘違いするな。悪戯ばっかりしてるお前の監視役にシーツをつけるんだよ」

「なっ!?」

「それとも僕と同じ部屋にするか? 嫌だろう? 僕とは」

言い返したいが、何も言い返せず、シンバは、壁をガンッと蹴りつけ、

「シーツ、二階行くぞ!」

と、階段を上って行く。

その後ろを、慌ててシーツが駆けて行き、水の入ったバケツを持つネスにぶつかりそうになる。ネスの栗色でウェーブがかった長い髪は後ろで束ねられ、赤いバンダナまでしているから、

「ママ、可愛いね」

と、ぶつかりそうになりながらも、シーツはそう言って、ネスを見上げながら、階段を上り、そして、ネスを見下ろして、手を振って駆け上がる。

「こら、シーツ! 調子いい事言っても許さないわよ、走らないで歩きなさい」

「はーい、ママ!」

二階は細長いローカが続き、幾つモノ扉がある。

下から、

「お母さん、業者の人が掃除してくれてるから、綺麗になってるよ」

「そうなんだけど、なんだか埃っぽく感じるのよね」

「じゃあ、僕が掃除しておくから、お母さんはコブと一緒に少し休んだら? 運転しっぱなしで疲れてるでしょ?」

そんな会話が聞こえてくる。

「ムカツク! 母さんのご機嫌ばっかとりやがって! 父さん、いつ迎えに来てくれるんだろう」

そう呟くシンバに、

「パパ、迎えに来るの?」

と、シーツが尋ねる。

「来るよ。絶対来るよ。だって、父さんが俺をほっとく訳ない」

「・・・・・・ふぅん」

シーツは頷きながら、首を傾げる。

部屋をひとつひとつ開けて、ベッドが2つある部屋を見つけ、

「シンバ、ここにしよ」

と、シーツが部屋の中へ転がるように入ったが、シンバは、

「じゃあ、ここにすれば? 俺、他にする」

と、別の部屋を探し出す。

歩くたびに軋むローカ。

業者が掃除したと言っても、誇りっぽい空気。

カントリー風の壁の模様も、すっかり色褪せて、何のシミかわからないが、シミだらけ。

だが、薄暗いローカは視界を悪くして、汚れなど気にもならない。

角部屋で、気に入った部屋を見つけ、シンバはそこに荷物を下ろした。

電気を点けるが、部屋は余り明るくならず、薄暗い。

「えー! ベッドが1つしかないよー!?」

「ここ、父さんのニオイがする」

シンバがそう言うので、シーツはスーッと息を吸い込むが、

「古い家のニオイしかしないよ」

と、首を傾げて、そう言った。

「するよ、きっと、父さんの部屋だったんだ」

父の名はラガット・ゼプター。

ファンタジー小説家だ。

ファンタジーと言っても、子供が読めるような物ではなく、恐ろしくて、震え上がる程、リアルな描写で、ダークファンタジーファンの間では素晴らしいと言われている。

確かに小説は素晴らしいが、彼自身は世に受け入れられていない。

彼の小説はホラーなんてもので片付けられる内容ではない。

だが、ファンタジーだ。

それ程、彼の小説は夢と現実が交差しているかのようで、読む者は悪夢に魘される程。

そのせいか、彼自身は人々から奇人として忌み嫌われている。

そんな彼を、今も尚、尊敬し、愛している者がいる。

それがシンバだ。

シンバは、子供だが、どんな残酷な物語も全て読んで、全ての物語を愛していた。

確かに残酷な物語だが、闇で蠢く者だけではなく、光あるシーンも沢山あるのだ。

シンバはその光と闇がある物語が好きだった。

何より、父が書いたモノならば、それだけでワクワクした。

ラガットはそんなシンバを、最愛の息子へ贈ると、Dream Collectionという物語を書き、その主人公のモデルにし、その小説だけはハッピーエンドで終わらせている。

ラガットの小説では、最初で最後のハッピーエンドだと言われている。

妻であるネスも、彼を愛していた筈。

だが、別れてしまったのだろう――。

彼の所有する屋敷をもらい、息子4人を連れて、ここに住むつもりみたいだ。

「シンバ、寝る位置は壁側がボクでいい?」

「・・・・・・好きにすれば?」

シンバは部屋をぐるりと見回し、本棚を見る。

「凄い、父さんが書いた本が一杯ある。全巻揃ってるのかな。父さんが揃えたのかな」

「パパじゃなくてママかもよ?」

「は?」

「シンバの為にママが本を揃えておいてくれたとか」

「バカだろ、お前。俺がこの部屋を選ぶって、母さんがわかる訳ないじゃん。なのにこの部屋の本棚に父さんの本を揃えて置いておくなんて変だろ」

「ソレを言うならパパだって揃えて置いておく必要ないじゃん」

「父さんはこの部屋を最近まで使ってたんだよ、だから、本が揃ってるんだ。言ったろ、父さんのニオイがするって」

「・・・・・・ふぅん」

「あれ? でも全巻揃ってないや・・・・・・所々、抜けてる・・・・・・ほら、見ろよ?」

シンバがそう言って、シーツを見ながら、本棚を指差した。

「見てもわからないよ、パパの本、知らないもん、ボクは」

「・・・・・・おかしいな、1巻から5巻まである本が2巻だけ抜けてる。こっちは上下巻の上がないや。それにこれも1巻がない・・・・・・」

言いながら、シンバは本棚の本を1つ、1つ、手にとって見る。

そして、ある本を手に取り、その表紙をジィーッと見つめて、知らない本だと確信する。

その本には作者名が書かれていない。

タイトルしか書かれていないのだ。

「これ・・・・・・父さんの本かな・・・・・・?」

その本を持って、表紙をジィーッと食い入るように見ているので、

「まさか、また本を読むの? シンバは本が好きだね」

荷物を開けながら、シーツがそう言うと、シンバは、

「本が好きな訳じゃない。父さんの世界が好きなんだ」

そう言った。

「・・・・・・ナイトメア?」

本のタイトルを読み上げ、シンバはその本を持ち、ベッドへ上がり、本を開こうとした時、

「先に荷物を片付けようよ、パジャマにだって着替えた方がいいよ。それにランプとかママに言って、もらって来た方がいいよ、電気点いてるけど、なんだか薄暗いから目が悪くなるし、そんなんで文字が見えるの?」

シーツがそう言うので、シンバは面倒くさそうに、ベッドから出て、自分の大きなカバンを近くの椅子の上に置き、中から、いろいろと取り出して、テーブルの上に並べる。

突然、ガタガタと揺れ出す小さなガラス窓。

「ねぇ、窓の外見て? なんか風が凄いよ」

シーツがそう言うので、シンバは小さな四角い窓を見る。

風に揺らされる窓はガタガタと音を出し、今にも外れてしまいそう。

木々が横倒しになりそうな程に傾いている。

「嵐みたいな風だね、なんか木が怒ってる顔に見えて怖くない?」

「父さんの父さんと母さん・・・・・・俺達のお爺ちゃんとお婆ちゃんは、この屋敷のどこかで変死体で見つかったんだよな」

「え?」

「やっぱり風が強い日だったらしい」

シンバは何食わぬ顔で、荷物を片付けながら、話をする。

シーツは手を止めて、シンバを見つめ、ゴクリと唾を呑み込む。

「そういえば、父さんの本に書いてあったな、風の強い日は停電するから、みんな早く寝るんだ、そうすると、みんな、同じ夢を見る。その夢は――」

突然、部屋のドアがガチャリと開き、シーツはビクッとする。

「部屋が暗いから蝋燭を持って来たわ、どこもかしこも、電気は点くんだけど、配線が悪いのかしらね、明るくならないわ。なんだか急に風が強くなって来たし、停電なんて事になるかもしれないから。この辺は強風が突然来るから懐中電灯も探しとかないとね。後、毛布も持って来たわ、まだそんなに寒くはないかもしれないけど――」

ネスが火の灯った蝋燭と毛布を持って立っている。

蝋燭の火が揺れながら、シンバとシーツの大きな影を作り出し、ゆらゆら動いて見せる。

ドアを開けたのが母親だとわかり、シーツはホッとするが、直ぐに、シンバの話を思い出して、

「停電なんかなったら怖いよ! ボク、ママと一緒に寝ていい?」

と、ネスにしがみついて、甘え出した。

シンバは心の中で、〝そうしろ、そうしろ〟と唱えている。

「ダメよ、コブがまだ夜泣きするし、その泣き声で、シーツも何度も夜中に起きちゃうわ、そしたら、明日の朝、起きれなくなっちゃうわよ。明日から新しい学校でしょう? だから夜はグッスリ寝なさい? おにいちゃんと一緒だから怖くないでしょ?」

ネスは言いながら、毛布をベッドの上に置く。

「おにいちゃんってシンバは1つしか違わないもん」

「あら、1つでも、おにいちゃんはおにいちゃんよ。シンバ、シーツの事、お願いね」

何をお願いされてるのか、サッパリわからないので、シンバは無言。

相変わらずの無視状態に、ネスは深い溜息。

「じゃあ、蝋燭とマッチ、この棚に置いとくわね、部屋を出る時は消してね。それから倒さないようにするのよ、危ないから。夕飯の仕度ができたら呼ぶわ」

ネスはそう言うと、ドアを閉めて行ってしまった。

「・・・・・・シンバ、もうさっきの話やめてよね」

「何が?」

「わかってるんだから。どうせボクを怖がらせて、この部屋から追い出そうとしてるんだろう? ボクはシンバの監視役だから、出て行かないよ。シンバと一緒にいるんだ」

「別に怖い話なんてしてないだろう? みんな同じ夢を見る、その夢は楽しいって言おうとしたんだから」

「嘘だよ、だって、お爺ちゃんとお婆ちゃんは変死体で見つかったって言ったじゃん」

「それこそ嘘だって気付けよ、お爺ちゃんとお婆ちゃんはマンハッタンだろ」

「・・・・・・そっか」

頷くシーツに、シンバは、ふと思った。

――父さんが小さい頃、住んでいた屋敷。

――父さんの、どの小説にも何度か出てくる屋敷のモデル。

――この屋敷、なんで売らずに、壊す事もなく、そのまま置いてあるんだろう?

――父さんが若い頃、家族で、この屋敷を出て、ニューヨークに引っ越したと言っていた。

――ニューヨークに引っ越した後も、誰も使ってないのに。

――俺が父さんの小説を読んで、この屋敷に行ってみたいと言った事があった。

――でも父さんは〝いつか〟と言い続けて、結局、連れて来てくれなかった。

――この屋敷は売りたくなかったのかな、それとも売れなかったのかな。

――家具もそのままだし、ベッドもなにもかも、そのまま。

――全て新しく買い替え、ニューヨークに出てきたとしても、屋敷は手放さなかった。

――なのに、なんで、今更、母さんにあげたの?

――ハッキリ言わないけど、二人は離婚したの?

――だとしたら、そんな理由で、俺はいつか来て見たかった場所に来れても嬉しくないよ。

ギシギシとローカが軋む音がする。

誰かがローカを歩いて来る。

「夕飯かな?」

そう言って、シーツはドアを開けて、ローカに出たが、首を傾げて戻ってきた。

「誰もいないや。今、足音が聞こえなかった?」

そう言ったシーツを見るシンバの視界が消える場所で何かが動いた気がして、シンバは振り向いて、更に後ろを向いて、ぐるりを見回す。

「なに? どうしたの? シンバ?」

「今、誰かいなかった?」

「え?」

「俺の横って言うか、背後辺りって言うか」

「いないよ」

「いない? 人が動いたんだよ」

「自分の影じゃない?」

「影?」

シンバは壁に揺れる大きな自分の影を見る。

「違うよ、影じゃなくて――」

「あ! わかったぞ!」

突然、閃いたようにシーツが声を上げ、

「ボクを怖がらせようとしてるんだろ!」

少し怒った顔でシンバを睨み、そう言った。

「なんで? 俺、ここでお前と一緒に荷物整理してただけだろ?」

「誰もいないのに、誰かいるような事言ったりしてるじゃないか」

「最初に足音だって言ってドア開けたのはシーツだろ!?」

「足音が聞こえたんだもん」

「俺だって誰かいるような気がしたんだよ!」

「でもいないじゃん」

「お前だって、ローカに誰もいなかったじゃん!」

「シンバは足音が聞こえなかったの?」

「・・・・・・聞こえたけど、そんなの風のせいかもしれない」

「だったら誰かいるような気がしたのも、自分の影かもしれないよ。なのに、なんで違うって言い切るの? シンバ、変だよ」

「もういい」

シンバは、ムカッと来て、これ以上は余計に腹を立てると、話を中断させた。

シーツもムッとした表情で、自分の荷物の片付けの続きを始める。

暫く、沈黙で、部屋の中は風が窓を叩く音だけが響いていた。

再び、ローカで足音が聞こえ、シンバとシーツは、お互い、見合い、そして、シンバがドアを開けようと、ドアの前に立つ。

シーツはベッドに潜り込んだ。

ベッドの上に置いてあった、シンバが本棚から持ち出した本が、下に落ちる。

シーツは、顔の半分だけ布団から出して、ドアを開けようとするシンバの背を見守る。

シンバが、ドアに手を伸ばした瞬間、ドアが開き、

「ご飯だよ」

レオンが、そう言って立っていた。

シーツはベッドからホッと安堵の溜息を吐きながら、のそのそ出てくる。

「荷物は片付いた? 角部屋なんて、いい部屋をとったな。でもベッドが2つある部屋もあっただろう? 2人で1つのベッドは窮屈じゃないか? お前達、そんなに仲良かったっけ? 甘えん坊のシーツが1つのベッドで寝たいって言ったんだろう」

「違うよ、ボクはベッドが2つある所にしようって言ったのに、シンバがここがいいって言うんだ」

シーツは、レオンに駆け寄り、そう言った。

シンバは、無視して、自分の荷物の片付けを始める。

「へぇ。シンバ、なんでここが気に入ったんだよ?」

そう聞いたレオンに、シンバは無言。変わりにシーツが答える。

「パパのニオイがするんだって!」

「余計な事言うなよ!」

シンバはシーツを叩こうと手を振り上げるが、シーツはサッとレオンの背後に隠れて、レオンの背にしがみつき、

「だって、そう言ったじゃないか! なんで怒るの? 言っちゃいけないなんてシンバ言わなかったじゃん! なんで叩くんだよ!」

と、叫ぶ。

そんなシーツをシンバは怒りに任せ、叩こうとするが、レオンが押さえ付け、

「直ぐに暴力を振るうな! 弟をイジメるのも大概にしろ! お前はシーツの兄貴だろ、面倒をちゃんとみろよ。シーツはコブをちゃんと寝かしつけたりしてるだろ? 僕もお前の事を気にかけてやってるだろ、お前だけだぞ、自分の事ばっかりで、勝手なのは!」

大声で叱りつけるように、そう言った。

レオンに押さえつけられた腕を振り払い、

「俺を気にかけてる? どこが? 俺の言う事を何でも否定する癖に!」

吠え返した。

「それはお前が嘘ばかり吐いて、言う事を聞かないからだろ!」

「嘘なんて吐いてない!」

シンバがそう叫ぶと、シーツが、

「シンバは嘘吐きだよ、お爺ちゃんとお婆ちゃんは変死体で見つかったとか言うし、さっきも誰もいないのに誰かいるって言ってボクを怖がらせようとしたんだ」

と、レオンに言い出した。レオンは呆れた顔で、シンバを見て、

「なんでそんな事を言うんだ、シンバ」

と、説教染みた声を出した。

「変死体は怖がらせようとしたけど、誰かいたのは嘘じゃない。誰かいたんだ。でも振り向いても誰もいなかった。でも誰かいたんだ!」

「影じゃないのか?」

そう言ったレオンに、

「ボクもそう言ったんだ、でもシンバは〝もういい〟って怒ったんだ」

と、シーツが更に告げ口。

「お前だってローカの足音に気付いたじゃないか! 俺だけが何か気配を感じた訳じゃないだろ! 何かいるんだよ、この家には! 気付いてるくせに気付かないふりするな! この怖がり! 弱虫! 臆病者!」

シンバはそう言いながら、シーツに拳を振り上げる。

レオンの背に隠れているシーツ。

そしてシンバに呆れて、

「いい加減にしろ!」

と、吠えるレオン。

「シンバ! 意味不明な事を口走るな! お父さんみたいになるぞ!」

その台詞で、振り上げた拳は下に下りたが、シンバは完全にキレた。

「父さんみたいになれるなら、嬉しい事だ。出て行け」

冷静な声だが、怖い顔で、そう囁くシンバ。そして、キッとレオンを睨むと、思いっきりレオンを突き飛ばし、

「出てけ、出てけ、出てけよ!!!!」

と、ローカへ追い出し、ドアを閉めた。

レオンと一緒にローカに突き出されたシーツは、

「ボク、今夜、シンバと寝なきゃダメ?」

と、レオンに尋ねる。

レオンはやれやれと溜息を吐いて、シーツの頭をポンポンと軽く叩き、

「シンバ、お前も直ぐに下りて来いよ、夕飯は全員で食べる。お前が遅くなれば、僕達の夕飯も遅くなる。お前の勝手な行動で僕達に迷惑をかけるな。いいな?」

そう言った。

シンバが、ドアをガンッと蹴った音で、それが返事だと、レオンは、

「先に下に行ってるからな」

と、シーツと一緒に下へ向かう。

「ねぇ、レオン、どうして、ボク達があの部屋を選んだってわかったの? ママもさっき蝋燭を持って来たよ、全部の部屋をボク達がいるか探したの?」

「違うよ、ドアの下の隙間から光が漏れてるから、シーツとシンバがいる部屋がわかったのさ。きっとお母さんもそうだよ。それにしても凄い部屋数だよな、あ、こんな所にもローカがある。まるで迷路みたいだ」

「迷ったらどうする?」

「大丈夫だよ、シーツが迷子になったら、僕が探してあげるからさ」

ドアの向こう、2人は仲良く会話しながら行くのが聞こえ、シンバは耳にヘッドフォンをつけて、最大音量で音楽を流す。

そして、部屋で一人、イライラをベッドの布団にぶつけるように拳を叩き付けていた。

ガタガタ揺れる小さな窓の音も、ヘッドフォンから流れる音楽が掻き消す。

夢中に怒りを発散するシンバ。

突然、ヘッドフォンが外れ、シンバの肩を何かが掠めた気がして、シンバはバッと後ろを振り向く。

外れたヘッドフォンが首に巻きついたまま、微かに音楽を漏らしている。

呼吸を乱し、何故、ヘッドフォンが外れたのか、何が自分の肩に触れたのか、シンバは部屋を見回し、天井も見上げる。

だが、何も見えない――。

ふと、足元に落ちている三日月のネックレス。

なんだろうと拾い上げて見ると、誰かがシンバの頬を触った気がした。

恐ろしくなり、シンバはドアを開け、ローカを走り、階段を駆け下り、リビングにいるネスやレオンやシーツ、それから、ゆりかごの中のコブの所に来た。

「シンバ、偉いな、僕の言いつけ守って、直ぐに下りて来たな」

そう言ったレオンに、

「ここはゴーストハウスだ!」

シンバは叫ぶ。

「何?」

眉間に皺を寄せ、レオンはシンバを見る。

「何かいるよ、俺の肩に誰か触ったんだ、ヘッドフォンが勝手にとれた。誰かが俺の耳から外したんだよ! それに誰かが俺の頬を触って来たんだ!」

「誰かって誰だよ?」

「だから見えない誰かだよ、きっとゴーストだ」

そう言ったシンバに、レオンは深く溜息を吐いた。

ネスも、シーツも、無言で、コブはすやすや寝息をたてている。

「折角、褒めてやったのに、どうしてお前はそう嘘ばかりなんだ」

「嘘じゃないよ」

「素直に謝れ、シンバ」

「なんで? なんで謝らなきゃいけないの? 何も悪い事してない」

そう言ったシンバに、ネスが近付き、シンバの視線と同じにする為、腰を下ろした。

「アナタはいつもそうね、シンバ。何も悪くないと主張する。でもアナタの小さな嘘に傷つく人がいるのよ。いい? ここはゴーストハウスじゃないわ、確かに見た目はお化け屋敷に近いけど、ここは私達の家なの。これから住む場所。いるのは、アナタと私と、レオンとシーツとコブの5人。ゴーストはいないわ」

「でも俺の肩を!」

「黙って、シンバ! シーツが怖がりなのはよく知ってるわよね? おにいちゃんのアナタが弟を怖がらせて楽しい? それにね、そんな嘘を言っても、ニューヨークには戻らないわよ、私達はここに住むの、わかった?」

ジッとシンバの青い瞳を見つめ、ネスはそう言い聞かせると、シンバはコクコクと頷き、

「・・・・・・わかった」

そう答えた。

ネスがニッコリ微笑むと同時に、

「だから父さんはいなくなったんだ」

シンバがそう言って、ネスの笑顔はフリーズする。

「いつだってそうだ、父さんの話を聞こうともしない。否定ばっかり。だから父さんはいなくなった。母さんのせいだ」

「いい加減にしろ、シンバ!!!!」

レオンが大声で怒り、その声にビクッとするシーツとコブ。

コブはうわぁぁぁぁんと声を上げて泣き出した。

ネスが立ち上がり、コブを乗せたゆりかごを揺らしながら、コブの額を撫でる。

レオンはツカツカとシンバに近寄ると、シンバを突き飛ばした。

レオンの方がシンバより、背も高いし、力もある。

なので、シンバは床に尻餅をついて、レオンを見上げ、睨む事しかできない。

「お父さんがいなくなったのは、お母さんのせいじゃない! お母さんを置いて行ったのはお父さんの方だ! お父さんがいなくなったのは・・・・・・お前のせいだ!!!!」

そう叫んだ。

「レオン! やめなさい!」

ネスが大声で二人の間に入り、そう言うが、シンバは、立ち上がり、

「なんだよ、それ!」

と、レオンを睨む。

「大体、お父さんも変だった。何がダークファンタジーだよ、バカバカしい小説を書いて、奇人扱いされてさ。それで僕達がどれだけ学校でイジメられて来た? あぁ、シンバはイジメられるタイプじゃなく、イジメるタイプだからな。僕もイジメられても気にはしないが、シーツは辛い思いしてただろ、お前も知ってるだろ」

「それと父さんがいなくなった事は関係ないだろ!」

「あぁ、でも、いなくなって良かったって言ってんだよ、お父さんの現実離れした話に、もう付き合う必要なくなったからな。あの嘘ばかりの話を聞く必要もなくなったし、もう嘘を信じたフリもしなくていい。シンバ、お前も、いい加減、目を覚ませよ! いつまで夢の世界にいるんだ!」

「レオン、もうやめて。いいのよ。もうシンバもわかったわ、ね?」

ネスがそう言って、興奮状態のレオンを止め、シンバを見る。

シンバはレオンを睨み、そして、

「父さんの話は嘘じゃない」

俯いて、そう呟くと、その場から逃げるように走り出し、階段を駆け上がる。

「シンバ!」

と、ネスとレオンの呼ぶ声が聞こえた。

シンバは二階の角部屋へと転がり込むと、ドアを閉め、棚を動かし、ドアの前に棚を置く。

これでドアは誰にも開けられない。

シンバはベッドの中へ潜り込んだ。

早く父親が迎えに来ればいいのにと、心の中で叫びながら、膝を抱え、体を丸める。

自分の中の悲鳴が溢れ出さない様に、もっと小さく体を丸める。

この世からなくなってしまってもいいと思う程、小さく小さく。

ラガット・ゼプターの小説を思い出す。

このまま空気になろう――。

地球は僕の重力を忘れ、太陽は僕の影を消し、月は僕を見失う――。

このまま空気になって、消えて、僕は何もなくなる――。

そうなっても誰も悲しみを生まない――。

あれは何と言う小説のタイトルだったか。

シンバは沢山の父の小説を読みすぎて、どの本だったか、タイトルが思い出せない。

「タイトルなんてなくていい」

――そうだ、タイトルなんて別にいらない。

「そう、物語のタイトルは主人公である読者がつければいい」

――そう、父さんの小説はそんな感じだ。

――タイトルにインパクトは何もない。

――だからいつも俺は読み終わってから、俺の勝手なタイトルをつけてた。

シンバは、そう思いながら、誰かと会話している事に気がつき、バッと布団を撥ねた。

そこに、見た事もない人が立っている。

それは美しい男性の姿で、いや、女性にも見えなくはないが――。

着ているタキシードが男性だと思わせる。

長い銀色の月のような髪をサラリと下に落とし、そして半透明のせいか、真っ白で消えてしまいそうな肌の色と、美しい長い指をしている。

瞳は常に遠くを見ているような、そして獲物でも狙う強い眼差しを持つシルバー。

年齢は若そうで、結構いってそうで、そして優しい顔立ちと声と、どこかラガットに似ている不思議な雰囲気がシンバに安心感を与えた。

だが、体が半透明で、シンバは直ぐにゴーストだと思った。

――やっぱりゴーストハウスだったんだ、ここ。

――だから嘘じゃないって言ったのに!

そう思ったシンバの心の声が読めるのか、その男は、ふふふと微笑んで、

「ゴーストハウスへようこそ」

と、そんな台詞を吐いた――。


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