第2話 必要以上に関わりになりたくない奴

 あれだけ安座あんざにやられた傷は朝になるとほとんど痛みさえ消えてしまっていた。これは夜寝ている間に僕が行うオマジナイに起因する。

 丘咲家で僕は日常的に痛めつけられている。そのたびに、瞼を閉じて痛みを僕が想像で生み出した箱のようなものに入れることをイメージすると、嘘のように痛みは消えてしまうんだ。このオマジナイにより、僕はこのクソのような家でどうにか生活を続けられていた。

 急いで私服に着替え、ランドセルを持って屋根裏部屋をでる。

極力物音を立てぬよう気を付けながら、屋敷から飛び出す。

 僕、相模白部さがみしらべの相模家は丘咲家の分家筋。特に僕の両親は本家である丘咲家を裏切り粛清されたという経緯がある。だから僕に対する丘咲家の扱いは杏子のような一部の例外を除き、冷淡なものだ。いや、殴る蹴るなど日常茶飯事であり、異常な回復力がある僕でなければ既に死んでもおかしくないような扱いだ。虐待といった方がよほど正確かもしれない。

 玄関を開けると、汗だくの黒髪の少女とばったりと出くわす。


「あっ……」


 この杏と瓜二つの女は丘咲美柑おかざきみかん。似ているのは外見だけ。頻繁に悪質な嫌がらせを僕にしてくるいけ好かない奴だ。元々、昨日の黒布のアイテムもこの女が持ってくるよう指示して起きたことだ。この女の我儘に幾度も散々な目にあっている。正直、この女には極力関わりになりたくはない。


「おはよ」


 目を合わせず、軽く会釈をして通りすぎようとするが、


「待ちなさいっ!」


 右腕を掴まれてしまう。


「何?」


 鬱陶しいから無視するのが最良だが、それをすると後が厄介だ。この女、結構根にもつし。

 だから、語気を強めて尋ねた。


「身体は大丈夫なの?」


 不貞腐れたように叫ぶ美柑に、


「ああ、この通り」


 できる限り簡潔に答える。美柑は僕の全身をぶしつけに眺めていたが、大きく息を吐きだすと、


「いくらこの軟弱者でも、少し転んだくらいで大怪我などするわけがないじゃないッ! まったく杏子の心配性も困ったものね!」


 腰に両手を当ててそっぽを向きながら、声を張り上げる。


「あ、そう」


 もういいだろう。この女とは必要以上に関わりになりたくはない。

 そう述べると美柑に背を向けて玄関の扉を開けて外に出る。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る