第五章 過去回想編

第1話 代わり映えのしない最低な日常

 2058年2月8日 日本 紘坂町


 紘坂町、関東にある人口5000人の中規模都市。僕が生まれた町であり、ずっとこの街が嫌いだった。いや、より正確にいえばこの町というより、この家が嫌いだったわけだが。


「ほら、さっさと早く運べ!」


 熊のような青年が背中越しに怒鳴ってくる。今の僕が両手で黒色の布で包まれた物体は1メートルを超える長さで、重さも20㎏はある。とてもじゃないが、今の貧弱な僕では持ち上げることが精一杯。多分、こいつはそれをわかっていて、運ぶように叱咤しているんだ。


「あっ!」


 案の定、躓いて顔から地面にダイブする。熊のような男、安座あんざはニヤケ顔で俺に近づくと、


「何やってんだ、それ、いくらすると思っているっ⁉」


 僕の腹を蹴り上げる。一瞬息ができず、咳き込んでいると、


「ぼさっとすんな」


 再度身体が浮き上がるくらい蹴られる。精一杯の抵抗で、蹲った状態で安座あんざを睨みつける。


「なんだぁ、その目はっ!」


 始めて奴から笑みが消え、蟀谷に太い青筋が張る。そして、胸倉を掴まれると丸太のような腕で殴られた。

まあ、僕の性格からすれば当然こうなる。その日も、僕はただひたすらサンドバックになる。


 気が付くと馴染みの屋根裏部屋の天井の木目が見える。

 起き上がろうとすると、全身に痛みが走る。


「ダメだよ! もうちょっと寝てなきゃ!」


 馴染みの少女のいつになく必死な声が鼓膜を震わせる。音源に顔だけ向けると、そこには腰まで伸ばした赤色の髪をパッツン刈にした小さな少女が心配そうな表情でのぞき込んでいた。


杏子あんず……」


 この少女は丘咲杏子おかざきあんず。この屋敷の主、丘咲家の当主の双子の妹。このクソのような家で唯一ともいえる僕を人間扱いしてくれる人だ。


「よかった、心配……したんだよぉ!」


杏子は僕に抱き着くと声を殺して泣き出してしまう。右手で杏子の頭を撫でながら、


「ありがとう。でも僕は大丈夫だから」


 彼女を元気づけるべく、痛みを脇に追いやりながら、いつものように笑みを浮かべてそう力強く自身の無事を報告したのだった。

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