第99話 終幕と過去へ……

 結論から言えば、強化は再生された原料からでも可能だった。故に、今や拷問器具は私から見てもドン引きする性能となっている。特にこの発狂することが許されない機能なんてマジでヤバイと思うね。


「……」


 アストレアという愚物は、既に完全にグロッキーで、グルグルと視線を彷徨わせている。

 もっとも、拷問器具――【拷問君最終版】の効果により、発狂はできないから、現実逃避しているだけだろう。

 そんなこんなで、必要最小限の情報は仕入れる事ができた。

 ざっくりいうと、こいつらの組織【英雄楽土】の盟主は他者に加護のようなものを与える。その被加護者が他者を支配したとき、その支配されたものも被加護者となる。そうして、鼠算式に増えていくと、その数に応じて盟主に特殊な効果が得られるらしい。あくまで被加護者による支配でなくてはならず、奴らが国を落として、その加護者に与えるでは条件を満たさないってわけだ。

 ま、こいつらってプライド高そうだし、その被加護者の配下になるなど不可能。加えて、奴らの関与が激しいとルールに抵触し、条件を満たさなくなってしまう。確かにそのルールだと一応の辻褄は会う。その被加護者たちは現在、アムルゼス王国に根を張っているらしい。

 だから、アムルゼス王国以外の国で、混乱を起こし国力を低下させて、条件に抵触しない限界ギリギリまで弱らせてからアムルゼス王国に支配させようとしたってわけか。

 だとすると、あのアムルゼス王国のラドルの侵攻も、もしかしたらそのルールにのっとっていたのかもな。

 まだまだ不自然なことはあるが、今まで不明だった事情のいくつかはこれではっきりした。


「さて、こいつどうするかな? もう叩いても、鼻血一つでそうもないし、そろそろ地獄へ送るとするか?」

「おいおい、まさかこれ以上、まだ攻めるつもりか?」


 ラーズが頬をヒクつかせて、当然のことを尋ねてくる。


「いんや、こんなのはただの前哨戦。ただのお遊びさ。私は地獄への旅路といったはずだ。むしろ、悪夢を見るのはこれからだぞ」

「ひぃぃぃっ!! ゆ、ゆるじでっ!」


涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、縋りついて命乞いをする奴に、私はとびっきりの笑顔を向けて、


「駄目に決まってるだろう。きっと、こんなもん、子供の遊びに感じるものだろうが、思う存分地獄を楽しんでくれ」


 右の掌を向けて、あの魔法の詠唱を開始する。ぶっつけ本番だが、今の私の最恐の魔法だ。喜んでもらえると、私も嬉しい。

 詠唱の度に、アストレアは狂ったように喚き、必死に出口に向けて逃げ出そうとするが、ポケットに両手を突っ込んだラーズにより足を払われて無様につんのめる。

 詠唱が完了し、


「【この世の全ての悪アンリ・マンユ】」


 私の言霊を契機に、建物の天井付近に生じる空間の裂け目とその中から這い出して来る巨大な棺桶。その棺桶からは常に黒色の靄のようなものが立ち込めており、周囲の大気をギシリと軋ませる。

 そして、静かにギギギと開く蓋の隙間から、血走った二つの紅の双眼がギョロッとアストレアを射貫く。


『い、い、嫌だあぁぁぁぁぁッ!!』


 その棺桶の中の何かから、必死の形相で逃げ出そうとするアストレア。だが、その身体がピタリと止まる。そして、アストレアは喉を掻きむしると大きく口を開ける。


『ぎひゃひゃひゃっ!!』


 悍ましい声を上げつつ、アストレアの口を引き裂き何かウゾウゾ動く人型の者がはい出してくると、その脳天に杭を突き立てる。次の瞬間、アストレアの身体は棺桶の中に吸い込まれてしまった。

 あれは究極アルティメット魔法、【この世の全ての悪アンリ・マンユ】。あの棺桶という空間の中で、無限の悪夢を見続けるという悪質極まりない魔法。私も人に使う気はサラサラなかったが、アストレアは聊かやり過ぎた。完全解禁することにしたのだ。

 

「ようやく終わったか……」


 棺桶が消失し、私は大きく息を吐き出した。

いや、【英雄楽土】とかいうクズ共がいる以上、むしろこれからなのかもしれないな。

 奴らの目的が分かった以上、精一杯嫌がらせをしてやるさ。覚悟をしておけよ。私は性格がすこぶる悪いのだ。

 今も真っ青に血の気の引いた顔でいる皇帝ゲオルグに向き直る。今この会場にいるのは、凄惨な現場に耐性がありそうな仲間たちと、【カーディナルシンズ】のみ。他は全て避難してもらっている。

 だが、皇帝ゲオルグだけは、事の顛末を最後まで見届けたいとこの場への同席を強く主張したのだ。おそらく、このクソッタレな事件の元凶の最後を見届ける。それが、ゲオルグなりのケジメだったんだと思う。


「陛下、では一時の休憩ののち、パーティーを再開して――」


 そこまで言いかけたとき――。


『奴が接触して来るぞッ!』


 シーザーの右肩に乗る黒鳥が叫ぶ。その黒鳥の言葉と同時に、前方の床に落ちていた指輪のようなものが発光し、その上部に黒色のスーツに、黒髪をツーブロックにした目が線のように細い眼鏡をかけた男が佇立している像が映し出される。

ぬむ? こいつ、どこかで目にしたこと――。


「ぐっ!?」


 ズキンと頭の中に痛みが走る。それらは次第に頻度を増して、まるで直接脳をハンマーで殴られたような抗いがたい激痛へと変わっていく。


「主殿ッ⁉」


 立っていられず、床に伏そうとする私を駆け寄ったシルフィが支える。

 その頭痛が濃縮された情報だと気付いたとき、


『【永久工房】封印条件ファイナル、相模白部さがみしらべ記憶メモリーが完全解放されました。直ちに過去の回顧を開始いたします』


 天の声を子守唄に私の意識は薄らいでいく。



 ――さあ、過去の扉を開こう!

 それはきっと、とっても辛く悲しいものだけど、幸せは確かにあったから。


 ――さあ、つかの間の過去の追憶に浸ろう! 

 その扉の先にあるのは、この世界を覆う謎のすべての起こりにして始まり。

 自分が自分であるために、もがき苦しみ、それでも最後まで歩み切った一人の男の軌跡。


 ――そう、これはある英雄たちが刻む過去の物語…………。



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