第98話 黒幕暴露

 ――レムリア宮殿、大広間


 内乱の終結から二カ月後、帝国政府は改めて、反乱の鎮圧と、新政権の成立のための晩餐会を開催した。国内限定の催しではあるので、外国の大使などはいないが、帝国内の様々な立場の者がこのパーティーに出席している。

 イスカンダルの思惑の一切は公表されず、反乱勢力の首魁として処断されたと発表される。その死を憂うもの、悔し涙を流すものは少なからず存在したが、ほとんどの帝国民は全ての門閥貴族勢力の解体と新政権の樹立を支持したのだった。

 この催しは、そんな現政権の御披露目の意味合いもある。


「よう、新宰相殿!」


 赤毛の英雄シーザー・カルロスが、肩に不気味極まりない黒鳥とともに右手を上げて近づいてくる。


「皮肉は止めろ。あくまで成り行きだ」


 あの一件以来、エル宰相が辞任を表明。混乱防止のために、その椅子に座る必要がでてきた。正直、ホルス軍務卿に、内務卿、マクバーン辺境伯など適任者に事欠かない。

無論、激しく拒絶はしたが、軍務卿と内務卿は現在の帝国内の新政権の基盤を作るのに必須。マクバーン辺境伯は、無茶苦茶になった門閥貴族派の領地の一時的な経営をするなど、とてもじゃないが手が回らない。結局、一番役に立っていない私が宰相などという役を押しつけられたわけ。ま、イスカンダルを殺したのは私だ。可能な限り協力はするさ。


「成り行きで宰相になるのも、お前くらいだと思うぜ」


 シーザーはもっと反対するのかと思っていたが、冒険者として祝辞を公にするなど全面的に肯定している。こいつのことだから、裏くらいあるんだろうがね。


「そうですね。ま、グレイ君らしいといえばらしいですが」


 傍にいたマクバーン辺境伯も大きく頷く。


「じゃが、これでこの帝国は大きく変わる。そうじゃろ?」


 ジークが自慢の顎鬚をしごきつつ、そう尋ねてくる。


「ああ、門閥貴族の勢力が消滅した今、大規模な改革を断行できる」


その眼玉が、廃領置州。いわゆる、廃藩置県のようなもの。中央集権体制をとるために方策だ。無論、いきなり貴族制度の撤廃などには踏み込まない。そんなことをしても誰も喜びやしないからな。

 領地を帝国政府へ返還し、州をおき、それらの州知事に領主を置く。あとは上院である貴族院と下院である庶民院の議会の設置であり、各州知事は貴族院の議員権がある。庶民院はもちろん、一般平民からの選挙で選出される。


「まさか、このような激動の世をこの目で拝めるとはな」

「ほう、ジーク、あんたはどちらかというと体制維持派だと思っていたが?」


 ジークの場合、貴族による統治に拘るというよりは、それ以外の統治形態の想像がつかぬと言った方がいいかもしれんがね。


「まあの、儂は歳をとり過ぎた。頭の固い儂ではこの大変革には馴染めんよ」


カッカと快活に笑い声を上げる。エイトの死により、当初、私以上に塞ぎ込んでいたが、ようやくこいつも立ち直ったようだな。


「そうだろうな」

「それに、儂らのような石頭と若者は違う。これから平民階級からも優秀な者達が、続々と頭角を現していく。それが帝国繁栄の基礎となるなら、一教師として素直に喜ばしいことじゃて」

「私もおっ師様に賛成です。エイトちゃんの件は悲しいですけどぉ、私たちが頑張らなきゃ」

「そうですね。私も彼の想いに答えねばならぬと思います」


 私たちの隣のテーブルで話し込んできた紺のローブにとんがり帽子というひと昔の魔法使いのような出で立ちのレベッカが、隣に本日のこのパーティーの目的の人物を引き連れて、私たちのテーブルへやってくる。

 私がシルフィに目配せすると、軽く顎を引くと皆に指示を飛ばしていく。


「レベッカ教授、オスカー教授、本日はよく起こし頂きました」

「はいはい」


 レベッカと握手した後、オスカーにも右手を差し出す。


「ええ、まさか、私の同僚のグレイ教授が我が祖国の宰相になられるとは、夢にもおもいませんでした」


 私の右手を握り返してくる。私はその右手ごと、【永久工房】により収納する。

 床を汚す鮮血に、ポカーンと半口を開けて眺めていたが、直ぐにオスカーは絶叫を上げる。


「ほう、外道にも同じ血液が流れているとはな」


 レベッカも退避しており、既にこの周囲には戦闘職の仲間しかいない。

 もう逃がさんよ。絶対になぁ。


「グレイ教授、これはどういう――」

「茶番は止めろ」


 今度は左腕を根本から収納する。また絶叫を上げるのかと思ったが、今度は尋常ではない速度でバックステップし、私を観察してくる。


「……」

「ようやく本性を出したか。だが、もう逃げられんよ」


 私がパチンと指を鳴らすと、丁度この大ホールをスッポリ覆うように、億にも及ぶ紅の網が忽然と姿を現す。


「いつ気付いたので?」


 途端に余裕の表情で尋ねてくるオスカーに、肩を竦めると、


「エイトだよ。あいつが命懸けでお前の正体を私に伝えたのだ」

「あの坊やが、なるほど、遊ばずに即殺しておくべきでしたね」

「そうかい。それでだ。もうお前には用はない。背後関係をゲロったら、お前には悪夢への旅へと出てもらう」

「随分と余裕ですねぇ。私が何の対策も立てずに、この場にいるとでも?」


 奴が数語口にした途端、一瞬にしてその断面の肉片が盛り上がり、両腕が復元する。


「大した再生能力じゃーないか」


 もっともあの程度なら私でも可能だし、大して驚きやしないが。


「それはどうも。出てきてください。ソロモンさん!」

「はいよぉ~」


 灰色髪の男が、忽然と姿を現す。


「さあ、これで私たちは二人。貴方のお仲間さんとやらは、沢山いるようですがぁ。所詮、有象無象の雑魚ばかりぃ」


 ぐるりと今も油断なく構える私達の仲間を眺めながら、侮蔑の言葉を述べる。


「どうだろうな。ほら、そこで今も肉を食っている野獣は、それなりにやると思うぞ」


 長い黒髪を下ろし、馬鹿みたいに骨付き肉にかぶりついているラーズを眺めながら、素朴な感想を口にする。ま、今は一時的に手を組んでいるだけにすぎんけど。


「ぷっぷー、ほら、野獣だってさぁ。結局君の評価って万国共通ってことじゃん?」


 紫髪の男、ネロがワインをチビチビと口にして、ラーズに近づくとその背中をバンバン叩く。


「お前は昔から、食い気と闘うこと以外興味なかったしな」


 口を覆いカチューシャを付けた美青年も、オスカーを取り囲むように出現する。


「お前たち、どこかで……」


 先ほどの余裕から一転、僅かに後退しつつも、眉をひそめてラーズたちを観察する。


「ボクチンったち? では自己紹介。ボクチンらは、【カーディナルシンズ】デスッ! お見知りおきをぅ!」


 右手を前におき、左手を背後にして深く一礼する。


「マズイですよ、ソロモンさん! 【無敵】のラーズは、別格ですっ! ここは一旦退いて――」

「うん、わかってるぅ」


 灰色髪の男、ソロモンが悪質な笑みを浮かべて、右手を掲げる。


「んなっ!?」


 頭上に落ちる黒色の柱をバックステップで避けると雲のように這いつくばって私達を窺う。


「ソロモンっ! 裏切ったのですかっ!?」

「裏切るぅ? ざーねんでしたぁ。そもそも私、ソロモンじゃないしぃ」


 灰色髪の男の姿が歪むと、そこから現れたのは金髪の女。確か、グリムといったか。


「な、なっ、ソロモンはっ!?」

「ああ、とっくの昔に俺達が始末した」


 ソロモンを殺したことをネロから報告を受けた私は、奴らの仲間の一人の変身能力がある奴を利用し、こいつとコンタクトを取り続けたのだ。なにせ、このグリムという女の能力は、変身した相手能力すらコピーするというふざけた性質のものらしく、適任だったのだ。


「ま、そいつらに負けた以上、二人がかりでも結果は同じだったと思うぞ」


 別に強がりではない。今の私が何の制限もなく戦えば、ラーズ相手とて互角以上の戦いができよう。そのラーズに傷一つ与える事ができなかった奴が何匹集まろうが私に抗えるわけがない。


「くっ!」


 奴の全身が歪み、無数の棘が出現し私を襲う。

しかし、棘は私に触れる途端綺麗さっぱり消失する。【永久工房】で私の周囲の空間を抉りとる。この能力にはこんな使い方もあるわけだ。


「あ、ありえないっ! あり得るわけがないっ! あれはあらゆるものを崩壊する死滅の杭ですよっ!」


 のんきにも驚愕に顔をこわばらせつつも、そんなどうでいいうんちくを述べる奴の両脚を【永久工房】により収納する。


「へ?」


 キョトンとした顔で存在しない両脚を眺めて、耳障りな絶叫を上げた。

 相変わらず、学習能力がない奴。喚いている暇があるなら、逃げればいいものを。

 ま、この布陣ではどうやっても逃げられんがね。再度奴の両腕を収納し、それらを材料に、アモンの際に作成した拷問器具をさらに強化することにする。


「さーて、お前、再生能力があるようだし、どこまで再生できるか、実験でもしてみるか。私としても、能力により再生された原料からでも強化ができるか知りたいしな」


 そんな悪魔のような提案をしながら、奴にゆっくりと近づいていく。

 

「ぐ、ぐるなぁっ!!」


 偽りではない奴の恐怖の表情に、私はニコリととびっきりの笑顔を向けて、奴の収納を開始した。




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