第97話 神の都市(3)――異質な少年宰相 ネチネラ
指定された時間までキャメロットの町で仲間たちと時間を潰す。
どれも目新しく新鮮であり、まさに驚きの連続だった。そして、それはネチネラだけではなく、この地を訪れていた他の帝国人貴族、豪商たちもまた同じ。この都市の非常識な発展具合に皆子供のように目を輝かせていたのだ。
時間になり、キャメロットの中央官庁と思しき大きな建物の中に入る。
ラドル人の職員の先導の元、赤色の絨毯が敷かれた通路を通り、だだっ広い部屋に案内される。
そこには帝国で奴隷のような生活を送っていたラドルの元部族の長達がすでに着席していた。
「よう、ネチネラ」
巨躯で坊主頭に髭面の男が右手を挙げる。こいつの名はダムダムジー、ネチネラの隣の部族の長だった男で、見た目同様、野獣の奴だ。
「ダムダムジー、お前も来ていたのか?」
こいつは帝国人嫌いの先鋒であり、とてもじゃないがこんな場所に出席するとは思えなかったのだ。
「テオ達があそこまで持ち上げるんだ。この領主という奴がどんな奴か少々興味がある」
「まあ、式典にも来ていなかったしな」
ザィーはやけに領主について肯定的だったが、歓迎式典に欠席している時点でネチネラたちを重視しているとはとても思えないわけだが。
「気に入らねぇよなぁ……」
ダムダムジーは薄気味の悪い笑みを浮かべて両手をゴキリと鳴らす。案の定、敵意剥き出しのようだ。多分、帝国人である領主を一発殴ってやる。そんな短絡的な考えでもしているんだろう。
どのみち、仮にもこの地の領主だ。大人数で護衛を引き連れてくるんだろうし、大事には至るまい。だが、流石にテオ達にこれ以上迷惑もかけられない。釘はしておくか。
「あまり無茶は――」
ネチネラがそう言いかけたとき、扉が開いて女のように美しい少年が部屋に入ってくると、グルリと一同を眺め回す。
そういえばこの少年、あの歓迎式典にいたな。大人の中に一人、少年が混じっており、やけに目立っていたから覚えている。
「どうやら全員集まったようだな。では時間も押している。さっそく話を進めようか」
少年は満足そうにそう頷くと部屋の正面の席に座る。
「おい、小僧、何しきってんだっ!」
案の定、ダムダムジーが額に太い青筋を張らせつつも席を立ちあがり迫ろうとするが、同じく奴隷同然の扱いを受けてきた今まで沈黙を守っていた一部の武闘派の同胞たちが立ち上がると、
「座れ、ダムダムジー」
まるで金髪の少年を守護するようにダムダムジーを遮ると血走った目で重心を低くして身構える。
「てめぇら……」
怒りで茹蛸のように顔を上気させて怨嗟の声を絞り出すダムダムジーに、
「いんや、私は構わんよ」
少年は大きなため息を吐くと席を立ちあがり、右手を挙げる。
数人の武闘派の部族の長たちは軽く少年に一礼すると、席に戻り両腕を組む。
この者たちはダムダムジー並みの強者であり、プライドも高い。本来、帝国人のしかも少年になど媚びを売るなど絶対にあり得ない。皆、そのあまりに異様極まりない様子にただ黙って眺めていた。
「私は君らともめるつもりは一切ない。どのみち、ここは既に私の手を離れている。今日この場に来たのは君らへの報告と謝罪のためだ」
「だから、勝手に話を進めんなッ!」
部屋中を震わせる怒鳴り声を上げて、立ち上がるとテーブルに右拳を叩きつける。
「ダムダムジー、我らが山賢王に対する非礼は許さん」
再度、怒りの形相で立ち上がる武闘派の同胞の族長。睨み会う双方。
どう考えても異常な事態に、金髪の少年は再度大きく息を吐きだし、
「双方、席に座ってくれ。話はそれからだ」
瞼を固く閉じてそう呟いたのだった。
ダムダムジーと武闘派の同胞たちは暫し睨みあっていた。武闘派の同胞たちが各々各席につくと、悪態をついてダムダムジーも席に腰を下ろす。
「まずは謝罪だ。帝国の長年の君らへの処遇は決して許されるものではない。帝国政府を代表し、心より謝罪する。もちろん、此度のことで当該領地を治めていた馬鹿貴族は処断するし、賠償も支払うつもりだ」
「ざけんなっ! てめえのような何の権限もねぇ小僧に謝られても嬉しかねぇんだよッ!」
ダムダムジーが叫ぶとそれに同意する声が数人の同胞の長達から上がるが、武闘派の同胞たちに睨まれ慌てて口を閉ざす。
「不本意ながらこの国の現宰相なものでね。権限はあるさ」
少年は肩を竦めてそんなありえない妄言を吐いた。
「はあ? 宰相ぉ? お前のような餓鬼がかぁっ! ふかしてんじゃねぇぞっ!」
頓狂な声を上げるが、
「ダムダムジー、事実じゃ」
今まで沈黙を守っていた最も年配の顎髭を生やした族長が口を開く。
「あ?」
「だから、その方は帝国の現宰相にしてこの地を奇跡の地に変えた領主グレイ殿だ。儂らを解いてくれたハルトヴィヒ伯爵殿から既に彼については聞いているから間違いはない」
「嘘……だろ? こんな餓鬼がか?」
「容姿に騙されるな。そこの方、グレイ殿はこのテオたちラドル軍を率いてアムルゼス王国軍数千を皆殺しにし、先の帝国内乱でも我らがあれほど苦労した帝国の門閥貴族どもを淘汰しこの帝国の支配権を獲得した。さらに伝説の魔王複数体を単体で討伐したとされている。帝国で、いや、この世で最も危険な人物といっても過言ではない。逆らえば、お前のようなただ煩いだけの小童など一瞬でこの世から排除されるぞ?」
グレイは顔を顰めると、
「あのですね。翁、そんな人を抑えのきかない猛獣か何かのように言わないで欲しいわけなんですが?」
非難じみた声色で口にする。
「ほほほ、実際に間違ってはおらぬですじゃろ?」
高笑いをする年配の族長に大きなため息を吐くと、
「ともかく、さっきも言ったようにこの地が君らラドルのものなのは間違いない。私は既に部外者だ。だから後は私がこれから話すことにつき、君ら自身で決めればいい」
厳粛した顔でそう告げると、説明を始める。
グレイは簡単な挨拶をすると部屋を退出してしまう。
「おい、こんな荒唐無稽な法螺話、テメエら真に受けるつもりかよッ⁉」
ダムダムジーが椅子を蹴り上げて、周囲に問いかける。
「グレイ殿がいうんじゃ。真実なんじゃろうな」
年配の族長だった老人が頭を掻きながらそう呟く。
「お、翁はあの話を信じるんですか?」
帝国の領地が州という単位となり、独自の法と秩序が適用される。それはある意味、ラドルが国としての自治が保障されたに等しい。そして、その領地の新都市の主体はネチネラたち此度解放されたラドル人が担う。そんな夢物語をあのグレイとう少年は話したのだ。
「ああ、彼のなした非常識はこのキャメロットで嫌というほどみたじゃろ? 思い違いをしているようじゃが、我らラドルはかつてのか弱き存在ではもはやない。この帝国、いや世界でも有数の富と戦力を保有する勢力の一角じゃ。それを成したのはあのグレイ殿、それに疑いをはさむ余地はない」
本当にラドルにそんな自治が認められているなら、それはそうだろう。だが、為政者たる帝国がそんなことを認めるものだろうか?
「同感だな。ダムダムジー、ネチネラ、お前たちの帝国を信用できぬ気持ちもよくわかる。だが、あのお方は全てが異質なのだ。彼が帝国人だという考えは捨てたほうがいい」
「だな、あのクソ貴族どもの戦闘奴隷となり果てた俺たちに誇りを取り戻してくれたのはあの御方だ」
「そうそう、あの人は山賢王さ」
武闘派の同胞たちが次々に得意そうにグレイという少年を称賛する。
「すまんが、今混乱している」
右手で彼らの発言を制して席を立ちあがる。
「無理もないじゃろうて。じゃが、どうせすぐに魂から理解する」
年配の同族の言葉に一礼して、速足で部屋を退出する。
ネチネラはこの時どうしょうもなく混乱した。それもそうだろう。あんな少年が虫の息だったラドルをここまでの異常な勢力へと引き上げたというのだから。
今の通りすぎる鉄の馬車を眺めながら、
「どのみち、やることもない。答えを出すのはもっと後でも構うまい」
そう自分に言い聞かせるように呟くと仲間たちが待つ宿泊施設への岐路についた。
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