第91話 内乱後の事情(2) バルト
グレイは丁度空いていた部屋の中央の席の前まで行くと、
「皆さん、お集りいただきどうもありがとうございます」
一礼し謝意を述べる。
石化したように動かなかった身体が自由を取り戻し、皆頭を上げて席に着く。
グレイも席につき、会議は開始される。
会議の内容はまさに驚くべきものばかりだった。
まずは、廃領置州。領地そのものを廃止し、州を置く。そして今までの領主は引き続き、州知事として経営を継続する。
人材登用について。教育機関の拡充と今まで貴族階級のみだった行政府への仕官が平民にも可能となる制度の拡充。
上院である貴族院と下院である庶民院という議会という二組織を設置する。各州知事には貴族院の議員となり、政策決定に携わる。
この平民階級からの大幅の人材登用と庶民院の設置については列席している諸侯からの意見は厳しかった。
「平民の中からそんな大幅な人材登用などして上手くいくんでしょうか? 私にはどうにも時期尚早のような気がしますが……」
地方豪族からの意見に、
「うむ、平民の教育には賛成だが、登用自体についてはなぁ……無駄な軋轢を生みかねん」
「同感ですね。私も教育機関を拡充してからでも構わないと思います」
「それより、平民がこの帝国の意思を決定するのだぞ? そんなのことが果たして可能なのか?」
「ああ、領主の我らですら今まで直接政策決定にすら関われないのだし」
次々に否定的な意見が上がる。
「それは無用な心配じゃて」
カレラス伯爵がそれらの否定の意見を一刀両断にした。まさかカレラス伯爵が否定するとは思いもしなかったのか、再度、部屋中が騒々しさに包まれる。
「伯、その理由をお聞かせ願いますかな?」
同じ門閥貴族出身の金髪の老人が、両腕を組みながら難しい顔で尋ねてくる。
シーズアダ侯爵。彼はカレラス伯爵と同様、いち早く旧政府軍についた門閥貴族派の貴族であり、今や門閥貴族派の貴族たちの代表的立場にある。
「既に人材登用も庶民院類似の制度もラドル領やトート村で実践されておるからじゃ。
一般の民草が
「だが、あくまでそれはラドルやトート村での事情。二つとも元々、比較的貴族のしがらみに乏しく寄合的な集まりで政を運営してきた事情があるのではないですかな?」
シーズアダ侯爵の意見にも一利ある。ラドルもトート村などは元々貴族社会のような明確で厳しい上下関係はない。ラドルやトート村で上手くいっているから、他でも問題なく運用できるとするのはあまりに乱暴な意見だ。
だが、それはマグワイアー領を知らないから言える言葉。実に自然に右手を上げて、
「発言よろしいでしょうか?」
議長たるグレイに尋ねていた。
「ええ、どうぞ」
「我らの領地も随分昔から我らマグワイアー家のみで政を実施してきました。ですが、最近一般の民から広く募集を募った結果、様々な部署を立ち上げることができ、結果、各部署の運営状況が著しく効率化しました」
「具体的にどのくらいの利益があがったのですか?」
隣のマクバーン辺境伯が助け船を出してくれる。
「我が領の民草のチームが開発した白輝虫の絹の販売により、半年で3億Gの利益を得ています」
今度こそ、荒しのようなどよめきが起きる。
「それは本当ですかなっ!?」
「そんな効果があるなら採用しない手はない!」
「ぜひ、私の領地もご教授願いたいっ!」
先ほどとは一転、次々に上がる声に、は一度、シーズアダ侯爵は咳払いをすると、次第に会話は止んでいく。
「ですが、それだと農作業に従事する領民が少なくなりますが?」
シーズアダ侯爵の疑問に、
「ご心配には及びません。帝国政府は皆さまの領地に農地の効率化の技術を提供する用意があります。それで大幅な人員の確保が可能となるはずです」
グレイが即答すると安堵と歓喜の声が至るところから上がる。
シーズアダ侯爵は肩を竦めると、グレイを見て、
「ではグレイ卿、一先ずは三年間、ご指摘のシステムを採用し、様子を見る。それでどうですかな?」
「かまいませんよ。もとより、そう提案する予定でしたし。以後継続するかは三年後の合同会議で再度決定いたしましょう」
上がる歓声に、
「では次は経済についてです。商業ギルドは――」
グレイは話を進めていく。
政治、経済、軍事、商業ギルドとの関わりあい。すべての議題が終わり。
「すべての検討事項は終わりました。皆さま、ご苦労様でした」
グレイが立ち上がろうとしたとき、
「緊急動議がある」
エル宰相が右手を上げて立ち上がる。同時に帝国政府の重鎮たちも全員立ち上がった。
「うん? 要件はなんです?」
グレイはわずかに眉を顰めてエル宰相たちをグルリと眺めみつつもそう尋ねた。
「今回の内乱で儂は己の職責を全うしなかった。それ自体、後悔はない。じゃが、責任は免れぬ。故に儂は宰相の地位を辞する」
初めてグレイの顔に焦りのようなものが走る。
「ちょっと待ってください。今貴方に辞められては困りますよ。せめてあとこの国の基盤が安定する、3年待っていただきたい」
宰相を置かない選択肢もあるが、このグレイの慌てようからいって必須と考えているのだろう。まあ、宰相は事実上、あらゆる事項の調整役。今の混乱の最中には必須の役職なんだと思う。
「心配いらん。儂以上に相応しい人物に心当たりがある」
「この状況で法螺吹かんでください。貴方以上に適任者がいるはずがないでしょう!」
エル宰相は口端を上げると、室内の一同をグルリと見渡すと、
「儂はグレイ・イネス・ナヴァロを帝国宰相に推薦する! どうじゃ、適任であろう?」
大声を張り上げてそう提案する。
「はあ? 何言っちゃってんですか? そんな無茶苦茶、誰も賛同などしやしませんよ。ねえ、皆さん?」
裏返った声でグレイは室内の一同に同意を求めるが、誰も一言も口にしない。
「では投票を始める。グレイの帝国宰相就任に賛成のもの。起立せいッ!」
エル宰相の叫びに、掛け声を上げて一斉に立ち上がる諸侯や豪商たち。
満場一致で起立した様子をしばしグレイはパクパクと口を動かして眺めていたが、
「マジかぁ……」
そんな初めて耳にする情けない声を吐く。
「これはお前の提案した皆で意見を出し合い、決定するというシステムじゃ。異論などあるまい?」
勝ち誇ったエル宰相の言葉に、
「確かに、イスカンダルを殺したのは私だ。しかし、これは……」
ぶつぶつと何やら呟いていたが、
「どうしたのじゃ? 己の言を違えるつもりかの?」
勝ち誇ったように問いかけてくるエル宰相に、首を左右にふると、
「わかりましたよ」
観念したように了承の言葉を絞り出す。直後、割れるような拍手と歓喜の声が会場全体にあがったのだった。
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