第90話 内乱後の事情(1) バルト
帝国最大の内乱が終結し、門閥貴族領は旧政府軍により制圧される。
圧制を強いられていた民衆は解放され、そこで強制的に囚われ奴隷同然の扱いを受けていたラドル人たちも旧政府軍により保護された。
占領没収された門閥貴族派の領地は一時的に内乱で勝利した旧政府軍派、内務卿の指揮の元、貴賤の差なく抜擢された優秀な人物が臨時の領主に抜擢されてその領地の立て直しにあたっている。
この内乱で帝国の貴族たちはナヴァロ領(ラドル領)――ラドル領邦軍の軍事力の強大さとその恐ろしさを骨の髄まで思い知った。これは門閥貴族派の貴族たちに限らない。グレイの恐ろしさを知っていたはずの旧政府軍の地方豪族たちも同じ。彼らは押しなべて少年の姿をした怪物の存在を過小評価していたことを実感したのだった。
――サザーランド 行商総合会議室
マグワイアー領代表、バルト・マグワイアーがサザーランドの行商総合会議室に姿を見せると、ざわめきがさざ波のごとく部屋を吹き抜けていく。
もちろん、ここにいるのは帝国中の現中央政府の役人、名だたる貴族、豪商――まさにこの帝国を動かしていた権力者たち。バルト自身に噂をされるほどの価値などない。理由は単純明快。バルトがあのグレイの叔父だから。
席の指定はないが、門閥貴族たちの隣はごめん被る。比較的居心地のよさそうな自分の座るべき席をキョロキョロ見渡し探してると、
「バルト卿、こちらですよ」
形のよい髭を生やした長身の紳士が右手を上げてきた。
彼はマグワイアー領の寄り親であるマクバーン伯。
「は、はい! 」
慌てて駆けよると、
「御無沙汰しております」
軽く会釈して隣に座る。
「ええ、お久しぶりです」
マクバーン辺境伯がやや疲れたように挨拶をしてくる。この方の疲労の理由は既に周知の事実。
マクバーン辺境伯は己の領地の経営に加えて内務卿の指示により、帝国政府の経済の立て直しに尽力しているらしい。この度の内乱で没収された門閥貴族派の領地の経営状況はひどいものであり、貧富の格差が激しく、一部では餓死者まででていた。その崩壊同然の領地の立て直しだ。凄まじい規模の予算がいる。先立つものがなくては話にもならないのだ。
金銭の捻出の難しさは領地の経営をしてきたバルトにも十分すぎるほど理解できる。
「あまり、ご無理はなさらないように」
労いにもならぬ言葉を吐くと、マクバーン辺境伯は苦笑しつつも、
「私もグレイ君のような才があればいいんですが、凡人であることを心底思い知らされましたよ」
自嘲気味に呟くマクバーン辺境伯の言葉からは実感のようなものが籠っていた。
「マクバーン、お前ごときが、彼と比較するなど、おこがましい」
白髪で長身の老紳士がそう吐き捨てるように叫ぶと、辺境伯の隣に座る。
「これはこれは、カレラス先生、御無沙汰しております」
カレラス伯爵はこの内乱で真っ先に旧政府軍側につき、他の門閥貴族派の説得に尽力した御仁。内務卿からその交渉能力を買われ、今では中央政府内で商業ギルドとの交渉や他国との交渉についての指揮をとっておいでらしい。
「ふんっ! 儂はお主の顔などみたくもなかったがな!」
両腕を組みつつカレラス伯爵はさも不快そうに叫ぶ。
「そういう先生もお元気そうでほっとしました。引退してから別人のように丸くなったと評判でしたからね」
そんなカレラス伯爵に微笑で返答するマクバーン辺境伯。
「ほざけ! 儂はいつもこうじゃ!」
唾を飛ばして反論するカレラス伯爵。
二人はこう見えて騎士学院での魔導騎士学院での子弟の関係。お世辞にも仲がよさそうにも思えないが、マクバーン辺境伯からは嫌悪感のようなものが読み取れない。きっと、もとより二人はこのような関係なんだと思う。
「でも意外ですね。血統絶対主義の先生が地方豪族にすぎぬ彼にそこまでご執心とは」
「はっ! あたりまえじゃ! あの人はすごいぞ!
「…………驚きましたね。それって先生の従前の先生の主張と180度違くなってやいませんか?」
暫し、目を見開きマクバーン辺境伯は興奮気味に叫ぶカレラス伯爵を凝視していたが、そんな感想を述べる。
「過去のそんなくだらん御託など忘れたわ」
「では? ご息女との婚姻の件は?」
初めてカレラス伯爵が気まずそうに顔をそむけると、
「ジレスの件はあ奴に委ねた。そりゃあ優秀な身内がいればこしたことはないが、これからはそういう時代ではなさそうなのでな」
「本当にお代わりになられましたね、先生……」
再度そんな感想を述べるマクバーン辺境伯に、
「当然じゃろ。ほら、見ろ!」
カレラス伯爵が顎をしゃくると、室内が大きく騒めく。
どうやら、今回の内乱の立役者たちの登場らしい。
黒色の見たこともない異国の服を着たものたちが姿を現す。
一人はドレッド頭の二メートルを優に超える巨漢の男。二人目が黒髪をツーブロックにした男、三人目は長い黒髪を後ろで一本縛しばりにした中肉中背の青年。最後がグレイの腹違いの兄であるトーマス・ミラードとその脇にいる初老の男性だ。
「ああ、そうですねぇ。辺境の小規模民族のラドル人に地方豪族に過ぎないミラード家のトート村。これは実力こそが至上の価値となった証拠でしょう」
「そうじゃ。今回の内乱の動向を他国は目にしておる。同時にラドル領を初めいくつかの領地のイカレた発展具合もな。此度の内乱でグレイ卿がこの帝国での支配権を確立した以上、遅かれ早かれ万年帝国の復活は間違いなく訪れる。そうこのまま放置しておけばな……」
カレラス伯爵は初めて苦渋の表情で口ごもる。
「やはり、始まりますか……」
「ああ、彼がそう言うのだ。間違いなくそう遠くない先に
「た、大戦? 今そう仰ったのですかっ!?」
思わず声を張り上げていた。冗談ではない。内乱が終わってようやく一息ついたところ。
特に門閥貴族派の領地は奴らの無茶苦茶な経営でガタガタなのだ。今そんな他国との戦争している余裕はこの帝国にない。そんなことはバルト以上にこの御ふた方には周知の事実だろう。いや、その前にあのグレイがこの状況下での戦争など許すはずもない。つまり――。
「もうじき嫌でもわかる。それよりも、ほら、始まるようじゃぞ?」
此度の主役が姿を現し、会場全体に緊張が走る。
バルトを初め室内の全員が席を立ちあがり、一礼をした。
その皆の礼をした対象は傍にいる宰相、内務卿、軍務卿でもなく、まだ大人ですらない一人の金髪の少年。すなわち、この帝国の怪物少年、グレイだったのだ。
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