第89話 納得のいかない納得の死

 数時間、いや、ほんの十数分にしか過ぎないかもしれない。

 奴の鋼のような漆黒の肉体は、魔法系を全てキャンセルするという厄介な性質らしく、碌な効果がなかった。無論、【永久工房】を使用すれば、楽に勝利し得たのだろうが、ここにはあの卑怯者に監視されている。下手に使用してあの卑怯者に逃げらでもしたら、馬鹿馬鹿しいしいな。

そんなこんなで、私らしくもなく剣同士を交わし続けている。

 そして遂にムラが奴の両腕を切断し、私の蹴りが奴にクリーンヒット。背中から壁に叩きつけられ、宮殿が大きく震動する。

 地面を蹴って奴の心臓にムラを突き刺す。ズブリと肉を切り裂く嫌な感覚とともに、イスカンダルは完全沈黙した。

 

 全身からモクモクと今も煙が上がり、全身は急速に縮小していき大柄の巨人が横たわっていた。


「くはは……負けたか……」


 イスカンダルは確かに、人の姿に戻ってはいる。もっとも、経験則上、これは終わりに近いことと同義。


「私の勝利だ」

「なぜ、本気を出さなかった? 余ではその価値すらもなかったか?」

「うん? 私は終始、本気だったぞ」

「法螺を吹くな。貴様と刃を交えればわかる。貴様は本来、先ほどのような戦いを好むまい」

「それには同意するがね。私にも都合というものがあるのさ」

「そうか」


 満足そうに笑みを浮かべるイスカンダルに、


「私も答えた。次はお前の番だ。なぜ、こんな愚行をした?」


 門閥貴族の解体という当初目的は達している。そもそも、広場での犠牲は無意味だったのだ。


「答える意義を見出せんな」


 だと思ったよ。こいつはいかなる拷問をされても一言も真実は口にしない。そんな奴だ。

 これは奴の信念のようなもの。なら、これ以上は時間の無駄だろうさ。


「そうか。じゃあな」


 右手に持つムラに魔力を込めようとしたとき――。


「広場で殺された者達は皆、覚悟の上だったのだ! オリヴィア殿下はグレイ、貴方がここに来た旨の報告を受けて処刑が開始されたにすぎぬ! 処刑するつもりはサラサラなかったのさ」


 振り変えると、エル宰相が前にでると大声を張り上げていた。


「覚悟の上……だと?」


 怒気のままに宰相を睨みつける。百歩譲ってそうであっても、子供を殺したことには違いない。これからの人生を歩むものを犠牲にして、成り立つ道理などあってはならない。それが私の数少ない信念のようなものだ。


「ルドネ殿のことか? あの方は、シルドレ卿の古参の部下。ああ見えて儂らよりもはるかに年を取っている。そもそも子供ではないわい!」


 シルドレの古参の部下ね。確かに、歳の割にやけに大人びて入ると思ってはいたが。


「やめろ、エル! 余の家臣の最後を汚す気かっ!?」


 怒声が響き渡り、エル宰相はビクッと身を竦ませると、俯いて奥歯を噛み締めた。

 なるほどな。冷静になって、こいつらのやろうとしていたことがようやく見えてきた。

 私はこいつらの命を懸けた茶番にまんまと嵌められたわけだ。


「親父、あんたら、どうしょうもない大馬鹿だ! 残された者達が、どれだけ苦しむか、あんたらわかってやってんのかっ!?」


 ゲオルグが悔しそうに声を絞り出す。


「ふん! 貴様、まだそんな甘いことを宣うのか。こんなものは序の口だ。これから起こるは――この世の地獄。まさにこの地は、悪鬼羅刹が跳梁することになるだろう。そして常にその中心にいるのは、おそらく、グレイ、貴様だ」

「ま、否定はしないさ」


 もう検討するまでもない。この事件の黒幕どもと私とでは、絶対に混じり合わない、分かり合えない。お互いが粉々に消滅するまで、潰し合うだけだ。


「相変わらず子憎たらしい奴よ。気に入らん。すこぶる、気に入らんが、もはや貴様にしか託せん! グレイ! ゲオルグを、この帝国を頼むぞ!」


 奴とは思えぬほど実直な眼光で声を張り上げる。


「ああ、ここまで巻き込まれたからな。最後まで付き合ってやるさ」


 どの道、それもそう長くはないだろうがね。


「そうか……」


 イスカンダルは満足そうに頷くと、今も隅で俯いているサテラに視線を固定すると、


「うむ。最後にマティルダの子と会えた。それで余は満足だ」


深く、深く息を吐き出し、サテラに優しく微笑む。そして――。


「長かった。いや長すぎたな。だが、もういいだろう。オリミーヌ、ヌシとの契約はこれで履行とさせてもらう」


 口角を大きく上げて、意味不明な言葉を呟いた。刹那、イスカンダルの身体は粉々の粒子となって砕け散る。

 誰もが茫然と一言も口を開かぬ中、ゲオルグが袖で涙を拭うと、腰の剣を抜き放ち天へと掲げる。


「ここに反乱の盟主イスカは死んだ。我らの勝利だっ!」

「おおおおおぉぉぉぉぉっ!」


 エル宰相が裏返った声を張り上げると、次々に声を上げて行く。それらは、次第に大きな唸りとなって、宮殿内を満たしていった。

 それらは、まるで悲しみや寂しさを限界まで紛らわすかのように思えたのだった。

 こうして、帝国至上最大の反乱は、イスカの死亡により、静かに幕を閉じる。



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