第88話 くぐってきた死線の数に培われた経験の差
アクイドたちは、ただ黙って二者の凄まじい剣戟を眺めていた。
当初、グレイはいくつかの魔法を織り交ぜて戦っていたが、あの猛牛と化したイスカの皮膚には大して効果がないことを知ると、剣での応戦に切り替える。
数十分間という間、二人はただひたすら打ち合い続けていた。
大英雄イスカの伝説は、アクイドでも耳にしたことがある。大剣を変幻自在に操る独自の剣術。その武力は他者の一切を寄せ付けず、瞬きをする間もなく両断される、とされる。
グレイはそもそも、剣士ではなく魔法師だ。しかも、反則的な身体強化の魔法を使用しても、イスカの方が圧倒的に身体能力は高いようだ。故に、剣の打ち合いとなれば敗北必死のはず。なのに――。
「すげぇ……」
アクイドの近くの兵士が、今も繰り広げられている剣舞を眺めながら、惚けたように呟く。
怪物と化しても、技量を失ってはいない以上、剣術では圧倒的に技量はイスカの方が上のはず。実際にアクイドから見ても、イスカの剣技は美しく、寸分の無駄もなかった。
なのに、グレイには当たらない。徹底的に避け続けている。
「あれは、剣技というより、戦闘のセンスか?」
アクイドの疑問に、
「いや、実戦経験の差でござる」
顎を押さえながら観戦していたカマーが、そう断言する。
「実戦経験? いやいや、グレイはまだ十代だぞ?」
イスカの伝説では、アクイドだって知っているくらいだ。経験してきた修羅場の数とて雲例の差があるはず。
「そういう意味ではないでござる。くぐってきた死線の数に培われた経験といった方がより適切でござるか。主殿とのあの牛頭のくぐった死線は、あまりに違いすぎるのでござる」
「確かに、グレイは幾度も死にぱっぐってはいるが……」
それも少し違うと思う。アクイドがあと何年修行しようとも、幾度死線を潜り抜けようと、あの領域に到達できるとは微塵も思えなかったのだ。
「そろそろ決着がつくでござる」
遂にグレイがイスカの利き腕である右腕を斬り飛ばす。イスカは即座に大剣を持ち換えようとするが、そんな隙をあのグレイが許すはずもない。左腕も根本から切断されて、間髪入れずに蹴りを入れられ、一直線に壁まで吹き飛び背中から叩きつけられる。
態勢を直そうとするイスカの胸に深くグレイの剣が突き刺さっていた。
こうして、内乱事件は真の意味で終わりを迎えようとしていた。
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