第87話 まったくもって、お前は大馬鹿野郎だよ
レムリア宮殿内は、イスカンダルの配下の死体の山だった。やったのはきっとサテラだ。
そしてこの瀕死の状態の銀の鎧に身を纏った長身の女を私は知っている。確か、イスカンダルの腹心の一人、スピだったか。
奴は槍を杖替わりに、立ち上がると私にしがみ付き、
「頼む。あの女を止めてくれ! あの女は強い! イスカ様よりも! だが、あの御方の望む結末はこんなんじゃない!」
血反吐を吐き出しながら、涙を流しながら、気丈な女とは思えぬ声で叫ぶ。
「わかっているさ」
「頼む……」
何度もそう繰り返し、脱力してしまう。息はある。今なら助かるか。これ以上、サテラに殺しをさせるわけには絶対にいかない。
それに――。
「オリヴィア、すまんが、この女に回復魔法をかけてくれ。今ならまだ助かる」
ゲオルグのたっての願いで、オリヴィアに回復魔法を覚えさせておいて助かった。この女からは聞きたいことが山ほどある。まだ死なれては困るのだ。
それに、私はイスカンダルを殺さねばならない。娘の前で父親を殺す趣味は私にはない。自分勝手な話で悪いが、彼女にはここで戦線を離脱してもらう。
円環領域で私の仲間たちがこのレムリア宮殿内に雪崩れ込んでいるのが確認できている。捕虜を解放すれば、私たちが単独で動く必要はない。故に、端から解放したら、旧政府軍の全勢力を持って帝都の制圧をする手はずになっていたのだ。彼らに任せれば、オリヴィアは大丈夫だろう。
「……」
オリヴィアは無言で私を凝視していたが、
「了解じゃ。でも、無茶はしない。そう妾と約束するのじゃ!」
顎を引くと、私の胸倉を掴み、そう求めてくる。
「わかった。だから、頼む」
「……」
オリヴィアは、スピに近寄ると回復魔法を発動する。
「頼んだぞ!」
私はレムリア宮殿の奥へと走り出す。
豪奢な廊下にあるのは死体だけ。あのスピも相当な強者だった。少なくともイスカンダルに対する評価は間違えやしまい。その彼女がイスカンダルよりも強いとすら評価するのだ。私の解析では、サテラの強さはAのはず。だが、それならスピがイスカンダルを強いと断定などしないはず。きっと、今の私同様、己の解析を錯誤に陥らせる術でも常時発動しているのだろう。
少々、私はサテラという少女を見誤っていたのかもしれない。十中八九、彼女は既に私達側の住人となっている。
そして以前爵位授与式で入った玉座の間のような場所へと到達する。
全身に傷を持ち、顎が抉れて存在しない細身の男が、頭から血を流しながら、イスカンダルを庇うように構えを取っている。
そして感情皆無の表情で、ゆっくりと迫るサテラ。
どうして、こうなったんだろうな。彼女が私から卒業できた? そんなわけあるかっ! 私はどうしょうもない大馬鹿だっ!
サテラが私に依存し過ぎていることは、初から危惧はしいてた。私が突然いなくなったとき、彼女が一人でも生きているけるように、自立を促す。そんな意味合いだった。だが、それがかえって彼女をここまで追い詰めてしまった。
「サテラ、もういいんだ」
彼女を背後から抱き締めると、静かに口にする。
「グレイ……様?」
サテラは見上げ、私の顔を視界に入れて、その無感情な表情に僅かに亀裂が走る。
「主様!」
ハッチとスパイが玉座の前に飛び込んでくると、私たちの前に割って入る。
「グレイ!」
より専門のサガミ商会の治療班に、エピの治療を委ねたのだろう。オリヴィアとゲオルグも、ホルス軍務卿たちとともに、玉座の間に一足遅れて飛び込んできた。ま、多分、この二人を連れてきたのはホルス軍務卿の判断だろうけども。
「お前たちは下がっていろ」
スパイにサテラを渡すと、強い口調で指示を出す。
そして、イスカンダルに向き直ると、奴にムラの剣先を向けると、奴も玉座から立ち上がり、顎が抉れて存在しない細身の男を押しのけて、傍にある大剣を鞘から抜き放つ。
「イスカンダル、お前はやり過ぎた。もう救えない」
「小僧、それ以上語るな。程度が知れるぞ?」
今のこいつでは、サテラにすら勝てぬ。私と相対することはできないはず。なのに、私の本能がこの男を危険とさっきから痛いくらい主張していた。
「そりゃあどうも。なら、さっさと正体を現せよ」
イスカンダルはニィと口角を釣り上げると、
「楽しい、楽しい
ただそう告げると、
『イスカンダルの有する魔王種の種の発芽が確認されました。イスカンダルのギフト、【英雄王の盾】と【英雄覇道】及び、称号――【征服王】が魔王種の発芽に影響を与えます。イスカンダルの神格化に成功。イスカンダルは、【666の魔神――イスカンダル】へと進化いたします』
お決まりの天の声が鳴り響き、イスカンダルの全てを変貌させた。
私の前に立つ大剣を持つ一匹の獣。頭部が猛牛の四メートルは優に超える鋼のような躯体に銀色の鎧と真っ赤なマントを纏っている。
イスカンダルがただ黙って黒幕に後れを取るとは思わない。おそらく、私に勝利するために、自ら望んで奴の実験動物にでもなったのだろう。
『グルルルルッ!』
言葉すら失ったか。こんな非生産的な喧嘩のために、愛する弟や部下たちを贄にしたてのか。
「まったくもって、お前は大馬鹿野郎だよ。こんなの、お前を慕う奴らを踏みつけてまで遂げるべきもんじゃないだろ」
いいさ。甚だ不本意だが、その喧嘩買ってやる。
「お前を殺す!」
『BMOLOLOLOLO!!』
私たちは天へと咆哮し、激突する。
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