第82話 とても辛いぞ?
――ゲッフェルト公爵領前
サザーランドでの敗北が決定的となり、門閥貴族たちの勢力である血統貴族連盟からさらに離反者が続出。8割の貴族たちが、全面降伏することになる。
もちろん、旧政府軍の圧倒的なマテリアルである黒色の鉄の箱も一因ではあるのだろう。だが、それ以上に、サザーランドで見せたゲッフェルト公、お抱えの客人が化物だったという噂とラドル人を人外へ変えたという噂が広がり、門閥貴族領の各地で民衆蜂起が成されたのが一番の理由だと思う。皮肉なことに、ゲッフェルト公爵最大の勝利の奥の手が、帝国民の恐怖と怒りに火をつけてしまった結果となった。
門閥貴族の領地に捕らわれていた約九割のラドル人も解放されてラドルの地に転移をしてもらっている最中だ。
そして現在、門閥貴族最後の領土であるゲッフェルト公爵領を鼠一匹逃さぬよう包囲しているところ。
ここには、例のソロモンとかいう愚物が客として招かれている。奴は逃がすわけには絶対にいかぬ。しかし、私以外では奴らに確実に勝利し得るとは言えないことから、ネロ達を頼った。
ま、より正確には取引だったわけだが。なんでも、ソロモンという愚物はネロ達の父の仇でもあり、ずっと追い求めていた。そこで、今回の事件の全てのシナリオを書いている奴を私に譲ることを条件に、ソロモンという愚物の処理は奴らに譲ったのだ。
『グレイ様、準備は全て整いました!』
無線式のアイテムから聞こえるクラマのいつにない淡泊な声。クラマもGクラスの元戦術教官。エイトにはそれなりの執着がある。しかも、此度エイトを殺したのは、ジルを殺したのと同一人物。私同様、とっくの昔にクラマの怒りも臨界に達してしまっているのだろう。
「総員、作戦を開始せよ!」
掛け声を上げる。
「さて、私たちも行くとしよう」
隣の金色の髪を腰まで伸ばした少女――メッサリナ・ゲッフェルトに声をかけると、
「グレイ卿、感謝します」
私に頭を下げてきた。内務卿を介して彼女から、この作戦に参加することを懇願されたのだ。もちろん、一度は断った。
本作戦は名目上、ソロモンという愚物の駆除とゲッフェルト公の捕縛とはなっているが、アモンを尋問した結果、ゲッフェルト公は既に改造されているらしい。エイトやラドル人と同様、人には戻れぬ存在と化している。送ってやるしか手はない。娘の前で怪物と化した親を殺すなど、いくら私でも認めるわけにはいかなかったのだ。
もっとも、彼女は師であったレノックス殺害の容疑者が、当初から父であるジーモン・ゲッフェルトだと疑っていたらしく、クラスメイトたちとともに事件を徹底的に調査する中で、父らしくないとの印象を持つようになる。そして、エイト同様、怪物へと変えられているとの結論に達した。
私に接触してきた彼女は私に、実の娘としての最後の責務があると言い放つ。
多分、かつての私なら理解できず、断っていたことだろう。だが、母を持った今の私ならばその気持ちが何となくだがわかる。確かに、ゲッフェルト公の目を最後に覚まさせることができるとしたら、きっと彼女だけだ。
「とても辛いぞ? 本当にいいのか?」
「はい。覚悟の上です」
運命にでも取り組むような表情で大きく顎を引くメッサリナに、背を向けると私は屋敷へ向けて歩き出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます