第80話 サザーランド陥落後の事情
新政府軍の総大将であったゲッフェルトとマジロ将軍は、アモンの尋問の途中で兵を置き去りにして逃げ出してしまう。結果、唯一残ったローゼン侯爵が将軍の地位を引き継ぎ、ラドル及び地方豪族連合軍に無条件降伏し、サザーランドは陥落した。
「殺せ! 儂はその覚悟でここにおる!」
ローゼンの爺さんは、腕を組んで胡坐をかいて、一語一句同じ言葉を繰り返す。
「翁、これ以上、無茶言わんでください。貴方のような有能な軍人を殺せるわけないでしょ」
この爺さんの経歴は、ジークから聞いている。門閥貴族にしておくにはもったいないほどの文句なしの名将だ。何せあのランペルツ・ブラウザーの上官であり、将軍に推挙した人物だしな。
「貴様は儂の武人の覚悟を無下にするつもりかっ!」
血相を変えて捲し立てるローゼン侯爵に深いため息を吐くと、
「翁もこの帝国の情勢はご存じでしょう。既に、この内乱自体、聖教国と王国の大国に知られている。内乱が終わり次第、おそらく戦争になる。こんなくだらないイザコザで失うには貴方は大きすぎる。というか、無理な話です。死ぬなら貴方の責務を終わってからにしてください」
当たり前の現実を突きつける。
「しかし、誰かが責任を取らねばならぬ!」
「あーそれは、ゲッフェルト公とマジロ将軍を捕えたら、しっかり、取らせますんで、ご心配なく」
「そういう問題ではないッ! 儂だけオメオメと生き残るなど、イスカ様に合わせる顔がないわいっ!」
「あのですね、このタイミングで貴方をこの地によこした時点で、奴もそれを望んでますよ。
というか、貴方のような軍人を使い捨てるほど、奴が無能だと本気で考えてます?」
私の言葉にローゼン卿は目を見開いていたが、
「お主、イスカ様がこの
神妙な顔で言わずもがな事を聞いてくる。
「まっ、ここまであからさまならね」
イスカンダルの意図は、結局のところ私と同じだ。帝国に住まう害虫どもを一斉駆除し、帝国の軍事、政治、経済につき立て直しを図る。有能な将軍まで排除してしまっては本末転倒なのもいいところだろうさ。
「イスカ様と真面に戦わんつもりか?」
「いんや、ケジメですからね。戦いはします。ですが、今の私と奴では戦いにすらならない。ぶちのめしたら、大人しく隠居でもして孫や、ひ孫の面倒でもみてもらうつもりです」
奴はこの戦争で死ぬつもりなのだろうが、仮にもイスカンダルは、リリノアの祖父であり、ゲオルグやオリヴィアの父だ。
「あの外道の言葉ではないが、お主、本当に気色悪い小僧じゃのう」
呆れ果てたように、ローゼン卿は大きなため息を吐く。
「はいはい、よく言われます」
散々言われ続けて、最近若干、慣れてきたよ。
翁は暫し腕組んで考え込んでいたが、
「わかった。儂らは敗者じゃ。お主らの指示に従おう。貴公らもそれでいいかの?」
大きく頷くと脇に捕らわれている新政府軍の青年将校たちに尋ねる。その将校たちの顔にあったのは、同胞ならば決して向けられるはずのない感情、即ち、激しい憤怒。
「我らはゲッフェルト公や、マジロ将軍に忠誠を誓ってきました。なのに、あいつらは、規律を正しただけの部下が化物に食い殺されることをあっさりと許容した。あいつらにとって、兵士はいや、将校を含めた自分以外の全てが価値のない家畜なんだ!」
「そうだ! あいつらは忠誠を尽くす価値がない!」
一人の将校が叫ぶと同趣旨の言葉が吐き出される。そんな中、一人の中年将校が狂ったように笑い出すと、
「俺達が家畜? そりゃそうだろうよ! 何せ、ゲッフェルト公が連れてきたアモンとかいう奴は正真正銘の化物だったからなぁ! ゲッフェルト公にとって俺達はさしずめ、化物どもが食うシチューの中の肉だろうさ」
他の将校を眺めながらそう断言した。
「此度の戦の件で、ゲッフェルト公の屋敷に出向いたとき、血の臭いがしたんだけど、あれって、さっきの化物に食われたのかな?」
何気ない金髪の将校の台詞に、
「そういや、最近、このサザーランドで行方不明者が多発していたんだ。ただ、司法府も調査に乗り出す様子もない。戦争中でそれどころじゃないのかと、思っていたんだけど……」
黒髪の将校も顎を押さえながら神妙な顔で口にする。
「おいおい、やめろよ! それって、新政府軍の上層部がぐるになって人間を食わせてたってことだろ?」
「仮にも同じ帝国人だぞっ! 流石にそれはないだろ!!」
「馬鹿か、お前ッ! その同じ帝国人のしかも同じ新政府軍の将校が化物に喰われてるのに、ゲッフェルト公もマジロ将軍も平然としてたんだぞ! とっくの昔に、上層部は全員周知済みに決まっているっ!」
一斉に静まり返る中央広場。
「もし、あのまま我ら新政府軍が勝っていたら……」
「ああ、いずれ俺たちも、守るべきサザーランド市民も、みんな仲良く、あのバケモノの腹の中だろうぜぇ!」
自分や家族も怪物の腹の中に納まることを想像でもしたのか、途端に青ざめる将校たち。
「奴らは、祖国を裏切ったのか?」
そんな中、両手で顔を掻きむしりながら、色黒の将兵が声を絞り出す。
その声はさほど大きくなかったのに、奇妙なほどサザーランド中央広場に広がって行く。
「ゲッフェルト公お抱えの客人はバケモノだったんだっ! それ以外にこの状況の説明がつくかよ! 新政府軍の上層部どもは、祖国を、俺たち人類そのものを裏切ったんだっ!」
この青年将校の上げた怨嗟の声が、事実上の口火となり、
「裏切り者どもめッ!」
「新政府軍は我ら人類の敵だ! 討つべしっ!」
広場を染める憤怒のたっぷり含んだ激高がまるで嵐のように巻き起こる。
「もう尋ねるまでもないようですね。では、後はホルス軍務卿に任せます。我らは帝都周辺の新政府軍の掃討へ移ります」
「承りました」
胸に手を当てて一礼する軍務卿。今も渦巻く憤怒の嵐の中、私はローゼン卿たちに背を向けて歩き出そうとしたとき、
「グレイ卿、イスカ様を頼む」
ローゼン卿が深く頭を下げてきたのだった。
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