第78話 怪物による蹂躙

 ――サザーランドから約10Km北の荒野。


 徹底抗戦される踏んでいた北門があっさり内部崩壊し、私たちは想定以上の早さでサザーランドへ侵攻することができた。

 現在、5000の戦車隊が荒野に駐留し、ひと時の休息をとっているところ。

 この戦車は、非常事態の時のために作らせていた私のとびっきり。

装甲は基本鉄鋼でつくられ、材質や設計図は基本、地球と同じだ。だが、それだけではない。

 私が迷宮から持ち帰った魔石の一部を原料に、純度の高い魔鉱石を形成。それを装甲の要所に埋め込み、特定の魔法の発動を可能にしているのだ。

 一つが、装甲全体の鉄鋼の隙間を埋めるように配置された魔鉱石により、【至高の盾アイギス】を自動発動するようになっている。

 二つ目が、キャタピラーの【電光石火】。

 三つ目のそれぞれの戦車砲に埋め込まれた【空圧遷弾】、【黒蛇】、【電光豪雨】の各最上位トップの魔法。もちろん戦車の構造を備えているから、通常の砲弾による砲撃も可能だ。

 つまり、反則的な攻撃力、機動性と防御力を持つ戦車ってわけだ。この機体だけは、現代地球の技術を遥かに凌いでいる。

 もっとも、発動するのは全て高位の魔法ばかりであり、魔力がなければ、ただの戦車に過ぎない。そこで、ここからが一番の改良点。補充魔力のストックである。

魔力は生物の体内にあるエネルギーの源。ずっとそう考えられていたし、私もそう予測していた。だが、鉱山から魔力を蓄える性質を持つ鉱石を発掘し、それが魔鉱石とも魔石とも何ら関係ないものと判明してから明確に否定される。

 魔吸石と名付けられたその石は、放置しておくだけで周囲の一定の魔力を吸収する性質があり、特に大地の特定の場所でその傾向が強い。

 あとは、研究チームにより、徹底的にこの鉱石の分析を開始。遂に、この世界でのクズ鉱石――ガルガムがその本体であることを突き止める。このガルガムは通常、多くの不純物が含まれており、その効果はほとんどない。ただ、過去の火山島で一定の条件を満たし、不純物が取れて高度に結晶化したものがこの魔吸石ってわけだ。

 以来、ガルガムからの魔吸石の生成を行うと同時に、補充場所の特定の調査を行い、ようやく完成に至る。

 

『グレイ、そろそろ、魔力の補給が終了する』


 戦車社内に響き渡るアクイドの声。これも、下位ローの生活魔法を用いた無線機だ。もちろん科学的なアプローチからも実現は可能だが、優先順位の問題から比較的に簡単に実現可能な魔法による無線を導入した。

 ちなみに、アクイドのいう補給とは魔吸石による大地からの魔力の吸収のこと。この魔吸石の魔力を補給する際に、青色に染まるという特性を利用し、魔吸石を移動させて、補給場所を見つけるわけ。よほど魔力に枯渇した大地でなければ、半径1kmには数か所の補給場所があり、補給には事欠かないのだ。


『わかった。テオに出撃を支持してくれ』


 無線は小隊の各隊長が部隊間での情報交換を行い、作戦本部であるここに伝えてくるシンプルなものとしている。奴らの自信の源さえも崩せば、こちらの圧倒的優勢は揺るがない。敗北する余地はイレギュラーなものに絞られるが、それはそれで対策は十分に立ててあるから問題ない。

 故にその程度の連携でこの戦いは勝敗が付く。


『了解だ!』


 アクイドからの通信が切れ、ラドル軍は進軍を開始する。



 ラドルの戦車――ブローケン5000機が、サザーランド北外門前にいる数千の集団を取り囲み、戦車砲を向けている中、私は戦車から降りると奴らに向けて歩いていく。

 よかった。やっぱりだ。私がここに来ると分かれば、姿を見せると思っていた。

 あの黒スーツに黒ハットの男の強度は、S。か、ソロモンとかいうクズ、もしくはその部下。何れにしても、十中八九黒幕の関係者だろうさ。奴は私の願望を叶えるための大切な供物。絶対に逃がしはしない。

 私はこの周囲に向けて鳥籠を発動していく。私にとっては、使い古された魔法だが効果は覿面。奴は逃れられない。私の負けはあの黒ハットを取り逃すこと。それは絶対に許されない。

 だから、時間稼ぎをするべきなんだが、これだけ無防備にゆっくり歩んでいるのに、敵方には全く反応すらない。私同様、何か思惑があるのか、それとも馬鹿なのか。

 結局、まったく支障なく鳥籠の形成に成功する。ま、それはそのうちはっきりするだろう。

 では、そろそろ始めよう。いいか、貴様らは、お前たちには私から大切なものをいくつも奪った。その報い、骨の髄から思い知らせてやる。

今も湧きあがる強烈でいて抗いきれぬ感情を無理やり押さえつけ、胸に息を吸い込むと――。


「新政府を語る賊どもに告ぐ!! 貴様らは愚劣にも我が領民に、魔導実験を行い、意思を持たぬ人形へと変えた。これは許しがたい悪行だ!! よって、私、グレイ・イネス・ナヴァロが人形と化した領民たちを土へと反す!! 

 愚劣なる門閥貴族どもに付き従う哀れな将兵たちよ! お前たちの将には勝機も正当性も微塵もない! 直ぐに前面降伏せよ。されば、命と捕虜としての最低限の待遇は保障しよう!」


 ありったけの大声を張り上げる。大気を震動させるほどの音量に、不自然に静まり返る戦場。次の瞬間、前列の赤肌の仮面の男たちの全身の筋肉が盛り上がり、忽ち10メート弱ほどの一本角のある巨人が形成される。

 あれは鬼か? 改造というより、あれは鬼を憑依でもさせているのかもな。あの手の術を使う奴なら――。


(……ん? 憑依? なんだ、それは?)


 突如、己の頭に走った疑問は、地響きを上げながら疾駆してくる鬼どもにより妨げられる。

 いいさ。今はこの状況の処理が最優先だ。思考を優先させて敵に逃げられたのでは、洒落にもならんからな。

 【永久工房】の9割が解放された今、これで処理すればおそらく一瞬でかたがつく。だが、彼らは元、ラドル人。即ち、私の領地の領民となるべきだった人物たち。【永久工房】により素材になんて使えない。ならば、一撃で天へ送ってやろう。


(手向けは炎であろうな)


 今も迫る彼ら全てを炎滅すべく右手を天に掲げ、


神焔しんえん


 言霊を紡ぐ。

 唐突に上空に生じる純白の魔法陣。魔法陣から生じたいつもの白炎が白矢となって高速で落下し大地に突き刺さる。瞬きをする瞬間、視界が真っ白に染め上げられ、たったその一瞬で迫る巨人たちの半数が蒸発する。そして、その地面に突き刺さった白炎たちは、球体状の球体となって巨人たちを包み込み、高速回転していく。

 

 一つ角の巨人はもちろん、大地の砂粒一つさえも残さず真っ白の炎はその一切を焼き尽くす。眼前にある大きくドーム状に抉れた大地に、奇妙な静寂だけが訪れる。


「……」

「さて、あとはお前だけだ」


 半口を開けて茫然とすっかり変貌してしまった大地を眺めている黒服、黒ハットの男へ向けてさらに私は、歩いていく。

 静寂は驚愕に、そして相手の兵士から悲鳴にも似た叫びに変わる。

 

「お前、誰デス?」


 後退りしながら、そんな心底でどうでもいいことを尋ねてくる。


「ほう、面白いな。お前は相手が誰かで矛を収めるのか? 家族を、友を、恋人を――弟子を殺されても、相手が泣いて許しを請えば許すとでもいうつもりか?」

「くっ!」


 背中から翼を生やして空へ跳躍しようとするが、鳥籠を形成する【爆糸】に阻まれ、大爆発を起こす。

 煙の中から現れるのは、こんがりとトーストになった黒服の男。

 おいおい、まさか【爆糸】程度でグロッキーか? 流石にそれは張り合いなさすぎだろ。


「もう、お前は逃げられんし、絶対に逃がさん。お前のそのちっぽけで価値のない命が尽きるまで私の尋問に付き合ってもらうぞ」


 まただ。この魂さえもぐちゃぐっちゃに溶解するような制御が困難な強烈な感情。気を抜けば意識すらも喰われてしまう。そんな感情の激流の中なのに、極めて冷静に敵の殺害だけを今も考え続けている。


「たかが人間下等生物がぁ、つけあがり過ぎデスっ!!」


 黒服のスーツが弾け、肉が盛り上がり、獣毛が生える。忽ち、顔は梟、胴体は獅子、下半身は蛇のゲテモノへと変わっていく。


『アホンダラが! 逃げる努力くらいしろっ!』


ムラの諦めと苛立ちを含有した声が頭の中を反芻する。


『どうデス?』

「どうだって、言わわれてもな。何がだ?」


 マジで唐突な奴だ。会話すらできんのか。仕方ないか。ゲテモノだものな。


『このアモンという圧倒的な恐怖を前にしてとうとう、気でも触れたデスか。人間の心というものは弱くてこまるデス』


 首を左右にふる巨大怪獣アモン。あらまあ、勝手に自己完結なされてしまった。もういい。こんなバカに付き合うだけ時間の無駄だ。さっさと、尋問を開始しよう。


『私としてはただ踏み潰すよりも、恐怖に顔を引き攣らせるのを見るのを見るのが好き――』


 私は五月蠅く喚く奴の右腕を【永久工房】により収納する。さて、何を作ろうか。そうだな。こいつが喜んで話したくなるような道具なんてどうだろう? 奴の右腕を原料として、作成を開始する。


『へ?』


 大地を染める大量の真っ黒な血液をアモンはキョトンとした顔で眺めていたが、顔を引き攣らせ劈くような絶叫を上げる。


「今から私がする質問に偽りなく答えろ。さすれば、多少苦痛は少ない……かもしれん」

『ぎ、ぎざまぁ、何をしたのデスっ!?』


 アモンが何かやかましく喚いていたが、チーンと快音が鳴り響く。

もう完成したのか。私は出来立てホヤホヤのアイテムを確認する。


――――――――――――――――

【拷問君一号】:悪魔が使う拷問具一号。尋問につき偽りを述べると強力な呪いを受ける。

・ランク:B+

――――――――――――――――

 

 嘘発見器ではなく、嘘を付いたら呪われる魔道具か。微妙だな……どうやら、まだ材料が足りないらしい。でもいいさ。まだまだ原料はたんまりあるしなぁ。


「次は左腕にするか」


 アモンの左腕が消失し、やはり、ばら撒かれる血液。一歩遅れて絶叫が響き渡る。


『ぐ、ぐぞっ……』


 逃げようと空へと跳躍するが、鳥籠の【爆糸】により、予定調和のごとく爆発し、地面へ落下する。


「言ったろ。お前はもう逃げられん。しっかり、たっぷりゲロってもらう」


 私は落下した奴にゆっくりと近づいていく。

 アモンのなけなしの恐怖を含んだ悲鳴がサザーランド北の荒野に響きわたり、私は解体と言う名の尋問を開始した。


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